第40話 殺し文句

     * * *



「リハク! お前こんな事をしてどうなるか、わかっているのだろうな!?」

「はい、もちろんです。父上にはここで退いてもらいます」


 驚きと怒りで顔を真っ赤にして、オレを睨みつけている。

 確かに今まではどんなに理不尽なことを言われても、逆らったことがなかった。今までは亡き母上に言われた通り、父上に従い民のために生きてきた。


 父が普通の国王ならそのままだっただろう。少なくとも他国から遣わされている公爵家の人間に、あのような仕打ちをしていなければ。

 もしかして、なぜこれが問題なのかわかっていないのだろうか?


「まさかと思いますが……サクラ様にあのような仕打ちをして、この国に非がないと本気でお考えですか?」

「だから先ほども申したであろう! 女の分際で守人のような重要な役目をこなせるわけがないだろう! 交代の人員を送ってもらうための措置であったのだ!!」


 父上は本当に理解していなかった。なぜフェロウズ公爵家の当主が守人としてこの国にいたのか。


「サクラ様はたしかに女性ですが、フェロウズ家の現当主でもあるのです。ほかに守人をこなせるほどの適任者がいないので、当主でありながらここに駐在してくださっていたのです」

「当主ならなおさらではないか! セントフォリアに引っ込んでおればよいのだ!!」

「ですから、父上はセントフォリアのフェロウズ公爵家の当主にした仕打ちを理解してますか?」


 ここでようやく、父の喚きちらす怒鳴り声がやんだ。


 フェロウズ公爵家といえばセントフォリアの四大公爵家であり、それぞれ守人を置いている国に多大な影響を与える。

 大聖女様の加護も厚く、いままで何事もなかったのはサクラ様がなにも言わなかったからだ。そうでなければ今頃、無能な王族として父上もオレも流刑地に送られている。


「やっと理解しましたか? 以前から何度もお伝えしていたのですが……」

「くっ! だが! だからと言って、お前のやっていることが許されると思っているのか!?」

「父上、オレは許されるなんて思ってないし、許してほしいとも思いません。ただクラウス様の覚悟に応え、サクラ様を守りたいだけです」

「お前はこの国の第一王子であるぞ!?」

「第一王子だからこその決意です! すでに父上を国王として見限りました。これ以上抵抗するなら貴方の首を取ります」


 オレの言葉に赤い顔でブルブルと震えた父上は、無言で腰に挿している刀を抜いた。我が国の伝統的な武器である刀は、使用者の腕によって切れ味すらも変わるくらい扱いの難しい武器だ。


「先に詫びます。父上、申し訳ありません。貴方の首を頂戴いたします」


 一歩、強く床を踏みこんでオレの体は父上の目の前に一瞬で移動する。

 父上は慌てて刀を振り上げるが、すべてが遅かった。


 母に鍛えられた氷魔法を刃に乗せて、アイゼン将軍に鍛えられた剣技で一閃。ガラ空きの胴体を切りつけると、父上は刀を落とす。


 切り返した刃で、父上の首を落とした。



     * * *



「エクストラヒール!」


 僕が回復魔法をかけると、大庭園に倒れていた兵士たちが次々と意識を取り戻していく。そこでアイゼン将軍が一括した。


「おう! お前ら全員起きたか! そのままでいいから、よく聞け!!」


 アイゼン将軍のはつらつとした様子に、倒されたと知らない兵士たちは喜びの表情を浮かべた。最後まで立ち向かってきた兵士たちは、将軍の様子にホッと安心している。これだけでも人徳のある将軍だとよくわかった。


「俺はこの魔皇帝マジック・エンペラークラウス・フィンレイ様に負けた!! よって本日よりクラウス様にお仕えすることに決めた! 文句のある奴は俺にかかってこい!!」

「「「はあああ!?!?」」」

「将軍は! 将軍職はどうなさるのですか!?」

「そうですよ! リンネンルド王国軍はどうするのですか!?」

「それがなあ、本当は今すぐ辞めたいんだがクラウス様にとめられてんだ」


 そこで兵士たちから一斉に、潤んだ瞳を向けられた。


(是非そのままで!!)


 という心の声が聞こえてきたので、黙って頷いておく。大丈夫だ。アイゼン将軍の気持ちは嬉しいけど、僕には荷が重すぎる。


 その時だ。

 空に光魔法が放たれて、大きく弾けた。


 これはリハク王子からの合図だ。決着がついたんだ。


「アイゼン将軍もご一緒願えますか? リハク王子の決着がついたようです」

「我が主人の仰せのままに」


 青龍の風魔法で、僕たちは謁見室に舞い戻った。

 リハク王子は僕たちに背を向けて、うつむいている。足元に転がっているのは、切り口が氷に覆われた前国王の首だった。


「リハク王子……」

「っ! クラウス様! アイゼン将軍も……では、国王軍はクラウス様が掌握されたのですね。ありがとうございます」

「リハク王子が国王の首を取ったのか?」


 振り向いたリハク王子にアイゼン将軍が声をかけた。その瞳には驚きと敬愛のような優しい光が灯っている。


「はい、母から教わった氷魔法と、アイゼン将軍に鍛えられた剣技で、無事本懐を遂げました。これからはオレがこの国を変えていきます」

「そうか……やり遂げたんだな」


 ふたりの間には、確かな絆があるようだった。地獄のような特訓で剣技を仕込まれたと聞いていたけど、僕とタマラさんのように思い入れがあるんだと理解した。


 やっぱり、どう考えてもアイゼン将軍はこの国に必要だと思う。

 リハク王子が新しい国王となって国を変えていくなら、心強い味方が必要だろう。兵士たちの熱い眼差しも裏切れない。


「それでは、アイゼン将軍。これからもこの国でリハク王子、いえ、リハク国王を支えてください」

「クラウス様! それでは貴方様のお役に立てません。どうかおそばに置いてください!」

「アイゼン将軍には、この国で僕のために働いてもらいます」


 僕は考えていた。どうやって話したら、アイゼン将軍が納得してくれるのか。


「僕は忠誠を誓ってくれている守人のために、リハク国王に協力をお願いしました。でもまだ満足のいく成果は出ません。成果を出すまでにはかなりの時間がかかります」

「……それはそうですが。私がいたところであまり意味がないのでは」

「いえ、人望のあるアイゼン将軍が全面的にリハク国王を支援すれば、かなり推進力がつくと思います。こんな形でクーデターを起こしたし、僕の望む成果を早く出してもらうためにも、リハク国王の味方でいてほしいのです」

「はあ、なるほど。この国でリハク国王の後ろ盾になれということですね」

「はい、アイゼン将軍にしか頼めません」


 アイゼン将軍は頭をガリガリとかいて、深いため息をついた。そして僕の前で膝をつき、頭(こうべ)をたれる。


「それがクラウス様のお望みなら、この身を粉にしてお役に立ってみせましょう。オレにしか頼めないなどと……まったく一撃必殺の殺し文句です」

「期待してます、アイゼン将軍」

「その代わり、成果を上げたた暁にはクラウス様のもとで存分に働きますからな!」

「その時はよろしくお願いします」


 これでこの国で僕の役目は果たしたはずだ。

 本当はサクラさんにも残って欲しかったけど、それはとっくに断られてる。だからさっさとクイリンの鱗を手にして、さっさと残りの聖獣を正気に戻してそれぞれの帰るべき場所に戻ろう。


《主人さま! もう終わった? もう大丈夫?》


 ミニマムサイズになった青龍が、ソワソワと僕の首元に巻き付いてくる。荒々しい見た目に反して人懐っこい。こんなに擦り寄ってくると可愛らしくて撫で回したくなる。


「うん、終わったよ。青龍のおかげでスムーズだった。ありがとう」


 そう言って白銀の立髪を優しくなでると、気持ちよさそうに目を閉じた。


《主人さま、ボク頑張ったから、いい子いい子して!》

「ふふ、いいよ」


 そう言って二本の角の間をなで回した。青龍も気持ち良さげに頭を擦りつけてくる。

 その拍子に、鮮やかなサファイアの宝珠に手が触れた。


 あっと思った時には、すでに僕の意識は暗転していた。


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