第67話 死よ、安らかであれ
四杯目の杯を飲みほした後、その効果は
まるで魔法のようだった。
魔法の中でも
もはや
誰かに体を
自分が発するうめき声も含めて音も聞こえない。
あっという間に
ロー・カンは手足の自由が
クリフは何もない
死ぬのだろうか、とひとつ思うと、山の
ろくな人生でなかったことは確かだが、自分の意識がもうこれきりとなり、永遠に消え去ってしまうのだと思うと
それはもう
これが死に近づくということなのだ。
そしてその死をもたらしたのは、間違いなくクリフの選択のせいだった。
もちろん、この状況へとクリフを
しかし、クリフの命を
ガンバテーザ要塞の兵士たちを
ラトは――毒の杯を
そうとしか生きられなかった自分の手で自分の首を
しかし果たしてこの自分自身というものに、かけらも
なぜならガンバテーザ要塞を立ち去る際、彼はいくつかのものを要塞から
それからエリオット・ロードナイトの死体を調べ、服や持ち物を
それらのかわりに、
そしてエリオットの遺体を
死んでいるとはいえ、その腹を切り裂いたのだ。
そうしたのは、彼が腹のうちに飲み込んでいた針魔獣のレガリアを回収するためだった。レガリアは体内で一体になりかけており、遺体を
それが罪でないとはもはや誰にも言い切れないだろう。
しかし、こうした工作のおかげで、もはやエリオット・ロードライトが要塞の兵士ではないのではないかと
エリオットは正式にセヴェルギンの部隊の仲間になったのだ。
クリフはそれを
行く先も
木製の食器やナイフ、革の小物いれ、防具。
ひとつひとつを手放すとき、思い出もまたクリフのもとを
記憶は残っても、
手放してしまえば、あの
そういうふうにして、あのときガンバテーザ要塞に確かにいたのだという確信、剣や正しさと向かいあったのだという
針魔獣のレガリアは
本当は
いまのクリフの立場ではそうした技術者を探し出すのは困難だった。
剣を手元に
クリフにとって、あくまでもエリオット・ロードライトは王国軍の
セヴェルギン隊長を血を分けた息子に裏切られて部下たちもろとも殺された
このまま何も
あれほどハゲワシの血を
だが、果たして目も見えず、
しかしそれは
「
アルタモント卿の声が聞こえてくると、一気に視界が
テーブルの向かいにはラトが座っている。
光の次に音が帰ってきた。
激しい呼吸音が
心臓が
これは夢ではない。
肉体が現実の
テーブルの上に二つの杯が用意されていた。
「被告人が犯行を
「アルタモント卿、考え直してください。事件の犯人はクリフ君ではありません。僕は絶対にそうとは思えないのです」
「ラト、悪人とはそういうものなのだ。見るからに
「僕は騙されてなどいません」
「では、彼は自分から君に真実を
ラトは
そうではないということは、クリフ自身がよくわかっていた。
「彼は自分の
「ですが、それでも、クリフ君はガンバテーザ三十人殺しの犯人ではありません」
「ラト、ここは法廷なのだ。証拠のみが被告人の罪を
「証拠ならあります。今この場に。ですが、お見せすることができなくて
ラトが
「冗談を言っている状況かな、ラト・クリスタル」
「いいえ、冗談ではありません。僕はあなたが無実の人間を
「はったりは
「その必要はありません。毒の杯を飲むことを、僕はもう止めません。ですが、その前に
「構わない。自由に時間を使いたまえ。しかし、
ラトはクリフに話しかける。
「クリフ君……僕は確かに、初めて君と会ったときに推理を
「…………
「君はそう言うけど、でも、僕の手紙をカーネリアン夫人に届けてくれただろ?」
「
「そのかわりに女神レガリアを見せてもらったじゃないか」
そのかわりに、ガルシアに殺されかけたのだと言おうとして、クリフは
ラトが迷宮街のどこかにいて、
そして竜人公爵やナミル氏といったただならない者たちとクリフが
「僕は君を相棒にしたことをちっとも
ラトはクリフに手を差し
そして、鉄のかたまりのように重たくなってしまったクリフの
その瞬間、激痛が
「僕はそうした人たちの助けになりたい。いっさいの悪を
きっとなれるだろうとクリフは思った。
ラトには特別な力がある。
まるで狂人そのものの行動をとり周囲に
クリフが迷宮街に来たとき、その心は
正しく生きたいと強く願ったが、しかし、セヴェルギン隊長たちを
それなのに、思いがけず始まった冒険のひとつひとつは
クリフは
楽しかったよ。
伝わらなくても構わなかった。
しかし、ラトは答えた。
「僕もだ」
ラトはクリフの
そしてステッキを手にして立ち上がり、控室のほうの扉へと
クリフはラトの姿を
「最後の杯は――……黒だ。さようなら、クリフ・アンダリュサイト。
アルタモント卿が
それは、最終的な
クリフはにやりと笑った。
ラトが最後の杯を読んでいたことをアルタモント卿はまるで知らないでいるのだろうと思うと、そのことが
クリフは震える手で杯を
石の
本当に死ぬのだろうか、と弱い心が言う。
本当に自分は死んでしまうのだろうか?
死にたくなかった。
絶対に死にたくなどなかった。
鉄の
ありとあらゆる希望が死をためらわせ、
すべての希望をひとつずつ振り払う度、それはしつこくクリフのもとに戻ってくるのだ。
どれだけそうしなければいけないという理由があったとしても、みずから死を選ぶということは恐ろしかった。
何度も何度も
これほどまでに恐ろしいことを彼女はしたのだと思う。
いまさらながら彼女の勇気に
ふがいない兄に自由を与えるために毒を
そしてその先は彼女とは別の行き先へと続いているのだ。
希望は人を
だが、いま、クリフの願いはひとつだった。
キルフェ、どうか幸せに。
いつも誰かに
セヴェルギン、そしてキルフェに。
そして……。
友人に。
ようやく手の
杯の中身が
ラトは
クリフは机の上に突っ伏して、二、三度
もう二度と
法廷には
永遠の
*
彼は夢を見ていた。
それは
その食卓はアンダリュサイト砦の食堂にあった。
テーブルの
その反対側には、幼い子供がいる。
彼の前には
三日ぶりにまともに与えられる食事であった。
少年の
皿の
しかし、彼が皿に手をつけないのは、食堂の空気が重たく静かで、まるで
「食べなさい」とイエルクは言う。「少しは食べないと強くなれないぞ」
いつも
しかし、そのとき、
イエルクが
だが、彼女たちは時折、突然思い
そうした後、決まって侍女は砦を去っていった。
「泣かないほうがいいよ、おじいさまは女性のなみだがおきらいなんだ」
窓がほとんどない砦の廊下は暗く、まるで死の国へ通じる地下道のようだった。
それが最後に見た夢であった。
クリフ・アキシナイトが
名前を変えても、身分を
しかし呪いはもはや、その魂に追いつくことはできない。
死者の国ではすべてが
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