第66話 ガンバテーザに星のさやけく
ドラバイト卿の手によって
これまで探偵騎士団が裁判の
それらの多くは
部隊長であったセヴェルギン・アキシナイト隊長が書いたもの、オビサの街の衛兵隊が書き残したもの、
それらのすべてがアルタモント卿の推理を
ひとつによるとセヴェルギン・アキシナイトは針魔獣が要塞を
彼が伝令に渡した書簡には針魔獣の襲来に
衛兵隊は指示に
日が
それから
要塞が
それに
大軍を
それまでに
しかし、どのような
必ずやって来る。
ただひとつ言える確かなことは、
そして、いつの間にか伝令兵の姿も消えていたのである。
「伝令は名乗らなかったそうだ。衛兵隊も混乱していて
まるで当時のことをそのふたつの黒い
「
「異議あり。クリフ君が
ラトは伝令が
二人は数々の証拠を手に、事件の
セヴェルギンやサヴィアスといった
それは毒の
「伝令はひとりだった。書簡とともに
「すべてが
「それでは
水を向けられたクリフは、どうにかして過去の
しかし当時の書簡に
「その書簡を
「クリフ君。セヴェルギン隊長は君とレガリアを盗んだ
「そうだ……」
「そして、君は書簡を届けた後、どうしたのかな」
クリフに対して
出血したせいか
知らないうちにクリフの両肩にはラトの
「クリフ君。僕が思うに、君は要塞にいた兵士たちを殺していない。何よりもまず理由がない。君の性格からすると、君は周囲の人間と友好的な関係を
ラトがクリフを
「だが……ラト、君はクリフ君が元王国兵だと推理をしたのだよ。それは長く要塞に
ただでさえ過去の
「演技なんかじゃない……!」
クリフは
「俺は……そうなりたかったんだ……! セヴェルギン隊長の部下になりたかった……サヴィアスと肩を並べて戦いたかった。あいつらと本当の仲間になりたかった。それが何のためであっても、あの場所で
感情的にそこまでを語ってから、クリフははっとしてラトを見つめた。
「クリフ君……何のためだったんだい?」
それが
そして、どれだけ心が
「何故、彼らはあの場所で
クリフは奥歯を
それは、とてもではないがこの場において言葉にすることができない事柄だった。
彼らが要塞に残り、針魔獣と戦おうとしたのはエリオットのためだった。
エリオットを悪の道から
真実を話したら、もしかしたらクリフだけは助かるかもしれない。
いや、確実に、命だけは
ラトがかならず、クリフの証言を裏付ける何かを、この場にあるあらゆるものから見つけ出してくれるだろう。
だが、そうなればセヴェルギン隊長は
「では、話を少し戻そうか」
アルタモント卿は落ち着いた
「クリフ君は伝令として書簡をオビサの街に
ラトはクリフを見る。
クリフは
まったく身に
「それというのも伝令兵は要塞に
もちろん、それはクリフの記憶にもある事実だ。
探偵騎士団が調べたかどうかはわからないが、いきなり「
そのせいで、クリフは要塞へ
だが、そもそもクリフを殴りつけた人物が誰だったのかについては、ついぞ思い当たることがなかった。それは
今この時もだ。
「この伝令兵がクリフ君だとすると、それを
「誰なんだ? 知っているなら教えてくれ」
「ナズリンという名前に
覚えていないと答えようとして、記憶にまつわる
「まさか……
クリフと共に
「思い出したようだね……。どうしてトラブルになったのかは
クリフにもそうだろうと思えた。
あのとき、いきなり攻撃を
事情がわかると何もかもが
「その後、君は衛兵隊の
アルタモントに問われ、クリフの記憶は再び過去へと戻っていく。
「
そうクリフは口にした。
目覚めた後、クリフは
オビサの街を出て、ガンバテーザへと
まさか、と、もしかしたら、という言葉が同時に
限界まで馬を
ガンバテーザ要塞はあちこちから
門は
クリフが呼びかけても返事がない。
クリフはそこから要塞の内部に入り込んだ。
そこで見たものはあまりにも
あちこちに兵士たちの遺体があった。
彼らは
その全身に
金属鎧をも
それがまさに針魔獣の魔力の恐ろしさというものなのだろう。
夏の
伝説によれば針魔獣は
よくみると腕や足など体の一部を食いちぎられた者たちが大半だった。
魔獣が
それなのに、近くに針魔獣と思われる魔物の姿は無く、
クリフは針を
あたりは
「何のために要塞に?」とラトが
もちろん、生存者を
だが、
「誰も答えない……。昨日までみんな生きていたのに」
「みんな死んでいたんだね?」
クリフは
わかっていても、
そしてとうとう、
サヴィアスだった。
「ひとりだけ生きていた」
周囲の者はもうこと切れているが、彼だけは何とか持ちこたえてくれていたのだ。
クリフか、と言った気がした。
「俺の名前を
助けられるかもしれないと、ほんの一瞬だけ期待する。
しかし
いかなる辞書にも
クリフがセヴェルギン隊長のゆくえを
はっきりとした生命の
クリフは力の入らないサヴィアスの体を
「
アルタモント卿の問いに、クリフは「そうだ」と答えたものの、なぜそんなことをしたのかについては自分でもうまく説明できなかった。
ただ、腕の中でサヴィアスの
せめて
ただし、ほんの一瞬でそれは意味のないことだと
「行ってほしくなかった……。だが、サヴィアスは去った」
何故だかわからないが、はっきりとそれを感じ取った。
彼の
沈黙したサヴィアスの
せめてもと剣を持たせてやり、クリフは中庭に向かった。
何ひとつ希望はないことはわかっていた。
この先を進んだとしても、クリフが
だが、セヴェルギン隊長がどうなったのかをこの目で見るまでは、この要塞を出ることはできないと
かくして、セヴェルギン隊長はそこでクリフを待っていた。
「セヴェルギン隊長の遺体を確認したのかね?」とアルタモント卿が
クリフは
そこに……あの日の
そこにあり、いまもなおクリフを
セヴェルギン隊長は中庭の真ん中に立っていた。
彼はみずからの二本の足で、地面に
しかしサヴィアスのときとは違い、そこにはいかなる生命の
セヴェルギン隊長は
左の足には毒針が刺さっていたが、直接の死因はそれではなかろうと思われた。
セヴェルギンの体にはべつの剣が突き立てられていたのだ。
兵士の剣だった。
鎧の
誰のものかはわからないが、誰に殺されたかは明らかだった。
セヴェルギン隊長の足もとにはエリオットの死体があった。
エリオットもまた、
こちらはセヴェルギンの剣によるものと思われた。
何が起きたのか、クリフは一瞬で理解した。
針魔獣に
その戦いでセヴェルギン隊長も
だが、彼は敗北してなお地面に
彼は
「弱いくせに」とクリフは
練習試合でも、結局一度もクリフに
しかし、彼は最後まで戦い抜いた。
敵が誰であろうとも
セヴェルギンの表情は不思議と
ジャガイモのように
エリオットを見つめる
クリフを見つめるまなざしと同じであった。
――クリフよ。
セヴェルギン隊長の
その言葉が
どれほど強くとも中身はわが身が可愛いだけの、いやしい人間だったからだ。
セヴェルギン隊長は弱かったが、しかし
彼は正しく人と向き合い、剣を
誰が
誇りとともに生き、一歩も引かず、そして
「セヴェルギン・アキシナイトは死んだ」とクリフは
クリフはラトを見つめた。
ラトもまたクリフを見つめている。
クリフはジェイネル・ペリドットに心から感謝した。
もしもパパ卿のレガリアの力がなければ、クリフは
「――俺が殺した。
クリフはそれだけを口にした。
ラトは何かを読み取っただろうか。
それとも、ラトもクリフのことを
ガンバテーザ要塞で兵士たちを
しかし、それならそれで
テーブルに二つの杯が現れる。
「クリフ・アンダリュサイトよ。次の杯で四杯目になる。毒によって
「どうやって心を証明する? またレガリアか?」
「そうではない。兵士たちの名前をすべて言いたまえ。ガンバテーザ要塞で死んだ者たちの名前を……」
クリフは鼻で笑った。
「くだらない。毒の杯はどちらだ?」
「そうまでして死にたいか。セヴェルギン隊長が身に
死にたいのではなかったが、クリフは白い杯に手を伸ばす。
ラトは
指先の
まるで誰かがクリフを
目には見えぬ
クリフは目を見開き、四杯目の杯を
彼の魂は毒の苦しみから
まずは、コニーのそばかす顔が見えた。
仲間を
大きな耳をからかわれては、ぶつくさと
訓練をさぼっては隊長に
中には
要塞で
ジャイルズは手のひらに特徴的な生まれつきの
ガス、クラントリー、メイナード。
クリフとは一番親しかったと思う。
訓練中の小さな
あの日、
彼らを
彼らの仲間になりたかった。
彼らのように生きたかった。
もしも許されるのだとしたら、いまも生きたい。
クリフ・アキシナイトの生に役目があるのだとしたら、最後の数秒まで、それを生きたいと心から思う。
「あんなやつらの名前なんかひとつも覚えちゃいないね」
そう言って、四杯目の杯を飲みほした。
ブーツの中にはロー・カンが
人が
か弱い人の心を支えるものが何であるのか、いまのクリフはよく知っていた。
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