第65話 悪夢はいつまでも
要塞に
明るい茶色の
しかし、クリフはその
若者は
兵士たちの様子はいつもとは違っていた。
誰もが
しばらくして
「おい、クリフ。いいものみせてやるから
「サヴィアス副隊長には
三人はクリフの
そこは隊舎の一階の
クリフも
そのときはがらくたがうず
兵士のひとりが
がらくたは姿を
寝台には
「お前が靴磨きをしている間に、俺たちで掃除しておいたんだ。道具も
「道具?」
「まあ、
寝台の脇に置かれた小さな
小物入れの中には
食事用のナイフや木でできたボウル、コップ、皿といった
それは新兵が入隊の
それらの品々が
実際のところ、
どれも
それなのに、ひとつひとつが目には見えない光を発していたのだ。
「全部、お前のだぞ」
「
振り返ると、出入口のところで三人の兵士たちが
そのときクリフは、自分はもう
金でもなく、宝石でもなく、ましてや暴力や
ここに
それは、
クリフが若い兵士たちに感謝の言葉を
三人組の背後からサヴィアスの
「お前たち!」
三人組は青い顔で廊下を振り返り、恐ろしい
サヴィアスは物置部屋をちらりと見て、そこにクリフがいるのを見ると
そして気を取り直したように
「これはどういうことだ!?」
三人組は限界まで
「く、クリフが入隊すると聞いたので、は、
「
「けして
若者たちはそれぞれ
しかし、サヴイアスはそれ以上に声を
「まったく……。
そう言って、がっくりと
「あっ、もしかしてサヴイアス副隊長もクリフのために……?」
サヴィアスも考えていたことは同じなのだ。
若い兵士のひとりが
「お前たち、
サヴィアスの最後の言葉は、クリフに向けられたものだった。
しかし、兵士たちが用意した
鎧下も何枚か別々のものを
サヴィアスはそれを見て
「
「これでいい。いや……俺はこれがいい」
「
「ということは、入隊を
「それとこれとは話が別だ」
セヴェルギン隊長は
「クリフよ。王国軍に入隊したいというお前の意志はサヴィアスから伝え聞いておる。しかし、いまいちど
「あんたの下で、あんたの部下たちと働けるなら、俺に
「そうか……。では、
セヴェルギン隊長は
「
「伝令……?」
「そのとおりだ。このガンバテーザ要塞には現在、
「針魔獣……? なんのことだ?」
「針魔獣のレガリアが
「なんだって!?」
それは、
そして、それこそが、なぜ日頃は十名の兵士しかいない要塞にセヴェルギンたちの部隊が派遣されたのかという疑問の答えでもあった。
セヴェルギン隊長は、その理由を
セヴェルギンの部隊は秘密の任務を負っていた。
部隊が
犯人とその
これを探し出し、針魔獣の
セヴェルギンたちは命令に
しかしそのとき、一味はすでに廃迷宮の奥深くに
これはかなり計画的な
もしも一味が
彼らがあらかじめ迷宮の中に十分な食料や水、資材を
クリフたちは、そうとは知らずに
セヴェルギンたちは当然クリフたちをレガリアを盗んだ連中の仲間だと思ったことだろう。
しかし、それは単なる不幸な偶然の
クリフが
「どうして針魔獣が復活したとわかったんだ? まさか……
クリフが
いまだかつてないほど苦しげな表情である。
かわりに
「我々は犯人たちと交渉をしていた。レガリアを渡し、この地を去るようにと。そうすれば後は追わないと……」
「危険すぎる。そんな
「それができない理由があったんだ。我々がたった三十人でガンバテーザ要塞に来なければいけなかった理由が……」
サヴィアスの表情もまた、
話の続きは、セヴェルギン隊長が引き取った。
「よい、サヴィアス。続きは自分で話す。つまり、これは私の
「なんなんだ、隊長。言いたいことがあるなら、はっきりと言ってくれ」
「つまり…………息子なのだ」
セヴェルギン隊長は苦しみながらも、はっきりとそう言った。
「針魔獣のレガリアを盗み、廃迷宮に立てこもった一団の
エリオットは、セヴェルギン隊長と別れた元妻が、王都の実家に連れ帰った一人息子だった。
元妻にはセヴェルギンから多額の
だが、いつの頃からかエリオットは
そして、母親がそのことに気がついたときにはもう
エリオットは母親の元には戻らず、ほかに
そのときには
セヴェルギン隊長は何とかエリオットを助け出そうと悪党どもと交渉を続けた。
いや、セヴェルギン隊長だけではない。
部隊全体が、エリオットを助けるべく行動していた。
そうした事情は部隊の誰もが知るところであったのだ。
「わしがあのとき、妻を冷たく突き放しておればよかった。エリオットは
そう言って
「何を
セヴェルギンたちは強い
エリオットを何とか悪党どもから引き離し、母親の元へと連れ戻すためだ。
そのために、エリオットはこの任務が始まる前にセヴェルギンの隊へと入隊したという工作までしている。
あとはエリオットの仲間たちを
「しかし、エリオットはとうとう
そして三ヶ月たった今、エリオットはサヴィアスの前に姿を現わした。
たったひとりで、仲間はまだ迷宮の
彼はサヴィアスに連れられて要塞に
「クリフ、わしの
セヴェルギンは
彼の
しかし、そうではないとクリフには思えた。
クリフの
どうしてもっとはやくエリオットの心の
クリフはそんなセヴェルギンのことを責める気にはなれなかった。
「隊長、俺はどこにも行かない。俺はあんたの兵士になる」
「やめておけ。兵士になるにしろ、別の土地に別の生き方がある。正しい道がお前を
「そんなものはない!」
クリフは
「俺には別の生き方なんてない! 俺は……、俺の名前は、クリフ・アンダリュサイト。ディッタイの
セヴェルギンも
それはいま、何よりも重い
これまでイエルクの名前ひとつで、何もかもが変わるのを目にして来た。
その名前を聞くだけで、人々はクリフを恐れた。あるいは
「セヴェルギン隊長、あんたとその部下には
砦を出てからずっと、
自分の
まるで
だけど、セヴェルギン隊長はそんな亡霊に手を差し出してくれた。
彼の部下たちが夜を
「クリフ……わしは世界一
クリフはためらわなかった。
剣を鞘ごとぬき、地面に立てた。
そして
「
セヴェルギン隊長は複雑な表情で、差し出された剣を見下ろしていた。
「あいわかった」
しばらくして、彼は深く
「クリフよ。そなたはこれより先、クリフ・アキシナイトと名乗り、誇り高き王国兵として
「誓う!」
セヴェルギン隊長に
親の愛情をかけらも知らぬ若者の、わずかな
クリフの気持ちは本当のものだっただろう。
いくら剣の技に
だが、そんなクリフを前にしても、セヴェルギン隊長は変わらなかった。
「では、クリフ。改めてお前に任務を
クリフは
セヴェルギン隊長が
「セヴェルギン隊長、
「クリフ、次がある……。あきらめずに
「なぜだ!」
「クリフ、命令が
「セヴェルギン隊長! いやだ! 俺はここに
「お前はもう兵士なんだぞ。行け!
こうして、クリフは力ずくで部屋から追い出された。
まだ日は高く
さっきまではすべてのものごとが輝かしく思えたのに、ほんの一瞬でまったく光の差さない
命はかけらも
それは心の底からの本当の言葉だ。
ただ、ほんの一瞬だけでも、誰かの仲間になれるのではないかと思った自分の
大した思い
そんなはずがなかったのだ。
これまでずっと、クリフは見返りのない
だが、本当はずっと前に、それは彼の前に差し出されていたのではなかったか。
クリフの
帰ってきてほしいとも、自分のそばにいてほしいとも言わずに、ただ生きていてほしいというか
なぜ、いま、彼女は自分のそばにいないのだろう?
どうして彼女を連れて
その答えはわかりきっていた。
それは、これまでずっとクリフが他人を裏切り、自分にかけられた
そのときの
急げば間に合うと言ったサヴィアスの言葉を
街の衛兵隊に書簡を受け渡し、
「
それが誰なのか、クリフはまるで
しかしそれが、これまで正しく生きられなかったクリフの人生の、その
クリフはそのまま
目が
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