第39話 将軍の忠誠


 ピリピリと刺すような空気が僕の頬を撫でていく。それを振り払うように軽くジャンプをして身体をほぐし、アイゼン将軍の攻撃に備えた。


「武器はないのか?」

「僕自身が武器だ」

「ふむ、魔導士に近いのか……? ならば!」


 瞬間的に距離を詰められた。


 今まで見てきたどのタイプとも違う戦い方だ。最初の一歩が素早く深い。そして繰り出される剣撃は——超高速の突きだ。

 ギリギリで躱して手を伸ばす。触れることができれば、僕の勝ちだ。

 アイゼン将軍もなにかを感じ取ったのか、寸前で身を翻して僕の右手は空を切った。


「さすがクラウス様。私の攻撃をあっさりと避けましたね。ふむ、どうやらその手に魔法が込められているようだ」

「あんな一瞬でよくわかりましたね」


 あ、思わず口調が戻ってしまった。しまったという顔をすると、アイゼン将軍もニヤリと笑って素敵な提案をしてくれた。


「そちらが素か? ははっ! では俺も素でいこう。余計なことに気は使いたくねえんだ」

「同感です。では、それで」


 今度はこちらから仕掛けた。アイゼン将軍は細身の剣を身体の一部のように軽やかに操って、僕の足をとめる。

緩急をつけた攻撃を避けながら、少しずつ近づこうにも隙がない。


「どうした! 魔法は使わねえのか!」

「くっ、近づけない」


 将軍と名がつくだけあって、戦闘センスが抜群だ。僕の戦い方なんて見たこともないだろうに、近づけたら危険だと察知してるみたいだ。

 こういうタイプが一番やりにくい。


「おら! てめえらもボケっとしてないで自分の仕事をしやがれ!!」


 アイゼン将軍は兵士たちに指示を飛ばす。途端に玄武と白虎は武器を構えた兵士たちに囲まれた。


「玄武! 白虎! 敵を無力化しろ! セレナもサクラさんもお願いします!!」


 途端にあちこちから怒声と金属の甲高い音があがる。城内からも兵士たちが出てきて加勢しはじめた。まあ、あの四人なら問題ない。もう少ししたらウルセルさんとシューヤさんも合流するし。

 だから目の前の敵を倒すことに集中しよう。


「すまねえな、見られてると落ち着かなくてよ」

「いえ、僕も同じです」

「へえ、気が合うなあ!」


 そう言って繰り出してきたのは、最高速度の突くような剣撃だった。細身の刃が鏡のように背景を映して、一瞬で見失う。


「ぐあっ!」


 脇腹が熱いと思ったらアイゼン将軍の刃が突き刺さっていた。

 リジェネをかけてあるので回復はしていくが、傷が深すぎて追いついていない。

 間髪入れずに迫り来る切先を躱して距離をとった。


「ちっ、すばしっこいな。次で決めてやる!」


 痛みと出血で意識が遠のきそうになる。でも、まだ倒れるわけにはいかない。徐々に傷口は塞がって、痛みも引いていく。

 青魔法で常に体にダメージがあるから、怪我をすると回復が遅いのだ。早いところ決着をつけないと、こちらが不利になる。


「なんだ、あれだけの怪我もリジェネで治るのか? すげえ回復力だな」

「それしか取り柄がありませんから」

「なに言ってんだ、さっきから俺の知らない魔法ばかり使いやがって。攻めづらいことこの上ないぜ」


 そう言いながらも絶え間なく攻撃を仕掛けてくるんだから、アイゼン将軍こそなにを言ってるんだ。


「でもなあ、そろそろ終わりにしようか」


 今度は剣に魔力を流し込んでいるのがわかった。本気で終わりにするつもりだ。僕の方もあとはタイミングを合わせるだけだ。

 失敗できない一撃に神経を集中させた。


雷神撃らいじんげきっ!!」

「絶対凍血(フリーズブラッド)!!」


 僕の足元に広がる金色の魔法陣から魔力が流れ、アイゼン将軍の足元を凍らせた。本当は全体魔法なんだけど、アイゼン将軍の足を止めるにはこれくらい広範囲の魔法じゃないと捕まえられないと考えた。

 さらに魔法陣へ魔力を流し、動きを封じるようにアイゼン将軍の足を氷で覆っていく。


「なにっ!? くそっ!!」


 アイゼン将軍が足元の氷に意識を向けた瞬間に、もうひとつの魔法陣を発動させた。それはアイゼン将軍の胸元を金色に染め上げていく。


「なっ! これは——」

意識断絶ブラックアウト


 アイゼン将軍の問いに応えることなく、意識を刈り取った。

 魔力の流れを強制的にとめられて、膝から崩れ落ちる。


「アイゼン将軍っ!!」

「将軍がやられた!? 嘘だろ!?」

「まさか! 将軍! 将軍、起きてください!!」

「嘘だ! アイゼン将軍は最強の兵士だぞ!?」


 アイゼン将軍が倒れて、残っていた周りの兵士たちも絶望的な状況だと悟り戦意を喪失しかけている。


「くそっ! まだ諦めるな! 我らリンネルド王国の兵士は、最後まであきらめてはならん!!」

「そ、そうだ! 一矢報いるまであきらめないぞ!!」

「最後まで突撃するんだ!」


 兵士たちは折れそうな心を奮い立たせて、立ち向かってきた。僕はその心意気に感嘆する。アイゼン将軍の部下を味方にできたら心強いだろう。これほど誇りを持っている兵士たちが敵対しているのが残念だ。


「白虎、頼む」

《任せろ!》


 白虎の雷魔法で、残っていた兵士たちを倒し、大庭園に静寂が戻った。

 セレナもサクラさんも相当数の兵士を倒していたようで、辺りは倒れた兵士だらけになっている。


「なんだ、もう終わらせたのか?」


 ウルセルさんとシューヤさんが、合流地点の大庭園にやってきた。そういうふたりも、ケガひとつなく余裕で制圧してきたのがよくわかる。


「ウルセルさんとシューヤさんは余裕でしたか。さすがです」

「……いや、ちょっと待ってください、クラウス様。もしかしてそこに倒れているのはアイゼン将軍ではないですか?」

「そうです。本当ものすごく強くて大変でした」


 本当にギリギリだった。一瞬でも最後の青魔法が遅ければ、僕がやられてた。それくらい紙一重だった。


「え、アイゼン将軍を倒したのか? マジかよ!?」

「さっすが、クラウス様です! 人類最強戦士と名高いアイゼン将軍を倒すなんて、最高です!!」

「あ、でもそろそろ回復してあげても大丈夫ですか? このままにしておくのも忍びなくて……」


 魔力の流れをとめてしまったので、せめてアイゼン将軍だけでも回復させたい。自然回復するには、かなり時間がかかるのだ。


「がはっ! ぐっ……ふぅ……あー、頭痛え」


 かなり、時間がかかるはずなんだけど。

 アイゼン将軍は自力で魔力の流れを回復させたみたいで、もそもそと起き上がった。

 僕は慌てて回復魔法をかけるため駆け寄った。


強制魔力解放フォストマジック、ハイヒール」

「っ! おお! これは……すっかり治ったぞ!」

「すみません、アイゼン将軍が強くて加減できませんでした」


 キョトンとしたあと、豪快に笑ってアイゼン将軍は僕に向かって跪いた。


魔皇帝マジック・エンペラークラウス・フィンレイ様。貴方様に完敗いたしました。私の信念に従い、アイゼン・クロードはこの身と命をかけてクラウス様に忠誠を誓います」

「………………え」

「ご命令とあらば、今すぐウスラバ国王の首も取って参りましょう」

「いや! それは大丈夫ですから! ていうか、なんで僕に忠誠を誓うんですか!?」


 だってこの人リンネルドの将軍だろ!? この変わり身の早さについていけないんですけど!!


「承知しました。それから見事に私を打ち負かしたゆえ、クラウス様に忠誠を誓ったのでございます。自分より強いものに忠誠を誓うというのは、クロード家の家訓でございます」

「そ、そうですか……」


 そういう家訓だったんですか……それは先に知りたかったです。


「ではさっそくクラウス様にお仕えするために、将軍を辞めてまいります」

「は!? いやいやいやいや、それは待ってもらえますか!?」


 だって今リハク王子が頑張ってるし、そんな話するどころじゃないと思うだよね。それに、将軍をそんなに簡単に辞めたらダメだと思うんだよね。


「む、それではクラウス様に十分お仕えすることができかねます。将軍のままでは忠義を尽くせませぬ」

「うーん、とりあえず、リハク王子の方が決着つくまで保留にしてもらえませんか?」

「……クラウス様がそうおっしゃるのであれば」


 ふと振り返ると、セレナとシューヤさんはなんだか熱い瞳で僕を見ていて、ウルセルさんはニヤニヤしながら親指を立てている。


 いやあの、少しくらいアイゼン将軍をとめるの手伝ってくださいよ。という心の声はそっと飲み込んだ。


 サクラさんは、不安な様子で最上階の謁見室に視線を向けていた。リハク王子のことが心配なんだろう。でも、これは僕たちが手出しできない。手を出してはいけない問題だ。


 手を出すのは簡単だけど、それでは誰もリハク王子についてこない。僕ができるのはその手伝いだけだ。


 僕たちは兵士たちの回復をしながら、リハク王子からの合図を待っていた。


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