第3話 お宅の息子さんを解剖させてくれませんか?



 カーネリアン邸はアレキサンドーラの最も古い区画、旧市街きゅうしがいにある。


 丘のいただきにある大聖堂の目と鼻の先にある豪邸ごうていだ。


 まるで、ただそこにあるというだけで、カーネリアンの血筋ちすじが街の創立期から存在する由緒正ゆいしょただしいものだということを知らしめているかのような立地だった。


 クリフはギルドを出たあと、石灰石の石畳いしだたみを重い足取りで踏みつけながら屋敷に向かった。

 心の中はふところに納めた忌々いまいましい手紙をどうにかして、さっさと帰りたい気持ちでいっぱいだ。


 気が乗らないとはいえ、手紙を渡しさえすれば役目からは解放される。

 異常者がひとり野にはなたれるかもしれないが……。


 これは新参者しんざんものには知るすべのない事柄だが、そのときカーネリアン邸では葬儀そうぎり行われていた。


 大広間に置かれたひつぎで眠っているのはこの家の若き跡取あとと息子むすこである。


 葬儀に顔をそろえているのはいずれおとらぬ地元の名士めいしたちだった。

 屋敷をかこんでいるのが弔問客ちょうもんきゃくだということにクリフが気がつくのに大した時間はかからなかったが、どこの誰ともわからぬ死人よりも、自分の身のほうがよほどかわいい。

 クリフは場違いな居心地悪いごこちわるさをこらえ、人波をかきわけて、カーネリアン家の使用人と思しき人間に手紙を押しつけた。


「カーネリアン家の人間に渡してくれ」


 クリフはこれで役目を果たしたとばかり、大手おおでって往来に戻った。

 そこでやっと手紙の差出人さしだしにんが誰であるかを伝えるのをすっかり忘れていたことを思い出したが、もはや、彼にとってはもうどうでもいいことのように思えた。

 異常者の魔の手からのがれられたことに安堵あんどし、すぐさま屋敷を離れようと、二、三歩進んだそのとき。


「おい、そこのお前!!」


 若い男が誰かを追いかけるようにして屋敷から飛び出してきた。

 その様子はいかにも《怒りに我を忘れている》というふうで、こめかみに血管のすじが浮かび上がっていた。

 そしてやしきを去ろうとするクリフに気がついて距離を詰めると、乱暴に胸倉むなぐらつかんできた。


 もちろんクリフだって無抵抗だったわけではない。


 そのときには応戦おうせんしようとして、腰の剣に手を伸ばしていた。

 でも、迷いがあった。

 視界のはしに男の持ち物が目に入ったからだ。

 男の腰のベルトには、金色の輪が通してあった。

 その輪には冒険者ギルドの紋章もんしょう刻印こくいんしたギルド証と記憶鉱石きおくこうせき、それから金の台座に爪止つめどめされた色とりどりの宝石がぶらさがっていた。

 ただの宝飾品ではなかった。


 これ見よがしに男がぶら下げているのは、聖遺物レガリアだ。

 

 それを見たとき、クリフは剣から手を離し、無抵抗になった。


 もちろん、なぐられた。

 それも、かなりひどく。





 顔をらしたクリフの姿をみて、ラトはいかにもわらいがこらえきれないといった顔つきで、じっさいに吹きだして不愉快な笑い声を立てた。


「どうして抵抗しなかったの?」

「相手は冒険者だ。かなり高位のな。レガリアを使われたら勝負にならない。殴って気がむなら、殴らせるしかないだろ」

「ふーん」

「ふーんってなんだ、ふーんって。こっちは死ぬところだったんだぞ」


 宝石の形をした《レガリア》は冒険者の力のみなもとだ。

 そして、ありとあらゆる意味での商売道具しょうばいどうぐでもある。


 女神の加護が残る迷宮からは時折、聖遺物レガリアと呼ばれる鉱石が発見される。この鉱石には女神の奇跡が込められていて、強力な魔術の力や人間離れした技能スキルを持ち主に与えてくれる。

 レガリアの助けによって働く技能を《鉱石技能スキル》といい、冒険者たちは主にこのレガリアを発掘するために迷宮におもむき、その売買ばいばいで生計を立てている。未踏破みとうはの迷宮を多数有するアレキサンドーラはレガリアの一大産地だ。


 しかし、街に来たばかりのクリフにとっては、レガリアはとても手が届かない代物しろものだった。レガリアを手に入れるには迷宮の深くまでもぐるか、大枚たいまいをはたいて買うしかない。

 もちろん軍でもレガリアを持つ者はいるが、そんな貴重品が末端まったんの兵士に支給されるわけがないのだ。


 そのことを見通しているのか、単純に腫れた顔がおもしろいのか、ラトはニヤニヤ笑いを浮かべていた。


「いや、何。君を殴った相手はレガリアを持っていたんだと思ってね……。なるほど、それはご愁傷様しゅうしょうさま


 懐具合ふところぐあいや顔の傷を笑われたことよりも、クリフには腹立たしいことがあった。


「それよりもお前、いったい手紙になんて書きやがったんだ?」


 クリフを追って来た人物の剣幕けんまく尋常じんじょうではなかった。

 原因があるとしたら、ラトが渡した手紙しかない。

 ラトは目を丸くする。


「そんな、僕はただ、礼をくして手紙を書いただけだよ。《前略ぜんりゃく、偉大なるカーネリアン一族の御当主ごとうしゅであらせられるグレナ様。この度、ひとり息子を亡くしたばかりの貴方様あなたさまのご心痛しんつう、いかばかりかと拝察はいさついたします。冒険者ギルドにとらわれの身でなければ、おなぐさめできたのにと残念でなりません》ってね。どうだい、知性の高さがにじみ出る文面だろう?」


 しかし、問題はその後だ。

 ラトは手紙の後半をこう書きつづっていた。


《貴方様の御愛息ごあいそくは世をはかなんで自死じししたものと街のうわさで伝え聞いておりますが、はなはだ疑わしい話です。もしよければ、ご遺体を僕に解剖させていただけませんか? 大したお手間てまはとらせません。腹のあたりをちょっと切り開けばむ話です。たったそれだけのことで、必ずや真相しんそうというものをお目にかけましょう。こころよいご承諾しょうだくの言葉をお待ちしております。名探偵ラト・クリスタル》――――と。


「殴られるにきまってるだろ! どれだけ遺体をはずかしめれば気が済むんだ、この変態へんたい!」


 クリフは怒鳴どなった。

 若くしてこの世を去った一人息子の葬儀に乗り込んでいき、《お宅の息子さんを解剖させてくれませんか?》などと言おうものなら、結末は見えているようなものだ。

 当然のきとしてクリフはラトと間違えられ、弔問客のひとりに思いっきり殴られた。そして、往来で散々なさわぎを起こしたばつとして、再びギルドの牢屋に逆戻り、というわけだ。


「失礼だな。僕は死体に劣情れつじょうをもよおすタイプの変態ではない」

「どの口が言ってるんだ、どの口が……!」


 事の顛末てんまつをきいても、ラトには罪悪感ざいあくかんのかけらもなさそうだ。


「多少の犠牲ぎせいがあったにしろ、手紙がカーネリアン夫人の手に渡ったなら事態は動くよ。ここから出られるのが今から楽しみでしかたないね」

「馬鹿言え、お前は一生、地下牢で暮らすに決まってる」


 クリフが言いかえしたとき、廊下ろうかの奥から職員がやってきた。

 彼は二人が入れられている牢の前で止まり、鍵を使って扉を開けた。


「ラト・クリスタル。クリフ・アキシナイト、ふたりとも、出ろ」


 ギルド職員はいかにも不服そうに言った。

 クリフも何が起きたのかまったく理解できない顔だ。


「ほらね、言ったとおりでしょう?」


 ラトはそう言って、手枷足枷の鍵を外すよう、職員に差し出してみせた。

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