第64話 進行と暗雲
ラトと監視役のドラバイト卿がキッチンから戻ってきた後、裁判が再開した。
クリフは今度こそ意識をはっきりと裁判に集中させるべく、最大限の努力をした。正直にいって
だが自分の
アルタモント卿は二人が
それをラトが
「開始の前にひとつかふたつ、質問があるのですが」
「何だね、ラト」
「ずっと
「その通りだ、ラト。しかし君たちの行動は手に取るようにわかる。たとえば君たちが
「なるほど。僕達が
「君のことだ、とんでもない手で
「これは確認ですが、重量をはかるしかけはテーブルにも
「そうだね。毒を飲んだかどうかは、器の重量の変化と症状の進行ではかっている」
「もうひとつ。実は
アルタモント卿はこの質問に答えるのに少しばかりの
タウンハウスでの騒ぎとは、もちろん例の
「いや。なんのことかわからない」
たっぷりと時間をかけて返された答えは、クリフにとっても意外なものだった。
もちろん
しかし、彼が真実を
タウンハウスに姿を現わした泥棒だか暗殺者だかは、てっきりアルタモント卿の
「そうでしたか。お答えくださってありがとうございます。質問はこれで全部です」
「飲み込みがはやくて助かるよ。これは
「裁判を
「裁判に関係ないなら、とっとと進めてくれ」
クリフは
アルタモント卿がくすりと
「それでは、お
「アルタモント卿、いくらイエルクの孫だからといって、クリフ君ひとりでそれだけの人数を殺せるわけがありません。どれだけ
「
「つまり……」
「私はこう考える。彼には当時、ほかにも仲間がいた。そして極めて強力なレガリアを所有しており、ガンバテーザ要塞を
「そのレガリアとは?」
「ずいぶんと
「おや、聞いたことのない事件です」
「そうであってくれて
「あなたは王国の
ラトはため息を吐いた。
王国のいかなる隠し事であっても、軍隊の秘密の作戦であっても、オブシディアン家の知らないことはない。
むしろ王家を
「要塞で
「あらためて針魔獣との
「要塞での死者は総勢三十一名。針魔獣との交戦による死者は三十名と思われる。この数の中にはセヴェルギン隊長も
「ひとりだけ、交戦をまぬがれた兵士がいるようです。何ものでしょう」
「名前はエリオット・ロードナイト。部隊が針魔獣のレガリアの捜索を
「その剣は、セヴェルギン隊長に残された傷をもたらした
「その通りだ。クリフ君は要塞の兵士たちの相手を針魔獣にまかせ、エリオット隊員を
「しかし、アルタモント卿。あなたは事件の犯人をクリフ君だとした理由のひとつとして異分子であることを
「助手を守ろうとして必死なのだね、ラト。もちろん、我々は唯一、針魔獣と交戦することがなかったエリオット隊員が犯人であるという
ラトは
もしもアルタモント卿が目の前にいたとしたら、そのようなわかりやすい行動は取らなかったに違いない。
アルタモント卿がこの場にいないのは、自分が
そしてその作戦はかなり有効に働いている。
アルタモント卿は続けた。
「質問だ、クリフ君。君は針魔獣のレガリアを使って要塞の兵士たちを
目の前に黒と白の杯が現れる。
ラトは、はっきりとした意志でクリフが黒い杯に手を伸ばすのをみた。
瞬時にラトはその腕を
「クリフ君、君がそんなことをするはずがない。君はエストレイ・カーネリアンの
「証拠は?」
「え?」
クリフは苦しそうに顔を
「俺がエストレイの後継者に
「クリフ君、どうしてそんなことを言うんだい? まだ君だと決まったわけではない。あやしい人物は他にもいる」
「ラト、それはエリオットのことか……?」
「そうだ。王国兵が
「だとしたら、俺も針魔獣とは戦っていない。それに、エリオットが犯人だという
「……何故?」
「エリオット・ロードライトは……セヴェルギン隊長の息子だからだ。どうせ、それも調べはついているんだろう」
言葉の最後は、アルタモント卿に向けられたものだった。
アルタモント卿の声が衝撃的な事実を
「その通り、ロードライトは
クリフはいっそう強いまなざしでラトを
「その手を
ラトの指先から、ゆっくりと力が抜けていく。
その先から、ラトは目を
これまで一度も犯人から、
黒い杯からクリフの体内へと流れ込む液体は、
これまでよりずっと強い痛みだった。
肉体は
「うううっ!」
とても
どれくらいの間、
扉の鍵が開いてドラバイト卿とロー・カンが入ってきた。
二人の助けを借りて、クリフはようやく控室へと
彼の体には、体の中心部から外側へと広がるように、
「クリフ君……!」
「うかつに
ロー・カンが絶望的な忠告を加えた。
それは
水の
「ロー・カン。僕が君を尊敬していたのは、君のあらゆる
「この
クリフは長椅子に体を横たえることさえできなかった。
体が何かに触れるだけで、それが恐ろしいまでの
わずかに
クリフが激しく
だが、できる事は何もない。
背中をさするだけのことでも、今のクリフにとっては
ラトにできるのはそばで
あまりにも痛々しい
ラトは全身に
クリフが
ドラバイト卿は
「…………少し、外の空気を
ラトは固い
ドラバイト卿はラトの監視のためにその
それは
玄関ホールで武器を取り上げられたとき、クリフが差し出した
「いいか、クリフ・アンダリュサイトよ。よく聞けよ。次の杯で四杯目になる。それを飲めば手足が
「俺は逃げないぞ……」
「逃げるのもひとつの勇気のかたちだ」
そう言って、ロー・カンはナイフをクリフのブーツの内側に
開け
ラトの声が控室まで聞こえてくる。
「おじさま、お願い。クリフ君を助けて。このままじゃ、クリフ君が死んでしまうよ……」
ラトはそう言ってドラバイト卿にしがみついた。
ドラバイト卿にも
クリフはナイフを
それが
むしろこれ以上の痛みに耐えることができず、脳が
妄想の中でも、クリフはブーツを見つめていた。
ただしそこにあるのは
クリフが要塞に来てから三ヶ月ほどが
要塞の外から戻ってきた兵士たちの
ブラシや
汚れが特に
水洗いをしたブーツは
よく注意して、時間や火の元との距離を
これが一足ならともかく、十足、二十足と数が
クリフが作業に集中していると、
「そら、
「そこに置いておいてくれ」
今しがた
「いつ
顔がうつりこむほどに磨き抜かれたブーツを一足手にとり、サヴィアスは
自分の分と上官の
それをクリフがやっているのだから、その上官のひとりであるサヴィアスはいい顔をしないだろう。
「……とうとうバレたか。まあ、今さら
「
「押しつけられたわけじゃないさ。俺が自分からやりたいと言ったんだ」
「言わされたわけじゃないんだな?」
「違う」
サヴィアスがひどく
「こういう
「簡単に言ってくれるな。靴磨きも
「いいだろ、ちょっとくらい。あんたたち、べつに靴墨や
「いいか、クリフ。王国兵はそのへんの
「何故だ?
「それもあるが、一番は敵に
「あぁ……なるほどな、言われてみればそうだな」
クリフは
サヴィアスたちは兵士として、常に誇り高く、強い存在だと思われなければならないのだ。
イエルクであれば
王国兵というものは
だからこそ、
軍隊というのは、どこまでも集団で戦うことを義務づけられ、そしてその手法に
この三ヶ月で見聞きしたことは、どのようにささやかな物事であれ結論はその一点に集約していた気がする。
かわいそうに、仕事をさぼった兵士たちは、サヴィアスにこっぴどく
「それは
クリフは
サヴィアスは難しい顔をしていたが、やがて、その場に座りこんだ。
彼は泥にまみれた一足を手に取った。
「仕方がないな……今晩だけだぞ」
二人並んでもくもくと作業をしながら、クリフはずっと気になっていたことを
「サヴィアス、聞いてもいいか? お前たちがこの
「やめてくれ。
「そうか。それじゃあ、もしも……俺が王国兵になると言ったら?」
サヴィアスは
「本気なのか?」
「うん、セヴェルギン隊長に言われたんだ。アキシナイトを
「軍隊はきついぞ」
「それは
クリフはそう言いながらも、
イエルクのしごきにくらべれば、軍隊などかわいいものだと思ったからだ。
「そうか……。それなら、セヴェルギン隊長に
「頼む。その前に聞いておきたいことがある。任務とはまた別のことで、セヴェルギン隊長の家族についてだ。妻と
セヴェルギンの家族の
「……エリオットのことだな。まだ五歳のときに
「ああ」
「養子だって、お前ひとりだけのことじゃない。
奥方からすると、自分の子がないがしろにされているように思えたのだろう。
じつにお
「だが、お前が
翌日、
そして夕方頃、ひとりの若者を連れて兵隊たちは
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