第56話 見果てぬ夢を見続ける者たちへと告げる
まず、
炎によって周辺は
続いて石蔵全体が破壊されて、激しい炎に巻き込まれる。
少し
ラトとクリフはそれぞれ座っていたソファから転げ落ちた。
マラカイト邸を
石蔵の実験室はすっかり破壊されている。毒ガスの入ったタンクも
それを見たラトはすぐさまマラカイト博士の部屋へ、クリフは二階へ上がってリサの部屋へと飛び込んだ。
リサはまだ起きていた。よほど恐ろしかったのだろう、
「クリフさん、今の音はなんですか?」
「話はあとだ。今すぐ
混乱しているリサを
先にラトに連れ出されていたマラカイト博士は、暗闇の中で
「じ、実験室が! ワシの実験室が燃えておる! ワシの研究はどうなったんじゃ!?」
「研究どころじゃありませんよ、博士。すぐに周辺の住民を
「ええい、離せラト。あれだけ
「それを確かめるまでは誰も近づけませんってば!」
「離せ! あれはワシの研究じゃっ……! ワシの、ワシの大切な実験なんじゃ~っ……!」
*
マラカイト邸の周辺はすぐさま
とはいえこの
毒ガスは爆発によって
博士の言ったとおり、火がついたことでガスの
その間、マラカイト博士とリサはクリフたちと共にペリドット家のタウンハウスに
なにしろ
彼らは
博士とリサは
ラト・クリスタルとクリフ・アキシナイトのふたりは博士たちのかわりにマラカイト邸へと
しかし離れは
天井は
あたりには人工迷宮発生装置の部品が飛び散っている。
このぶんでは、ロンズデーライトの星の
遺体は全身が黒く焼け
いけすかない男ではあったが、このような死に方をしたとなると、同業者だということもあって
ラトは現場と遺体を
タウンハウスでは、マラカイト博士とリサが待ち構えていた。
「ラト、わしの研究はどうなったのじゃ!? 実験は成功したのか!?」
使用人たちはこの
談話室にはすでに
それも
博士の席にはミルクが
「マラカイト博士、アルフレッドは
マラカイト博士は実験の結果ばかりを知りたがったが、しかし、ラトが
そのときになって、マラカイト博士はようやく実験の協力者のことを思い出したのだろう。流石に
「ああ……そうじゃったか……。奴には気の毒なことをしてしまったのう」
「念のため、司祭様にも来ていただきましたが、アルフレッドが
ラトが説明すると、マラカイト博士は明らかに
実験が失敗に終わったことを
もしも実験が成功し、離れが迷宮化していたならば、アルフレッドは蘇生するはずだからだ。
「しかし、博士、爆発によって装置が破壊されたせいかもしれません。もしかしたら、実験は成功していたのかもしれないのですよ」
リサがかけた
彼女にとっては、資金と引き換えに体の関係を
それは一種の
「爆発は何らかの原因でタンクの中に入っていた毒ガスが
ラトが訊ねると、リサがみずから
「私です。みなさんと実験室に入ったときに……。もしかして、バルブがゆるんでいたのを見逃してしまったのでしょうか」
「いや、そうじゃとしたら、ここにいる全員が毒ガスを
不安そうなリサを、今度はマラカイト博士が
「それくらい毒ガスは強力なものなのですね、博士?」
「当然じゃ。場合によっては、ワシが吸っていたかもしれない毒ガスじゃぞ。長く苦しむよりは、ひと息で楽に
「
それは実際に現場に行き、共にアルフレッドの遺体を確認したクリフには、にわかには信じ
「本当か? ラト。あれだけ
「確かだよ、クリフくん。強い熱で衣服や髪、
女性の前でするにはどうにも
「それから、もうひとつわかったことがあります。現場の
ラトがレガリアの
事件現場で魔法を使用したかどうかがわかる魔力探知の
そのときは魔法が使われたかどうかがわかるだけで大した
「本当かっ? つまりそれは、ワシの研究が成功したということか!?」
再び、アルフレッドの
博士は
リサはその隣で目を見開き、
しかし、続くラトの言葉はどちらもを
「さて、残念ですが、成功したかどうかまではわかりません。実験中、アルフレッドは離れで何度か魔法を使い、装置の効果を
「なんじゃ、ぬか喜びさせよって……」
博士は
しかし
「いや、しかし……そういうことなら……」
「どうしたのですか、博士」
「ふうむ、もしかするとじゃぞ、ラトよ。あの
「そうですね。あの晩、僕とクリフ君は
実験室からアルフレッドが出て来ていないことも確かだ。
そもそも
鍵を持っていたのは博士自身である。博士の世話をしていたリサも持ち出すことはできるだろうが、彼女は自室に戻った後、外出していない。
リサがもしもこっそり出ようとしたとしても、廊下や階段の
博士にいたっては不自由な
「では、毒ガスのバルブを開けたのはアルフレッド自身なのではないか? 考えてもみよ、部屋にはアルフレッドしかいなかったのじゃ。毒ガスを流出させることができたのはアルフレッドしかおらん」
博士はどこか
ラトは紅茶のカップを受け皿に
「じつに興味深い
クリフもラトと
バルブを開けたのがアルフレッド自身であるということは考えたが、直前にリサに迫っていた
しかし、マラカイト博士には
「つまり――つまり、じゃ。わしの実験は成功したのじゃ。魔物じゃよ、ラト。おそらく、あの晩、実験室には魔物が出たのじゃ!」
老科学者はそう言って
「そう考えればすべて
「なるほど。もしも魔物が出たとしたら、アルフレッドは戦おうとしたでしょうね」
「そうとも。しかしだ、ラト。もしかしたら……いや、きっと、そこで想定外の出来事が起きたのじゃよ。その魔物は
「ふむ、続けてください」
「まだわからないか、ラト。探偵騎士ともあろうものが!」
ラトは探偵騎士ではないが、マラカイト博士にとってはジェイネルの息子というだけで、同じようなものなのだろう。
「アルフレッドは魔物を外に出すまいとして、わざと毒ガスを使ったのじゃ!」
毒ガスを使えば魔物を殺せると思ったのか、それとも、もう少し知恵を働かせてガスに
わからないが、しかし彼は王都に魔物を放ってはいけないという
そして毒ガスを吸ったアルフレッドはその場で死亡してしまった。
部屋にはガスが
魔物はその衝撃で
この主張が確かなら、離れには魔物がいたということになり、実験は成功したということになる。
博士はいま
「科学の道を
「博士……おめでとうございます……!」
「おお、リサ。お前もよろこんでくれるか」
「はい、博士。博士の
リサも涙を流していた。
ふたりは手をしっかりと握りあい、まるで親子のように
そんな二人を、ラトは物も言わずにどこか遠くから見つめていた。
クリフはラトの様子をみて、はっとした表情を浮かべる。
ラトは紅茶に全くと言っていいほど手をつけず、そしてその瞳は恐ろしいほど
長いまつげに
マラカイト博士はその視線に気がついていなかったが、リサは違った。
彼女はどこか
ラトは博士の
しばらくステッキを手にして立ち上がり、
「僕はいましばらくひとりで自分の考えというものをまとめたいと思います。今日はこれで失礼します」
そう言って自室に帰って行った。
表情といい、
その
その後、ラトは夕食の席にも姿を現わさなかった。
クリフはジェイネルの
だが今夜は急な用事が入ってしまったとかで、どうあってもタウンハウスには戻らないと知り、あきらめて寝室に帰ろうとしていたときのことだった。
窓ガラスごしにラトの緑色の頭が見えた。
初日に昼食をとったテラスだ。
クリフはいったん通り過ぎようとしたが、少し考えてテラスに出た。
ラトは
ひざ掛けの上には赤い手紙が
夜空にはレガリアの光の
その光は星座のいくつかをかき消して、眠れぬ夜をさらに寝つきにくいものにしている。
しかしそれでも光の届かないところはあるようだ。
ラトのまなざしは手紙ではなく、中庭の、そうした何もない
クリフは黙りこくっているラトの隣に腰かける。
とくに何か考えというものがあったというわけではない。
しかし、
無視をするのも
しばらく、お互いに
ラトは手紙を一枚手にとると、
手紙は紙飛行機になる。
それを手に取って
「よく飛ぶな」
クリフが思わずそう口にすると、ラトが答えた。
「以前、博士が折り方を教えてくださったんだ」
テラスの床に落ちた紙飛行機を、ラトは
「……博士はね」
ラトは小さな声で
「昔から探偵騎士がきらいだったけれど僕には何でも教えてくれたよ。
「そうか。
「うん、僕はそんな博士のことが、パパ卿の次に大好きだったよ」
「なあ、ラト……。もしかすると、お前はもうとっくの昔に事件の犯人に
クリフがそう言うと、ラトの無表情の仮面はたちまち
ラトは
「どうしてそう思うの?」
「俺には事件のことはわからないが、お前とはちょっとした付き合いだ。様子がおかしいことくらい気づくさ」
昼間、ラトは博士たちの前で明らかに
そう言うと、ラトの表情はいよいよ
奥歯を
クリフには、いま、ラトが何を
だからラトが次の言葉を口にしたときも、クリフは
「……事件の犯人はリサだ。彼女がアルフレッドと、新聞記者のニック・ナイジェルを殺害したんだ」
あのリサが、という気持ちと、やっぱりか、という気持ちが同時に押し
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