第57話 名探偵の資格
「アルフレッドはともかくとして、
「ああ。あのふたつの事件は関連しているんだよ」
「とっくの昔に気づいていたんだな」
「
「確かなのか?」
「いまは、それ以外の可能性はないと思ってる」
「いつから気がついていた?」
「最初にマラカイト邸を
クリフが記憶をさかのぼってみると、確かにそのような出来事があった。
あのとき、クリフは使用人の
「確信を得たのは今日になってからだ。談話室で、僕が《離れの石蔵に魔法の
「ああ……」
「博士が喜んでいらしたのは、これはあたりまえだ。長年の研究がようやく
「つまり、どういうことだ? まさかリサが実験に
「そうじゃないよクリフくん。博士の実験はね、成功するはずがないんだ」
「成功するはずがない……?」
「可能性はあったよ。たとえば
こうなるとクリフは
沈黙の
「博士は確かに科学者としては
「しかし、リサは実験が成功すると言っていたじゃないか」
実験が行われた夜、ラトがリサに「実験は成功すると思うか」と訊ねたことを、クリフは覚えていた。
「あれは明らかな嘘だった。もしも心からそう信じていたなら僕の目を見て言ったはずだし、今日だって魔法の兆候があったと聞けば博士と共に喜んだはずだ。彼女は
「リサはなぜ、失敗するとわかっていて……
「もちろん、博士をがっかりさせないためだよ」
「しかし、とても信じられない。実験が行われる前後、リサはほとんどの時間を俺達と一緒に過ごしていたはずだよな」
「ああ。君が
「じゃあ、いったいどうやって毒ガスを実験室に流しこんだんだ? アルフレッドの
「それは、アルフレッド自身が毒ガスを
「まさか本当に魔物が出たとか言いだすんじゃないだろうな。アイツが自分を
「君の言う通りだ。この方法がどんなものだったのかについては、僕はとうとうアルフレッドが死ぬまで気がつかなかった。でもヒントはすでに手にしていたんだよ。最初の事件だ」
そう言ってラトが取り上げたのは、探偵騎士団から送られてきた第一の事件の詳細だった。
そこには崩れ落ちた霊廟の下敷きになって死んだ
「事件の現場にあったものをよく見てごらん」
「石材と……
現場にあったもの、と言われても、まだ住人もいない新品の霊廟にあるものは、そう多くない。どんな
しかしラトの考えでは、それだけで十分のようだった。
「そう、蝋だ。あの晩にも言った通り博士の霊廟は蝋の量だけが、やけに多い。全てを
「リサがあの霊廟を? 彼女にそんな
「力は必要ない。なんなら、霊廟に
「魔法みたいな話だな」
「そうかもしれない。でも魔法は必要ないんだ」
ラトはかたわらに置いた石ころを取り出してみせた。
白い大理石のかけらのようだ。べたべたした油のようなものがこびりついている。
どうやら
「これはタウンハウスに戻った後、探偵騎士団に連絡して持って来させた証拠品だ。霊廟のあったところに落ちていた石材の一部だよ。いま、探偵騎士団には崩れた石材を使って霊廟の建て直しをさせている。明日の朝にも、結果が出るだろう。建て直しは不可能だと……」
「不可能?」
「石材が足りないからだよ。石でできた建築物は、ただ崩れただけなら石材を組み直せば元通りになる。でもあの霊廟はちがう。アーチ形の構造建築には必ず必要な
要石、キーストーンと呼ばれるそれは、半円状の建築物、すなわちアーチ構造の頂点に使われる石材のことだ。
橋などにも使われるありふれたその構造は、
だから、頂点に打ち込まれる要石は、無くなれば構造物全体が
「僕の考えが正しければ、あの霊廟の要石はもともと砕けていたに違いない」
「砕けた要石なんかで、そもそも霊廟が建つはずがないだろう」
「その通りだよ、クリフくん。それこそが霊廟に仕掛けられた恐るべき殺人の
自然と、クリフの視線はラトの手の中にある証拠品へと
「事件当夜、ニック・ナイジェルは霊廟へと呼び出された。彼は老科学者が王家の
三か月近くも前とはいえ、
誰もいないとはいえ真夜中の共同墓地にはあやしい空気が
ニックは言われたとおり、真新しいマラカイト博士の霊廟の内側でリサを待っていた。
しかしリサはなかなか
冷え込みはどんどん厳しくなる。
「ニックは寒さに
とうとう、要石は抜け落ちてしまった。
その
「この
「そんなことになる前に、ニックは霊廟から逃げ出す事はできなかったのか?」
「僕ならニックが霊廟に入ったのを見届けた後、扉が開かないように仕掛けをしておくよ。もちろん霊廟の中にはマッチと
それはあまりにも恐ろしい考えだった。
みずからは手を汚さずに自然と人を死に追いやるやり口もそうだが、一番恐ろしいのはあの大人しそうなリサがそれを考え出したのだという事実だ。
「この仕掛けに
「そんなことはあり得ない。だったら、ラト、お前を
「よく考えてごらんよクリフくん。霊廟のときと同じなんだ」
「同じ?」
「あらかじめ鉄パイプは蝋で
クリフは「あっ」と声を上げたいのを、すんでのところで
「僕らが確認したとおりアルフレッドはあの晩、寒さに耐えかねて暖炉に火を入れた。部屋が
蝋が溶け落ちてしまうと、もともと開いていたバルブからはガスが
「それで、毒ガスを吸いこんで……だからアルフレッドは死んだのか」
「そうだ」
実験室でラトがバルブに手を伸ばしたとき、リサが声を上げて止めたことを思い出す。あれはラトや他の
あのときすでに蝋の仕掛けはパイプに
おそらくは霊廟でニックを殺したあとからずっと、リサはアルフレッドを殺害するタイミングを
「漏れ出した毒ガスを止める方法はなく、最終的に部屋に
「証拠はあるのか?」
「もちろんだとも。リサが思いついた殺人計画、それ
クリフはため息を吐いた。
そこまで証拠が
「
「そうだろうね。たぶんリサがニックに
失敗するとわかりきっているような、とんでもない実験に
「リサは見返りとしてアルフレッドに体の関係を求められ、そして裏切られたんだ。でも彼女はアルフレッドに
リサはそれほどまでに博士のことを信頼し、尊敬していたのだ。
そのことを考えると
「ラト、そのことを……黙っていることはできないのか?」
「クリフくん。それは犯人が誰であるかを
「そうだ。アルフレッドはクソ野郎だし、ニックだって同類だ。悪いのは奴らであってリサじゃない」
「仮に僕が沈黙したとしても、探偵騎士団はすでに真実を見通している。いずれ
「じゃあ、それは探偵騎士団にやらせればいい。ラト、お前が真実を博士に直接告げる必要はない。お前だって博士のことを
ラトは黙って闇だけを見つめている。
冷たい風が吹く。
ラトは膝のうえで
もとよりラトの
マラカイト邸で
「最初に僕の元に届けられた赤い手紙には、僕の勇気を
アンダリュサイト砦でラトはクリフの味方をしようとした。
そして最終的にはそのことが
事件の
博士の人生を
いかにラトが
「探偵騎士団がなんだと言うんだ。もう一度言うぞ、ラト。それはお前じゃなく探偵騎士団がやればいいことだ」
クリフはわざと声のトーンを押さえなければならなかった。
その言葉の内側には深い怒りがあった。
探偵騎士団はこの事件がどこに向かうかを
その事実を考えるとクリフは
しかし、ラトはクリフの意見に同調することはなかった。
「この事件の真相を明らかにする者がいるとしたら、それは僕であるべきだと思う。考えてみてごらんよ、クリフくん。もしもリサが……実験が失敗すると初めから知っていたとして、そのことを博士に伝えられていたとしたら、二人の人間は
「真実がそれほど大事なことだとは俺には思えない」
「大事なことだよ。探偵である前に人として僕は真実を告げなければならない」
「そうすることで尊敬する師を失い、博士とリサを
ラトは答えなかった。
言葉にするのが
翌日、ラトは博士とリサを談話室に呼び出した。
そしてリサの目の前に、研究で使われた《ロンズデーライトの星》の
それはリサの部屋の床下に隠されていたものだ。
リサは顔を青くした。
そして自分が
アルフレッドは博士の実験に望みがないことを知り、ロンズデーライトの星に目をつけた。
売り払えば一生遊んで暮らせるだけの
アルフレッドはリサと関係を持ち、実験に参加した。そして実験が失敗に終わるだろうことを知って、このレガリアを盗ませようとしたのだ。そうしなければ、博士に真実を伝えると言って。
リサは何とか理由をつけて
実験室に入ったアルフレッドはレガリアを
リサはそれをスカートに
その晩に死んでしまう男のためにレガリアをすり
その後、持ち帰ったレガリアを処分することはできなかった。
タウンハウスではラトの
そして、決定的な証拠がリサの部屋に残ることになった。
こうしてリサはすべての罪を
後日のことではあるが、ラトは探偵騎士団を通じ、アルフレッドが肉体関係を
マラカイト博士はリサの頼みで、リサの実家で暮らしている妹のマリアを新たな助手として引き取った。
ラトは事件以降マラカイト博士と連絡を取ることはなかったが、ひと月ほど後になって、報道により博士が研究を再開することを知ったのだった。
《円卓からの挑戦状 おわり》
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