第38話 風と光
毒を飲み
これはラトの判断だけではなかった。
急いで町から呼びつけた正式な医師も、いつ
こうなってはもう女神に
とくにラメル婦人は熱心に、
クリフとしては誰が犯人かわからない以上、ラメル婦人であろうともキルフェのそばにいるとどうにも落ち着けない気分になったが、ラトによると彼女が犯人である可能性は限りなく
「キルフェ嬢が倒れたあと、僕がエセルバードを
ラトはそう言って、当時の正確な記憶を呼び出すべくまぶたを閉じた。
「あれはエセルバードが犯人として疑わしかったからではない。僕は、彼を犯人に指名したあと、じつは他の面々の反応を
もしも、あの場に
だが、彼らは
「しかし、その
だが、ラトはエセルバードをあまり疑ってはいなかった。
彼はそれについて、犯人が用いた毒のことを
「あの毒の存在について子爵は知らなかったはずだ。イエルクが特別に用い、わざわざ森に
これはエセルバードやラメル婦人には知り得ない情報だ。
毒は恐ろしいが、正体がわかってしまえばその恐怖は
いまキルフェを苦しめているムラサキツルイモの毒でさえ、銀の食器に触れれば変色するという明確な
これは、犯人は部外者ではないことを
結局、誰が犯人ともはっきりとは言えないまま、キルフェは
何度も危険な
そしてそのまま、
凶悪な犯罪が行われた砦に、希望の光が
死の
その意志の強さは
彼女は繰り返す激しい
これには
とうとう死の危険は遠ざけられたのである。
そのころ、ラトとクリフは誰にも秘密の相談をしていた。
「今度こそ、彼女を
犯人が誰とはわからないなら、砦に彼女を置いておくのは危険だった。
幸いにも狩猟小屋の病人たちはラメル婦人が見ていてくれている。
その間にキルフェを砦から遠ざける必要があった。
パパ卿は既にマルタに到着している。彼の協力が得られれば、それは
二人はパパ卿を迎えにマルタに向かうことにした。
このときラトはクリフに砦に残るように言ったのだが、クリフはキルフェのことを三人の老人に
状況を考えれば、ラトにキルフェを
しかし、ラトはエセルバードとはまた違った方向性で、愛を知らない人間だ。
そのことで今後、キルフェが苦しまないとも限らない。
もしもラトが本気でキルフェと結婚するつもりなら、クリフとしてはせめてラトの父親とは事前に話をしておきたかった。
果たして、町の小さな宿屋で、
髪は明るい金色のくせ毛で、
しかし
身の回りのことを言えば、彼は鮮やかな
かなり裕福な人物だというのは間違いない。
そして、とてもラトの父親とは思えないというのがクリフの感想だった。
彼は近づいてくるラトとクリフを見てにこやかに
父親の姿をみつけたラトが子供のように走っていく。
男はずいぶん大きな息子をあやしながら、それと同時にクリフに向けて人差し指を向けた。
「アロン領グーテンガルド! 父親とは仲が良くない。母親とは死別。三人の兄がいて、妹もひとりいる。つまり、君がクリフくんだね!」
すぐさまクリフは考えを
パパ卿は少し腰をかがめて、ラトと向き合った。
「ラト、久し振りに会えてうれしいよ。君はパパの自慢の息子だ。どこにいても変わらず、僕の光だ」
ラトが子供のようにパパ卿に
クリフは……これはイライジャもエメリーも、砦から去った三男も同じことではあるが、オスヴィンからそんなふうに愛情を
この愛情がかけらでも、砦の住人の誰かにあったなら……。
そう思わずにいられない。
もしもラトが本気でキルフェと結婚したとしても、この人物が義父となるのなら、それは悪くない結婚生活のように思えた。
しかし、パパ卿の表情はわずかに
そしてその理由は、この場にいる誰とも
彼はただの父親ではない。名探偵ラト・クリスタルの父なのである。
「だけど――君はミスをおかしている。重大かつ決定的なミスだよ」
ラトは戸惑ったようだった。
「パパ卿、どういうことですか? どうしてそんなことを言うんです?」
「ラト、君はいま、周囲を正しく見れなくなっているからだ。友達を守るために、
クリフはパパ卿が何を言いたいのか、全くつかめていなかった。
しかしラトははっとして、周囲を見回した。
彼は宿屋を飛び出し、マルタの通りに飛び出した。
そこには迷宮街と同じに白い
聖女選定を知らせる旗だ。
ラトはその旗を
「まさか――! 馬車が出たのはいつだ!?」
「どういうことだ、ラト……?」
ラトがトンチキなことを言い出すのは
クリフの問いかけに答えたのはパパ卿であった。
「クリフ君、きみのことは息子から聞いている。今回の出来事は、我々の教育不足がもたらした
しかもその言葉は息子ではなく、はっきりとクリフに向けられていた。
「なんのことだ? ラト、答えてくれ」
ラトは悔しそうに奥歯を噛み、その場でうつむいた。
「
ラトは苦しげに顔を歪めて告げた。
「竜人公爵に暗号文を出したのも、マントの男に
今度はクリフがうろたえる番だった。
「だが、そんなことは不可能だ。お前が言うことが真実なら、つまり、キルフェが自分で自分の腹を刺したということになる。そして自分の手で、自分が飲むワインの
「そのとおりだ。僕にもわからなかった……。考えれば考えるほど、その結論しかないと思えるのに、何故なのかだけがずっとわからずに、その可能性を外し続けてしまった。だけどこれほど
「あり得ない、ひとつ間違えば死んでしまう」
「だけど、彼女はやったんだ」
ラトはそう言った。
クリフはその場に立ち尽くした。
過去のクリフがほんとうは何を手にしていたのかを
チビとノッポがこちらに駆けてくるのがやけにゆっくりとして見えた。
「ぼっちゃん、今すぐに砦にお戻りになってください! キルフェお嬢様が!」
パパ卿から
それはクリフとラトが砦を後にした直後のことだった。
砦を訪れる者たちがいた。彼らはマルタではなく一番近くの村に姿を隠しながら滞在し、そして機会をうかがっていた者たちだった。
彼らは四頭立ての馬車を引いていた。
純白の旗を立てた馬車であり、旗には
そしてクリフが砦に辿り着いたとき、キルフェは砦から
キルフェ・アンダリュサイトというただひとつの
数日後、王国は明るいニュースを
それは数年ぶりに、女神教会によって聖女候補が選ばれたというものだ。
選ばれた聖女候補は父親や兄弟に
一度目は流行病にかかり、二度目は暴漢に襲われて刺され、そして三度目は何者かによって毒の杯を飲まされたが、女神の
この奇跡は女神教会の聖女選定人によって見届けられ、近く、正式に奇跡として
聖女キルフェ・アンダリュサイトの誕生である。
砦からキルフェ嬢を連れ去ったのは、教会からの迎えの馬車であった。
いったん聖女と認められてしまえば、彼女を
かくして、彼女は名探偵の鋭い
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