第39話 あの女・上
その日、クリフ・アキシナイトは
カーネリアン夫人も街に出ており、ラト・クリスタルはひとり屋敷の、
そこに音もなく女が現れた。
ぜいたくな白い
侵入経路はまったくの不明であった。
しかしラトは驚くことなく、その
彼は静かに本から顔を上げ、
「警備に注意を向けるよう、忠告すべきでしょうね」
ラトが言うと、キルフェ・アンダリュサイトはフードをうしろに払い落としてにこりと
「メイドを怒らないでやってくださいまし。道で気分が悪くなったご婦人を見逃せない優しい子なの」
「なぜ来られたのです?」
「私が
「竜人公爵はまあ……なんとでも言いくるめられるでしょう。しかし、そういうこととなると、あなたは、あなたがしたことを全てお
「ええ。竜人公爵に手紙を送ったのはわたしです」
「僕に話をさせてくださいますか」
「聞きましょう」
「お茶はいかが?」
「結構です。
聖女に選ばれることは家の
「竜人公爵に送られた手紙の意図には、早い段階で……というより、見たそのときにわかっていました。あれは暗号などではない。そうですね」
ラトはそう言い切った。
「僕はこれまで探偵になるために特殊な訓練を受けてきました。あなたの想像もつかないような訓練です。そのなかには
「そのとおりです。お
「粗末などではありません……。あなたくらいの
「買いかぶりです」
「そうでしょうか。しかしいずれにせよあなたの
キルフェは何も言わず、まったく自明のことだと言わんばかりに、
「まあでも計画の全体に
「ええ、とても驚きました。最初は手紙のことが世に広まって、そしてお兄様がわたしのしようとしていることに気がついたのだろうかと
「彼は
「もちろん、ひとめでわかりました。そして、お兄様のかたわらにいる貴方が鋭い
「三人の老人が言っていた
「イエルクが
「まったくもって、とんでもない教育です。僕はラト・ペリドットを名乗り、求婚者を演じることであの砦をコントロールしているつもりでしたが、結局はそれさえも利用されてしまった」
「
「ごもっとも。今後は
あのときラトはクリフの想像に反して完璧な求婚者を演じていた。
わずかな時間ではあるが彼女の仕事に理解を示し、そして兄の
決して、キャストライト子爵がそうしたようにペリドット家の財産をひけらかすようなことはしなかった。ただ彼女の求めるものだけを
「僕がペリドット家の
「いいえ。どちらかといえば信じていました。もしも、何かの条件がちがっていたら、わたしはあなたを
「それを聞いてほっとしました。でも、あなたが結婚相手に僕を選ぶことはなかったでしょうね。あなたの決意は
その頃、ラトたちはオスヴィンの部屋で彼の
もしもオスヴィンたちの後を追っていたら、そのあとの展開は違ったものになっていただろう。
「あなたは誰にも顔を見られることなく小屋に行き、マントを
「森の方角に逃げ去った足跡のことはどう説明するのですか?」
「そのことを知っている時点であなたの自演であることは明白ですが、答えましょう。足跡は昼間、あらかじめあなたがつけておいたものです。同じ靴をはいて、森の奥に逃げ去ったふうを
「ですが、傷は深かったはずです。疑いを
「そう……その通りです。死んでもおかしくない。内臓を傷つけなかったのは単なる偶然です。何より多大な苦痛を
「わたしです。森の別の区画を
「では、人体の構造をより深く知るため、ひいては自身の生存率を上げるために死体を解剖なさいましたね?」
この質問だけは、キルフェ嬢は首を横にふって否定した。
「いいえ、そのようなことは決してしていません。人体の構造については、いくらか
「そうですか。そうとは思えませんが……まあいいでしょう。あなたは生還し、二つ目の奇跡を起こしました。ひとつめはもちろんリム病を
「あなたは、わたしが生き
「もちろんそうです。自殺をするような方とは思えませんから」
「ラト様。わたしは死ぬとわかっていて杯を飲んだのです」
「行動学や心理学の
「ほんの少しも望みがなかったのです。では、リム病のことはどう説明なさるのでしょう。
「女神はさほど人間に興味はありませんよ。病は生命の
ラトはリム病の患者のなかには、まれに発症しても病状が重くならず、症状も軽くてすみ、短期間で回復するものがいると説明した。
それがラトの言うところの弱いリム病である。
「
キルフェは微笑んだ。なんとも言えない笑みだった。聞き分けのない子をあやす母親であり、姉のようでもある。
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