追憶の夢

高橋淀

 気がつくと、果てしなく青い空を見上げていた。

 炎天下、デッキブラシを持って、制服のまま、ズボンをたくし上げて、ほんの少しだけ水を張ったプールに裸足で突っ立ている。鮮明に確認できるその状況が、なぜだか頭ではうまく理解できない。思わず辺りを見回すと、誰かがこちらに向かってくるのが見えた。

 プールの深さは僕の背丈を優に超すというのに、その人はためらいもなくプールサイドから飛び降りた。ふわりと着地した彼の顔をみたとき、僕はようやくそれが自分自身の都合の良い夢であることに気がついた。

 

 白く美しい彼はいつもと同じように僕へ一言かけてペットボトルを差し出した。

 

 もはや夢か妄想の中でしか会えない彼を忘れぬようにじっと見つめてから、それを飲み干した。味はしないがぬるい気がした。彼はにこにこと僕を見つめている。

 

 彼は大きな入道雲を見上げながら何かをしゃべっている。宙を指差して楽しそうにしている。

 

 彼は僕に笑いかけている。


 彼は僕に何かを言っている。


 どうして何も聞こえないのだろう。僕には最初から、彼の最初の一言も、夏の喧騒すら聞こえていなかった。

 

 やがてその光景はだんだんとズームアウトしていき、彼はついにスクリーンに投影された無音映画のひと場面となってしまった。僕はいつの間にかシアタールームで顔をゆがめて泣いていた。とっくの昔にすり切れていたフィルムだ。ざらついた映像はこちらへ向けられた彼の微笑みを最後に途切れた。

 

 覚醒した僕はベッドの上でまた泣いた。


 果てしなく空も海も赤いこの星では、束の間の青い夏が恋しくて何度も夢に見る。彼の声すら曖昧になっても、思い出のままの彼が現れる。

 しつこく染み出す涙を拭うのも面倒になって、気づけば再び意識を手放していた。

 

 きっと明日もひどい顔をしているに違いない。

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追憶の夢 高橋淀 @asun0y0z0ra

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