第51話 ペリドット卿が言うことには


 いつもの通りに『愛する息子へ』から始まるジェイネル・ペリドットきょうの手紙は、ほとんどの部分に謝罪しゃざいの言葉がしたためられていた。

 アンダリュサイト砦でラト・クリスタルの求めにおうじ、救援きゅうえんを出したパパ卿ことペリドット卿ジェイネルは、一連いちれん顛末てんまつというものを探偵騎士団に報告せねばならなかったと書いてある。大半の謝罪はそのことについてのものだ。

 そして探偵騎士団はその報告を受けて《赤い手紙》をラトに送ることに決定した、とも書いてある。手紙の末尾まつびは『願わくば、私の警告けいこくが《赤い手紙》よりも先に君たちの元に届きますように』という文言もんごんむすばれていた。

 残念ながらその希望ははかない望みに終わったようだ。

 ペリドット卿の手紙がどのように届けられたかは不明だが、その手紙は途中で《赤い手紙》を届けた何者かの手にわたり、ラト・クリスタルの部屋にナイフと一緒に届けられたというわけだ。

 赤い手紙を寄越よこした人物は、ペリドット卿よりも一枚上手いちまいうわてだということにもなる。


「何なんだ、赤い手紙ってのは」

時折ときおり、犯人たちが使う予告状よこくじょうした手紙だよ。これはまず普通ふつうの方法では送らない。クリフ君もさっき目にしたように殺人現場を再現さいげんした形で送ってくる。この手紙を探偵騎士団が探偵に送るということは、その探偵にと示しているんだ。いつだっていずれかの犯人がお前の首を取るぞという警告なんだよ」

「何を言っているのか皆目かいもくわからんが、家畜かちく人質ひとじちの体の一部を切り取って敵に送りつけるようなものか? 要するに喧嘩けんかを売られてるってことだろ?」


 クリフが提示ていじした野蛮やばんすぎる例えに、ラト・クリスタルは「やれやれ」と言って首を横に振った。


王家おうけかかえの頭脳集団である探偵騎士団が喧嘩を売るだなんて、物を知らない連中はこれだから。そんなにあまいものじゃないんだよ。でもまあ、恐怖のあまり下かららされるくらいなら、君はそれくらい気軽きがるかまえていてくれたほうがいいのかもしれないね」

「なんで聞いたことも見たこともない、胡散臭うさんくさすぎる謎集団についてのことで、そこまであおられないといけないんだよ……」


 ラト・クリスタルの説明によると、王家に忠誠ちゅうせいちかった頭脳明晰ずのうめいせきな探偵騎士たちは、その知性で王家をささえ、王宮をみだす謎を日夜解決している。その職責しょくせきから構成員こうせいいんは秘密にされており、存在も隠されているような組織そしきだ。

 しかし他ならぬラトの父親、ジェイネル・ペリドットこそが栄誉えいよある探偵騎士のひとりなのである。


「と、いうことは、ラト、お前もそのなんちゃら騎士なのか?」

「探偵騎士。もちろん僕もパパ卿を通じて陛下へいかから直々じきじきに、探偵騎士となって秘密の円卓に連なるよう要請ようせいを受けたよ。でもその申し出は辞退じたいしたんだ」

「なんでだよ。わけがわからない集団ではあるが王家からの応召おうしょうがかかったんなら名誉めいよだろ」

「だって、探偵騎士になったら、いそがしすぎて王都おうとから出られなくなる。そうしたら、創世そうせいの秘密がけなくなっちゃうもの」


 そういえば、そういう話もあったな、とクリフは思い出す。

 嘘かまことか知らないが、ラト・クリスタルは、世界の秘密を解くという途方とほうもない夢をたずさえて迷宮街にやって来たのだ。

 でも、そうすると、クリフには疑問ぎもんも残る。


「……ということは、お前は探偵騎士たんていきしじゃないってことだよな」

「うん、そういうことになる」

「じゃあ、探偵の資格があろうがなかろうが、騎士団にはみじんも関係ない話じゃないか。なんでそんな物騒ぶっそうな手紙が送られてくるんだ?」

「それは…………って…………から…………」


 ラト・クリスタルは小さな声でボソボソ何かをつぶやくと、クリフから目をらした。

 ラトがこういう反応を見せたときには、ろくでもない答えが待ち受けているものと相場そうばが決まっている。


「どうせ後でバレてめちゃくちゃ怒られるようなことは先に言っとくもんだぞ」

「…………言ってないから」

「あ?」

「王様に、探偵騎士にはなりませんって言わないで出てきちゃったから」


 このときばかりは、ラトはまるで花もじらう乙女おとめのような表情であった。

 クリフは怒るでもなく、怒鳴どなるでもなく、ただただその返答にあきれかえっていた。


「ばっ……ばっかじゃねえの……?」

「だって、王の勅命ちょくめいくつがえすのって結構けっこうめんどくさいんだよ。それに……僕は生まれたときから探偵騎士になることを期待されてて、みんな探偵騎士になるものと思い込んでいたんだもの」

「まあ、パパ卿の立場からすると、お前が他の職業にくなんて発想はっそうすら出てこないだろうが……」

「うーん、パパ卿がうまくみんなを言いくるめてくれると思ったんだけど、この分だと上手うまくいかなかったみたいだね。《赤い手紙》が来たとなると、今回ばかりは僕も観念かんねんして王都にもどらないといけないみたいだな」


 そのあっけらかんとした物言いに、何かしら言い返したくなったクリフだが、しばらく思考したすえに彼は何も言わないことに決めた。


「そうか、まあ、お前にもいろいろあるんだな。大変だ。それじゃ、今日のところはそういうことで……」

「クリフ君、王都へは君も行くんだよ」

「なんでだよ。いま話を切り上げようとしてただろ!」

「いま寝室しんしつに戻ったら、君は死ぬかもしれない」

「は?」

「《赤い手紙》は、予告状をしているって言っただろ。考えてもごらんよ、これを届けるために、何者かが僕の部屋に潜入せんにゅうしたんだ。それも日中にっちゅうのまだ人通りの多い時間帯に窓から入り、家人かじんの誰にも気がつかれることなく部屋をらしまわったんだ。今日、外出をしていないんなら、クリフ君。君もその存在に気がついていないはず……。間違いなく手練てだれだ。まあ、探偵騎士団がやとったんだから、その道のプロ。プロ中のプロだろうね。そしてその犯人は今もこの屋敷のどこかにひそんでいる」

「はあ!?」

「《赤い手紙》は僕と君の連名れんめいで届いた。それは君が僕の相棒あいぼうだからだ」


 ラトから渡された便箋びんせんには一片いっぺんのような文面ぶんめんが書きめられていた。

 そこには確かにクリフの名前がつらなっている。ただし、アキシナイトではなく、アンダリュサイトせいである。


見果みはてぬ夢を見続ける者から、見果てぬ夢を見続ける者たちへとげる。


 ラト・クリスタルに探偵たる勇気はあるか?

 その相棒、クリフ・アンダリュサイトに正義はあるか?

 この両名りょうめいに、なぞ謎解なぞときが心をふるわす夜をける資格はあるか?


 円卓に参上さんじょう真実しんじつの力を示せ。

 探偵騎士団 団長 アルタモント・オブシディアン》


「アルタモント・オブシディアン……? 聞いたことあるな」

「聞き覚えがあるのは家名かめいだろう。アルタモント卿は現宰相閣下さいしょうかっかおいっ子だ」

「そんな奴が、俺たちに暗殺者を送り込んできたってことか!?」

「落ち着いて。探偵騎士団は安易あんいな殺人をおかさない。命令もわきまえない殺し屋をやとったりもしない。あくまでも意志を確認するだけだ。でも僕らにこたえる意志が無いと判断したら、どうなるかはわからない」

「どっちみち脅迫きょうはくされてるのと同じことじゃないか」

「探偵騎士団が動くということは王家が動くということと同じだよクリフ君。そして彼らにさからうというのは、王家に逆らうということだ。下手へたに騒ぐのは得策とくさくではないと思うね。なにしろ、ここにはカーネリアン夫人もいるんだ。もちろん、君もね、モーリス」


 クリフは、そばにひかえながらも不安げな表情を浮かべている執事の姿を見やり、はっとした表情を浮かべた。

 ラトが無茶苦茶むちゃくちゃなことを言いだすのはいつものことだが、ここでっても仕方がない。

 やっかいな侵入者しんにゅうしゃからの被害をこうむっているのはクリフだけではないのだ。


「どこにいるかは知らないが、僕らの話を聞いているだろう、侵入者くん。僕とクリフ君はオブシディアン卿の招集しょうしゅうに応じようと思う。わかったら、即刻そっこく、カーネリアン邸から退去たいきょし二度と近づかないでくれたまえ。この家の主人は僕らとは何ひとつ関係ない善人ぜんにんで、むしろ君たちが守護しゅごすべき王国のたみだぞ」


 ラトが呼びかけるが、当然のことながら返事はない。


「……本当に暗殺者がひそんでいるんだよな? 俺の名前を後から手紙につけしたりしていないんだよな?」


 クリフがにらみつけると、ラトは素知そしらぬ顔である。


「僕ってそんなに信用しんようないかなあ……。モーリス、僕らは今夜、カーネリアン邸ではなく宿屋街やどやがいに部屋を取ることにして、そこから王都につことにするよ。カーネリアン夫人はもうお休みだろうから、明日の朝にでももうつたえてくれたまえ」

「それでしたら、カーネリアン家と懇意こんいの宿屋に連絡をやりましょう。すぐに部屋を用意してくれるはずですので」

「ありがとう」

「ラト様、クリフ様、道中どうちゅうお気をつけて行ってらっしゃいませ」


 モーリスは深々ふかぶかと頭を下げた。

 クリフはいったん自室に帰り、荷造にづくりをした。

 もともと迷宮にいつでももぐれるようにまとめているので大してすることはない。あらかじめ用意した荷物をつかんで出ていくだけで事足ことたりる。

 しかし、彼はそこで二の足をんだ。

 王都へ行くのがいやだったわけではない。むしろ逆だ。

 クリフには、王都に行かなければいけないちょっとした用事があった。

 クリフは長持ながもちを開けた。

 ろくなものは入っていないが、底のほうに軽いつつみがある。

 クリフはそれを大切そうに持ち上げると荷物におさめ、ラトと共にカーネリアン邸を出発した。

 通りに出てしばらく行くと、二人の前に黒猫が現れた。

 猫は金色のひとみかがやかせ、しばらくのあいだ二人をじっと見つめていたが、やがてその身をひるがえして下町のほうへとけていく。

 そして民家みんかへいを登るときに、その姿が大きくふくらんだ。

 夜色よるいろのマントをかぶった人影ひとかげになった。フードをかぶり、顔立ちはわからないものの、袖口そでぐちに大きな宝石ほうせきをつけた腕輪うでわをつけていた。おそらくレガリアだろう。

 その人物は身軽みがる屋根やねによじ登ると、素早すばやくその場を走り去った。


「ほらね」とラトが言った。


 わざわざ姿すがたを現わし、カーネリアン邸を退去したことを知らせるなんて、暗殺者にしては律儀りちぎなやつだと剣のつかから手を離しながらクリフは思った。




 

 王都から地方に出る経路ルートはともかく、王都へと向かう荷馬車にばしゃ隊商キャラバンたぐいは山のようにある。クリフとラトは隊商の護衛ごえいという仕事を見つけ、荷物と一緒に運ばれていくことにした。

 ラトも素直すなおにクリフの案にしたがって、喜んで荷馬車に乗ると言う。

 それですべてが上手うまくいったような気になっていたのがよくなかったのだろう。

 結局、ラトとクリフが王都までのその全行程ぜんこうてい踏破とうはするまで、一か月以上、ほとんど丸二か月かかったのだ。

 予定の倍以上かかって、二人は命からがら王都に辿たどりついた。

 いや、厳密げんみつにいえば辿たどりついてすらいなかった。

 最寄もよりの街までなんとか行って、ペリドット家がむかえに出してくれた馬車に乗り込んで、ふたりはようやくみやこ入りをたしたのだった。

 街の名はロンズデール。

 ロンズデーライト王国の中心に燦然さんぜんと輝く王都である。

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