第13話 青魔法の研究


 次の日、さっそく僕は青魔法の研究を始めた。


 カリンはまだ体のだるさが取れないので、翌日まで回復室でお世話になることにした。

 昨夜はカリンに付き添って一泊したから、一度家に戻って着替えとシャワーを済ませて、また回復室に戻ってくる。


 僕が 完全回復オールメディカルで回復したにもかかわらず、まだ調子が悪いということは、やっぱり普通の呪いじゃない。あの青魔法は怪我や四肢の欠損ももちろんだけど、毒や麻痺などの大体のものなら全部解消できるんだ。


「カリン、何か飲むか? それとも果物とか食べたいものある?」


 カリンはいつも辛そうな顔なんてほとんど見せないのに、笑う気力もないほどしんどいみたいだ。


「ううん……大丈夫。ただただ、ダルい」

「そうか……ごめんな、青魔法も使ったんだけど治せなくて……」

「大丈夫だよ。お兄ちゃんの青魔法はポカポカしてホッとした」


 ほんの少しカリンの口角が上がる。


「よかった。じゃぁ、もっと研究して治せるようにするから、協力してくれる?」

「うん、いいよ。どうすればいいの?」

「じゃぁ、ちょっと左の手足を診せてもらうね」


 カリンの了承を得て掛け布団をめくると、昨日見た黒い模様が目に入ってきた。カリンの身体をめぐる魔力の流れを静かに感じとる。


 確かにカリンともうひとつの魔力がある。きっとこれがこの呪いの元凶なんだろう。だけど問題はどうやって、このもうひとつの魔力を分離して消し去るかだ。


「カリン、ちょっと試したいことあるんだけどいいかな?」

「うん、いいよ。何でもやってみて」

「もし痛かったり、いつもと違ったらすぐに教えてくれる?」

「わかった」


 僕はまずカリンの中を流れるもうひとつの、つまりウロボロスの魔力だけに働きかけるように自分の魔力を注ぎ込んでいく。


「んー……ちょっとピリピリするけど、なんともないよ」

「そうか、効果なしか」


 黒い模様もなにも変化はないようだ。それなら、カリンの魔力と混ざり合っている部分に僕の魔力をぶつけたらどうだろう?

 今度はカリンの魔力ごと反応するように、ほんの少しずつ僕の魔力を注ぎ込んだ。


「うっ!」

「っ! ごめん、痛かったか?」

「うぅ……今度は痛くて、指先まで痺れてる」


 これじゃダメだ。

 ウロボロスの魔力に効果はあるけど、カリンへの影響も強すぎる。もっとウロボロスの魔力だけに影響するように考えないと、治療できない。


「クラウス、診察の時間だよ。いったん外へ出てな」


 あーでもないこーでもないと悩んでいたら、タマラさんの仕事の邪魔をしてしまっていた。決まった時間に診察して、状況の確認をしてもらっている。僕はその間は回復室の外で待つことにした。




 回復室を出ると、隣の治療室の前に四人がけの椅子が等間隔でならんでいて待合室になっている。誰もいない待合室は静まり返っていて、考え事をするにはちょうどよかった。

 課題はウロボロスの魔力だけに作用するように、どうやって魔力を流し込むかだ。


「クラウス君」

「え、アラン団長?」

「ウルセルからここにいるんじゃないかと聞いてね、探していたんだ」


 意外な人物が僕に声をかけてきた。

 アラン団長と顔を合わせるのは、キングミノタウロスの討伐以来だ。いったいなんの用だろう?


「ちょっと話を聞きたいんだけど、今は大丈夫か?」

「あ、はい。大丈夫です」

「実は色々と調べていることがあってね、君が魔導士団にいた時のことを聞きたいんだ。ちなみに映像に残してもいいか?」

「かまわないですけど……多分、たいした話はできませんよ?」


 映像に残すと言って出してきたのは、水晶玉のような魔道具だ。これは会議や裁判など誰がなにを言ったのか正確に記録するために使うもので、僕たちのような一般人にはあまり縁がないものだ。


「ありのままを聞かせてほしい」

「わかりました」


 それから聞かれたのは魔導士団で働いていた時の細かな内容だった。なぜそんなに細かく聞くのかわからないけど、すべて正直に答えた。


「では、まず君がクビになった理由はなんと言われたんだ?」

「治癒魔法しか使えないから、クビだと言われました」

「魔物を倒せるというのはいつから? その報告はしていたか?」

「初めて魔物を倒せたのは……三年くらい前です。フール団長にも報告もしました。誰も信じてくれませんでしたが、証拠なら黒翼のファルコンに討伐証明を提出してるので、確認してもらえばわかります」


 アラン団長は、なにかの書類を見ながら納得したような表情で質問を続けた。


「君はいつも青いローブを着ていたな。それはなぜだ?」

「それは治癒魔法しか使えないので、黒魔導士にも赤魔導士にも配属されなかったからです。指定のローブがもらえなかったから自前の物を着用してました」


 少しアラン団長の表情が険しくなる。

 えーと、事実だからありのまま話していいんだよね?


「魔法に関わる勉強はどうやって?」

「治療室の駐在赤魔導士のタマラさんに教えてもらいました」


 アラン団長はチラリと治療室に視線を向けた。


「勤務時間はどれくらいだった?」

「朝は八時から来て西棟の清掃をして、帰りはまちまちですが早くて八時、遅い時は日づけが変わってからです」


 ここから、急激にアラン団長の空気が変わった。わずかに瞠目して、書類を掴む手には力が入っている。


「……言いにくいかもしれないが、給金はいくらもらっていた?」

「毎月金貨二十枚です」

「は? それだけか?」

「え? はい、一般的な給金はもらえたので助かってました」

「年に二回の特別支給はもらっていたか!?」

「え、そんなのあったんですか? ああ、きっと僕は無所属だったのでもらえなかったんだと思います」


 ここまで話すと、アラン団長から漏れ出していた感情が一気に消え去った。代わりに今まで聞いたことのない、低い低い声でポツリと呟く。


「……なるほど、余罪はまだまだありそうだな」


 アラン団長は腕組みをして考え込んでいる。


 余罪って……なにかマズイことを言っちゃったかな? いや、でも事実しか話してないんだよな。


「クラウス君、ありがとう。今後はしっかりと調査して、然るべき方にも報告するから、少し時間をくれないか?」

「はぁ……ありがとうございます。時間は気にしませんので大丈夫です」

「君の無念は、必ず俺が晴らすからな!」


 それだけ言い残して風の速さでアラン団長は去っていった。

 無念? 特に心当たりはないけど訂正する暇もなかった。まぁ、嘘はついてないから、問題ないと思うけど。


 それよりもだ。

 カリンの魔力と混ざり合っているウロボロスの魔力だけを消し去る方法を考えよう。

 壁際に飾られていた切り花を一輪拝借する。


 黄色の花びらをつけた小ぶりの花だ。切り花でも魔力は残っているので、意識を集中する。そこへ僕の魔力をそっと流し込んだ。全体に行きわたったところで、僕の魔力の波長を変えてさらに流し込む。波長の違う魔力は混ざり合わずに混在している。今のカリンと同じ状態だ。


 この状態で片方の魔力を消せれば、青魔法で治せるかもしれない。僕は診察が終わったタマラさんに声をかけられるまで、何度も何度もいろいろな魔力の操作を試した。


 だから、アラン団長にいろいろ話したことなんて綺麗さっぱり忘れていたんだ。あの日の朝までは。


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