第135話 特別ゲスト
―― 早瀬カヲル視点 ――
ダンジョン1階。薄暗くゴツゴツとした岩肌の通路を集団が移動する。
先頭を歩くのは大宮さんと新田さん。背中にはそれぞれ巨大な
大宮さんの強さはクラス対抗戦で明らかになっていたので知っていたけど、新田さんは月嶋君と同様の“神の力”を持ち、実際に剣を打ち合ってみても強さを全く測ることができないほどの実力者だった。そんな人達が練習会を開いて私達を指導してくれるというのは幸運以外の何物でもない。
そのすぐ後ろを談笑しながらついていくのは私のパーティーメンバーである
逆に、隣を歩く
そして、大宮さんと新田さんが開く練習会の参加者は私を含めていつも4人なのだけど、今日は私達以外にも参加者がいる。
「新田と大宮があそこまで強ぇとは。次回のクラス対抗戦でもDクラスを軽く
「Dクラスの奴ら、大宮の強さ見て泡食ってましたよね。あとは
「磨島君、私達も頑張ってついていくから、今後ともよろしくね?」
「ふっ、ついてくるのは構わないが、お前ら足引っ張んなよ」
磨島君を取り囲むように布陣するパーティーだ。すでにDクラス昇格は確実、あと1年もあればCクラスまで一気にいけると息巻いている。彼らは積極的にクラス運営に関わっていくEクラスの精鋭集団。ユウマと同様に自信を失くし暗い雰囲気に陥っていたので心配していたのだけど、脱却できたようで本当に良かった。これで教室の雰囲気も良くなっていくと信じたい。そして――
(ちゃんとついてきているようね)
最後尾。磨島君達からさらに距離を開けて背中を丸めた男子生徒が一人で歩いているのが見える。磨島君はそちらの方向に目だけ向けて不満の声を漏らす。
「だけどよぉ、なんでアイツがこの練習会についてきてんだ」
「え? あぁ、ブタオっすか。何ででしょうね」
「クラスの精鋭ばかりの集まりなのに、どうみても場違いだよね。役立たなそ~」
「磨島君の邪魔になるようなら私からガツンと言っておこうか」
小声ではなく、わざと聞こえるように大きな声で話す磨島君パーティーの面々。大宮さんと新田さんが直接呼んだというのに、どうしてその参加の是非に口を挟めるのだろう。
颯太は大宮さんと新田さんに深く気に入られている。それは颯太に向ける彼女達の表情や視線を注意深く見ていればすぐに分かることだけど、今のところ誰も気づいていない。
何故そこまで気に入られているのかは私も分かっていない。ただ、もしかしたらという仮説はある。
ナオトは「成海颯太は恐ろしく強い可能性がある」と疑っていた。幼馴染である私に颯太の過去や素性を何度も聞いてきたけれど、いくら思い起こしてもそのような記憶は出てこない。出てくるといえば中学時代の執拗に接触してくる颯太くらいなもので、ちょっぴり
颯太は本当に強いのだろうか――否定は、できない。
見た目は入学当初と比べて少しスリムになった程度で、大きくは変わっていない。だけどよく見れば、肩、腕、首など全体的に筋肉がついているし――猫背ではあるものの――歩く姿も体幹もしっかりとしているのが分かる。クラス対抗戦の後などは大きく痩せていたこともあったし、私が想像もしない
性格についても大きく変わっている。強い自己主張も、私に対する執着も無くなった。テストの成績も驚くほど良く、常に落ち着いて我慢強く、いわゆる大人びた性格になった。これらは全て中学時代の颯太からは想像もできなかったことだ。なら別人かといえば、そうではない。瞳を覗き込んだとき、その奥には私のよく知っている颯太がいた。長年幼馴染として見てきたのでそれは確信がある。あれは颯太だ。
変わったことといえば、それだけではない。颯太のおば様は若返ったかのようにキラキラとしだし、どこか疲れ気味だったおじ様も今は自信に満ち
(あなたは何者なの?)
そう思って今一度振り返ってみれば――
「おいブタオ、これを持てよ。俺達はこれから大事な特訓があるから体力使うんだ」
「え……俺が?」
「当然でしょ。どうせ役に立たないんだし荷物くらい持ちなさいよー、気が利かないわね」
磨島君パーティーの何人かが颯太に絡んで荷物を持たせようとしていた。この練習会には選ばれた者のみが参加できると思い込んでいるようだけど、勝手についてきたのはあなた達の方なのに。横で困り顔をしているサクラコには先に行ってもらうように言っておく。
「……ちょっと。自分の荷物くらい自分で持つべきよ」
「何言ってんのよ
「彼は大宮さんと新田さんが直々に招待したの。それがどういう意味か分かっているの?」
レベルが低いからと見下し理不尽を働いてもいいという考えは、上位クラスが私達に対して
そう私が説いているにもかかわらず、リーダーである磨島君は何も言わずに後ろで見ているだけだ。日頃、上位クラスからの理不尽にいきり立って不平不満を
「いや、いいさ。俺もちょっと運動したかったところだしな」
そう言うと颯太は自分から数人分のリュックと武器の入った袋を担ぎ始める。見ていただけの磨島君も便乗して荷物を押し付けたため、総重量は50kgを軽く超える程度にまでなってしまった。颯太のレベルはデータベース上では“3”。持ち上げるだけならまだしも歩いての移動は厳しいはず。だというのに磨島君達は知らん顔をして先に進んでしまった。
「颯太、不当なことは受け入れては駄目。今からでも――」
「この程度なんとも思わないさ。いい運動になるというのも嘘じゃないしな」
重い荷物をいくつも抱えつつも、バランスを崩すことなく涼しい顔で歩いている……確かに苦しそうには見えない。もしかしたらレベル5くらいあるのだろうか。それでも颯太一人に全部を押し付けるのは心苦しいので半分持とうとするのだけど、運動だと言って荷物を渡してくれない。
後で磨島君達にはしっかりと言い聞かせるとして、どうして颯太は言い返さないのだろう。昔なら弱い立場であっても真っ向から言い返していく気の強い性格をしていたのに。「精神的に大人になった」というくらいでは理解しづらいものがある。
だけどそこに「実は物凄く強いので、単に磨島君達を相手にしていないだけ」という理由が加わるなら多少は理解できるようになる。
(それを知る良い機会ね)
以前から颯太の強さを試そうと
でも今日なら十分に試すことができる。また颯太は“仮面の剣士”についても知っている可能性もあるので、それとなく慎重に誘導して聞き出しておきたい。
重い荷物をいくつも抱え、ゆっくりと力強く歩を進める颯太の横に並びながら、本心を悟られないよう自然に話しかける。
「颯太。今日はペアを組んで練習するみたいなの……私と組まない? 高校に入ってからお互いどれくらい頑張ってきたかを知る良い機会だと思うのだけど」
「……悪いな。もう組む人がいるんだよ」
「え?」
何と、相手がすでに決まっているらしい。大宮さんと新田さんは
騒ぎ――と言うものではない。輪になって何かを野次馬しているように見える。私も何が起こったのか気になって踏み出そうとすると、周囲に黒服を着た人達が点在していることに気づく。タキシードと白い手袋をしているので冒険者というよりは執事のように見えるけどあれは……
『やぁ、今日は呼んでくれてありがとうね。他のクラスの練習会ってウチ、初めてなんだけど』
「こちらこそっ。来てくれて嬉しいよっ天摩さん。えっと向こうに――」
大宮さんがぺこりとお辞儀しながら
隣にはメイド服を着た黒髪の女性が
思いもよらぬ大物の登場に皆が唖然としているけど当然だろう。私達Eクラスは最上位クラスの生徒、それも貴族様と直接話することなんてないので、どう対応していいのか分からないからだ。
そんな中、真っ先に動き出す人物がいた。
「天摩
『んー、君は?』
「これは失礼。私は磨島
天摩さんの前に
磨島君はなおも社交辞令のような挨拶を続けようとするのだけど、天摩さんはさほど興味がないのかキョロキョロとし始めた――と思ったら、こちらに真っすぐ向かってきたではないか。慌てて一歩引いて姿勢を正す。
『いたいた、成海クン! 一緒に練習……って、あれー? 随分と大荷物だね……もしかして……』
「や、やぁ天摩さん。これはちょっとわけあってね」
先ほどの磨島君のように
一体どんな内容の話をしているのかと様子を
『もー、
そう言って武具の入ったバッグを片手で掴むと、次々と投げ捨てていく。磨島君達は大型の武器を好むのであのバッグ1つとっても10kg近く重さがあるはずだけど、紙くずを放り投げるように片手で軽々と遠くに飛ばしていく。もの凄い
自分の武器があらぬ方向に投げられたのを知った持ち主達は天摩さんに怒るわけにもいかず、困惑した表情で慌てて拾いに行くけれど……自業自得ということで我慢してもらうしかない。
「それじゃ、この辺りを使わせてもらいましょっ。荷物はこちらに置いてねっ」
大きな
「お嬢様。こちらのゴム剣を使うようですが、耐久性に難がありますので力加減にはお気を付けください」
『こんなオモチャみたいなので練習になるのかなー?』
皆が注目する天摩さんは、メイドに大きな布で丹念に拭かれながら手に持ったゴム剣を眺めていた。彼女のメインウェポンは100kgを超えるような大きな両刃斧で、私達のクラスでも話題になるほど有名な一品だ。何でも、あの天摩商会が最新技術の粋を集めて作った純ミスリル製の武器だと聞いている。だというのに1kg程度のゴム剣では物足りないと考えるのも頷ける。
そのすぐ近くでは、小さめのプロテクターをしている颯太の姿も見えるけど……まさか、ペアを組む相手とは天摩さんのことを言っていたのだろうか。時折、メイドが鋭い視線で颯太を睨みながらアイコンタクトのようなことをしているのも気になる。
そんな様子を横目で追いながら私もユウマ達に合流する。
「はぁ……新田。今日来る“特別ゲスト”とは学年次席のことだったのか。そういうことは先に知らせてほしいものだが」
「びっくりしたでしょ~? 赤城君も~彼女と仲良くしてあげてね~♪」
「ふふっ面白そうな子だよね。オレは親しみが湧いたよ。何となくだけど彼女とは上手くやっていけそうな気がするんだ」
眼鏡を指で押し上げながらナオトが呆れるように問いただせば、新田さんは仲良くしてねと気軽に言う。庶民ばかりの集団の中に貴族様を迎え入れるなんてトラブルの元になりかねないと思うのだけど……何か考えがあるのだろうか。
一方で天摩さんを興味深そうに見ているユウマ。全く物怖じしない上に驚くほど楽観的な性格なので、貴族様相手でも平気で話しかけに行きそうなのが怖い。前もって注意しておくべきか。
急いで私もプロテクターを装着し、何万回と振るったゴム剣を手に持つ。サクラコとのペアを断って颯太と組む予定だったのだけど、その当ても外れてしまった。誰か組める人を探そうと周囲を見渡してみても余っている人は見当たらない。
それなら仕方がないと一人で素振りの練習でもしようとしたところ、後ろから張りのある落ち着いた声で話しかけてきた。
「ペアを組む相手がいないのですか? それならば私が見て差し上げましょう」
振り向けば、涼しく微笑むメイドが圧倒的強者の気配を漂わせてそこに立っていた。
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