第10話 幸せを感じる瞬間

「は、早くにげろー!」

「もうダメだ!」

「ギャー!」


 反応があったエリアに急行してみると、男女さまざまな悲鳴が聞こえてくる。

 明らかに非常事態のようだ。


「暁斗! あたしがあそこに突っ込んで注意を引くから、そのうちに避難誘導をお願い!」


「了解です!」


 前方を走っている凪沙は、さらに加速すると悲鳴が止まない場所へと突入していく。


「「狼!」」


 視認できる位置まで来て、初めて脅威となる存在が狼に似た生物だと判明した。

 狼は一匹だけなら怖くはないが、だいたい一匹いるということはそいつを囮にして、他の個体が潜んでいて挟み撃ち——というのはよく聞く話だ。

 だが、目の前の生物は、自分たちの知る狼より一回りくらい大きく、全長が人間の大人と同じくらいある。



「キャー!!!」


「ハ〜アッ!」


 まさに逃げ遅れた少女が狼に襲われようとする寸前で、凪沙が蹴りで割り込み、狼を吹っ飛ばす。


「えっ!?」


 少女はいきなり狼が視界から消え去り、混乱している。


「早く彼の方に逃げなさい!」


「あ、はいっ!」


 凪沙の必死の形相に我に返った少女は、慌ててこちらに逃げてくる。


「あなた方は——」


「そんなことは後回しです。要救助者の方と一緒に、みなさん早くこちらへ!」


 大声をあげて誘うと、逃げていた人たちは一目散に駆け込んできた。


(合計八人、この人数なら<調合>した魔除けの結界でなんとかなるはず)


 急いで結界に必要なアイテムを周囲にばら撒き、半径三メートルくらいの結界を張る。


「彼女はだ、大丈夫なのですか?」


「大丈夫です。それよりもこの周囲から出ないでくださいね」


 話しかけてきた男性にそう警告すると、残してきた彼女を見る。


 さすが武道も嗜んでいただけあって、素人目でも警戒な動きを見せている。

 襲ってくる狼たちを凪沙は一匹一匹確実に仕留めていき、八匹目となる狼を撃破した。



 初めて遭遇した狼に似た未知の生物の名は、ドーケンウルフ。


 彼らの襲撃を受け、三名のプレイヤーが死亡し、四名のプレイヤーが重軽傷を負う結果となった。

 とは言え、死亡したプレイヤーはあくまでのこの世界で死んで、現実世界に戻っただけ。

 もちろんコンティニューはないから、彼らのプロジェクト参加も強制終了になる。



 ❇︎



 凪沙が戻ってきたところで、治療が必要な人に適切な処置をするために安全エリアまで退避することになった。


 凪沙が先陣を切り、私が殿を務め、襲撃を受けた人たちを守る形で進むことに。


 犯してしまった過ちを悔やんでいるのか、死んでしまった者たちのことを想って悲しんでいるのか——道中彼らは終始黙ったまま。


 おかげでスムーズに進んだが、私たちからすると1日前の地点に逆戻り。

 やらせない気持ちを抱えつつ、周囲を警戒しながら目的地へと向かった。



 目的地に辿り着いたときには、すでに日が暮れていた。

 私と凪沙は黙々と野営の準備を始める。

 その後は、負傷者の治療、夕飯の準備を始めて、夕飯を振舞った。



「それでは、なぜこのようなところまで来られたのか、どなたかご説明いただけますでしょうか?」


 夕食後、しばらくして落ち着いたところで、事情を訊くことにした。

 焚き火を囲むように座っていたので、ぐるっと周りに目を配るが、皆決まって目を逸らしていく。


(これでは埒があきませんね。さてさて、どうしたものでしょうか)


「いいわ、暁斗。あとはあたしが引き継ぐわ」


 困り果てているところに、微笑んでいる凪沙が助け舟を出してくれた。

 しかし、彼らに目線を向けるときには、キリッとした表情に変わっていたのである。


「あなたたちのリーダーは誰?」


「……」


「……こちらの女性のパートナーです。先ほどの襲撃で亡くなってしまいましたが」


「……そうよ」


 凪沙が助けた少女が沈黙に耐えられなくなったのか、ようやく話してくれた。

 リーダーだった人のパートナーに皆の目線が集まる。


(ん? どこかで見たことある人ですね)


 その女性はどこか見覚えがあるが、どこで出会ったのか思い出せない。

 どこだっただろう?



「では、代わりにあなたに訊くわ。どうして、こんなところまでそんな無防備な状態でやってきたの?」


 無防備、と凪沙が表現した理由。

 それは、彼らが皆職業に就いていない<無職>で、技術スキルもなければ、見た目からして装備も軟弱だったから。

 未開拓地にそんな状態で行くなんて、無謀以外何物でもない。


「……これは尋問かしら?」


「いえ、質問よ。答えたくなければ答えなくてもいいわ」


「……あんた達だけ美味しい思いをさせたくなかったからよ」


「……それだけの理由で?」


 ヤバい。

 凪沙、顔は冷静を装っているが、相当怒っているぞ。


「そうよ、悪い! それだけの美貌ですもんね。どうせ媚び売ってズルしたんでしょ! あなたといると、周りも殺されるのね。さすが、パ——」


「おっと、そこまでです」


 凪沙と女性の間にスッと割って入る。


「あなたやあなた方が彼女や私のことをどう思っていようと勝手です。しかし、は、とても看過できるものではありません」


「暁斗……」


 久しく忘れていた。

 これが怒りという感情なのだろう。

 抑えることのできない感情が、火山が噴火するように飛び出てくる。


「あなた方を救えたのは本当にたまたまなのです。彼女が広範囲を探索したからこそ見つけることができました。しかし、救難信号は出ておらず、私は一瞬罠かとも思いましたが、彼女はすぐに救出に向かう判断をしました。それでも、彼女を卑下に扱いますか?」


「そ、それは……」


「本当はエスティまで送り届けようとも考えていましたが——あなた方といると争いの種が付き纏うようですので、あとは自分たちの力でお帰りください」


「ま、待ってください!」


「俺たちはこいつらに唆されて!」


「そもそも帰り道がわかりません!」


 風向きが変わった途端に、彼らは仲間割れを始めた。


 彼らがとっても醜い存在に見える。


「では、都市までの安全なルートをあなた方に共有します」


 私は時計を操作し、マップ上に事前に準備していた情報が載っているものを彼らに共有する。


「明日の朝6時に我々はここをたちますので、それまでには帰還してください。では、ここで失礼いたします。ナギ、行きましょう」


「え、えぇ」


 凪沙の手を引っ張って、テントまで連れて行く。

 なぜか彼女が珍しく動揺しているがお構いなしだ。

 もちろん取り残した彼らも。



 無言でテントの中に入り、二人腰を落ち着かせる。


「暁斗——手が」


「手……あっ、ごめんなさい!」


 勢いで手を握ってしまったので、慌てて手を離す。

 凪沙は握られた手をしばらく見つめたが!?


「!? な、凪沙どうしたのですか?」


 突然、凪沙が熱く抱擁してきた。

 顔を私の胸に押し付けているため表情は分からないが、怒っている様子はない……と思う。


「さっきはありがとう、暁斗。あそこまであたしのことを思って怒ってくれて……そして、守ってくれて」


「いえ……」


 温かい。

 現実世界で誰かと抱き合うことなんてなかったから比べることはできないけれど、仮想世界でも彼女から心地良い温かさが伝わってくる。


「暁斗……」


 凪沙が顔を上げると潤んだ瞳でこちらを見つめてきて、顎を上げ、軽く目を閉じる。


「凪沙……」


 雰囲気に流されるかのように、彼女に唇を近づける——


 トントントンッ


「「!?」」


 あと一歩で、と言うところでテントの外でノックする音が聞こえた。

 反射的にお互い体を離れ、警戒体制をとる。


「どなたですか?」


「……先ほどナギさんに助けていただいたカーミアと——」


「カーミアのパートナーのサンドレスです」


「お二人にどうしてもお話したいことがあり、こちらに参りました」


 嘘は……ついてないか。

『どうする?』と言う意図を込めて凪沙を見ると、彼女は軽く頷く。


「……わかりました、どうぞ」


「「失礼します」」


 カーミアさんとサンドレスさんが、神妙な面持ちでゆっくりとテントに入ってきた。

 二人は私たちの目の前まで歩いてきて座ると同時に、そのまま土下座する。


「「この度は、本当に申し訳ございませんでした!」」


 二人揃って謝罪してきた。


「改まってどうしたんですか?」


「ナギさんと亡くなったリーダーのパートナーであるローラさんとのやりとり。そして、アキトさんのお話を聴き、私たちがいかに何も考えずにいたことに気付かされたんです」


「カーミアの言う通り、僕たちはリーダーであるカシムさんの口車に乗っただけでした——お金のために。それなのに、先ほどは自分たちは悪くないという態度を示してしまい……」


(なるほど、反省はしているようですね。別に裁く立場ではないのですが……)


 再び凪沙の方を見ると、彼女も私の意図に気が付いたのか、頷いてくれた。


「……あなた方の謝罪を受け入れます」


「「ありがとう、ございます」」


 カーミアさんとサンドレスさんは一瞬ホッとした様子を見せたが、まだ緊張感がある、か。


「他に、何かお離したいことがあるのではないでしょうか?」


 言いにくそうにしていたので、こちらからカーミアさんに問いかけることにした。


「!? よくお分かりになりましたね……実は、とても言いにくいのですが。アキトさんは<偵察テイサツ>と言う技術スキルをご存知ですか?」


「もちろん、名前くらいは」


「その技術スキルがリーダーによって使われた可能性が高いのです」


「なぜそのことが分かったのですか?」


「それはたまたま彼らの会話を聞いてしまったからです——」


 ……


『あいつらを焚き付けて、本当に大丈夫だったの?』


『ああ、問題ない。アキトのやつにこっそり<偵察テイサツ>を使ったからな。あいつの居場所はこのマップで手にとるようにわかる』


『さすがね、カシム! これで私たちは億万長者ね』


『あぁ、その通りだ。あんな冴えないやつが目立って、稼いでいるなんて許せるわけがない! このまま近道を選んで、あいつらの先回りをしてやるぜ』


 ……


「本当に、どうしようもない奴らね」


「……」


「どうしたの、暁斗?」


「今の話を聞いて、ようやくそのカシムとローラに思い当たりが。そういえば、彼らは酒場で私に絡んできていたなぁ、と。って、なんでみなさん笑っているですか?」


 話している途中で、凪沙だけではなく、カーミアさんやサンドレスさんも笑い出した。


「アハハハッ! 間が抜けているわよ、暁斗」


「彼らはあなたとはよく話す仲と言っていましたが——」


「アキトさんは名前を聞いても思い出さなかったのですか?」


「……はい。彼らは勝手に絡んできていただけでしたので、名前は覚えていませんでした」


 覚える必要がないと思ったことは、本当に覚えることができない。

 こればかりは仕方ない。


「とにかく! そのカシムが死んだことで<偵察テイサツ>は解除されたはず。今後は<偵察テイサツ>の対策もとらないといけませんね、ナギ」


「えぇ、そうね」


(そうと決まれば、自分自身も<偵察テイサツ>について知る必要がありますね)




「あの〜、もうひとつよろしいでしょうか?」


「何かしら?」


「ナギさん、どうしたらあなたのように強くなれますか?」


「それは……」


 カーミアさんは真剣な眼差しで、凪沙に質問する。

 その心意気を感じたのか、凪沙は彼女に何を伝えるべきか、言葉を選んでいるようだ。



「もしその答えが知りたければ、まずは自分のことは自分で考えてみなさい。そして、自分の身は自分で守ることができるように」


「……それができるようになれば、あなた方とご一緒できますか?」


「そうね——これから30日後にまたこの場所に来なさい。そのとき、もし一緒にあなた達といたいと、あたしが思えたら考えるわ」


「本当ですか!? ありがとうございます!」


 どうやら男性陣が口を挟むことなく、女性陣だけで今後の話が決まってしまったようだ。

 はぁ、とため息をつく。

 すると、同じタイミングでサンドレスさんもため息をついている。


 お互い目が合うと、苦笑がこぼれた。



 *



 その後、カーミアさんとサンドレスさんは再度謝辞を伝えると、自分たちのテントへと帰っていった。


 カーミアさんの足取りは軽いが、サンドレスは重い感じ。

 その両者のギャップが逆に合っていて、微笑ましく目に映った。


「いいわね、彼らの関係性」


「凪沙もそう思ったのですね」


「暁斗も?」


「はい」


 今日一日色々あった。


 これまで危険を全部避けてきたから、初めて緊迫感を味わったと思う。

 この世界で死んだ三名には悪いけれど、今回の出来事のおかげで今後の生活に活かせそうなことは多い。


 それにパートナーの在り方についても勉強になった。

 お金で繋がる夫婦関係もあれば、そうではない繋がりもある。

 正解なんてものはない——と言うのは簡単。

 これからも自分たちはどうありたいのかを、きっと模索続けることになるだろう。


「どうしたの、暁斗? ん!?」


 急に黙った私を不思議に思ったのか、凪沙が声をかけてきてくれる。

 たったそれだけのこと。

 一言話しかけてくれただけなのに、とても嬉しくて、彼女のことが愛おしく感じて。

 気がついたら凪沙を抱き寄せ、口付けを交わす。


 しばらく抱き合っていたが、そっと凪沙から離れる。

 すると、凪沙はハァ〜と熱い吐息を吐き、艶っぽい声を上げた。


「普段、あなたからしてくれることはなかったのにね……」


「突然すみません。けれど——」


 続きを紡ごうとしところで、凪沙の指先でストップがかかる。


「謝らないで。あたしは今と〜っても幸せ。あたしの幸せはあたしが決めるわ。だから、あなたはあなただけの幸せを感じてくれるだけでいいから」


「凪沙……」


 利益優先、お金だけを求めていたときは、どれだけ稼いでも、けっして安心して落ち着くことはなかった。


 しかし、再び彼女と抱き合い、互いの温かさを感じる——この瞬間は、ただそうするだけで安心できる。

 生まれて初めて、とても心が満たされた夜を過ごした。


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