第9話 凪沙、苦渋の決断
現在、エスティでは『ある二人のパーティーが偉業を成し遂げた』という話題で持ちきりである。
未開拓地を次々に開拓。
未開拓地にある鉱山で、
そもそも、未開拓地に足を踏み入れたということだけで、エスティ住民からすると話題性としては十分。
その上、今回の話が伝わってきたらどうなるか?
住民の立場からすると、容易に想像できる。
だからこそ、無闇にことを荒立てないように、事前に釘を指しておいたセイヤであったが——
「「ほんとーに、申し訳ございませんでした!」」
「……」
ここは、管理塔の一階にある<はじまりの場所>の面会用個室。
そこで、私と凪沙はテーブルに両手をつき、頭を下げ、目の前の相手——セイヤさんに深く謝罪をする。
一方セイヤさんは、腕を組み、両目は瞑っていて、終始無言である。
「ねぇねぇ、暁斗。明らかにセイヤ怒ってるわよ?」
「そりゃあ、そうですよ」
「だから、あたしは慎重にことを運びましょうって言ったじゃない?」
「……『あまり深く考えなくていいんじゃない?』と言っていたと思いますが」
「あれ、そうだったかしら?」
「ふぅ、お前らなぁ。少しでも反省の意があるなら、聞こえるような小声で喋るなよな」
「「あっ!?」」
凪沙と小声でやりとりをしていると、セイヤさんが目を開けてくれて話しかけてくれた。
「あっ!? じゃねーだろ、ったく。まぁ、別にお前たちが悪さをしたわけではないから、俺が咎める理由はないんだが。どうせお前たちのことだから、こんなことがあっても自重することはないんだろ?」
セイヤさんが周囲に目配せすると、外には野次馬たちが。
個室の外には明らかに複数の人の気配が。<はじまりの場所>には通常NPCは入れず、受付の人のように役割がある人しか入れないよう制限されている。
ということは、部屋の外にいるのは私たちと同じプレイヤー(テスター)だろう。
「もちろん♪」
「私たちはやりたいことをやるためにここにいるんですから」
例え想定外のことが起きようと、一度決めたことを自分たちから途中で辞めるような真似はしない。
「……そういうと思ったぜ」
「止めないのかしら?」
「どうせ止めても無駄だろ、ナギ?」
「まぁね」
ちなみに、この世界では凪沙は表向きではナギと名乗っている。
現実世界の時とは格好を変えているとはいえ、アーティスト三位凪沙とバレるのを一応警戒しているらしい。
いくら格好を変えていても、仮想世界であっても、全身から溢れ出ている自信は隠せていない。
そのことを正直に凪沙に伝えたら、なぜか逆に喜んでいた。
「そう言うと思ったぜ。まぁなんだ、お前たちは周囲からすると変態ではあるが、悪人ではない。お前たちが悪用するつもりがなくても、他の奴らはそうとは限らない。そのことだけは覚えておいてくれ」
「……わかりました。本当にいつもありがとうございます、セイヤさん」
「本当だぜ。ここまで相談を受けたのも、世話を焼いているのもお前たちくらいだ。特に、暁斗。お前にな」
「ありがとう、ございます」
お世辞抜きでセイヤさんのような存在がいてくれることは、本当に助かっている。
利害関係は一切なく、思ったことは遠慮なく言ってくれる。
今までそんな相手は一人もいなかった。
いや、正確には作ってこなかった。
凪沙とはまた違った立ち位置で関わってくれるセイヤさんは、NPCであることは関係なく大事な存在となっている。
別れ際にいつもニカっと笑って送り出してくれるセイヤさんを見て、涙腺が緩むのを感じ、それがまた嬉しかった。
セイヤさんの誘導で野次馬たちを煙に巻いて、管理塔の外へと脱出成功。
尾行を警戒しながら、自宅へと戻ることにした。
「ふぅ、やっぱり我が家は落ち着くわね〜」
凪沙は帰ってくるなり、ソファーにダイブして猫のようにくつろぎ始める。
「それにしても、すごい反響でしたね。セイヤさんがなぜ警告したのかようやくわかりました」
「そうね。あたしはああいうの慣れっ子だけど、群がって何が楽しいのかしらね?」
(私も表舞台に立っていた頃は注目を集めてきましたが……それはあくまでFateGate社の草薙彰として、です)
世界的アーティストである凪沙。
常に世間の注目を個人として集め続けていた彼女ならではの心境なのだろう。
「これからどうしよっか、暁斗?」
「そうですね……少し予定より早いですが、例の計画を実行に移しましょう」
「さっすが、暁斗! あたし、早速準備してくるね!」
「えぇ!」
(さぁ、これでもう後戻りはできませんね。彼らの反応が楽しみです)
凪沙に続いて、例の計画に必要な準備を始めた。
そして、3日後——
ようやく暁斗と凪沙の住居を特定した情報屋たちが駆けつけた時には、すでに部屋の中はもぬけの殻であった。
*
「今頃彼らは慌てているでしょうね」
「それはそうよ! 人のプライベートに土足で踏み入ってくる輩たちには良い薬だわ」
凪沙はプンプンっと怒っている仕草をしているが、どこか楽しそうだ。
(かく言う私も、出し抜けた感が楽しいです)
ここは、未開拓地域の安全エリア。
セイヤさんと最後に会った日の夜中には家を出発し、ここでテントを貼って野宿している。
生活必需品はすべてアイテムボックスに収納してあるし、水や食料については確保してあるのですぐに困ることはない。
凪沙の所有するアイテムボックスはとても便利で、
つまり、例の計画とは、与えられ管理された環境から脱却する計画のことであった。
「計画を前倒しにしたけど、何か支障がありそうなことはあるかしら?」
「……いえ、今のところは。凪沙の修正した計画であれば問題ないでしょう」
「やったぁー!」
凪沙は両手をあげてガッツポーズをして喜んでいる。
これまでの私は、自分主導で計画を立てることがほとんどだったが、こうやって相手をサポートする立場になってみると、また違った気付きがある。
どうしても自分の場合は、利益優先の思考だから、損得勘定で物事を判断する傾向が多い。
対して、凪沙は損得勘定ではなく、今彼女自身がどうしたいかをベースの思考だから、理論や理屈で動くことはない。
だだ、彼女のチャレンジとして、他者と一緒に何かをするときには、自分が主導したいという望みがある。
だから、今度は相手の立場や状況も理解して物事を判断するトレーニングを日々している。
これが難しいのが、相手のことを考え過ぎると、まったく凪沙の魅力が発揮されないことだ。
そんな彼女を私は見たくない。
じゃあどうする?
そこで凪沙と話し合って決めたのが、まずお互いどうしたいかの意見だけ出すこと。
この時点では取捨選択はしない。
そして、出てきた意見を見て、彼女がブラッシュアップした計画をまずはやってみることにした。
この工程は、私にとってはかなりのチャレンジで、どうしても未来の損得勘定で考えてしまうと、彼女の計画にあれこれ物申したくなる衝動に襲われる。
ところが、実際にこの流れで計画してみたところ、結局自分の懸念は必要なかったことがわかったのである。
「じゃあ、いよいよヘルンポス鉱山を抜けるわけね?」
「そうです。先日採掘したところを通り過ぎて、北上しましょう」
凪沙と共有しているマップを二人で眺めながら、次の目標地点に向けて段取を確認した。
❇︎
さらに二日が経過した頃、ヘルンポス鉱山に無事着いた。
安全ルートを通ったから当然だが、それでも絶対安全とはいえない。
仮想世界だからといって、いつも同じパターンのプログラムが組まれているとは限らないし、想定外の事態があると思った方がいい、
つい先日安易に考えて、想定外のことに巻き込まれた経験から、その考えは強く待つようになった。
「どうやらまだこの地へ他に足を踏み入れた人はいないみたいね」
地面の足跡や周囲の様子を観察しながら、凪沙は道を進んでいく。
「一応<
凪沙の<
探知する対象は意識したものが対象になるようで、時と場合で使い分けている。
「……どうですか?」
「まずいわね……どこかのバカたちが危険エリアに侵入してるわ」
「なんですって!?」
マップを見てみると、確かに危険エリアにマッピングしたところに、複数人の反応がプロットされて、アイコンとして表示されている。
そのアイコンが一斉に素早く動いている、ということは——
「救難信号は上がっていないため、気にする必要はないと思いますが。もしかしたら、何者かに襲われている可能性もあります。どうしますか?」
「……助けましょう。暁斗はあたしの援護と彼らの救援を」
凪沙の中で、なんらかの葛藤があったのでしょう。
彼女にとっては、苦渋の決断だったようだ。
「わかりました」
ならば、私は全力で彼女をサポートするのみ!
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