第17話 反撃の狼煙

 ◆カーミア


 ある人と会うために指定した場所。


 ここで待つこと2時間、私はずっと冷や汗をかいており、動悸が止まらない。


 そろそろじっと待つのも限界に感じたとき、目線の先に人影が見えてきた。


「こんにちは、カーミア」


「……来てしまったのですね、ナギさん」


 約1年近くずっと師事してきた相手、ナギが笑顔で姿を現す。


「もちろんよ。可愛い弟子の頼みですもの。それに、あたしは


(見破られている!?)


 瞬時にそう判断した。

 それに、昨日の別れ際には相当精神的にダメージを受けていたはずなのに、もう立ち直っている。

 付け入る隙がない——とは、まさに今目の前にいる彼女のことを指すのだろう。


「それで、単刀直入に訊くわ。昨日の続きの話って何かしら?」


「……私たちの中でリーダーを立てて、しっかりとした組織を作りませんか? 大所帯になって統率も取れにくくなっていると思いますし、その方が私たちは一丸となって団結できると思うんです! 今のままではみんなバラバラで協調性に欠けますし……それから——」


 とにかく捲し立てるように話し続ける。

 ナギさんは途中で話を一切遮ることなく、私の話に耳を傾けている。

 そのことが余計に慌てさせる。


「カーミア、一つだけ質問いいかしら?」


「……はい、何でしょうか?」


は全部あなたが感じて、考えて、話したことかしら?」


「……」


「そうですよ。だから、は彼女の意見に賛同したのです」


 私が押し黙っていると、サンドレが予定よりも早く姿を現した。


「そう」


 ナギさんは突然現れたサンドレに動じる様子もなく、言葉を漏らす。


「それで、そこに潜んでいる方々と一緒に何か用があるのかしら? あたしの野外ライブに集まってくれたのかしら?」


「それもこの事態になっていなければ嬉しい提案ですが——ナギさん、貴女には人質になってもらいます」


 サンドレスがパチンッと指を鳴らすと、私とナギさんの周囲に<バンピィ>に移住してきた新参の方々が武装して現れる。


「あら、そこに潜んでいましたか……」


 やはりこの状況になっても、ナギさんが慌てる様子は一切ない。


「いくらあなたが近接戦闘に長けていても、あなたは無防備。こちらは完全武装。大人しく投降してください。そうすれば、身柄の安全は保証します」


「ご丁寧にどうも。けれど、遠慮しておくわ。約束は平気に違える。多勢に無勢な有利な状況でないと、話もできないチキンなあなたとでは話にならないわ」


「!? この状況でも減らず口を叩けるとはさすがですね。多少手荒になっても構いません、彼女を捕らえてください」


「待って、サンドレ! 話が違うわ! それに——」


「自分のことしか考えることのできない人に、これ以上説得は無理でしょう」


 サンドレが指示を出すと、周囲を囲んでいた人たちはじわじわと迫ってくる。

 けれど、相変わらず彼女はその場を動こうとしない……まさか!?


「みんな逃げてー!!」

「遅い。<台風のアイオブザストリーム>」


 私の制止と同時に、ナギさんのトラップが発動。

 私とナギさんを除く、周囲10メートルほどが一気に陥没。取り囲んでいた人たちを巻き込んだ後、すぐに何事もなかったかのように地面は元通りに。


「<台風の目アイオブザストリーム>……いつの間に」


 開拓士が得意とする、外敵を一網打尽にする<策動トラップ>という技術スキル

 これは、事前に対象となる獲物がいない段階で仕掛けておく必要がある。

 そして、あるキーワードを唱えると、仕掛けた罠が発動する。


 私も使えるが、ナギさんが最も得意する技術スキルだ。


「何度も教えたわよね、カーミア? 敵が少数でいるとき、最も注意しなければならないことを」


 そんなの耳にタコができるくらい聴いている。

 けれど、自分の方が数が多い立場は初めてで——


(ダメだわ。そんなの言い訳でしかない。だったら、罠を解除して——!?)


 技術スキルを発動しようとしたが、危険を察知してバックステップで逃げる。


 シュッという空気を切る音とともに、私がさっきまでいた場所に蹴りを繰り出すナギさんが瞬時に現れる。


「今のをよく回避したわね。まだまだ行くわよ」


「クッ!」


 蹴りに、拳に——容赦ない攻撃が襲いかかる。

 なんとか防戦するので精一杯な私に対して、ナギさんからはまだ余力を感じる。


「<剣心ソードソウル>」

 騎士の職業で獲得した剣の技術スキルで威嚇するが、それでも何の躊躇もなく彼女は立ち向かってくる。


「それなら、<武心アートソウル>!」

 今度は武道家で獲得した技術スキルで応対。体術をさらに強化して、なんとか反撃に転ずることができるようになる。


技術スキルを使ってようやく対等だなんて……本当にどれだけ化け物なのよ)


 そうだ。

 目の前の相手は化け物。


 サンドレは過小評価しているが、対人戦で一番脅威なのはナギさんだ。

 それに、他のメンバーも護身術は長けていて、アキトさんでさえ私と同等。


 真っ向勝負に持ち込まれて、勝てるはずがない。


「今、勝つことを諦めたわね?」


「……」


「言ったでしょ? 常に今できることを探せ、と。でないと、大切なものを失うわよ」


「大切なもの……」


 呟いた瞬間、ある一人の女性のイメージが浮かぶ。

 何も出来ずに失った、マリアのことを。


ちゃんとあるじゃないの」


「!?」


 イメージがかき消すように、ナギさんが私の懐まで移動しており——


 もろに腹に彼女の掌底が直撃し、後方にある巨木に叩きつけられた。


「カハッ!」


 一撃食らっただけで、もう意識が朦朧としてきた。


「パートナーに伝えておいて。『次は容赦しないわ』と」


 ボヤけた視界には、先ほどのような真剣なナギさんではなく、微笑んでいる彼女がいたような気がして。


 気が付いたら、意識を手放していた。





 ◆凪沙


「……任務完了ね」


 カーミアは気絶し、サンドレスたちはトラップで捕縛中。

 あくまで一時的だけれど、これで反対の意志はわかりやすく伝わったはず。


 <台風のアイオブザストリーム>はそのまま放置した場合、だいたい1時間くらい捕縛が解ける。そのとき、相手を気絶させた状態で元いた場所に戻す。


 罠にかかった獲物を確実に捕縛する方法だが、<ヘルンポス鉱山>を越えた先で遭遇する生物たちは警戒心が強いため、罠に気づかれることも少なくない。

 だから、釣り餌に夢中にさせる工夫が必要になる。


「すべてここまでは暁斗の予定通りね。この後、どうでるのかしら?」


 カーミアが他の生物に狙われないように、魔除けの結界を張って、この場を去ることにした。



 ❇︎



「ナギ!」


「エミリー! それにみんなも!」


 <バンピィ>に戻ると、集落の手前でみんなが出迎えてくれた。


「俺の<望遠ボウエン>で覗いていたが……アキトの言っていた通り、ナギでないとこの作戦は無理だな」


「怪我はない?」


「マクシム、ありがとう。怪我はないけれど、久しぶりに全力で動いて疲れたわ」


「カーミアさんはいかがでしたか?」


 暁斗……。

 何気ないその一言は、あたしのことを想う気持ちがす〜っと伝わってくる。


「そうね……相変わらずまだまだだわ。けれど、彼女にも大切な何かがある——そのことがわかっただけでも良かったわ」


 プイッと首を横に振ると、みんなが微笑している声が聞こえてきた。


「ナギはアキト前では素直ね。そう思うわよね、マーサ、シュア?」


「うんうん」


「ナギ、可愛い」


「あんたたち〜! はぁ、でもこれで、作戦も第二段階よね」


 あたしの一言で、皆の視線が暁斗の方に集まる。


「実は……まだ次の作戦は何も決まっていません」


 ズゴッと、あたしも含めた暁斗以外のメンバーが拍子抜けを食らった。


「冗談だよな、暁斗?」


「ごめんなさい、私はどうも冗談というのが苦手で。ただ、もうすぐ次の作戦を決めるための情報が集まるはずなのです——ご苦労様です、レイアスさん」


 暁斗が突然誰もいない方向を向いて声をかけると——そこには、いつの間にか一人の少女が立っていた。


「誰!?」


「ナギ、この人がレイアスさんだよ」


「えっ!? だってこの間は青年って——」


 どう見ても少女だ……青年には見えない。

 あたしより小柄なエミリーと同じくらいの背丈。金髪ツインテールが映える衣装を着こなしている容姿から、とても男には……。


「ウフフ。アキトから伺っていた通り、ナギはとても可愛い方ですね。アキトが紹介してくれた通り、私がレイアスだよ」


「そういえば……暁斗が以前、レイアスは変装の達人だと」


「変装、とはまた異なります」


 レイアスは次々に姿を変えていく。

 少女、老父、幼児、青年——そして、また少女へ。


「彼女の詮索は止してほしいです。それで、頼んでいました情報は集まりましたか?」


「はい、この通り」


 暁斗はレイアスから巻物を受け取ると、華麗に巻物を広げると真剣な表情で読み始めた。


「一体何が書いてあったんですか、アキト殿?」


「次の作戦を考える上で、重要な情報です。これで……全部必要な情報が揃いました」


「本当か!?」


「さすがアキトだね!」


 みんな喜んでいる。

 暁斗もそうかと思ったけれど——


(悲しんでいる……いえ、心の中で泣いているの、暁斗?)



「それでは、これで失礼します」


「折角お望みのここまで来られたのです。一日ぐらいゆっくりされては?」


「そうしたいのは山々ですが……そうできない事情ができてしまったの」


「と言いますと?」


「実は、エスティである部隊がこちらに向けて出陣するという情報を耳にしたのよ。無慈悲なる番犬ピットブル。これまで一度も出番がなかったから詳細なことは不明だけど……一度ターゲットにされたら、どんな生物でも生き残れないと言われているわ」


「何でこちらに向かってくるんだ? 俺たちは別にエスティに対して、叛旗を翻したことはないぞ?」


「理由はわからないわ。ただ、アキトには心当たりがあるのじゃないかしら?」


 再び暁斗の方に注目が集まる。


 こういった多角的な情報を集め、整理する才能は、暁斗はずば抜けている。

 あたしだって、一人で自分の芸能活動を切り盛りしていたときは、いろんなところから情報収集して、整理して、判断してきたつもり。

 けれど、どうしても一人でやるには時間がかかり過ぎていた。


 一方、暁斗は自分だけではない他の人の状況も正確に掴み、すぐに判断できる。

 だからこそ、どうしてもあたしや他のみんなも、ここぞというときは彼に頼ってしまう。


「……」


 その暁斗がここまで煮え切れない態度をとる、ということは余程の事態なのかもしれない。


「暁斗、あなたが整理できることだけでもいいわ。話してくれる?」


「ナギ……わかりました」


 周りのみんなの真剣な表情を見て、暁斗は語り始める。


「次はここに何かを仕掛けてくることは、実は想定内でした。それが、ナギの時のように人の集団なのか。あるいは、野生生物を送り込んでくるのか。そのどちらかであれば対処は可能——だったのですが。訓練された番犬が相手となりますと……」


 暁斗が悩んでいる理由がわかる気がする。

 番犬は人の求める形になるように訓練される。それが、密輸を防ぐためだったり、人を守るためだったり、求める形は様々。

 けれど、もし容赦無い殺戮が求められていたとしたら、野生生物には効く生半可な威嚇は通じない可能性が高い。


(どうする? このまま抵抗を続けても少数なあたしたちが、そんな奴らに数で攻め込まれたらひとたまりもないわ)


無慈悲なる番犬ピットブルは生物ではなく機械ですよ、アキトさん」


 すると、あたしが戻ってきた方向から、また聞き覚えのある別の声が聞こえてきた。

 声の主が正体を現すと——


「何で……あなたがここにいるの、カーミア?」

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