第41話 転生の魔法陣
ゆらゆらと揺れるような意識は、やがてはっきりとしてセシウスの記憶の中だと理解する。
いままでは寝る前に宝珠に触れてたから、そのまま寝てたけど僕の身体は大丈夫かちょっと心配だった。でもすぐには戻れそうにないので、諦めて記憶の回復に専念することにした。
周りを見ると、ここはどうやらセントフォリアの城の私室のようだ。
手元に視線を落とすと四種類の魔石がある。
オニキス、ホワイトオパール、サファイア、ルビーだ。それぞれ魔力含有量の多い貴重な魔石だった。
『お父様……本当に実行するのですか?』
声をかけてきたのは、黒髪に琥珀色の瞳の女性だった。そうだ、あのとき村に置いてきた僕たちの上の娘だ。マリンの才能を色濃く受け継いで、ふたりともこの国でも指折りの聖属性魔法の使い手だ。
『ああ、これで補強しておけばウロボロスの封印も強化されるから、マリンの負担も軽くなるだろう』
『確かにお母様の負担は軽くなるでしょうけど、お父様は治癒魔法しか使えなくなります。もし魔物の大群が押し寄せてきたら、お父様が作ったこの国も滅びてしまいますわ。それに転生の魔法陣を使うなんて……』
『ウロボロスが復活しなければ大丈夫だ。そんなことよりも、ウロボロスの封印の礎となったマリンの力になりたいんだ』
————ああ、思い出した。
マリンが聖竜クイリンになったあと、僕はマリンを元に戻せないか必死で研究したんだ。でも結局方法が見つからなくて、考えて考えてマリンがひとりにならない方法を思いついた。
それが聖獣を生み出す方法だ。そして僕は絶えず転生を繰り返し、姿を変えてもマリンがいるこの世界で生き続けるというものだった。
魔力含有量の多い魔石に僕の魔法陣を閉じ込めて、魔力を無限供給できるようにする。そうすれば生み出された聖獣はずっと生き続ける。この宝珠に記憶を分散して封じ込めれば、もし転生して記憶をなくしていても自分の役目は思い出せる。
ただの人間である僕は寿命が尽きたら、この世から消えてしまう。だからマリンをひとりにしないために、せめて僕が転生することによって寄り添うと決めたんだ。
いつ終わるともわからないウロボロスの封印を、マリンだけに背負わせたくなかった。肉体は滅んでも魂はずっとそばにいると示したかった。
それほどまでに僕はマリンを愛していたし、僕の全てだった。
もちろん子供たちも大切だ。だからこそ子供たちが立派になるまでは、実行に移さないでいた。ふたりとも伴侶と結ばれて子宝にも恵まれた。
実際に研究に没頭していて、病の発見が遅れて余命いくばくもない。ちょうどよかったんだ。心置きなくこの命を魂ごとマリンのために使える。
『ルナ、そんな悲しそうな顔をするな。お父さんはお母さんのためにこの命を使えて、むしろ嬉しいんだ』
『そうかもしれないけど……それでも私のお父さんだもの、少しでも一緒にいたいと思うわよ!』
ついに娘は大粒の涙をこぼしはじめた。母親になったというのに、僕から見たらいつまでたっても子供のようだ。
『悲しませてすまないな。でも、こうすることが僕の幸せなんだ』
そっとハグをして、震える肩に手をのせた。
マリンのいない世界で生きてこれたのは、子供たちの存在とこの一世一代の魔法陣の研究があったからだ。
そうでなければ、とうの昔に気が狂って自ら命を絶っていただろう。
『明日出発する。この部屋は僕が出た後は封印を施していく。転生した僕じゃないと開かないようにするから、それを後世に引き継いでほしい』
なにも知らない未来の自分に、確実に自分の役目を思い出してもらうためには誰かしらの協力も必要だ。それが娘たちや孫たちなら適任だろう。
『どうかこれからは、ルナとニナのふたりでこの国を治めてくれ。お前たちなら安心して任せられるよ』
『お父さん……っ!』
転生した僕がわかるように、魔力のパターンを記録した魔道具の開発も終わってる。魔力を流したら金色に光るのが僕の魂を持つ者だ。おまけで魔法の適性もわかるようにしておいたので、国中に普及させるのは難しくないはずだ。
位置情報を知らせるための対の魔道具をニナに渡してあるから、反応があったら対処してくれるよう頼んである。
翌朝、最後の仕上げでこの部屋の入り口近くに最初の魔法陣を設置して、私室を封印した。記憶を取り戻すきっかけになるものだ。いきなり大容量の前世の記憶が戻っても、混乱する可能性がある。
これで準備は整った。あとは遺跡についたら聖獣を作り出して、転生の魔法陣を発動するだけだ。僕の身体は土に還るし、いつか来る転生後の自分が弔ってくれればいい。
そうして僕は静かに遺跡へと向けて、転移の魔法陣を発動させた。
湿った風が頬をかすめる。
この遺跡にきたのはマリンを失って以来だ。ウロボロスがしっかりと封印されているからか、魔物はほとんど出てこなかった。
あの日から何度かマリンは僕のそばにやってきていた。ルナとニナの結婚式や僕が病に侵されもう手遅れだと知った日も。
いまでは聖竜クイリンとしてこの国に伝わっていて、ルナとニナがクイリンの管理者だと周知した。これから作る聖獣については、すでにあの時のメンバーに頼んであって、守人して見守ってもらうことになっている。
その代わりセントフォリアの四大公爵として、立場や生活を保障した。
『さて、では始めるか。まずは——氷属性の魔法陣から……名は《玄武》』
手にした漆黒の魔石は僕の魔法陣を取り込んで、アダマンタイトのような亀の姿になった。額には僕のさまざまな魔法陣を埋め込んだ宝珠が、きらりと光っている。
『お前はここから北の大地で守護を頼む。僕の生まれ変わりが現れたら、いろいろ教えてやってくれ』
《主人殿、承知した》
転移の魔法陣を発動して、玄武を北の地に送った。
次はホワイトオパールに雷属性の魔法陣を込めた。渦巻く魔力がやがて真っ白な虎の形を作っていく。魔法属性と相性のいい形にしたらこうなったのだ。
『お前の名は《白虎》だ。ここから西の大地でマリンをウロボロスから守ってくれ』
《主人の言うことならしかたねえ、任せとけ!》
どうやら魔石によって聖獣の性格も変わるらしい。面白いものだ。では次の聖獣はどのような性格なのか?
『起きろ、お前は《青龍》だ。風魔法を使えるから空を自由に飛べるな? ここから東の大地を守ってほしい』
《ええっ! 生まれてすぐひとりは怖いよぅ……でも主人さまの命令なら頑張る。ぐすっ》
そう言ってよろよろと飛び去っていった。なんとも頼りなく泣いていたけど……魔法陣は問題ないから大丈夫だろう。
次で最後だ。炎属性の魔法陣を魔石に込めて、聖獣を作り出した。
『さぁ、お前で最後だ。名は《朱雀》。ここより南の大地でマリンを支えてくれ』
《んんー! しかたないわねぇ、貴方が主人じゃなかったら灰にしてたわ》
口ではそう言いながらも、朱雀は嬉しそうに紅蓮の翼をはためかせて飛んでいった。口が悪いタイプのようだが、まあ態度を見ればわかりやすいので扱いは問題なさそうだ。それぞれ個性があって退屈しなそうだしな。
四体の聖獣たちはそれぞれ居場所を定めて、マリンの結界を補佐するように魔力を使いはじめた。
……これでいい。これでいいんだ。いまはもう治癒魔法の魔法陣しか残ってないけど、十分だ。ちょっと魔法陣を書き換えれば転移もできる。
そうだな、来世の自分のために魔法陣の構造を記憶として残しておくか。これだけはあると便利だった。
前回マリンが会いにきた時に、ちゃんと転生のことは伝えておいた。姿形が変わっても、マリンならきっとわかってくれると思う。
そして僕のセシウスとしての最後の魔法陣。
転生の魔法陣を展開させた。これを使えば、この先マリンとともにこの世界にあり続ける。
『これしか思いつかなかったんだ。ごめんな、マリン』
足元にある魔法陣が、淡い金色の光を放って輝きはじめた。僕を包み込んでいく、暖かい光にそっと目を閉じた。
そうだった。だから僕は治癒魔法しか使えなかったんだ。
全部みんなにわけてあげたんだ。ほかの属性の魔法陣を使おうと思ったら、聖獣から取り出すしかない。でも、そうしたら聖獣は消えてしまう。
マリンの結界が脆くなってしまうから、僕はずっと治癒魔法だけでやってきたんだ。
そこでふと思う。まだ記憶が残っている?
セシウスとしての記憶はここまでなのになんで?
もとの世界に戻らないのを不思議に思っていると、目の前に真っ白な両開きの扉が現れた。戸惑っていると、どこからともなく声が聞こえてくる。
《我が主人よ。ここから先は我ら聖獣の記憶。どうか受けとめて、すべて終わりにしてほしい》
男性のような女性のような不思議な声だった。
聖獣の誰とも一致しないけど、確かに強い意志を持ったその声に導かれるまま、目の前の扉を開いた。
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