第16話 どうしてわかってくれないの?
◆凪沙
こんなはずではなかった。
同じようなことはもう二度と繰り返さないと決めたのに。
あたしは布団の上で蹲りながら、つい先程までの出来事を思い出す——
〜〜〜
今日は久しぶりの訓練。
今までは当たり前のようにあたしが引き受けていたけれど、マクシムの一件があってから訓練は暁斗が引き受けてくれていた。
だから、あたしは久しぶりに連日新規開拓に力を入れるようになる。
一人で行くこともあれば、シュアやエミリー、マーサを誘っていくこともある。
以前までならカーミアやサンドレスと遠征することは多かったけれど、彼らは彼らで行動することも多かったから、自然とこちらから誘うことはなくなった。
しばらくそんな日常が続いたけれど、シュアたちから、間接的に暁斗のことを聞いた。
「暁斗が無理をしている?」
「そうみたいよ。マクシムから聞いた話なんだけど、アキトが珍しく人前で溜息をついたらしいの」
「溜息ぐらい、彼だってつくわよ?」
「それは、ナギ——あなたの前だからよ」
「そう、なんだ」
それを知った時、なんかあたしは嬉しかった。
だから、あたしは彼女たちの力を借りて、作戦を決行することに決めたのである。
「暁斗、あなた自分で息抜きする時間を作ったことないでしょ? なら、これはあたしからのご褒美と思ってもらっていいから。明日はゆっくりしてきて」
「……わかりました」
暁斗はなんだかんだで何でもやれてしまう。
しかも、人よりも効率良く、スムーズに。
だから、あたしも含めてついつい彼のことを頼ってしまう。
けれど、頼ってばかりつもりはない。
あたしはあたしがやりたいことをやるのと同じように、暁斗にもそうあって欲しいのである。
彼らの状況を逐一教えてくれているから、少なくとも明日くらいは乗り切ってみせるわ。
そう強く意気込んで、翌日訓練に望んだわけだけれど——
「なんで何も指示出してくれないんですか?」
「アキトさんは、きめ細やかに丁寧に教えてくれました」
はぁ、またこれだ。
この人たちは、自分たちで考えてやるという発想はまったくないのだろうか。
(少なくともあればこんな質問はないわけだけど……)
対応をどうしようか迷う。
マクシムのように、すっぱり切り捨てる。
暁斗のように、最大限彼ら自身で考えることができるようにサポートする。
そのどちらも一つの選択肢。
けれど、あたしはそのどちらもしたいと思わなかった。
「この<バンピィ>は自分のやりたいことをする場所。誰かに指示されてやる場ではないわ」
そう、このベースだけはあたしは崩すつもりはない。
誰かに指示されたい人は今までの環境にいれば良いだけ。
無理してここに居座る必要はないのだから。
「ナギさん……」
「カーミア、帰ってきていたのね。それにサンドレスも」
浮かない顔をしているカーミアの後ろに、パートナーのサンドレスが姿を表す。
(最近姿を見せないと思ったら……しばらく会わないうちに変わったわね)
サンドレスの表情を伺う。
これまではいつもカーミアのそばで優しそうに微笑んでいた。
しかし、今はどうか?
目の周りにはクマができており、冷めた目でこちらを見ている。
「それでは誰もついて来なくなりますよ、ナギさん?」
今の発言は癇に障って、ピクッと体が反応する。
「……それは一体どういう意味で言っているのかしら、サンドレス?」
不穏な雰囲気を感じたのか、シュアたちも集まってきていた。
「そのままの意味です。大多数の人間が、強いリーダーシップの下にありたいと願っている。ならば、それに対応すべきではないでしょうか?」
「そう? あなたたちは暁斗にそのリーダーになって欲しいのかもしれないけれど、そうはさせないわ」
「それを決めるのはアキトさんでしょう?」
「そうよ、彼が決めること。そして、彼はリーダーという役割ではなくて、暁斗という一人の人間として皆と関わることを望んだ。彼の想いを知らないとは言わせないわよ、サンドレス?」
「……まぁ、いいでしょう。ならば、ぼくたちはここから出ていくだけです。それでも良いんですか?」
「……構わないわ」
「そうですか……残念です、ナギさん」
あたしの横をそう捨て台詞を言って、通り過ぎるサンドレス。
彼が今まで自分の意見を率先して言うことはなかった。
だから、自分の言葉で伝えてきてくれたことは嬉しいけれど、こんな形で——
「ナギさん……」
「行きなさい、カーミア」
「私! ——いえ、すみません」
何か言いたそうだったが、カーミアはサンドレスとその他ゾロゾロと続いていく人たちの後についていった。
「ナギ……」
「大丈夫、ナギ?」
「……」
しばらく間をあけて、シュナとマーサが声をかけてきてくれた。
けれど、あたしは返事をすることができなかった。
声に出したいけれど、声に出せない。
出したところで、何かが変わるわけではないのだから。
「ごめん……みんな!」
あたしを制止しようとしてくれた彼女たちを振り切って、家に直行。
鍵を閉めて、閉じこもって——
〜〜〜
そして、現在に至る。
また、やってしまった。
あたしは最初に掲げた想いを大事にしたいだけ。
それを、お金とか他人の思惑によってねじ曲げられるのが我慢できない。
それで、何人ものマネージャーと会わずに、彼らを責めてしまい、みんなあたしの下から離れていった。
あたしと合う人間なんかいない!
そう思う方が気が楽で、マネージャーがやるべき仕事はあたしが全部引き受けた。
その行為が余計に他者との溝を深めるとも気付かずに……。
けれど、この仮想世界に来て、ようやく同じ想いを持って寝食を共にできる仲間ができたと思った。
共感してくれる仲間も増えて、共同生活できるようにみんな尽力してくれたのに。
特に、彼が——
「凪沙、暁斗です。開けてくれますか?」
ドキッとした。
今まさに考えていた人物の声が聞こえてきた。
「事情は彼女たちから聞きました。大丈夫、あなたは何も間違っていない」
でも——という言葉が出てきそうだったけれど、寸前のところで言葉を飲み込む。
彼は思ってもいないことは口にしない。
そのことは共同生活を始めて実感している。
世辞を言うことも苦手。
嘘をつくことも苦手。
すぐに顔に、言葉に出てしまう。
それなら——
あたしは布団から出て、玄関に向かい、鍵をカチャっと開ける。
すると、間を置いてガラガラとドアが開いていく。
「凪沙、ただいま戻りました。鍵をかけることなんてなかったですが、ちゃんと機能してよかったですね」
「あ、暁斗……」
いつもの笑顔で真っ直ぐあたしを見つめてくれる、暁斗。
涙腺が緩み、涙がじわっと溢れてきて——気がついたら、彼の胸元に向かって飛び込んでいた。
◆暁斗
玄関を開けて、出てきてくれた凪沙は明らかに今までにないくらい落ち込んでいた。
そんな彼女にかけた言葉は、自然と出て。
「あきとーっ!!!」
私の懐に飛び込んできた凪沙は、瞳に涙をいっぱい浮かべていて。
泣きじゃくる彼女を抱きとめ、頭や背中をトントンっと軽く叩きながら、しばらくあやすことに。
「あぁ、お前たち……お熱いところ悪いんだが、そろそろいいか?」
あ、そういえば、みんないたんだな。
マクシムさんの声掛けに反応した凪沙は、瞬時に私から離れ——
「!? な、なんでここにあんたちがいるのー!?」
女性陣だけでなく、男性陣もいたことに彼女は顔を真っ赤に変えて、驚きあたふたしている。
普段は明るく元気にみんなを癒やしてくれる凪沙の、新たな一面を垣間見れて。
私たちは嬉しく笑みがこぼれる。
そんな私たちを見て、凪沙は「も〜、なんで笑ってるのよ!」って怒ったものの、彼女もつられて笑い合った。
❇︎
ひとしきり笑い合ったあと、玄関先に集まっていたメンバーを、家の中へと招き入れることにした。
場所は離れにある庵。
長野の奥地にある村に視察に行った際、一度だけ見たことあった庵を、この世界でも再現したかった。
「やっぱりこの空間はいいな」
「ありがとうございます、ゲイル。あなたが作ってくれた場所ですから」
メインの建物とは別に、後から草木や竹などを材料として最近作ってもらった小屋。それに、
忙しいときはついつい楽したくなるけれど、基本的に私と凪沙はここでご飯を食べる。
そして、風呂も五右衛門風呂にして、薪を割って、火を起こしして入る。
どちらも支度に時間がかかるし、手間がかかるが、その時間ですら今は贅沢に感じる。
「みんな……その……」
一息ついたタイミングを見計らって、凪沙がみんなに向けて言いにくそうに話し始める。
「謝罪はいらないぞ、ナギ」
「!?」
図星だったのか、凪沙は押し黙る。
「むしろ、お前には一番損な役回りをさせちまったことを、俺が謝りたいくらいだ」
「私もよ、ナギ」
皆がマクシムさんの意見に賛同するように、声を上げたり、頷いたりする。
皆感じているんだ。
凪沙が今日あったことだけで、こんなに落ち込むことはないことを。
事情を察することしかできないのが歯痒いことを。
「でも、せっかく集まった仲間が——」
「仲間じゃない、彼らは」
「シュアの言う通りよ。特に、カーミアとサンドレスのナギへのあの態度、絶対に許さないわ」
「私もよ」
これまで怒りの表情を見せたことのないマーサさんやエミリーさんまで、ここまで怒りをあらわにする——きっと彼らへの怒りだけではなく、凪沙をその時庇えなかった自分たちへの後悔もあるのだろう。
「でもよ、これである意味解決したんじゃないか?」
「そっか、私たちになにかにつけてケチ付けてきた人たちが、みんないなくなってくれたんだもんね」
「……みなさん、アキト殿はそう考えていないようですよ」
「「「!?」」」
みんなが驚いた顔で一斉に私を凝視する。
「セルゲイさんの言う通り、私はまだ事件は解決していないと考えています」
「詳しく訊かせてもらえる、暁斗?」
「もちろんです」
憶測があろうが、きっと今が伝え時なのでしょう。
「変な混乱を招かないためナギにしか話していなかったのですが……今、ここは何者かの攻撃を受けています。もちろん物理戦ではなく、計略という意味で」
集まっているメンバーに、以前凪沙に話した内容を伝える。
一通り伝え終わると、一同半信半疑の表情を浮かべている。
「アキトよ、何者かの正体はわかっているのか?」
「いえ、まだ。けれど、今は黒幕の正体についてはあまり重要ではありません」
「というのは、一体どういうことだ?」
「正体を突き止めるより先に、対応しなければならないことがこれから起きるからです」
皆よくわからないといった顔をしている。
「(まぁ、当然ですよね)今まで起きたことは、あることを実現させるために起こしたこと。そのために、期間をかけてじわじわと」
最初は、セルゲイさん&シュアさんたちの後、2ヶ月から立て続けに人が集まってきたとき。
あのときは、人が増えてきたことに単純に凪沙と喜んだものだけど。
次は、立ち上げメンバーとのいざこざ。
これは私を表舞台にあげるためのフラグ。
実際に、これによって私が凪沙の代わりに前に立つようになる。
そして、今回の一件——
「今回彼らの狙いは、ナギを精神的に孤立させること。ここまでやって、これだけで終わるはずがないんです。ここを——『バンピィ』を奪取するためには」
「「「なんだって!?」」」
そう、ここからが重要なんですから。
「そもそも彼らはなんであっさり引き下がったと思いますか? 答えは簡単。すぐに取り戻せるとわかっているからです」
「取り出すって、ここはあいつらの場所じゃねーぞ!!」
「そうだ!!」
「マクシム、ゲイル、落ち着いて!」
「エミリーの言う通りよ! まだアキトの話も途中だわ」
二人の怒りもごもっとも。
私だって、この推測にたどり着いたときは心中穏やかではなかった。
「彼らにとって大事なのは、多数意見がどちらかということ。つまり、大義名分を掲げるための正当性がほしいのです」
「けれど、ここは誰のものではないわ。所有権を誰も主張していないですし……まさか!?」
さすがシュアさん、気が付いたようですね。
私に確認の目線を向けてきたので、頷くことで応える。
「どうしたのですか、シュア?」
「今のところ所有権は誰も持っていない。けれど、ここにいなくてその資格がある人物が二人います」
「……それがカーミアとサンドレス」
凪沙は竈門の火の一点を見つめながら、ボソッと呟く。
「そうです。カーミアさんやサンドレスさんは黒幕としてではなく、ここを手に入れるための布石として登場します」
所有権を主張できるからと言って、実際に所有権を獲得できるわけではない。
特に未開拓地の所有権を獲得するためには、<
ちなみに、所有権を主張できる対象は、開拓した土地に名前を名付けたときにその土地に住んでいた人限定となる。
「所有権を主張する上で重要なこと。それはもし意見の相違が出た際には、正当性が求められること。当然我々の反応は向こうも想像できるでしょう」
「当然、反対するわ!」
凪沙の意見に皆頷き、賛同する。
「すると、どうなりますか?」
「所有権主張者が2名、私たち反対者が6名——私たちが必ず勝ちますが?」
「シュアさんの仰る通りです。ならば、どうしてこのような展開になっているのか? その答えも簡単です。人数で勝てないなら、勝てるようにするだけです」
「どういうことなの?」
「つまり、我々が所有権を放棄するように仕向ければ良いのです」
「……俺たちが知らないところで、事態が進んでいたんだな」
難しい顔をするマクシムさん。
でも、ここからが本題ですよ。
「そう仕向けるためのターゲットは——再びナギ、あなたです」
私が凪沙の方を向くと、次言われることがわかっていたかのように、冷静に彼女は見つめ返した。
「(どうやら本調子に戻ってきましたね)あなたのもとにそろそろ彼らから連絡が——」
「ちょっと待って……本当に来たわ」
凪沙は自身の時計に、新しいメッセージが表示されていることを確認する。
「『今日の件について、改めてお話したいことがあります。明日この指定した地点でお待ちしています』と、カーミアから。指定地点のマップ付きで」
カーミアさんから届いたメッセージに添付されていた地図を、皆で覗き込む。
「……明らかに罠ね」
「しかも、この地点。見晴らしが最悪で、周囲が危険地帯に囲まれているぞ」
「なぁ、別にナギが行かなくて良いんじゃないか?」
「いえ、あたしは行くわ」
凪沙はスッと立ち上がり、皆に落ち着いてもらうようにゆっくりと、けれど、はっきりとした口調で意思を伝える。
「暁斗の話からすると、あたしがもし行かなかった場合についても対策がされているはず。それこそ、口裏合わせで、強引に話をねじ曲げることだって考えられるわ」
「でも、相手は一人ではなく、大勢いるのよ!」
「だからこそよ、エミリー。でなければ、暁斗は必ずあたしを止めるはずだもの」
凪沙は自信満々にそう答える。
ならば、私もそれに応えるのみ。
「ナギの言う通りです。今回のクエストは、ナギでなければ成功しません。そういった意味では、彼らは初めて人戦をミスしたことになります」
陰でコソコソ進めるのを辞めた時点で、彼らの計画は容易に推測できるようになった。
今度はこちらの反撃する番だ。
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