第59話 泥棒
客室に何者かが侵入したという
その
クリフが使っていた部屋はテーブルが横たわり、
さらに翌日になると、リンゴが二個と銀のナイフが一本、洗濯部屋にあったシーツと
いずもささやかな品々であり、高価な
とはいえ侵入者は
しかし、それにしては説明のつかないことがあった。
すなわち、犯人の姿がクリフの祖父にしてアンダリュサイト砦のかつての
「本当に侵入者はイエルクの姿をしていたの? 君の
翌朝、朝食の席でラトは
妄想や幻覚を
「なんでイエルクの変装をしていたのかは知らないが、
クリフは侵入者の姿を見失ってすぐ、窃盗犯が
そこにはしっかりと体温が残されていた。
それからすぐに
クリフは
「
「何を
「何って……服だよ」
「服ね。下着でもシャツでもなく、ずいぶんぼんやりした
「いいだろう別に。古いもので大した価値なんかないんだ」
「まあいいや。それよりも、君の部屋に出現したイエルクのことだけど、本人が墓場から
「ああ……。だが、確証はない。なんとなく、話し方が違う気がするってだけで……」
しかし、昨夜、薄暗い部屋でソファに腰かけていたのは、見た目だけならば確かにイエルクそのものであった。
二人の話を横合いで
「声か。おもしろい
昨晩、ジェイネルの過去を耳にしたばかりのクリフにとっては、どうにも感想の言いづらい話題である。しかしジェイネルは
「見た目にはまったく同じで、声も
「でも、姿を見たのは一瞬でしたし……」
「それじゃあ、私が思い出すのを手伝おうかな。目を閉じて
ジェイネルの言われるがままクリフはまぶたを閉じる。
耳元から、
「人は忘れたと思っても、記憶が完全に消え去るということはないものだ。昨日のことを順番に思い出してごらん。昨晩、君は私の部屋を出たあと、どうしていた?」
ジェイネルの声に導かれるがごとく記憶を
記憶の中のクリフは客室の扉を開き、視線をめぐらせ、再びイエルクに対面した。
「イエルクがいる?」
「はい。やっぱり、すごく似ています」
あの
「見た目は本人のものなんだね。だったら
「香り……?」
ジェイネルに言われるがまま、そのことに思いを
すると、
「何もしない……!」
クリフは、祖父の
それどころか、その人物からは、およそ
なんのにおいもない人間というのは、かえって
まぶたを開けると、微笑んでいるジェイネルの顔がみえた。
彼がかざしているステッキからは、
その光に当たっていると、不思議に心のとげとげした部分が落ち着いていくのがわかった。それは自然な心の働きというよりは、強制的な働きだった。
怒りたくても怒れない、
「これは私のレガリア。肉体ではなく人の精神に働きかける《心》のレガリアだ。君が心を落ち着け、記憶をよみがえらせるのを手伝ってもらったんだよ」
「なんだか危険そうなレガリアですね……」
「そうでもない。
「探偵騎士はみんな探偵のレガリアを使うのかと思っていました」
「探偵のレガリアは特別なレガリアなんだ。使えるのはラトしかいないよ。しかし、これでクリフ君の言い分はまんざら
ジェイネルが執事を呼ぼうとすると、ラトがそれを止めた。
「その必要はありません、パパ卿。僕はすでにこの事件の犯人というものに
「ラト、これが探偵騎士団のしわざだっていうのか?」
「その通りだよ、クリフ君。僕たちがカーネリアン邸を出発した日のことを覚えているかい? ——
思い返してみると、それは三ヶ月も前のことで、ピンときたと表現するにはあまりにも
マラカイト博士の事件や、二か月に渡る
「そういえば、そんなやつもいたような気がするな」
「君は命を
「命を狙われていたかどうかは、お前の
「推理だ! まったく、クリフ君はお
「なんだと!」
くだらない
「ラトにもお友達ができるなんて、パパはとってもうれしいよ。でもラト、私はこの
「はい、パパ卿。おそらく泥棒は探偵騎士団が
クリフは複雑な表情である。
「探偵騎士の仲間がなぜ、同僚であるペリドット侯爵家で盗みを働くんだ?」
「もちろん、それは僕らの目を
「本当の目的?」
「それはまだ僕にもはっきりと見えていないんだ。先に、泥棒の
そう
「いや。じつは、窓から出ていったところまでは見ていないんだ。
「ふむ。じゃ、君は窓の下を走り去る犯人を見たわけではないんだね」
「
「なるほどね。よかったね、君。犯人にその気があったなら、そのまま窓の下に突き落とされていたかもしれないよ」
「えっ?」
クリフが思わず声を上げる。そのそばで、ジェイネルも深く
ラトは説明を続ける。
「つまり、こういうことだよ。犯人は窓を開けてみせただけで、そこから外に出たというのは、単なる君の思い込みだということだ。もしも庭に降りたとしても、タウンハウスの構造上、そこから外に出ることは難しい。この屋敷の使用人たちは特殊な訓練を受けていて、こそ
「じゃあ、犯人は窓から逃げたと見せかけておいて、室内に
「だから、犯人はレガリアの力を使って姿を
「いくらレガリアの力といったって、そんなことができるのか?」
「不思議かい? でも、むしろ猫に姿を変えられるなら、ほかにどんなものでも変装できると思うのが自然だと思うね」
「そうかもしれないが……。だが、物に変化したって足がついているわけでなし、自分で逃げ出すこともできないんだぞ。それに、室内にあったものの数は屋敷のメイドたちが針一本にいたるまで完璧に管理している。すぐにバレてしまうじゃないか」
「そうだ。だから、その人物は、
「そんなに
頭ごなしに否定しようとしたクリフの言葉は
「考えてみれば、確かに……」
あの状況下で、ただ一つだけ、それだけは誰からも見とがめられず、数を数えられることもなく、屋敷の外に
「そう。
昨晩、犯人はメイドや使用人たちと
メイドたちはそれが犯人であるとは
犯人は、こうして誰にも見とがめられることなく
すべての推理を聞き終わると、ジェイネルはラトにゆったりとした
「お
「パパ卿、この件も探偵騎士団の挑戦と受け取ってもよろしいでしょうか」
「いや、残念ながら、この私の
犯人がガラスの破片に変身したと気がついていたなら、そのときにガラスの破片を
なぜラトが犯人を見逃したのかについては、ペリドット侯爵家の主としては疑問だろう。
「それはもちろん、犯人みずからに
ラトはそう言って自分のステッキをみせ、胸を張ってみせた。
「新しい鉱石スキルがまた出たのか?」
「そう! 数々の
そう言って、ラトがスキルの力を解放する。
すると、ステッキの持ち手の部分が変形した。
風船のように丸く
「これはね。現場から持ち去られた物がどこに行ったか、探し出してくれる便利な鉱石スキルなんだ」
「おお、まさに今の状況にぴったりじゃないか」
そう言ってクリフが珍しく
おそらく、前のスキルが発動したときにクリフが「役に立たなそう」と言ったことを気にしていたのだろう。
「さあ、僕の追跡者よ。クリフ君の客室から持ち去られた花瓶のかけらを追いかけたまえ!」
ラトに
そして、思いがけない素早さで窓ガラスを
翼がかすめたクリフの
元はといえばラトのステッキの
「あ…………
食卓には割れた窓ガラスが舞い散り、
しかも、飛び去った小鳥はもうどこに行ったかわからない。
なにもない平原とかならともかく、背の高い建物が
それこそ、あらかじめ竜人公爵に空から見守ってもらう、とかでもなければ難しいだろう。
「あれぇ……? こんなはずじゃなかったのに……」
パパ卿の前で、せっかく
そのときだった。
タウンハウスの前に黒い馬車が
馬車にはオブシディアン家の
手紙はラト・クリスタルとクリフ・アンダリュサイトに
『探偵の
内容は
手紙はメイドが
「行きたくないなら行かなくてもいいんだぞ」
「どうして? 君はこの一連の
ラトは昨晩、クリフがなぜジェイネルの部屋を
クリフは、ラトが王都に来るまで二か月もの間あちこち遠回りをしたのは、探偵騎士団と
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