第11話 英雄の誕生
外壁門の外は、妙な静寂に包まれていた。
先程まで猛攻を仕掛けていた魔物たちは、怯えたように震えて動けなくなっている。
騎士たちや魔導士たちは瞬きすらしていなかった。冒険者たちも呆然とただ突っ立っている。
……はー、よかったあああ! こっちの青魔法が効いて助かった!!
ていうか、なんかヤケに静かだな?
僕は辺りを見回した。
えっ、なんでみんなこっち見て……あ、いきなりキングミノタウロスが凍ったから、驚いたのか!
「あの、倒せました。キングミノタウロス」
僕の言葉が予想以上に響いて、自分で驚いてしまう。
「はっ……! まさか
アラン団長が剣をおさめて近づいてきた。
他の魔物たちもすでに第一部隊の騎士たちが討伐を済ませている。
それにキングミノタウロスが
そんなことを考えていたら、アラン団長が僕の前に跪いた。どうしたらいいのかわからず動けない。
「クラウス・フィンレイ殿。貴殿の貢献により魔物の大群をこの場で食いとめることができた。騎士団を代表して御礼申し上げる! 君はいまこの時からウッドヴィル王国の英雄だ!!」
アラン団長の言葉に、騎士たちが、魔導士たちが、冒険者たちが大歓声を上げた。
「クラウス様! あんたはオレたちの救世主だ!!」
「青魔導士クラウスは英雄だー!!」
「キャー! クラウス様! こっち向いてー!」
「クラウス様ー! あんた最高だよぉぉ!!」
あまりの大歓声に僕は逆にいたたまれない。なんとか歓声をやませたくて、僕だけが英雄じゃないと訴えてみた。
「いえっ、あの、皆さんの援護があったから倒せたんです! 僕ひとりじゃ無理でした! みなさんこそ英雄なんです!!」
「うおおおお!! なんて素晴らしいお方なんだ!!」
「私より若いのに……こんな謙虚な英雄なんて見たことないぞ!!」
「クラウス様! お願い結婚してー!!」
「あんなに強いのに、こんなに謙虚だなんて! 天は二物を与えたんだな!!」
「クラウス様ー! やっぱり、あんた最高だよぉぉ!!」
ダメだ……まるで効果がなかった……! むしろ余計ひどくしてしまった……!!
僕が絶望的な眼差しで騒ぐ人たちを眺めていると、アラン団長が立ち上がってそっと声をかけてくれた。
「クラウス君、君は魔導士団に興味ないのか?」
「あー、魔導士団をクビになって冒険者をやってるので、興味ないとかそういうのじゃないんですよね」
「はっ……? 魔導士団をクビに……?」
意味がわからないという顔で、アラン団長は首をかしげた。
「はい、五年前からいたんですが治癒魔法しか使えなくて、先日クビになりました」
「……あっ、もしかして西棟にいた青いローブの団員は君だったのか! すまない、てっきり治療専門のアルバイトかなにかだと思っていた」
アラン団長はなにかを思い出したようにハッとした後、申し訳なさそうに眉尻を下げた。なかなかわかりやすい人のようだ。
「いえ、アラン団長が謝ることはなにもありませんよ。治癒魔法しか使えないのは事実ですから」
確かにあの頃はもがき苦しんで、でもどうにもならなくて、やり場のない気持ちをすべて治癒魔法の研究にぶつけていた。でも、いまでは僕を認めてくれる人がたくさんいるから、もう魔導士団の時とは違う。
僕の中では魔導士団はすでに過去になっていた。
「そうか……力になれなくて、すまなかった。だが理解したよ」
「本当に大丈夫ですよ。でも理解したって、何のことですか?」
「魔導士団には調査が必要ということだ」
ギラリとアラン団長の目が光った気がした。
でも僕はもうクビになったから、これ以上気にしてもしかたない。
「そうですか……あ、そうだ、コレの処理お願いしてもいいですか? 妹が心配で街に戻りたいんです」
凍ったミノタウロスを指差してアラン団長に確認した。ボスを倒したから街の中の魔物も落ち着いたはずだ。カリンなら大丈夫だと思うけど心配でしかたない。
「ああ、こちらは任せてくれ。俺がしっかり処理しておくよ。早く妹さんのところにいってやれ」
「ありがとうございます! では、お願いします!」
残りの処理や後始末はアラン団長が引き受けてくれたので、僕は玄武を回収して街へと戻った。
街の中はところどころ建物の壁が壊されて、瓦礫でちらかっている。でもこの程度ならすぐに復旧できるだろう。
「よかった……街の中はそんなに壊れてないみたいだ」
《早めに魔物を追ったのが功を奏したのだろう》
「うん、ウルセルさんはやっぱりすごいな。あの判断力は僕も身につけたい」
のん気に玄武とそんな会話をしながら、カリンを探して街を歩き回っていた。途中で会った怪我人を治しながら、アッシュブラウンの髪色の少女剣士を見なかったか聞いて歩く。
「ああ、それならさっき『黒翼のギルド』の連中が、女の子が怪我したって騒いでたな。知り合いなら早くいってやった方がいい」
「あ、ありがとうございます……」
通称『黒翼のギルド』とはウルセルさんのギルドのことだ。嫌な汗が背中を伝っていく。僕は気付いたら走り出していた。
そんな、まさか! リジェネと限界突破(リミッターブレイク)をかけているんだ、普通の怪我ならすぐに治ってしまうはずだ。きっと人違いだ。そうに違いない。
僕は魔物の被害を受けなかった黒翼のギルドの扉を勢いよく開いた。
「クラウス! 外は終わったのか!?」
ギルド受付にジェリーさんはいなくて先輩の冒険者が対応をしていた。
「あの、女の子は来ませんでしたか!? アッシュブロンドに紫色の瞳の女の子で……」
「ああ、その子なら後ろにいるぞ?」
振り返ってみると、そこにいたのはカリンとよく似た髪色で濃い紫色の瞳の少女がいた。歳は十二歳くらいだろうか。足には包帯が巻かれている。
よかった、カリンじゃない————
いや、よくはないけど、カリンじゃなくてホッとした。それでも少女にしてみたら怪我は怪我だ。僕が治療したら、可愛らしくお礼を言って帰っていった。
「えーと、それならカリンはどこにいるんだ?」
これはアレだ、魔力感知した方が早いやつだ。カリンが嫌がるから街の中ではやらないようにしてたんだけど、今回は緊急事態だししかたない。
自分で自分に言い訳しながら、そっと魔力感知をしてみた。
「えっ……なんで西棟にいるんだ……?」
カリンがいたのは、僕が働いていた西棟の医療区画だった。しかもウルセルさんとジェリーさんの魔力もある。
「一体、何があったんだ……?」
僕は乾いた喉をゴクリと鳴らして西棟へと向かった。
王城の門番に僕は黒翼のファルコンのメンバーでウルセルさんとジェリーさん、妹のカリンが西棟にいると話して取り次をお願いする。
しばらく待っていると、ウルセルさんがやってきた。
でも、いつもと様子が違う。いつもの軽い感じの笑顔はなくて、魔物と対峙してるような真剣な表情だった。
「あの、すみません。カリンを探していたら、西棟にいるのがわかって……ウルセルさん?」
「クラウス、すまない。俺の責任だ」
ウルセルさんの口から出てきたのは謝罪だった。
まったく意味がわからない。ただかなり思い詰めているのは理解できた。
「……何があったんですか? カリンが西棟にくるなんて、よっぽどの怪我か魔物の毒でも受けたんですか?」
西棟の治療区画には治癒魔法のエキスパートであるタマラさんがいるから、ひどく負傷した冒険者がここにくることもある。実際に僕もそういう冒険者を治療していた。それにリジェネで治らない怪我や毒なら、僕の青魔法で治せる。
「すまない。恨むなら……俺を恨んでくれ」
ウルセルさんは前を向いたまま、唸るように言葉をつむいだ。その様子に僕の心臓がギュッと掴まれたように、苦しくなる。
カリンに何か起きたんだ。
それしか考えられない。何が起きたというのか? 僕の青魔法でも治せないのか? とにかく、カリンを診てみないとわからない。
はやる気持ちを抑えてウルセルさんの後に続いた。僕の脳裏には明るく笑う、カリンの姿が浮かんでくるばかりだった。
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