第60話 探偵の館
オブシディアン家は
代々の当主は
彼らは《影の貴族》と呼ばれて貴族からも平民からも恐れられていたのだ。
その理由は、王国の
現在の当主グラスラーバ・オブシディアンは
探偵騎士団が
アルタモント卿は若い頃から探偵騎士団に強い興味をもっていた。
彼は入団を
ジェイネルの働きは王都の貴族の間でたちまち
これまで完全なる秘密組織であった探偵騎士団が
現在、アルタモント卿は団長として探偵騎士団の
「探偵の館は探偵騎士の大切な
「何度もお話しましたが僕は探偵騎士にはなりませんよ、パパ卿」
難しい顔をしているパパ卿に対し、ラトはあっけらかんとしている。
「パパもそれを応援してあげたいんだけどね、ラト……」
ジェイネルの
「アルタモント卿はそれで引き下がるような
「パパ卿。たとえ名字が違ったとしても、僕はパパ卿の息子です」
どうやらジェイネルは探偵騎士としても、貴族としてもアルタモント卿には頭が
たとえばラトのことがある。
ラトはアルタモント卿からペリドット侯爵家に
というのも、貴族が
オブシディアン家の力があれば国王のそばで
これはまさしくジェイネルとラトの
ジェイネルはラトの父親であろうとする限り、アルタモント卿の
クリフはジェイネルに
「マラカイト邸での事件をぶじに解決したのだから、ラトへの挑戦は決着がついたはずだ。なぜ俺たちが探偵騎士団に呼び出されなければいけないんだ?」
ジェイネルは答えず、かわりにラトが口を開いた。
「赤い手紙には僕の勇気を
「つまり、お前の試験は終わったから今度は俺ってことか。ますます気に
クリフが言うと、ジェイネルがクリフの両手を
そしてすかさず悲しげな子犬のような表情を
「そこを何とかお願いできないかな? クリフ君。きみがラトの助手をつとめてくれたら、引退後にはいい感じの
「……あんたがそんな感じだから探偵騎士団が調子に乗るんじゃないのか?」
「え? なんのこと? ちょっとよくわからないなあ」
アルタモント卿が指定した館は
常にロンズデーライトの星の輝きに照らされている王都の中でも、
そして探偵の館は、どの時間帯でもいずれかの塔の影が
この影のせいで館はその全体が
入口の両脇に
ジェイネルはラトとクリフを
「クリフ君、あれ!」
ラトが指で示した館の
小鳥は
「キエーッ!」
小鳥は耳をつんざく
鳴き声の
「パパ卿、盗みを働いたのは誰か、
「いいや……いまはまだ。しかし対面して
彼の緊張は演技ではなさそうに見える。「
探偵騎士たちの何に
いったい三人の到着をどこから見ていたのだろう。
館の扉は自然と内側へと開かれた。
ジェイネルから順番に人気のない玄関ホールへと
広々とした玄関ホールに、杖を手にした騎士たちの彫像が左右に三体ずつ置かれている。
正面には、また別の広間へと続く入口があり、二階へ上がるための階段が全体を取り
「探偵騎士ジェイネル・ペリドットが
ジェイネルがよく通る声を上げる。
そのとき、よく日に
みると、いつのまにか彫像のかたわらに人影が出現していた。
灰色の髪を
「パパ卿、
クリフがそう言ってジェイネルを下がらせたのは、その男が全身から
蛇の紋章は《サーペンティン
サーペンティン移動医師団は王国の内外を
そうした人物の足元に
しかも、その
サーペンティンの民といえば王国にいち早く
魔力を
それを
ラトも無言でクリフの
「やめてくれ、彼は私たちの敵じゃない!」
そのとき、視界の端にある暗がりが、ほんの一瞬その
ジェイネルの
考えるよりもはやく体が
鞘を半分ほどベルトから引き抜きつつ、左手側に大きく
それと同時に、
「ふうむ、
言葉が、そしてお互いの
敵の剣は鞘に食い込んだままだ。
クリフはそのまま鞘と柄を押し下げて敵の剣を
そして、みずからの剣を片手で抜き放ち、
この
一対一の戦いならば必殺の返し技だった。
「10点満点だったな」
別の声が――サーペンティンの男からもたらされた。
男はすでにレガリア銃を構えており、引き金は引かれた後だった。
クリフの剣は敵を
それと同時に紫色の雷が拡散し、
「あっ!」
次の瞬間、二人の武器は手から
男は
「ラト、クリフくん!」
ジェイネルがレガリアをかざそうとすると、銃弾がその足元を
タイルが割れて破片が飛び散る。
今度はレガリアによる魔術の
当たれば死ぬ
ジェイネルは
クリフの前にはツイードの上着を着た
いきなり剣を向けて来た
レガリア銃を構えているサーペンティンの男と同じくらいの長身だ。
しかし二人が並ぶと対照的にみえるのは、この紳士が服を着ていても
紳士はパイプ
「失礼——先ほどは計算違いをしてしまったようだ。さて、お次は互いに
紳士は剣を手放して上着を
「来ないならこちらから
紳士の身体が
踏み込みと同時に恐ろしく
拳そのものは
「何秒待ったとしても、君が有利になることはないぞ、少年」
アドバイスを送ったのはサーペンティンの男である。
何がなんだかわからないが、やるしかないのだと
その瞬間を
紳士は体の前に
速い。
しかも打撃のひとつひとつが体の
一発でもまともにもらったらどうなるかわからなかった。
必死に歯を
恐ろしいのは、獣のように
クリフが、なんとか攻撃に
彼の目は
おまけに苦し
いちかばちか、腰の後ろに差した短剣に
しかし、指先に強い電撃が走って握りこむことができない。
レガリア
その
吹き飛ばされながらもクリフは思考を続ける。
上半身への攻撃は
ではどうするか――。
いちかばちか、大胆に距離を詰め、足をねらうしかない。
紳士の構えからして、
着地したクリフは立ち上がらずに、地面の上を飛ぶように、できるだけ
紳士の足下で
だが、直撃を食らっているはずなのに、紳士はびくともしなかった。
絶望的な気分のまま、拳を受けない地面すれすれの高度を飛んで回し蹴りを放った。
普通なら
しかし、紳士はそれすらも
「クリフくん! これを!」
視界の
その剣があれば――殺せる。
そう考えたとき、目の前の紳士の
そこに、いままで読み取れなかった感情がはっきりと浮かんだのだ。
失望だった。
同時にクリフ自身も自分の考えというものに
剣を受け取るために立ち上がったクリフの体に、紳士が放った拳が刺さる。
またもや衝撃を与える直前で
「ふうむ、二分半だ。
拳がかすかに引かれ、再び突き出される。
ほんのわずかな距離から放たれた拳であるが、
助けに
「いったい何をするんだドラバイト卿。彼は我々の敵ではない。探偵騎士団の仲間なんだぞ!」
ドラバイト卿と呼ばれたのは、ツイードの紳士であった。
紳士は、戦いのときのあの恐ろしさをすっかりと上着のポケットにしまってしまい、
「それは
クリフは
ぐらつく視界であたりを見回すと、いままで
片方は顔を
ヴェールの奥からは
「ドラバイト卿の
「そうかあ?
「まあ、失礼ですよ。スティルバイト卿。わたくしのことはデリー夫人、または
ヴェールをかぶった老婦人の隣には、真っ赤な上着を着た金髪の青年がいる。
この顔ぶれの中では若く、まだ二十歳かそこらといった頃あいだろう。
そして全員が――サーペンティンの男以外は――それぞれにレガリアを
クリフにも彼らの正体がわかりかけていた。
そのとき、二階の奥から杖が床を鳴らす
音が鳴りはじめると、ドラバイト卿をはじめとしたこの場の全員が緊張し、耳をそばだてはじめ、落ち着きを失うのが見てとれた。
そうして現れたのは、すらりと背が高く、闇よりも
黒いコートを肩に
彼は二階の廊下の真ん中に立つと、玄関ホールをひと通り見回して、ピンと
「探偵の館にようこそ、クリフ・アンダリュサイト。わたしがアルタモント・オブシディアンだ。
みずからアルタモントと名乗りを上げた男が向けてくるまなざしは、その鋭さに
「じいさんなら死んだぞ。とっくの昔にな」
クリフが吐き捨てるように言うと、老婦人が首を
「さて、それはどうかしらね。イエルクは私が知る
「馬鹿馬鹿しい。あいつが
「そういうことがあっても何一つおかしいとは思いませんとも」
その言葉には、冗談を言っているとも思えない
アルタモント卿はそうした老婦人の物言いを、やはりクリフに対するのと同じく、
「デリー夫人、イエルクを知る探偵騎士であれば誰もが、あなたの言い分ももっともだと思うでしょうが……」
「まあ、わたくしとしたことが
「それでは
ドラバイト卿は何とも言えない気まずそうな顔つきだった。
両目を丸くし、感情の表現の仕方がわからないとばかりに大きな両の
「そしてドラバイト卿の相棒であり、
次に呼ばれたのはサーペンティンの男であった。
彼は銃を構えたまま、身じろぎもせずに
「探偵騎士団の
「なんでだよ。《恐れ知らず》か《
「《お
スティルバイト卿は
デリー夫人はわずかにスカートの
「それから、忘れてはならないのが《
アルタモント卿は指を鳴らし、その先を彼とは別の意味で青くなっているパパ卿へと向けた。
次に、そのまなざしはクリフの隣に立つラトへと向かう。
ラトはみずから、
「ご
「ここにいる理由は無いと言いたげだね、ラト」
「その通りではありませんか? 僕が王都に
ラトは
電撃の効果はすでに消えているようだ。
「これでお
そう言ってラトが探偵騎士たちに背を向けたそのときだった。
「それでは理由を与えよう。再会の記念品として
アルタモント卿の指先が、杖の先に飾られた
アルタモント卿は杖の先をジェイネルへと向けた。
すると、銃口を向けられ立ち尽くしていたジェイネルの頭上にある
そして、そこから
檻はタイルを
そしてがらがらと不快な音響を立てながら、取り付けられた太い鎖を巻き上げて天井の向こうへと上がっていくのだった。
「パパ卿!」
クリフはアルタモント卿を睨みつけていた。
「あんたたちは自分の仲間にも手を出すつもりか?」
「私が仲間にどのような仕打ちをするかは、君がこれから何をなすかによって決まる。しかし正義をなすためであれば、手段は選ばないのがオブシディアン家の
パパ卿を人質に取られたならば、ラトは
そうなると知っていてこの言いざまである。
正義とはこのような
「クリフ君。君は私たちにも、そしてラト・クリスタルにも隠し事をしているね」
「俺がイエルクの血を引いているって話なら、
「いや、さすがの私も
「いったいなんの話をしているんだ。罪?」
「そう……その通り、君は罪人だ。そして、それを隠してラト・クリスタルに近づいたのだ」
「何のことだ?」
「君にはガンバテーザ
「!」
「セヴェルギンという名前に
いきなりのことに、クリフは言葉を失う。
檻の中のジェイネルが
「クリフ君、アルタモント卿の話を聞いてはいけない! ほかの探偵騎士たちもだ! 事実無根だ、彼はクリフ君を
ジェイネルは
《心》のレガリアのきらめきは二本の矢となって、クリフとラトの心臓を
「おいおい、
スティルバイト卿の
「むしろ
アルタモント卿のその瞳には相変わらず
その感情が何なのか、クリフにはわからない。
それはジェイネルがラトやクリフを見つめる優しさや
「私、アルタモント・オブシディアンは探偵騎士団団長の名と
どちらからともなくクリフはラトを、そしてラトはクリフに視線を向けた。
そのとき、ラトの瞳は
ペリドット卿ジェイネルが最後に残した鉱石スキルは《対象となった者の心のうちを、いかなる方法をもってしても他者からは読めなくする》というものだった。
このときラトは、いつもならばそのしぐさや表情の変化で手に取るように読めていたはずのクリフ・アキシナイトが
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