第34話 アンダリュサイト砦の住人たち
三老人との
クリフにとってはしばらくぶりの
砦には城主であるオスヴィンと息子たちがいるが、三男はクリフと同じく、いずこへか
「それにしても、まさか君があのイエルクの孫だったなんてね」
ラトが三十秒に一回、
しかしこれには特別な考えがあるわけではない。
何かを
そう呟く度に、クリフが不快そうな表情になってびくりと肩を震わせるのがことのほか
「言っとくが、じいさんと
「表にいた
「面白がって手を出すと
「ほんとに噛みつきそうですごく笑えるよ」
何がおかしいのか、ラトはけらけら笑っている。
が、クリフは冗談を言ったわけではない。
イエルクが恐れられていたのは、自らの
貴族たちが
砦にいまも残るあの三人組は、その荒くれ者集団最後の生き残りである。
クリフは幼い頃、三人組に様々な
おねしょが見つかったときなど、黙っているかわりに、と、やつらは五才の
これは、砦にまつわる千を越える最悪な思い出のひとつである。
「いちおう、
「それはそれは、
「まさか……。妹が
「じゃあ、問題は別のところにあるというわけだ」
ラトはにやりと笑った。
実の息子が久しぶりに帰郷し、面会を申し出ているというのに、砦の主はいっこうに現れなかった。
それに砦とはいえひどく退屈な客間だった。天井と床と壁で空間が仕切られているだけで、
ようやく扉が開かれたと思ったら、顔を出したのは女性だった。
ラトは立ち上がった。
「あら、まあ……。失礼いたしました、私としたことが。お客様がいたとは
「いいえ、
その設定はまだ生きていたのかとクリフはうんざりした。
「ラメルですわ。この
「お知り合いになれて光栄です。改めて、ご
夫人はうっすら紫色の
そして差し出された反対の手に、ラトは
「読書ですか?」
「ええ。
「そうでしたか。どうぞ
「いいえ、私のような者が同席しては、お
ラメル婦人はスカートの
オスヴィン・アンダリュサイトと思しき男が客間にやってきたのは、ラメルの言ったとおり、その直後のことだった。
背は高くないが、
クリフよりも
「オスヴィン殿、話はまだ終わっていませんよ!」
その後ろを
中肉中背の紳士、というのは比較的
紳士の特徴をもっと
近づいてみれば
その
「キャストライト子爵殿、わしも娘のことには
「しかし、オスヴィン殿。あなたが父親の責任として、キルフェ嬢を
オスヴィンは入口の反対側の窓に左手を着いてうなだれ、もう片方の手で顔を
さも難題を――この世の
そしてオスヴィンはおもむろに二つ折りにした体を持ち上げると、クリフに太った指の腹を突きつけて
「いまさら何をしに戻ってきたのだ、
クリフは
「あれが、息子を二人も失った理由その一だ」
「もしかしてその二とその三がある?」
「
「紹介してもらえるのがいまから楽しみだね」
ラトは長椅子から立ち上がると、
クリフは
先ほどのラメルとのやり取りといい、貴族のふりが実に
反対に、クリフはわざわざ立ち上がる気にすらならなかった。
「お
「フン、
「そう
「私の息子は四人だけだが?」
「いいえ、いずれは。僕はラト・ペリドット。
侯爵と聞き、オスヴィンは驚いたようだった。耳が大きく動くのがわかった。
「クリフ君とは迷宮街を
勝手に従者にされたが、クリフは反論しなかった。
彼はただ、オスヴィンが目を白黒させているのを見ながら失望を深くするだけだ。
父・オスヴィンは昔から大層
「僕はキルフェ嬢をペリドット家の
「なんですって……!?」
クリフは目玉が飛び出るほど驚いたが、先に声を上げたのは、オスヴィンに付き
「先ほど小屋のそばまで行って姿を
「ある! あるぞ、急に現れて、君はいったい何者なのだね!」
声を
「さて、
「私はキルフェ嬢の婚約者です。その父親に長年、
「ああ、そうとは知らず失礼をいたしました。けれど、キルフェ嬢を迎えることは兄であるクリフ君には
クリフは「おい、ラト」と小さな声で言った。
聞こえているだろうに、ラト・クリスタルは無視をし続ける。
さて、オスヴィンたちはというと、ラトの
物事の
しかし、オスヴィンの瞳が小さな欲に光るのがクリフには見えた。
「支度金というのは、いかほどか……?」
「オスヴィン殿っ!」
オスヴィンは
「何とかおっしゃてください、オスヴィン殿。まさかこんな
「初対面のくせに失礼な方だな、僕が得体が知れないって? ねえ、オスヴィン殿。キルフェ嬢をお
「よくもぬけぬけと。どうなんです、オスヴィン殿!」
まさか、妹に
ラトの
当のオスヴィンは
ただし、彼を悩ませているのは、ラトが差し出した破格の条件だ。
王家から爵位をもらったとはいえ、辺境の砦暮らしでは、とてもではないが王都に邸宅など望めない。華やかな王国貴族の、
「ううっ……
オスヴィンが叫ぶと、扉を割って二人の息子たちが飛び込んでくる。二人ともどこに
いかにも
若さ以外の点は、彼らは父親に
頭痛薬を
「お父様、ご無事ですか。いったいどうなされたのですっ?」
二人は父親がこれ見よがしに丸めた背中を
「オスヴィン殿、その手には乗りませんぞッ!」
子爵がオスヴィンに掴みかかろうとするが、間に割って入った次男に防がれる。
「お父様は
「この間もそう言って、話しあいの最中にいなくなったじゃありませんか。今日こそはお約束通りキルフェ殿と私の
「本当に深刻な病なのです、ご
四人はもつれあいながら、客間から退出していった。
最初から最後まで、はちゃめちゃな喜劇の
突然、
「君のご家族はじつに
「あるとすれば、深刻な精神の
父に続き、長兄、次兄と続け様に
オスヴィンはイエルクの紛れもない
だが、それが良くなかった。
悪鬼やハゲワシと呼ばれた男が、息子を息子らしく扱うことは
そのような環境に長年身を置き続けた男の精神は
「君もわかっている通り、妹さんをもらい受けたいというのは、もちろん本当の
「本当だろうな」
「けど、僕はあの中だったら結構、男前の部類ではない? はっきり言って、僕がキルフェ嬢と結婚したほうが、君たちは幸せになれると思う」
「最低の選択肢どうしを戦わせるのはやめてくれ……。俺の胃に穴があきそうだ」
「見たところ、キルフェ嬢はこの砦に残った最後の良心だ。それに、君は父親にも、兄弟の誰にも似なくてよかったね」
ラトは笑っていたが、冗談にもならなかった。
イエルクの
キャストライト子爵は、ラトとクリフが中継地として立ち寄った町、マルタを
キルフェ嬢が婚約者のことをどう思っているかは知る
金めあてで仕組まれた結婚相手に好意を持つほうがむずかしいだろう。
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