第53話 科学という力
二通目の《赤い手紙》には事件のあらましが書き
事件は三か月前に起きた。
場所は王都の
この
しかも霊廟は
そして不運なことに、王都に住むひとりの新聞記者が崩れ落ちた霊廟の下敷きになり、
この
というのも、ニックは死ぬまえに、大手新聞社に記事を売りに来ていたのだ。
ニックはその記事が何であるかは
はなはだあやしい話ではあるが、王室の名をだされたら、探偵騎士団も無視はできないというわけである。
事件後、墓所は王陛下直属の
そして探偵騎士団が
この点はラトは信用しているようで、いつものように遺体を
もちろん解剖したがったとしても、
ラトは手紙を手にマラカイト家の門を叩いた。
王都の中ではあるが、ペリドット家のタウンハウスからは離れた場所である。
下町の
マラカイト家は
ほかの
家そのものも、あちこち
ラトが戸を叩いても家はしんと静まり返っていた。
それどころか、玄関の
なんとなく
玄関から先には薄暗い
まっすぐ伸びた廊下の
うつむいていて表情はわからないものの、まるで医者のような
彼は
だらりと手足を伸ばして、その体はかすかに
男の首には
男は首を
クリフは
「待ってクリフくん」
「なにするんだ、ラト!」
クリフの足を
「よく見てごらんよ、クリフくん」
ラトに
こんどはラトの言わんとするところがクリフにも理解できた。
どうやら、首吊り男は普通の様子ではない。
男の
彼の全身は半透明に
そのことに気がついた瞬間、クリフは全身が
「ゆ…………
次の瞬間、寂れた家のどこからか、
「ひーっひっひっひ!! ユーレイじゃと!? い、いかん、笑いが止まらん! ホーッホッホ! コリャ苦しくて
悪魔の声にしては、ずいぶん人を小ばかにしたような
クリフはその声でなんとなく冷静になり、笑い声のするほうに歩いて行った。
玄関からは階段が邪魔してわからなかったが、首吊り男がいる廊下の手前に
老人は
老人はクリフを見ると、ニヤーっと笑ってみせた。
「幽霊なんかこの世におるわけなかろう!! これだから科学に目覚めとらん
そして人差し指を突きつけて爆笑した
「助けろ!」
そう言われても、クリフは地面でのたうつこの奇妙な老人を助け起こす気にはとてもなれそうになかった。
しばらく眺めていると、部屋を
彼女はひどく慌てた様子で老人に
「これはいったいどうなってるんだ?」
クリフは老人や女性のことを無視し、居間を観察しながら言った。
部屋には老人を
ちょうど廊下の奥に
「クリフくん。これはガラス
ラトはそう言いながらのんびりとした
そして廊下の幽霊のそばに立つと、その手前の空間を軽く
こんこん、と
どうやら、廊下の奥はガラス板で
クリフが確かめると、ガラスの板は車椅子の老人のいた部屋に対して45度の角度をつけて置かれていた。
次にラトが老人のいる部屋に入り、人形のそばのライトを消すと、廊下の幽霊も
「
「なるほどな。わかってみると単純な
「それはもちろん、マラカイト
ラトはそう言って、車椅子に座った老人に向き直った。
この家の主がチェネク・マラカイトという老人だということは、手紙に
マラカイト氏は、くだんの霊廟の持ち主なのである。
だが、マラカイト氏とラトがどうやら
「お久しぶりです、マラカイト博士。再びお会いできて
「久しぶりだのう、ラト! お前さんがいなくなった日にゃ、日頃ワシのことを無視しとる探偵騎士どもが押し掛けてきて、煮込み鍋の
「博士、紹介します。こちらはクリフくん、僕の
「お前さんに相棒? 正気か? ま~た変なガスとか吸っちゃったんじゃないか?」
「そんなことしてませんよぉ、パパ卿が
「ジェイネルはま~だお前さんが小鳥も殺せないような優等生だと思っとるらしいな。親バカにつける薬はないのう」
マラカイト氏の
ラトはマラカイト氏と
「クリフ君。こちらはマラカイト博士。王都一、いや王国一の科学者だ。
「カガクってなんだ?」
「世界とは何かを、魔法を
「へえ、それじゃ、お前のもうひとりの
「その通り。僕は探偵術をパパ卿から学び、世界をどのように理解するかという
「それはつまり、緑色の煙が出る
クリフが言うと、マラカイト氏は口を「ヘ」の字に
「ワシはまず、自分で
どうやら、ラトは王都にいた頃も似たようなことをしでかしたことがあるらしい。
「カガクとかカガクシャとかいう
「僕のことはともかく、マラカイト博士の科学はホンモノだよ。博士は昔、
「竜巻を? そんなことできるわけないだろ」
「できるよ! この物分かりの悪い相棒に目に物見せてやってくださいよ、博士。博士の竜巻、久し振りに僕も見たいなあ」
ラトがうれしそうに言うと、老人はたちまち渋い表情になった。
「悪いがなあ、ラト。あの
「そうなんですか? もったいない……」
「まだまだ若いお前さんと違って、ワシには時間というものがないからな。リサ、お客様をもてなしてさしあげろ!」
暗幕やライトを片付けていた女性はクリフとラトに向かって軽く
首吊り男の人形が取り外された居間は、マラカイト邸の
その間もラトはマラカイト博士がいかに
ラトはそのうち、しびれを切らして
「クリフ君、これだけ言っても君はまだ科学の
「レガリアや魔法なしで竜巻を作るって言われてもな。そんなことができれば凄いとは思うが、レガリアでやればいいだろ?」
「なんてことだ!」
ラトは口をあんぐりと開けたまま、血の
「ねえマラカイト博士、聞きましたか!? きみ、さすがにそれは頭が悪いにもほどがあるよ。何とか言ってやってくださいよ、博士!」
ラトが大騒ぎをするかたわらで、リサは黙って、
リサは
マラカイト博士はカップを
「マ、王侯貴族にしろ、
「ぐっ……!」
それを
クリフがさきほど、レガリアでも魔法でもないものに恐れを
「それにな、
「うっ………。まったく言い返せない」
「見たとこ食い詰め冒険者って
そう指摘され、クリフは自分の剣を見下ろした。
「それは
それは思いがけず
ロンズデーライト王国はレガリアの力によって王国を守護している。ロンズデーライトの星に
だからこそ
この国の権力はレガリアの
それに
「それが良い国かね? わしは違うと思っておる。科学があつかう力とは、
重ねられた問いかけには、思いがけない誠実さがあった。
しかしクリフには
マラカイト博士はどうやら
そして同時に、彼の考え方の危険さも瞬時に
誰でも使える力など、王国の貴族たちは見たくも聞きたくもないだろう。
王国でなくとも、ありとあらゆる権力者が
王家が
かつては王宮で竜巻を
「それで、ラト。わしのところに来た理由はなんじゃ。どうせあれじゃろ、探偵騎士の使いじゃろ。もっと言うと、ワシの
「ご
「かーっ!! 探偵騎士ども、王室顧問の座をワシから奪った
ちがうかもしれない、とクリフは考えを
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