第136話 最弱の仮面

「やあぁぁあっ!!!」


 掛け声と共にカヲルが大きく踏み込んで、風を切り裂くような渾身の振り下ろしを放とうとする。だが黒崎さんはその攻撃を見てから踏み込んだにもかかわらず、カヲルよりも先に剣を届かせる。いわゆる“後の先”というやつだ。


 無防備のカヲルの胴に黒崎さんの打ち込みが入……らない。カヲルは振り下ろす直前で剣を素早く傾けてギリギリに逸すと、後ろに一飛びして間合いを広げ、再び剣を構えた。

 

「……剣道の心構えはできているようですね。ですが――」

「はい、今の打ち込みは私のレベルに合わせていただいたもの。それに、追撃をされていれば劣勢は免れませんでした」


 素直に自分の不利を認めているが、実はあの一瞬で多くのことが行われていた。


 カヲルが不利な密着状態から逃れるように離れたとき、黒崎さんはすでに重心を動かし追撃モードに入っていた。だがカヲルもそれを読んでイチかバチかのカウンターを誘っていたため、黒崎さんはその誘いにあえて乗らず、仕切り直しを選んだわけだ。

 

 最初の振り下ろしからカウンターを誘うまでの1秒強、そのわずかな時間にこれだけの駆け引きと心理戦があった。モンスター戦にはない、対人戦ならではの駆け引きだ。

 

 天摩さんも今のやり取りを全て見ていたようでゴム剣を色々な角度に傾けながら興味を示している。


『あの子なかなかやるねー。でもあのまま続けてたらやっぱり黒崎のほうが有利だったかな』

「だろうね。だけどカヲルも黒崎さんから色々と学べたんじゃないかな」


 黒崎さんは今の一瞬で様々な引き出しを見せていた。後の先を可能とさせた“縮地”と呼ばれる古武術の重心移動法。体術を踏まえた陽動の剣術。カヲルのレベルに合わせたとはいえ、黒崎さんのほうが圧倒的に動体視力が良く、対人経験豊富で引き出しも多いので、あのままカウンター合戦になったところでカヲルは苦しい戦いを強いられていただろう。

 

 それでも、相手の強さを認めつつもカヲルは最後まで勝ちにいった。その執念と向上心に黒崎さんも舌を巻いているに違いない――



 ――ということで。


 今日はサツキとリサが主導する練習会に参加して剣術を磨こうとしたのだが、あくまでそれは表向きの話。真の狙いは、解呪イベントのために天摩さんを“良い感じ”に赤城君と引き合わせることである。

 

 黒崎さんには解呪にあたって一通りの手順と流れを話してある。最初のうちは詐欺師を見るような目つきで睨んできたものの、解呪イベントのボスには心当たりがあったらしく、普段は整っているおすまし顔を盛大にしかめさせていた。そのことから、俺の話に信憑性しんぴょうせいがあると信じてくれたようだ。

 

 とはいっても元々の俺の信頼性はゼロ。それどころか大事なあるじを狙う不届き者と思われているので全てを信じてくれているわけではない。何度も取っつかまっては尋問されて睨まれるはめになったけど、その甲斐があって協力者になってくれる了承を何とか得ることができた。

 

 あとは天摩さんと赤城君が出会う場をどうするかである。ダンエクストーリーと同じように偶然の出会いを期待していたらいつまで経ってもイベントが進まないので、こちらでセッティングする必要がある。何か良い方法がないかと頭を悩ませていたところ案の定、黒崎さんが驚くほどの心配性を発動させてきた。

 

 解呪イベントは計画通りにいくのか、赤城とやらはどんな人物で、赤城パーティーとはどの程度の実力なのか、本当にあるじを任せられるのか、全てこの目で見て確かめると言い出した。

 

 それならばサツキ達が開いている練習会を利用するのがいいかと思い、もののついでに指導してやってくれとダメ元でお願いしてみたところ、思いのほかあっさりと了承してくれて――今に至るわけである。

 

 黒崎さんはダンエクでも赤城君を指導して大幅に強くさせており、個の良さを引き出すのが本当に上手かった。何より黒崎さんほどの使い手に稽古をしてもらうのは、技術と対人経験を積めるのはもちろん、モリモリと経験値も稼げるので通常の狩りを行うより経験値効率が良いのだ。

 

 ただし経験値ブーストは1ヶ月くらいしか効果がない。それ以上は慣れてしまうからだ。本来なら経験値を稼ぎにくいレベル12前後まで上げてから指導されるのが一番効率良いのだが、背に腹は代えられない。

 

 そんなことを考えながら天摩さんと一緒に眺めていると、上段で構えていたカヲルが再び距離を詰めて勝負にでる。


 細かいフェイントを織り交ぜて流れるような斬撃を放ち、打ち終わっても反撃に備えて足を止めず回り込んで得意な間合いを維持する――が、攻撃は一発も入らない。あのメイドはただのメイドではなく、今の俺でも倒すことは難しい実力者である。たとえ力を抑えてくれたとしても勝てる可能性は限りなくゼロ。そこらの冒険者なら見えない僅かなバランスの乱れでも逃さず、スカートを摘まみながら的確な回し蹴りを合わせてきた。

 

 吹っ飛びながら苦悶の表情を浮かべるカヲルだが、早速ダンエクヒロインらしい潜在能力の高さを見せてくる。


「――かはっ……ま、まだまだっ!」

「……ほう。見様見真似だとしても縮地を身に着けるとは、少々侮っていたようですね」

 

 同じ攻撃やフェイントは通用しないと肌身で感じたのか、先ほど黒崎さんが見せた縮地を見様見真似で使って斬り込む。技術をスポンジのように吸収し、土壇場で限界を引き上げる特別な才能。これだからダンエクヒロインは伊達ではないのである。

 

 実戦さながらの尋常ではない剣戟に、赤城君や磨島君達も剣を止めてあれこれと議論が始まる。俺もその様子を横目で見て感心していると、天摩さんもカヲルに影響されたのか体を傾け始めてきた。

 

『縮地って、こういう感じか――なっ!』

「うん。初動が早くなるし相手も動きが見破りにくくなる便利な小技だね」


 縮地を試しながらゴム剣を振るってきたので俺は手早く受け流し、先ほどの黒崎さんと同じようにゆっくりとしたカウンターの回し蹴りを放つ――が、天摩さんもゆっくりと回転しながら斬撃をつなげてきたので、無理をせず距離を取って仕切りなおす。

 

『でも、こんなにゆっくりでも練習になるんだね。成海クンが相手だからなのかなー』

「ゆっくり振るうと剣筋をごまかせないからね。立ち回りもゆっくりやることで身に付くことが多くあるんだ」


 本当に強い相手には、たとえスローモーションで戦っても勝つことは難しい。速い動きならごまかすことができても、ゆっくりだと詰め将棋のように追い詰められてしまうからだ。俺達はレベル1でもできるほどの、ゆっくりとした動きで剣を振るい自身の立ち回りを慎重に確認する。それにしても――

 

(やっぱり天摩さんは凄いな)

 

 最初のうちは俺の揺さぶる動きに惑わされていたものの即座に修正し、対応するカウンターまで編み出してきた。縮地も何度か試すうちに形にして自身の戦術に取り込んでくるとは。

 

 驚くべき技術の吸収力、高い潜在能力、天才的な戦闘センス、どれを取っても目を見張るものがある。それもそのはず、目の前の女の子も正真正銘のダンエクヒロイン。カヲルに負けず劣らず伊達ではないのだと実感させられる。

 

 この剣戟だって俺が教えているようで実は学ぶことも多い。天摩さんと剣を交えていると徐々に研ぎ澄まされていく感覚になり、もう一段高みに登れそうな気がしてくる。もしかしたらダンエクヒロインにはプレイヤーを引き上げる何かが備わっているのかもしれない。

 

 今後はもう少しスピードを上げて、より実践的な練習をしたほうがいいだろうか。理想は天摩さんも黒崎さんに厳しく稽古をつけてもらうことなのだが、あのメイドは主のためといえど手を上げられないしな――などとあれこれプランを考えていると、視界の奥で磨島君が手招きをしているのが見える。なんだろうか。

 

 天摩さんに断りを入れて何用かと尋ねてみると、何だか妙に苛立っていらっしゃる。

 

「(おい。何でお前ごときが天摩様の相手をしてるんだ)」

「(……え?)」


 確かにそう。この練習会で赤城君と天摩さんが出会うセッティングをしなければいけないんだった。つい楽しくなって練習に打ち込んでしまったではないか。


 気付かせてくれたことに礼を言おうとしたところ、磨島君は「平民が、身の程をわきまえろ」「天摩様は尊いお方なんだぞ」「知り合いなら紹介しろ」などと言って凄んでくる。どうやら天摩さんとお近づきになりたいようだ。

 

『何を話してるのかな。練習がこんなに楽しいなんてウチ初めて。早く続きを……ん?』

「天摩様! 貴女ほどの方が“最弱”に合わせて戦うなどあってはならぬこと。失礼極まりない失態、どうかご容赦を……お詫びといっては何ですが、あの男よりかは歯応えのある練習になるかと思います、私とワルツを踊ってはいただけませんか?」


 片膝を地面について打ち震えながら頭を下げて謝罪し、踊ってほしいと笑みを向ける磨島君。何を言っているのか分からず困惑した天摩さんは通訳しろと俺を見てくるが、まぁ要するに「ペアを組みたい」と言っているのだ。

 

 この練習会ではペアの相手は何度か変えることもルールなようだし、磨島君もクラス内では力を持て余している。一度くらいは高みを体感してみるのもいいかもしれない。そう思って天摩さんに頷いて「受けてやってくれ」とのメッセージを送ることにした。

 

 磨島君は自分がいかに強いか、素質もレベルもあの男ブタオとは比べ物にならないので必ず良い練習になるとアピールするが、天摩さんは盛んに首を傾げながらいぶかしみ、腕端末からディスプレイを展開してデータベースを眺める。

 

『うーん、レベル6……君、本当に成海クンより強いの? もしかして隠してるパターンなのかな』

「胸を借りるつもりで全力を尽くします! 天摩様!」

『じゃあ……まぁ。かかってきて?』

 

 一礼をし、磨島君が気合を入れた掛け声と共にゴム剣を構えると、磨島君パーティーが集まりはじめ、応援のコールが飛ぶ。俺との違いを見せてやれだの、Eクラス最高戦力が学年次席にどの程度まで通用するのか、などと話し合っている。しかし天摩さんは別格である。この時点のEクラスの生徒が逆立ちしても勝負になる相手ではない。

 

 自信に満ち溢れる磨島君が嬉々として打ち込むと、天摩さんは先ほど覚えた縮地を使ってブレるように横に動き、ガラ空きの胴にゴム剣をスパンと打ち込んだ。やや唖然とした磨島君は苦笑いをしながら仕切りなおして再び打ち合うものの、3度と剣を合わせずにパシンと良い斬撃を入れられてしまう。

 

『……君。本当に、成海クンより強いの?』

「こっ、これは手厳しい……まだ体が慣れておりませんでした。今しばらくあの男と同じように手加減・・・をしていただけないでしょうか」

『……手加減?』

 

 天摩さんは磨島君に合わせてレベル6くらいの速度で動いていたものの、まるで勝負にならず、俺とやっていたレベル1くらいまで力を抑えて欲しいと頼み込む。だがあれは手加減していたわけではない。

 

 あれほどゆっくりやっていたのは、レベルを隠しておきたいという理由が一番にあるが、立ち回りを確認するだけならスローモーションでも十分に練習になる。そのことを天摩さんに教え、レベルの違う赤城君とも仲良く練習できるようにしたかったのだ。俺を舐め切っている磨島君にそのことに気づく余地はないのだろうけど。

 

(ま、実力を隠している俺も悪いんだけどな)

 

 最弱と呼ばれ、クラスメイトから馬鹿にされていることは知っている。無論、俺とてそんな汚名など好き好んでやっているわけではない。馬鹿にされて気分が良いわけじゃないし、無視されれば多少は傷つく。だがその程度、どうということはない。

 

 プレイヤーであるリサは赤城君とピンクちゃんを引っ張り上げるために表舞台に立ち、ストーリーの軌道修正という役回りを引き受けてくれた。もし悪意あるプレイヤーがいれば標的にされ命を奪われる可能性だってある危険な役だ。

 

 だから俺は最弱という仮面を被って陰に潜み、目を光らせる。悪意あるプレイヤーがいれば致命的な先制攻撃を仕掛け、恐怖と死を与えねばならない。その目的を遂行する上で、この最弱ポジションは実に都合が良い。あの月嶋ですら俺に目を向けていないほどだしな。

 

 でも、俺に悪意を向けることを良しとしない人間もいる。

 

『君さ、そんな弱いのに成海クンを馬鹿にできる立場なのかな。その程度の実力ならもっと謙虚になったほうがいいと思うんだけどねー』

「ど、どういう意味でしょうか天摩様……まさか俺があの男より弱いとでも?」


 天摩さんが腰に手を当てて怒りながら説教をする。彼女は俺の強さを知っているだけでなく、背中を預け合う仲間として信頼してくれている。そんな俺が馬鹿にされれば俺以上に心苦しく苛立ってしまうのだ。

 

 カヲルだってそうだ。体裁を気にせず荷物持ちにされる俺を案じてくれた。俺が不条理に追い込まれれば、正義感の強いカヲルは自分が許せなくなってしまうだろう。

 

「おいっブタオ、今すぐ勝負しろ! 身の程を知らせてやる!」

「身の程を知らないのは磨島君のほうだよっ! 自分の強さを認めさせるためにソウタを利用しないで欲しいなっ」


 顔を赤くし怒り任せに「剣を取れ」と怒鳴る磨島君に、大杖を持ったサツキが三つ編みを逆立たせて割って入る。わずかだが《オーラ》が漏れ出しており、磨島君パーティーの面々がその魔力濃度にギョッと驚いている。

 

 強さを見せない理由はサツキには伝えてあるが、本音ではクラスを一緒に引っ張ってもらいたかったと言われたことを思い出す。彼女も不条理に立ち向かう心優しい女の子であり、俺を大切な仲間とも思ってくれている。もう少し彼女達の気持ちも考えないといけなかったな。

 

 じゃあこの場で磨島君をボコボコにするか――といえば、そんな気は毛頭ない。むしろ同情的である。憧れている天摩さんに良いところを見せられず、最弱と思っていた男より弱いと言われれば立つ瀬がないだろう。

 

 だけど落ち込む必要はない。俺が見たところ、磨島君にはカヲルや天摩さんのような天賦てんぷの才があるようには見えないけど、それは普通のこと。俺だってそんなものは持ち合わせていない。なら強くなれないかと言えば全くそんなことはない。この世界において強くなるのに最も必要とされる要素は、才能の有無ではなく強さへの渇望だ。それこそが己を最終的に高みへと引き上げる。その意識が人一倍ある磨島君は強くなると思うんだけどね。

 

 いずれにしてもだ。力こそ全ての冒険者学校では、最弱の仮面は非常に目立たなくなる利点があるものの、俺の大事な人達まで傷つけてしまうことが分かった。最弱ではなく、せめてクラス平均くらいに位置しておくべきだった。磨島君についてもある意味、俺の被害者なので穏便に済ませたいものだが……さて、どうしたものか。


「じゃあさ。間を取って、オレが天摩さんの相手になるっていうのはどうかな。良い案だと思うけど」

『ん~君は?』

 

 空気を読まず爽やかスマイルで渦中に躍り出てくるのは、燃え盛るような赤毛の――赤城君だ。どこが良い案なのかとツッコミを入れたくなったが、確かにこの場を乗り切るには良い案かもしれない。ゴム剣を黒崎さんに預けて鎧を磨いてもらっていた天摩さんも、新たな闖入者ちんにゅうしゃに興味を示す。

 

「オレは赤城あかぎ悠馬ゆうま。今はまだレベル6だけど、いずれこの学校の“最強”になるつもりだよ」

『最強に? ……君が?』

 

 刈谷に折られても、Dクラスの奴らにイジメられても、第二剣術部に袋叩きにあっても、何度でもめげずに立ち上がって“最強”をうたう、赤城悠馬。才能で言うならカヲルや天摩さんをも上回り、どこまでも強さに貪欲どんよく、そして超イケメン。まさに規格外のダンエク主人公である。

 

 天摩さんは『何を言ってるのだお前は』と言わんばかりに、赤城君の頭からつま先まで何往復も兜を動かして見ているが、そういえばゲームでも最初にこんなやり取りをしていたような気がする。もしかしたらストーリーの強制力のようなものが働いているのかもしれない。

 

 近くでは磨島君が俺を睨みつけてきているけどそれは後回し。何故ならその後ろには、より凶悪な顔で睨みつけてくるメイドがいるからだ。絶対に上手く話をまとめるぞと無言でおっしゃっている。

 

 もちろん、それこそが俺がここにいる理由だからな。ここが正念場だぜ。

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