第54話 閃光のアルフレッド登場


 ラトが話していた通り、かつてチェネク・マラカイトことマラカイト博士は王室顧問学士おうしつこもんがくしとして先代国王陛下の相談役そうだんやくをつとめていた。

 博士はしょっちゅう宮廷にまねかれ、竜巻たつまきやガラスのトリックで貴族たちを楽しませ、多額たがくの研究費を支給しきゅうされて順風満帆じゅんぷうまんぱんな研究生活を送っていた。

 しかし探偵騎士団が颯爽さっそうと王宮に現れると、その立場は一変いっぺんしてしまった。

 探偵騎士団たちはその明晰めいせきな頭脳と探偵術たんていじゅつによって王宮のみならず、王国にはびこるありとあらゆるなぞを解明し、王家をなやませる諸問題しょもんだいを解決してみせたのだ。

 竜巻はショウとしてはすばらしいかもしれないが、貴族たちの悩み事までばしてくれるわけではない。

 とくに博士の立場を台無だいなしにしたのが、若かりし頃の探偵騎士ジェイネル・ペリドットである。

 今でこそパパ卿と呼ばれ父親役が似合うような男ではあるが、当時は眉目秀麗びもくしゅうれい色男いろおとことして知られており、様々な令嬢れいじょうとありとあらゆる浮名うきなを流していたのだ。

 侯爵位を持つ紳士然しんしぜんとした探偵騎士と歯の抜けた白髪頭しらがあたまの奇妙なジジイ、どちらが宮廷きゅうていウケするかといったら、それは圧倒的に前者だ。

 こうしてマラカイト博士はしだいに人気を失い、閑職かんしょくへと追いやられていった。

 そして探偵騎士びいきの王子が即位そくいすると、とうとう顧問の座を剥奪はくだつされ、引退いんたい余儀よぎなくされたのである。

 マラカイト博士は探偵騎士団に相当のうらみつらみがあるのだろう。

 その名前をきくだけで顔を真っ赤にふくらませている。


「ウチの墓がくずれたのは、あれはただの事故じゃと伝えておけ、ラト! あの霊廟れいびょうはワシが家財道具かざいどうぐから研究道具まで一切合切いっさいがっさい処分し、人生最後の住まいとして用意したものじゃ。ぺちゃんこになってツラいのはワシじゃぞ!」

「霊廟の下敷きになったニック・ナイジェルという男に面識めんしきはないのですか?」

「あるわけなかろう! どーせつまらん三文記事さんもんきじのネタにしようとしょうもないたくらみをしよったに違いない! なんなら、ニックなんたらとかいう奴がワシの墓に細工さいくしたに違いない!」

「何か証拠しょうこでもあるのですか?」

「いいや。だが、あれが事故でないという証拠も無いのだぞ! それなのに探偵騎士団どもは墓所ぼしょ封印ふういんして、壊れた霊廟のて直しもさせず、おまけに事件が解決するまでワシの個人的な実験も中止させるとか言って来たのじゃ!」

「ふむ……」


 ラトは博士のいかりをおだやかに受け流しつつ紅茶のカップをかたむけている。

 どうやら、マラカイト博士はくずれた霊廟の下であわれな男が下敷きになった事件が、ラトの力試しに使われていることまでは知らないらしい。

 あくまでもラトのことを探偵騎士団の使いだと思っているようだ。

 もちろん、その微妙びみょうな違いについて知っていたところで、マラカイト博士にはどうする手立てだてもないというのが悲しいところである。

 ラトはいつも通りマラカイト博士をつぶさに観察していた。

 その眼差まなざしはマラカイト博士の表情やしぐさを読み取り、家の中の家具にまで向けられる。

 その視線が、使用人であるらしいリサに向けられる直前——。


「おいリサ、ワシのミルクはまだか! ワシは、紅茶こうちゃ砂糖さとうは入れんがミルク派だと何度言ったらわかるんじゃっ!」


 マラカイト博士が一際ひときわ大きな声で怒鳴どなり散らした。

 リサは青い顔つきで全身を強張こわばらせ「はい、ただいま」とつぶやき、キッチンにかけこんでいく。


「フン! 田舎娘いなかむすめはこれだから気がかぬわ」

「彼女は博士が最近やとわれたメイドですか?」

「うむ。二年くらい前になるか。ワシもトシじゃ。病気をわずらって両脚りょうあしがこんなになってしもうてのう。リサを雇って身の回りの世話と研究の準備をさせることにしたのじゃ」


 リサがミルクを入れた小さなカップを手に戻ってくる。

 リサは金色の髪がまじった明るい色合いの赤毛あかげを頭の後ろでまとめ、老婦人ろうふじんがつけるようなシニヨンキャップでまとめている。分厚い眼鏡めがねをかけていて表情がわからないものの、年齢はまだ二十代の前半くらいではないだろうか。

 喪服もふくのような服といい、まるで思いがけない若さを隠そうとするような格好だ。

 リサの、ミルクを差し出す指先がふるえているのを見ると、博士は舌打したうちをした。


「もうよい、リサ、お前は部屋に下がっていなさい」


 リサは黙って会釈えしゃくをすると逃げるように居間から出ていった。

 階段で二階に上がったのが天井板のきしみによって伝わってくる。

 クリフには、マラカイト博士のそれは使用人に対する態度たいどとして少しきびしいものではないかと思われた。だが、ラトは何も言わずに話題を元に戻した。


「マラカイト博士、博士が行っておられる科学実験は、もしかすると博士の悲願ひがんであるあの研究にまつわるものではありませんか?」

「うむ。その通りじゃ。わしと、そして今は亡き先王陛下せんおうへいかとの大切な約束でもある。あれを成功させるまでワシは死ねない」


 深いしわおおわれたマラカイト博士のまなざしにいっそう熱がこもる。

 クリフはラトにたずねた。


「あの研究ってなんなんだ?」

「それはね、人工迷宮じんこうダンジョン発生装置の研究さ!」

「じ、人工……迷宮……!? なんだそりゃ……」


 クリフにとっては科学ですら手にえないというのに、ラトが口にしたのはさらにをかけてとんでもない言葉の羅列られつだった。


「その名の通り、人間の手で、迷宮を作っちゃおうという、人類史上かつてないほど先進的せんしんてきな試みのことだよ!」

「迷宮って……俺の知ってる迷宮のことだよな……? 魔物がウヨウヨいているアレキサンドーラじゃおなじみの……」

「そう。クリフ君たちが日頃、レガリアを求めて命がけで探索してるその迷宮だ。それを人の手によって作り出すんだよ!」

「聞けば聞くほどよくわからないんだが……」

「こんなにわかりやすい話なのに、何がわからないの?」

「そもそも人間なんかにそんなことできるわけないだろっていうのは置いとくとして……迷宮を人工的に作るってのは、わざと作るってことだよな。なんでそんな危険なことをするんだよ」


 知っての通り、レガリアを産出さんしゅつする迷宮は冒険者たちのかせぎ場である。

 しかし迷宮内部から生まれるものはレガリアだけではない。

 地上ではお目にかかれない摩訶不思議まかふしぎな生命体、魔物たちも迷宮内で生まれてくる。魔物にはレガリアと同じく魔力をたくわえる性質があり、迷宮内からあふれだして地上に出て来るととんでもないことになる。

 まだ魔物が迷宮内にいるうちに殲滅せんめつできず、外に出てきて大変なことになってしまった一例が竜人公爵であると言うとわかりやすいだろう。

 この迷宮がどうして生まれるのかについては、諸説しょせつある。

 迷宮であればどんなに小さい規模きぼのものでもレガリアを持つため、女神がもたらす奇跡の一環いっかんではないかと言われることもある。

 そんな迷宮を人間の手で生み出そうというのは、可能か不可能かという議論よりも前に、不敬ふけいきわみのように思えた。


「迷宮を人の手で生み出せるようになったら、確かに危険もあるね。でも、いいこともあるよ、クリフ君」

「んなもんあるわけないだろ……」

「そうかな。じゃあ、女神の加護かごのひとつであり最大の祝福しゅくふくでもある魔法について考えてみるのはどうだろう。迷宮の内部で発生する現象の中で、もっとも人間に有益ゆうえきなものだよ」

「魔法?」

「クリフくんも知っての通り、魔力は万物ばんぶつ宿やどる。しかし人間に宿るそれは微々びびたるもので、普通にらしていくぶんには目にすることもない。だけど女神の加護かごを受けられる迷宮の中では違う」


 そこでは人も奇跡の力を発揮はっきする。

 たとえば、迷宮の内側ならば、死んだ人間を蘇生そせいさせることさえ可能だ。


「なるほど、そうか。もしも人工的に迷宮を作り出すことができるなら、迷宮の外でも自在じざいに魔法を使うことができるってことか……」

「ケガや病気の治療ちりょうも思いのまま、というわけ。それに研究が進めばゆくゆくは、レガリアがなぜ迷宮の中に生まれるのか、その仕組みも明らかになるだろう。そうすれば人工迷宮の中で人工のレガリアを産出さんしゅつできるようになるかもしれないよ」


 そう考えると、マラカイト博士の研究は意義いぎのあるような気がしてくる。

 しかしマラカイト博士はどこか不服ふふくそうな顔つきだ。


「魔法は科学にあらずじゃ。しかし先王陛下はこの研究に期待をせていらっしゃったからな……。さきの短いワシにできるご恩返しはこれくらいのものじゃ。それなのに探偵騎士団のやつら、ワシに嫌がらせをして三か月もの間、研究を止めておる!」

「わあ、それはヒドいですね」


 三か月、という言葉を聞き、クリフはラトに小声で話し掛けた。


「おい、ラト。それはきっとお前のせいだぞ」

「え? 僕のせい?」

「お前のなんだろう、これは……」


 博士の研究を止めているのは探偵騎士団かもしれないが、そもそも研究をやめさせたのはラトのせいだ。

 もしもラトが王都に来るまでにあちこち寄り道をしていなければ、博士の研究はもっと早く再開できていたことだろう。

 そう言うと、ラトはいまいちピンときていない顔で首をかしげていた。


「それじゃ、僕のほうから探偵騎士団に、実験だけでも再開できるよう申し入れてみようか。クリフくん、さっそくタウンハウスに戻ってパパ卿につたえて来てくれるかい?」

「なんで俺が?」


 今度はラトが小声になる番だった。


「僕はここでやることがあるんだ」


 ラトはそう言って軽く天井てんじょうを見上げた。





 パパ卿にラトからの伝言でんごんを伝えると、パパ卿はすぐに探偵騎士団と連絡を取ってくれた。ほどなくして探偵騎士団から実験を再開しても良いとの返答があり、クリフはすぐにマラカイト博士の元に取って返した。

 そして騎士団からの返答を聞くやいなや、マラカイト博士は大急ぎで実験の準備をはじめた。

 実験はマラカイト博士の家の離れで行われる。

 その準備にはラトもり出され、クリフも見物けんぶつがてら実験室とやらに向かった。

 れ木ばかりの庭に建てられたはなれは、もとは石造いしづくりのくらだったようだ。

 しかし内部は板張いたばりに改装かいそうされており、暖炉だんろやテーブル、寝台ベッドまでもが用意されている。これは博士の手によるものではなく、元々倉庫として使われていたくらを、前の持ち主が人が住めるよう手を加えたものらしい。

 それをマラカイト博士がさらに改築かいちくし、実験用の部屋へと作りえていた。

 全ての窓を鉄板てっぱんふさいで、扉は二重扉になっている。

 壁や天井も頑丈に補強ほきょうされており、扉は外から鍵とかんぬきがかけられるように改造されていた。

 扉を閉め、鍵と閂をかけてしまえば、実験室は中からは開かなくなる。

 外界がいかいと通じるのは、暖炉の煙突えんとつくらいだろう。

 その煙突も排気はいきのための細いもので、先端には金網かなあみがかけられていた。

 マラカイト博士は手ずから、窓にめ込まれた鉄板や閂がびたりガタついていないかを確かめている。


「牢屋でもあるまいし、どうしてこんなに厳重げんじゅうにしているんだ?」


 思わずクリフがたずねると、マラカイト博士は真剣しんけんな調子で答える。


「もしもワシの研究が完成し、実験が成功したら、この部屋は迷宮ダンジョンす。そのとき魔物が発生し、逃げ出しでもしたら大変じゃからな」


 たとえ小型の魔物一匹であっても広い王都の中にはなたれたら、どんな被害が起きるかわからない。


「できれば暖炉も取り外してふさいでしまいたいくらいじゃが、王都の夜はかなりえ込むからのう。リサ、新しいまきを足しておいておくれ」

「はい、博士」


 隅々すみずみまで丹念たんねん点検てんけんかさないマラカイト博士に、クリフはつい感心かんしんしてしまう。


「なんだ、ちゃんとそういうところにまで気をつかってたんだな」

「当たり前じゃ。ワシを何だと思っておる」

「いやあ、てっきり実験ってのは、仲間をだまして眠らせているうちに人体実験をするとかそういうやつかと思って……」

「なんじゃそりゃ。そんな犯罪者まがいの詐欺師さぎしと一緒にしないでくれるか!」


 犯罪者まがいの詐欺師ことラト・クリスタルは素知そしらぬ顔で、部屋の真ん中に置かれた巨大な金属製の機械をながめていた。


「クリフくん、ちょっと、これを見てごらんよ。これが博士の人工迷宮発生装置だよ」


 ラトに呼ばれて見てみたものの、それはクリフにはどうあつかうべきなのか判断しかねる代物だった。

 ただし金属製の装置の真ん中にめ込まれた大きな鉱石、その正体が何かということは簡単に想像がついた。


「まさかこの装置にはレガリアが使われているのか?」


 カーネリアン邸の地下室で灰になったレガリアと同じくらいの大きさはあるだろうか。

 マラカイト博士はうなずき、とんでもないことを言いだした。


「そうじゃ。しかもこのレガリアは《ロンズデーライトの星》じゃ」

「なんだって? 王室の秘蔵ひぞうの宝か!?」

「もちろん、ここにあるのはただのカケラじゃ。《ロンズデーライトの星》の原石げんせきはあまりも巨大なレガリアじゃった。レガリアとしてみがき上げられて王宮の地下へとおさめられるまでに、100個もの破片はへんが出たくらいにのう。これはそのカケラのうちのひとつじゃ」


 マラカイト博士の解説によると、天井ギリギリまでみ上げられた装置は、レガリアの力を増幅ぞうふくさせるための機械なのだそうだ。


「強いレガリアのあるところには、かならず迷宮がある。レガリアの力を最大限まで引き出せば、迷宮と同じ力場りきば形成けいせいされるはずなのじゃ」


 ほかにも室内には普通の居室きょしつには存在しないものが色々と置かれている。

 壁からは太い鉄パイプが生え、赤い蛇口じゃぐちのようなバルブが取り付けられていた。

 ラトがバルブに近づくと、リサが声をあらげた。


さわってはダメっ! 死んでしまいますよ!」


 それまで後ろにひかえて、言葉少ことばすくなだったリサが大声を上げたのも無理はない。

 鉄パイプは石蔵いしぐらの外に置かれた鉄製てつせいのタンクにつながっており、タンクの中には毒ガスが詰まっているというのだ。バルブを開けていたらガスが室内に充満じゅうまんし、むごたらしく死ぬことになるだろう。


「なんでそんな恐ろしい仕掛けがあるんだ……?」


 いぶかしむクリフに、リサがほっとした様子で答える。


「毒ガスは、もしもこの実験が成功したときのためのものです。つまり、魔物が発生したときに、魔物を殺せるように保険として用意したのです」

「毒ガスがきかない魔物もいるでしょう」

「ですから、ガスは万一まんいちのときのためです」


 マラカイト博士がそれほどまでに魔物対策を念入ねんいりにしているのにはわけがあった。


「探偵騎士団が実験のやり方に文句をつけてきたんじゃ。魔物を一匹でも逃がしたら実験は中止、レガリアの欠片かけらも回収じゃと言われておる。しかしワシみたいな老人に魔物を取り逃がすなというほうが無理がある。毒ガスを用意することで、何とか許可を取りつけたのじゃ」


 実験をはじめたばかりの頃は、もしも魔物が現れたら、この毒ガスを部屋に流し、マラカイト博士が魔物もろとも死ぬ覚悟かくごで実験は行われた。

 しかし博士の体が不自由になり、実験どころか生活ですらリサの手をりなければいけないようになってからは状況が変わった。

 まさかリサに毒ガスをわせるわけにもいかない。


「今はしょうがなく金をはらって冒険者をやとっておる。迷宮化を確認し、魔物がいたら倒してもらうという契約けいやくじゃ」


 しかし、その費用が思ったよりも研究予算を圧迫あっぱくしているとマラカイト博士はなやましげだった。迷宮街ではめしぐらいのイメージがある冒険者だが、それは依頼料いらいりょうのほとんどを仲介手数料ちゅうかいてすうりょうとしてギルドが持っていってしまうからだ。

 依頼をたのむ側が用意しなければならない金額はそれなりにはなる。

 研究のために家財かざいまで売り払ったマラカイト博士の持ち物は、人工迷宮発生装置とこわれた墓だけ。見るからに、これ以上の実験を続ける余裕よゆうはなさそうだった。


「じゃあ、かわりに俺がその役目をやるってのはどうだ? 相場そうばより安くしとくぜ」

「クリフ様には魔法の知識がおありなのですか?」


 純粋な親切心しんせつしん代役だいやくを申し出たクリフだが、すかさずはさまれたリサの質問であえなく撃沈げきちんした。

 人工迷宮発生装置で実験室が迷宮化したかどうかは、魔法が使えるかどうかを試すのが一番よい。しかしクリフにはその手の知識が一切いっさいない。

 初歩的な魔術言語まじゅつげんごすら読めないのだ。


「……おありじゃないです」

「クリフくん。君は僕の相棒だろ? 実験室に閉じこもりきりは困るよ」


 ラトが言ったが、クリフは複雑な心境しんきょうだった。

 魔法も使えない、レガリアの力もない、ただの駆け出し冒険者でしかないクリフの王都での価値はほぼ皆無かいむである。

 実は相棒として評価してくれるラトのほうがめずらしい存在なのだが、なかなかみとめたくはない現実ではある。

 その後、実験に参加する冒険者がマラカイト家にやって来た。

 ロンズデーライトの星の効果もあり、周辺には活性化かっせいかしている迷宮は存在しないが、王都にも一応冒険者ギルドがある。

 クリフたちが王都に来たときに護衛役をつとめたように、地方にくだって行く隊商キャラバンや貴族たちの護衛ごえいでそこそこ仕事があるからだ。

 どんな奴が来るのかと待ちかまえていると、現れたのはクリフと大して年恰好としかっこうの変わらない風体ふうていの若者だった。

 

「俺は《閃光せんこう》のアルフレッドだ。ヨロシクな!」


 そう言って、人差し指と中指の二本を揃えてひたいに当てて見せるが、王都風の挨拶あいさつだろうか。名前の前についている《閃光》というのはなんだろう。ミドルネームか何かか……。それとも敏腕氏びんわんしみたいなあだ名だろうか。同じ冒険者であるのに、クリフにはよくわからなかった。

 革のよろいや剣といった装備は大して変わらないものの、アルフレッドはバックルにレガリアのめ込まれたベルトをつけていた。

 身体的要素やレガリアのほかにクリフと違いがあるとしたら小奇麗こぎれいな身なりをしていることだろうか。

 アルフレッドの装備そうびはまるでピカピカの新品のようでブーツがどろあぶらで汚れているということはないし、茶色い髪はサラサラだ。

 しかも、体全体からほのかに香水こうすいのにおいをただよわせていた。

 たぶん王都という土地柄とちがらもあって、腕力わんりょくより貴族ウケが重視されるのだろう。

 それに魔法という特技があるからか、クリフよりもせている。痩せている、というと語感ごかんがよろしくないが、世間一般的にはすらりとしていてスタイルが良い、と言われそうな体型たいけいだ。


「見たところ、お仲間……ってところだな。アンタ見たことない顔だが、ふたはあるのかい? 俺は生まれも育ちも王都でサ、俺よりも有名人だったら悪いネッ!」


 アルフレッドはそう言ってサラサラの前髪をかき上げ、ポーズを取ってウィンクをしてみせた。


「いや……。最近ディスシーンから出てきたばかりで、魔法の知恵ちえもない田舎者いなかものだ。気にしないでくれ」


 なんとなく仲間だと思われるのが嫌で、クリフは名前も名乗らなかった。

 ペリドット邸の使用人が気をきかせて食事を差し入れてくれたので、全員で夕飯を囲み、実験は夜から行われることになった。

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