第33話 胡乱げな農夫
これは、最大級の
失望はとめどなく、できることならこのまま
彼の記憶にあるアンダリュサイト砦は、小さいながらも砦として最低限の機能を
あの、
三人の農夫たちが
背の高いノッポと、中くらいのヒゲ
クリフは彼らを知っていた。
何なら、その人となりまで知り尽くしていると言っていい。
何故なら彼はここで生まれ、この砦で育ち、そしてこの土地に存在する全てのものごとに失望して故郷を後にしたのだから。
「みんな見ろ、ほんとうにぼっちゃんだ! とっくの昔に死んじまったろうと思ってたぼっちゃんだよ!」
「生きとる! たまげた、こいつはまだ生きとるぼっちゃんだぞ!」
老人たちはクリフを
クリフはその指が財布に届かぬうちに先んじて
「やめるんだ、ノッポ、ヒゲ、チビ。お前たちはほんと、いつも通りだな。どれだけ離れても、お前らの
ラトのほうをうかがうと、ステッキの先で一番小さいチビの胸を突き、軽く遠ざけていた。
「客人の
これを聞いて
その様子は、地獄の
ただの農夫や老人とは
「
「君のおじいさんって、
どこか
「なんだいオチビちゃん! なんにも知らねえでぼっちゃんについて来たのかい!?」
「聞いて
ラトはクリフのことをじっと
信じられないという顔だった。
「君が、イエルクの孫……?」
クリフはラトの
隠そうと思っても、隠しきれない。
この砦はクリフ・アキシナイトの過去そのものなのだ。
「そうだ。お前も言ってただろう、俺の出身地はアロン領グーテンガルド。現在の呼び名はディスシーン、アンダリュサイト砦だ……」
そう吐き出すように言ったクリフの
「ぼっちゃん、このおチビちゃん、どう料理しやす? 見たとこ育ちの良さそうなガキだ。人質にして
「
「こいつは
「ほら、やっぱりぼっちゃんだ。きひひひひひ」
仲間内でしか伝わらない
それはクリフがこの砦で少なくない時間を過ごしたことの何よりの証明だ。
もちろん、その様子は抜け目のない洞察力を持つラトには
ラトは訳知り顔で
「君があの悪鬼イエルクの血筋なのか……」
そう口に出して言われると、クリフの胸には切ないものがあった。
誰にも知られたくない過去だった。
「にしては君はちょっとばかしどんくさいと思ったけど……でもそう考えると、納得できることが二つある。まずひとつは、ジュリアンたちが
結果としてジュリアンたちが殺されることこそなかったが、それでも見捨てたことに違いはない。
過去は消せない。どんなに努力しようとも。
そのことを突きつけられたようだった。
「そして二つ目は、この旅に君が大人しく
その瞬間、クリフは
「このことを知られたくなかったのは本当だ。聖女殺しのクソ
それは強がりなどではなかった。
幼い頃から、クリフは砦の存在を
ここは王国が祖父イエルクを
幼い頃のクリフの
しかし、それでも、竜人公爵の依頼を受けたラトについて、ここに戻って来た理由がある。
「ノッポ、キルフェはどこにいる?」
それまで
あれだけ
「……はあ、キルフェ様でしたら森の東におられます。しかしぼっちゃん、お会いになられないほうがよいと思いますぜ」
ノッポがそう言うと、ヒゲが続けて言う。
「そうだそうだ。あんなおっかないところ……。
言い終える前に、クリフはラトや老人たちさえ置き去りにして畑の
森の奥に
急な坂道を降りていった先の風の
「ぼっちゃん、ぼっちゃん、待ちなせえ!
やたら足の速い老人たちに追いつかれ、クリフはそれ以上進むのを止める。
ノッポとヒゲがクリフの左右の腕を
彼らには、どうしてもクリフに小屋に近づいてほしくない理由があるようだった。
そのとき、あばら家の戸を開けて、白衣に身を包んだ若い女性が姿を現した。
少女と呼んでいい、か
エプロンをまとい、両手に手袋をつけ、頭や顔を厳重に布で
女性は外に
腰をかがめ、そして再び立ち上がろうとしたときに、彼女を見つめている視線に気がついたようだった。
エプロンに包まれた
彼女は立ち上がった。まるで薄暗い森の中に咲いたスズランのような立ち姿だ。
そしてクリフにはっきりとした視線を向けながら
白い
やつれた顔に化粧っけはない。
手入れを
「ぼっちゃん。キルフェお嬢様は何を思ってか、小屋に流れ者の病人を集めて世話をしていますのじゃ。あそこには村の者も近づきませなんだ。近づけば、ぼっちゃんも病をもらいますぞ」
開け
三人の農夫たちはどこか
「彼女は何者なの?」
ラトが
問いかけに、弱り切った表情で答えたのはチビである。
「キルフェお嬢様はわしらの旦那様、アンダリュサイト砦の
田舎の砦に引っ込んだ後のイエルクには家族があった。
王国出身の妻を
オスヴィンは最初の妻との間に四男をもうけた。
キルフェはチビの言う通り、オスヴィンの二人目の妻が
キルフェしばらく何か言いたげな瞳をクリフに向けていたが、言葉を発することはなく、再び静かに面覆いをつけて小屋の中に戻って行った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます