奇跡の生還

第30話 厄介な友人



 クリフ・アキシナイトは栄光えいこうへの切符きっぷを手にした。

 彼のことを仲間としてむかえてくれるクランにようやく出会えたのだ。



 それはまさに奇跡的な出会いだった。

 とある夜、就職活動のために足繫あししげく通っていた酒場で、クリフはジュリアンという名前のクランリーダーと出会った。

 ジュリアンがひきいるクランは少数精鋭しょうすうせいえいで派手さはないものの、堅実けんじつに仕事をこなしていた。四人だけで先月は大羆おおひぐまを狩ったという。

 しかし、この際クランの規模きぼや実力はクリフにとって問題ではない。

 大事なのは、相手が信頼がおける人物かどうか、そしてクランにクリフを加える余裕よゆうがあるかどうかだ。

 ちょうどいいことにジュリアンは大手クランから独立したばかりだった。

 誰か頼りになる人物に隣でささえてもらいたい、とジュリアンは酒のいきおいもあって熱っぽく語っていた。

 クリフは辛抱強しんぼうづよくその言い分を聞いてやり、時にはげまし、時に酒を飲ませて判断力をにぶらせては「俺がそばにいれば苦労はさせないのにな」などと繰り返し、洗脳せんのうじみたさり気ないアピールをかさなかった。

 その結果、数時間後にはジュリアンは熱っぽい視線をクリフに向けて「俺と……夢を追ってくれるか?」とたずねるにいたったのである。

 こうなったらもうこっちのものである。

 決まった話を素面しらふに戻ったあとに反故ほごにされてはたまらない。

 翌日の迷宮探索にさっそく同行することを約束させた。

 そして次の日、クリフは準備を万端ばんたんととの意気揚々いきようようとギルドに向かったのである。

 

「ジュリアンのクランに加入する?」


 冒険者ギルドの受付には、ちょうどの悪いことに敏腕氏びんわんしが座っていた。

 彼はクリフの記憶鉱石きおくこうせきを受け取ると、意味深いみしんな長いため息を吐いて鉱石を手の中でくるりと回してみせた。相変わらずするどすぎる視線がクリフの頸動脈けいどうみゃくのあたりをねらっているように見える。


「俺の冒険者証をざつあつかうのはやめてくれないか」


 そう言っても敏腕氏はどこく風である。


「もう一度お聞きしますよ。ジュリアンのクランと同行されるとおっしゃったのですね?」

「そうだとはっきり伝えたはずだ。何故そこからなんだよ」

「それは確かなお考えというものなのでしょうね。ラト・クリスタルには相談なさいましたか?」


 こんなところまでクリフの厄介やっかいな…………厄介な、何かはわからないが、とにかく奇妙なの名前が出され、クリフは気分が悪くなる。全身に蕁麻疹じんまんしんが出そうだ。


「どうして俺が冒険者の仕事をするのに、あいつへいちいち相談なんかしなくちゃいけないんだ」


 しかし敏腕氏の赤銅色しゃくどういろのまなざしは、ちょっとすごんでみせたくらいではぴくりともしない。


「とにかく急いで手続きをしてくれ。仲間はもう表に集まっているんだ。仕事ははじめが肝心かんじんだ、俺だけ出遅でおくれるわけにはいかないんだよ」


 クリフはそう言いててギルドの建物を出た。

 窮屈きゅうくつでいつでも革やよろいの油に汚れている迷宮街の風景は、いつもとわずかばかり変わっている。

 ギルドの玄関先には純白じゅんぱくはたかかげられていた。

 ここだけでなく、町のあちこちに同じ旗が掲げられている。


 これは王国全土が聖女選定の特別な期間に入ったあかしであった。


 四賢人しけんじん恩寵おんちょうを与えた女神をまつる女神教会は四年に一度、信仰しんこうの対象となる聖女を探し求める。聖女となる資格があるのはうら若い乙女おとめだけで、各地に聖女選定人せいじょせんていにん派遣はけんされるこの期間内に奇跡を起こすことが条件だ。

 王国はもう何年も聖女を選定していない。

 奇跡らしき現象が起きて候補こうほが選ばれても、詐欺師さぎしによるニセモノであるということが続いていた。

 嘘いつわりを決して許さぬ純白の御旗みはたの下に、ジュリアンたちは集まっていた。

 金属鎧きんぞくよろいを着こんだリーダーのジュリアンは体格の良い前衛戦士だ。

 そばに魔法使いのウィレム、弓使いのアリオス、メイジのハーヴィルという仲間たちの姿もあった。彼らは全員男性で、後衛こうえいだからかどこか線が細い。

 そこにクリフがやって来ると、遠慮えんりょなしに値踏ねぶみするような視線が向けられた。


「悪いな、手続きに手間取てまどってて……」


 クリフがびると、ジュリアンは親しげにクリフの肩に手を回した。

 

「構わないさクリフ。何せ火吹き竜サラマンダーの巣に到着するまで三日はかかる道のりだ。あせらず、ゆっくりやればいい。それに新入りのことをよく知る時間だって必要だ。そうだろう……?」


 低い声で語る。ねつっぽい視線が、クリフの顔をのぞきこんだ。

 何とはなしに少しだけ違和感いわかんを感じるが、その正体をつかむことよりも仕事欲しさが優先された。

 それからしばらくして、ようやく敏腕氏がやって来て、クリフがジュリアンのクランに加わることは了承りょうしょうできないと言ってきた。


「どうしてだ!?」

「もちろん、どうしてもと言うなら手続きを進めますよ。これはギルド職員としてではなく、一個人いちこじんとしての良心りょうしんの問題なのです。あなたはともかくラトさんにうらまれるのはけたいですからね」


 どこまでいっても、ラト・クリスタルが道をはばむのか。

 そうこうしている間に、遠くから空をつんざく咆哮ほうこうが聞こえた。

 何事かと冒険者たちがどよめく。

 陽射ひざしがさえぎられ、空がかげった。

 咆哮が聞こえた方角を見上げると、大きなつばさを広げた生物が迷宮街の空を旋回せんかいしているのが目に入った。

 銀白色ぎんはくしょくうろこを太陽の光にさんざめかせて、黄金の瞳で地上を睥睨へいげいする巨大な魔物は、ギルドめがけて急速に高度を下げた。すわ、魔物の強襲きょうしゅうかと思いきや、銀翼ぎんよくの竜は途中で人の姿に変化する。

 そして金髪金眼きんぱつきんがん美々びびしい貴公子きこうしが、冒険者たちの目前もくぜんに降り立ったのだった。


「見つけたぞ、クリフ・アキシナイト。それから他の細々こまごまとした人間ども!」


 お前は、と口にしかけてクリフは危うく思いとどまった。そんな乱暴らんぼうな言葉遣いをしたが最後、きにされて死ぬのはこちらだからだ。

 そこにいるのはある意味、ラト・クリスタルよりも厄介やっかいな存在だ。

 人の姿をしているが、人ではない。

 彼はこの王国で最も偉大な魔物、竜人公爵りゅうじんこうしゃくである。

 苦しいうめき声がクリフののどの奥から発せられた。


「あ、貴方様あなたさまは……いったい何故ここにいらっしゃるのですか……?」

「実は、ここに来る前にカーネリアン邸にらせてもらったのだがね。もちろんラト・クリスタルの力を必要としてのことだ。ええい、忌々いまいましい! 一度ならず二度までも、この私が人間の力を必要とするなぞ」


 虫の居所いどころでも悪いのか、公爵は今にも口から炎を吐きそうな様子だ。

 しかもその怒りの声は人間の声量というものをはるかに越えていた。一言発するごとに、わんわんと反響し冗談でもなんでもなく周囲の建物がこまかく振動しんどうした。


「彼は相棒たるクリフ・アキシナイトがいなければ、たっての願いを聞き入れないと言うではないか。それゆえに、この私とあろうものが、まるで従者じゅうしゃのごとく君をむかえに参上さんじょうしたのだよ!」

「しかしですね、竜人公爵――わたくしめにも仕事というものがございまして……」

「ふん、つまらぬ冒険者仕事のことか」


 竜人公爵はラト・クリスタルと全く同じ台詞セリフを吐き、ジュリアンに向けて端正たんせい彫刻ちょうこくのような人差し指を突きつけた。


「竜を殺しに行くとか言っていたな、貴様きさま。わざわざ三日もかけてほこりくさい洞窟どうくつになんぞもぐる必要は無いぞ。それほど命を捨てたいというなら、この場でませれば結構けっこうではないか。


 ジュリアンは動揺どうようを隠せない様子だ。


「俺たちは冒険者だ。はしない……」


 それはきわめて良識りょうしきのある人間の判断だったが、いかんせん状況が悪い。

 相手はほこり高い竜血りゅうけつの君であり、そのことをまえると、それはとんでもない侮辱ぶじょくの言葉であった。案の定、竜人公爵は顔を真っ赤にして怒りだした。


「貴様の目はしりについているのか!? この私が人間だなどと!」


 本人は怒りくるっているが、どこからどう見ても見た目は人間なのである。

 それも極めて眉目秀麗びもくしゅうれい貴人きじんである。


「それとも、冒険者はどろをかけられた相手にもお優しい腰抜こしぬけなのだと吹聴ふいちょうされたいのか! 来ないなら私のほうからみつくだけのことだぞ!」


 竜人公爵の怒りは最高潮さいこうちょうに達していた。

 そのとき、ジュリアンの背中越しに炎の玉が放たれた。

 大胆にも、魔法使いのウィレムが、レガリアを使って魔法をはなったのだ。

 しかし火球は竜人公爵を焼くことはなく、その表面でくだけ散る。

 炎とけむりが去ると、竜人公爵の背中の片側から生えた蝙蝠こうもり状のつばさあらわになった。翼には、もちろん焼けげのひとつもない。


「やめるんだ、戦うんじゃない!」


 クリフのさけびは誰にも届かない。

 ジュリアンたちはもう戦闘態勢に入っていた。

 続いてアリオスが矢を放った。

 三本にたばねられた矢は、しかし腕の一振りで軽々とたたき落とされてしまう。

 クリフの目には一瞬、公爵の腕が、銀色のうろこおおわれた竜のそれへと変化へんげしたのが見えていた。

 決して見間違みまちがいではないことは、すぐに明らかになった。

 公爵が力強くみこむと、巨大な竜の後ろあしが現れて、石畳を粉々に叩き割ったのだ。

 重量がすさまじい衝撃波しょうげきはみ、ハーヴィルとアリオスが吹き飛んだ。

 たたみかけるように振り回された竜の尾がギルドの出入口ごと粉砕ふんさいしていく。

 竜人公爵の巨大な本体はこの狭い迷宮街の街路には顕現けんげんできない。だから公爵は変身術を一部分ずつ、体を少しずつ竜に戻しながら戦っているのだ。


「ウィレム、ハーヴィルとアリオスを頼む!」


 ジュリアンが剣を抜いた。彼のよろいにはレガリアがめ込まれている。

 おそらく身体能力を強化するものだと思われるが、竜の膂力りょりょくの前ではまるで爪楊枝つまようじだった。

 公爵はジュリアンの剣を片手でおさえこむと、レガリアの力など物ともせず、あっけなく武器を取り上げて指先でへし折ってしまった。

 ジュリアンはよろめきながら尻もちをつく。


「ふん、竜殺しなど万年早いわ。クリフ・アキシナイトよ。君はこんな小物に関わっているひまなどないのだ。私と共にラト・クリスタルを説得せっとくしたまえ」

「しかし――ですね、公爵閣下こうしゃくかっか

「自分がいかに時間を無駄むだにしようとしていたか、まだ理解できないようだな。彼らの冒険はここで終わった。私という偉大なる魔物が終止符しゅうしふを打ったのを見ていたであろう!」

「しかし――――」

「いいかね、これは私からの奉仕サービスなのだよ、クリフ君」


 竜人公爵はなおも言いつのるクリフを振り払い、面倒臭めんどうくさそうに葉巻はまきくわえる。


「どう足掻あがいても、彼らが栄光えいこうの花道をあゆむとは思えん。竜血の君と一戦まじえ、敗北した。それが最大の勲章くんしょうとなるだろう。そうではないかね」


 公爵があごをしゃくった先には敏腕氏が平然へいぜんとして立っていた。

 戦闘がはじまったときに武器を抜いて前に出たジュリアンたちと違い、彼は遠ざかっていた。

 それもいちばん射程しゃていの長い竜の尾による攻撃がかわせる絶妙ぜつみょうの位置取りだ。

 みがき抜かれた靴のつま先は、ぴったり地割じわれの先端せんたんんでいる。


「クリフさん、冒険者証をお返しします」


 敏腕氏は記憶鉱石を投げた。

 ジュリアンたちはもう戦意を喪失そうしつしている。このような騒ぎになった以上、クリフが仲間に加わることはもうないだろう。

 何を考えてのことか、竜血の君は敏腕氏に向けて咆哮を放った。

 敏腕氏は同時に放たれた闘気とうきとでも呼ぶべきそれを受け流すと、それ以上は一歩も引かずに身一つで戦う構えを取る。

 一瞬でジュリアンたちを片付けてしまった相手の強大さを知っているだろうに、自然体で腰の引けたところが少しもない。

 これには竜人公爵も感心したらしい。


「ふむ……勇気がある。その気があるのなら、我が城にて貴殿きでんを待つ」

「恐れ入ります。勿体もったいないお言葉です」


 竜人公爵は子猫にするようにクリフの首根くびねっこをつかんだ。


「さあ、行くぞ。全くつまらぬ茶番ちゃばんであったな」

「ああ……俺の仕事が……」


 呟いたクリフに、竜人公爵は秀麗しゅうれいまゆを不機嫌そうに歪めた。


未練みれんがましいぞ。君は彼らのために一度も剣を抜かなかったではないか」


 責められ、クリフははっとした。

 男女の違いもわからぬ魔物の言葉とはいえ、それは的を射ていた。しかも的のど真ん中を、正確無比せいかくむひ射貫いぬいている。

 これから仲間になる連中だというのに、ジュリアンたちが竜人公爵にぶちのめされている間、クリフは一度たりとも剣のつかに手をかけることがなかったのである。

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