第14話 負の遺産

     * * *



 私、キーファー・ルイ・ウッドヴィルは、一年前にこのウッドヴィル王国の国王に即位したばかりだ。


 前国王である父は、私利私欲で好き勝手やってきたので隠居してもらい、今は国を立て直している最中だ。まだまだ父の残した負の遺産が残っているので、日々執務に追われている。


 我が国の王都を魔物大群が襲った五日後のことだ。


「アラン、報告はこれで終わりだな?」


 今朝は騎士団長を務めるアランから、先日の魔物の襲来の報告を受けていた。なんでもひとりの冒険者がSSSトリプルエスランクのキングミノタウロスを討伐して、事態を収束させたとのことだ。

 そんな冒険者がいたなんて初耳だし、それが事実なら私の直属にしたいとすら思う。今まで私の耳に入ってこなかったのが不思議なくらいだ。


「陛下、もうひとつお耳に入れたいことがございます」

「なんだ?」


 アランが珍しく報告書にないことを話し始めた。


「先ほど報告した冒険者ですが書類にもある通り、名をクラウス・フィンレイと申します。実はつい先日まで魔導士団の団員でした」

「そうか、魔導士団はなぜ辞めたのだ?」


 理由がわかれば引き戻す方法も見つかるはずだ。私はこの国のためにも、有能な人材を確保したい。


「フール団長がクビにしたのです。これがその申請書類です」


 私は驚いた。なぜSSSトリプルエスランクの魔物をひとりで倒せるほどの実力者が、魔導士団をクビになるんだ? もしや素行に問題があったのか?

 そう考えたが、書類を読み進めていくと沸々と静かな怒りが込み上げてきた。


「……解雇理由は、治癒魔法しか使えないためだって?」


 思ったよりもかなり低音の声が出てしまった。アランがビクリと肩を震わせている。


「はい、クラウス本人から聴取し、裏付けとしてフール団長が提出した書類を押さえました」


 確かに今の魔導士団長は少し機転がきかないというか、理解が乏しいというか、仕事が遅いというか……まあ、そう感じていたけれど。これほど愚かだったとは思っていなかった。


「治癒魔法しか使えなくても、それを極めれば十分戦力になるだろう?」

「そうなんですが……私が詳しく調べたところ、入団してからずっと雑用兼治療室の補佐として働いていたようです」

「は……? 魔導士の給金を払いながら、雑用や補佐しかやらせていなかったのか?」


 フールはなにをやっていたんだ!? 国家の安全を守るために体を張っているのだから、魔導士団の給金は平均よりも高く設定されているんだ。

 国民の血税をそのように使っていたのか!?


「いえ、それが……クラウス本人は、一般市民と変わらない給金しか受け取っていませんでした」

「どういうことだ? それでは差額はどこにいったのだ?」

「……こちらです」


 その収支表やもろもろの資料を読んで、私は即決した。

 フール団長を任命したのは父だった。これは父の残した負の遺産のひとつだ。沸騰するような怒りは、一気に氷点下まで下がり獲物を追い詰めるための計算をはじめる。


 我が国を救った英雄に報いるために、また組織すら自分の物だと勘違いした虫を捕獲するため、どのようにことを運ぶか道筋を立てた。


「アラン、密命だ。フール団長のすべてを洗い出せ。必要なら王家の影も使うから、私に言え」

「承知しました」


 ————そうだ、害虫は国家の中枢に必要ない。私利私欲のために好き勝手する者を、私は絶対に容赦しない。


 今のうちにせいぜい楽しんでおくがいい。



     * * *



「えええ〜、フール様ぁ、もう帰っちゃうのぉ?」

「すまんな、街の視察と言って抜け出してきているから、長居できんのだ」

「久しぶりなのに、今日は夕方までいてくれないのぉ?」


 いつも街の視察で通っていた娼館を訪れたのは、二週間振りのことだ。


 魔導士団がてんやわんやしていて、とてもじゃないが抜けられる状態ではなかった。だが、ここの女たちも私を必要としている街の住人だ。私が客として訪れることで街に金を流通させているし、病気になった際はいち早く治療してやれるのだ。


「うーむ、そうだなぁ。シルビアがチュウしてくれたら考えるのだがなぁ」

「もぉ、おねだり上手なんだからぁ! でも、チュウは規則でできないから、ハグしてあげる!」


 そう言って私のお気に入りのシルビアは、その豊かな胸を押し付けて包み込むように抱きしめてくれた。なんとも癒される時間だ。


 上級娼館だけに料金はバカ高いが、まだクラウスから掠めとった分が残ってるからあと一カ月は通えるだろう。

 その後のことはまた考えればいい。何よりもいまはこの至福の時を堪能したい。

 結局この日は夜まで娼館に入り浸っていた。




 国王陛下からの書状が届いたのは、翌朝のことだった。

 その書状には本日の十時に、国王陛下に謁見しろと書かれている。


「国王陛下に謁見とは……おお! この前の魔物襲来の件で褒賞でも出るのかもしれんな!」


 浮き足立って、約束の時間よりかなり早めに謁見室についてしまった。クラウスを辞めさせて、やっと私に運が向いてきたようだ。

やはり、アイツが私の足を引っ張っていたのだな。


「次、魔導士団長、フール・テイノー様。謁見室にお入りください」

「うむ」


 私は意気揚々と国王陛下の王座の前に跪いた。


「魔導士団長、フール・テイノー参上いたしました!」

「……やぁ、フール。此度は魔物の大群を相手に素晴らしい仕事をしてくれたね。ご苦労だった」

「いえ! 当然のことであります! 今後も陛下のお役に立てるよう精進して参ります!」


 やはり、この前の戦いの褒賞だ!

 この国王になってから、仕事がやりにくくなってしかたなかったが、やっと私も認められたのだな!!


「うむ、頼むよ。ところで、その魔物の襲来の際にボスであるキングミノタウロスを倒した冒険者がいるそうだね。フールは知っているか?」

「はっ? 冒険者でございますか……? いえ、私は冒険者には疎いようで存じませぬ」


 なっ、なんで陛下はあんな無能のクラウスを話題に出したのだ!?

 この話の流れはいったいなんなのだ!?


「そうか……知らないのか」


 その瞬間、ゾクリと体が震えた。

 一瞬にして室内の温度が下がったような気がする。陛下はなにか感じていないかと、少しだけ顔を上げてみた。

 チラッと見えた陛下の視線がいつもより厳しいような気がするが、気のせいか? 昨日は娼館に入り浸っていたから、体調を崩してしまったのか?


「ではフールに頼みたい重大な仕事があるんだ。任せてもいいだろうか?」

「はい! もちろんでございます! なんなりとお申し付けください!」

「では、顔を上げてよい」


 今度はしっかりと視線をあげてみたが、陛下は微笑みを浮かべている。なんだ、やっぱり気のせいだったのか。

隣に立っていた宰相がなにやら書類を渡してきた。


「クラウス・フィンレイ。彼がその冒険者なんだ。青魔導士という珍しい職業でね。ぜひ君自身が魔導士団にスカウトしてきてくれ」


 なっ………………なんだってぇぇぇぇぇ!?!?

 クラウスをスカウトだとぉぉぉぉ!?!?

 しかも、何だその青魔導士というのは!? 聞いたこともない職業だぞ!!


「へ……陛下、ひとつ確認でございます。青魔導士とは初めて聞いたのですが、いったいどのような魔導士なのでしょうか?」

「ああ、なんでも治癒魔法だけで魔物を倒せるのが青魔導士の定義だと聞いた。この素晴らしい才能と、彼の血の滲むような努力を私は買っている。なにがなんでも連れてきてほしい」


 そんな……そんなバカな!

 何が素晴らしい才能だ!? クラウスは治癒魔法しか使えない無能だぞ!? それを陛下は評価しているのか!?


「フール、頼めるか?」


 私は不敬にも陛下の顔を見つめてしまった。


 本気なのか? 陛下は本気でクラウスをスカウトしてこいと言ってるのか?


「はっ……承知、いたしました……」


 本気だ。

 本気でクラウスがほしいと言ってるんだ。


「そうか、よかったよ。では、下がってよい」

「失礼いたします……」


 なかば呆然としながら、謁見室を後にした。

 私がクビにした使えない団員を、自らスカウトしなければならないなんて、悪夢でしかなかった。




 自分の執務室に戻って、頭を抱えていた。

 国王命令だ。何としてもやり遂げなければ、下手すれば団長を降ろされてしまう。


 しかし、国王はクラウスが元団員だと調べなかったのか? いや、ただのヒラ団員では、名前しか情報が残っていないから特定できなかったのか。なんにせよ、間抜けな国王だ。


 まぁ、クラウスの事だから前より少しだけ給金を増やしてやれば、喜んでここで働くだろう。難しい仕事ではない。それに、アイツを戻せば、またピンハネできるから娼館通いも増やせるしな。悪いことばかりでもない。

 私自らいくのは面倒だが……それも命令なのだからしかたない。明日にでもクラウスの家にいってみるか。



 今度はシルビアを三日間買い上げて楽しもうかと、湧き上がる欲望にニヤけるのだった。


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