第104話 膨らむポケット

 ―― くすのき雲母きらら視点 ――


 くノ一レッドの本拠地で深謀遠慮の叔母様と正面から対峙しつつ、背後には特攻隊長である執事長、周囲にはくノ一レッドの先輩方が放つ怒気を一人で受け止めて平然としている成海颯太。


 このパーティーホールにはあらゆる任務をこなし対人戦にも精通している本物の戦闘員しかいない。執事長や副リーダーにいたってはレベル25とトップクランにも劣らない実力者達である。

 

 一方、成海のレベルは20前後と調べがついている。非常に優秀と言えるものの、いざ戦いとなってしまえば戦闘経験豊富なわたくし達に何もできず取り押さえられてしまうのは明白。にもかかわらず執事長の睨むような眼光も、先輩方の怒気も全く意に介していないかのようにポリポリとおつまみをむさぼっていられるのは何故なのか。

 

「(あのぉ、コレ美味しいのでちょっと持って帰っていいですかね)」

 

 などと耳打ちしてきてわたくしの返答を待たず、こっそりとポケットにおつまみを入れ始めた。図太いを通り越して異常にしか見えない。これだけの面々に睨まれて怖くはないのだろうか。

 

 実は恐怖に震えているけれど、あの丸々した見た目のせいで表情が読み取りづらいだけなのかもしれない。そういえば、とんでもない量の食事を食べて急に太り出したけどあれは感情をカモフラージュまたは隠蔽する特殊能力なのかもしれない。常識というものから色んな意味で逸脱していて推し量ることができず、ただただ困惑してしまう。


 そんな状況が30秒ほど続いただろうか。長考していた叔母様が動く。

 

「分かりました。今日のところは引き下がるとしましょう。ですがその前にこちらをお目通しください」

「これは……依頼書? 依頼主は……金蘭会」


 手渡された一枚の紙に目を落とす成海。わたくしも横目でこっそりと覗いてみれば「仮面の少女とその関係者の情報収集または身柄の引き渡し」「調査費用は前金で1億」などと書かれていた。これは金蘭会から調査依頼があったということだ。成海は依頼書から目を上げると相変わらず何を考えているのか分からない表情で叔母様に問いかける。

 

「これを俺に見せた真意は何ですかね。金蘭会につくということでしょうか」

「そうは申しません。私どもは成海様との関係を重視したい、そのことをご承知おきくださればと。それと――」

 

 そう言いながらその場で依頼書を縦に引き裂く叔母様。そして執事に合図を送り新たに一通の封筒を受け取る。中には金色のカードが複数入っており、その内の一枚を成海の目の前に置く。


「こちらもお渡ししておいたほうがいいでしょう」

「これは何ですかね……クランパーティーの招待状?」

「はい。近く金蘭会でもパーティーが催されるとのことです。懇意にしているクランだけでなく多方面に招待状を出しているようで、私どもにも招待状が届いておりました」


 メディアや政府関係者、企業など幅広く招待状を送っており、そこで大々的に“重大発表”を行う予定とのこと。もしかしたら霧ケ谷きりがやの挙げた功績に関することかもしれないと叔母様が言う。

 

「金蘭会は今後、成海様の敵となるやもしれません。直に見て回られた方が良いかと」

「確かに俺の顔はまだバレちゃいないし、このカードがあれば堂々とクランパーティーに潜り込めるかもしれませんが……」

「私どもの何人かを護衛に付けますのでご安心ください」


 その後は2、3ほど簡単な確認をしつつ、話し合いは比較的和やなムードのまま終了となった。叔母様は接待を続けようとするものの、成海は考えることができたので帰ると言い出し立ち上がる。眉を寄せて何やら難しい顔をしているけれど、おつまみでポケットがパンパンにふくらんでおり非常に不格好である。

 

 

 

「それでは彼を送ってまいります」

「あなたは残りなさい」

 

 成海がホールから出たので迎えのときと同じように送っていくつもりで立ち上がると、副リーダーに止められる。

 

「はい。では成海君をどなたがお送りするのでしょうか」

「その彼のことについてはるかから話があるそうよ。あちらへ」


 副リーダーが指差す方向に目を向ければ、叔母様が何かを思案しているような表情で窓際に立ち、庭を見下ろしていた。先ほどまで浮かべていた柔和な笑みはない。わたくしが隣に立つとイヤホンのようなものを手渡され、耳に装着するように言われる。

 

「今から成海颯太の戦闘が始まります。彼の実力をその目に焼き付けておきなさい」

「……えっ?」


 戦闘とはどういうことなのか。話し合いの終わり方からして友好的に接していくものと思っていたので驚いてしまう。急いで窓の向こうに目を向けると、噴水の辺りで執事長と向かい合っている成海の姿が見て取れた。同時にイヤホンから声が聞こえてくる。


『おい小僧。さきほどの御神様と我らに対する無礼。ただで帰れると思っているのか』

『……はぁ。それは申し訳ありませんでした』


 執事長が恫喝とも取れる言葉を投げかけている。ということはつまり――


「今日の3名。どうして呼んだのか覚えていますね」

「はい。我が国の“希望”となるか、仇なす“厄災”となるかを見極めるためと」


 くノ一レッドは表向きはモデル業や芸能人のようなことをやっているけれど、本業は国や社会を脅かす人物や組織の情報を集め、ときには暗殺まで行う国家直属のクランである。今夜もクランパーティーという名目で要注意人物を呼び出し様々な情報をぶつけ、その反応から敵性を判断することが主目的となっていた。

 

「執事長の様子を見る限り、成海颯太は厄災になるということでしょうか」

「……あなたはどう思いましたか?」

 

 叔母様と成海のやり取りを思い返す。成海がおぼろかもしれないこと。金蘭会と揉める可能性があるということ。叔母様に対する敬意は足りなかったものの、いずれのやり取りもそれほど問題があるようには思えなかった。


 それに成海はわたくし達の求めるスキルや情報を持っているかもしれず、この場で排除に動くのは性急すぎるとすら感じている。

 

「正直、厄災となるような人物には見えませんでした。それにまだ速度上昇スキルの取得方法や朧の情報を聞き出していないというのに、今すぐ排除に動く理由があるのでしょうか」

「それらの情報は確かに欲しいけれど、最優先事項はあくまで彼の処断です」


 だけど絶対に目的をさとられるわけにはいかない。そのためにもっともらしい文言を並べて内情を探っていたのだと叔母様は言う。もちろん速度上昇スキルや朧の情報を欲しているのは本当のようだ。


「国家に対する忠誠心がいささかも無いことは不安要素ではありますが、暴力に酔っていたり危険な思想を持ち合わせているようには見えませんでした。しかし肝心の背後関係が分からず処断は保留にせざるを得ません」


 あの年であれだけのレベルならば海外、または未知のダンジョンに潜っている可能性が高く、背後に朧かそれに匹敵する大きな組織がいてバックアップしているはず。まずはそれが何であるか確実な情報を掴んで成海の処断を決めたいと叔母様は言う。しかし……


「だとしたら、あれは執事長の暴走なのでしょうか」

 

 眼下では執事長がここまで届くほどの豪快な《オーラ》を放っている。つまりこのエリア一帯が人工マジックフィールドAMFへと変移し、ダンジョン内と同じく肉体強化とスキルが使用可能な状態になっていることを意味する。

 

 あれが排除でないのなら、イヤホンで聞こえていた通り叔母様に不遜な態度を取ったことに対する制裁なのだろうか。

 

「私の指示です。これで彼の情報が多少でも見えればいいのですが……」


 そう言うと叔母様は薄っすらと目を細めて注意深く見つめる。成海の戦闘スタイルや使用スキルから素性を調べるつもりのようだ。仮に未知のスキルなどを使ったのならどこの誰なのか事細かに追うこともできる。高レベル冒険者同士の戦いというのは多くの情報に触れることができる絶好の機会にもなるのだ。


(あくまで情報収集を優先しますのね……でも相手が悪い気もしますわ)

 

 成海と向かい合っているのは岩をも穿つ拳で過去に数えきれないほどの強敵を葬ってきた対人戦のスペシャリスト。レベルだって成海より5つほど高い。そんな格上すぎる相手とまともな戦闘が行えるとは考えにくい。同じように窓から眺めている先輩方も「勝負になるわけがない」と口々に言っている。


「いくら成海颯太とはいえ、あの執事長が相手であれば情報を掴む前に何もできず圧倒されるだけかと思います……」

「そう思っているメンバーも多いようですね。だけど彼は本物の怪物よ。一方的になることはないとみています」


 年齢は15歳に間違いはない。であるにもかかわらず、くノ一レッドの面々や執事長の怒気に当てられても全く動じる様子は見られず平然としていた。あれほどの胆力は相当修羅場をくぐり抜けてこなければ身に付かないと叔母様は言う。

 

 それは単に図太いだけでは……なんて言葉が出そうになるけど必死に飲み込む。聡明な叔母様には別の見え方がしているのかもしれない。ならばそれを信じて見守るとしよう。

 

 なんとか話し合いに持っていきたい成海は焦ったように『ちょっちょ落ち着いてくださいよ』などと言うものの、執事長は問答無用とでも言うかのように構えを取る。体を横に向けたまま顔は正面、左手を相手の中段に据えた、いわゆる半身の構えだ。あれは強敵を相手にするときによく使う構えだと聞いているけど、成海を警戒しているのだろうか。

 

 対して、成海は僅かに重心を下げて両手を小さく前に出すという構えを取る。執事長への説得を諦め、迎え撃つ覚悟を決めたようだ。しかし見たことがない変わった構えだけど、どこの武術だろう。

 

「見慣れない構えですが、何が狙いでしょうか」

「……あれは中国の拳法、八相構はっそうがまえね。中段攻撃を誘って狙い撃つつもりよ」

 

 叔母様も様々な武術を修めている近接格闘術の使い手。あの前に出した両手で中段突きを受け流し、カウンターを狙うという中国少林寺拳法の構えだという。確かに執事長の得意技は正拳突きだけど、まさか撃ってもいない段階で見抜くとは……あの年齢で格闘術まで精通していることに驚くほかない。

 

 とんでもなくハイレベルな戦闘になりそうな予感に固唾をのんで見守るわたくしと、情報を1つも見逃すまいと注視する叔母様。


『いくぞ、小僧……』

 

 張り詰めるような緊張感の中、先に動いたのは執事長――ではなく成海だ。低い姿勢をさらに這うように低くして――いや、地を這った!?

 

『しゅみましぇんでしたーっ!』


 この距離でも響くような情けない大声を上げる成海。勢いよくしゃがんだせいでポケットに入ってたおつまみがいくつも散らばる。窓越しで見ていた先輩方も何が起こったのか理解できず目を見開いて驚いているけど、かく言うわたくしも混乱の最中だ。


 プライドの全てを投げ捨てたお手本のような土下座をする成海を前にして、執事長が困惑した表情で指示を仰いでくる。


「……こほんっ。あの状況でも本性を出さないとはさすがね。いいわ、戻ってらっしゃい」

(あれが本性なのでは……)

 

 執事長の本気の【オーラ】に恐れをなし降伏したように見えたのだけど違うのだろうか。だけど成海ほどの実力があるのならあそこまで自分を卑下する行動を取る必要はないし、こちらに情報を何も掴ませることなく事を乗り切ったというのも見事と言える。全ては計算づくの可能性も……ゼロではないのかもしれない。

 

 叔母様はイヤホンを外して一度大きく息を吐くと、わたくしの方に向き直る。

 

雲母きらら。あなたに成海颯太の調査を命じます。学校では適度に接近し、情報を集めなさい」

「はい。金蘭会はいかがいたしましょうか」


 ソレルと金蘭会については暴力的な事件を何度も引き起こすので冒険者ギルド内でも問題のクランとなっている。背後にカラーズがいるので安易に制裁を科すことはできないが、いずれ潰す方向で動いているとも言っていた。今回の金蘭会の動きを叔母様はどうお考えなのか。


「金蘭会についても当分は情報収集を優先します。重大発表を前に大々的に動くことはないと思いますが、もし学校に何か仕掛けてくるようなことがあればすぐに知らせなさい」

「承知しました」

「上手く成海颯太を使って追い込みたいところね……」


 そう言い終えると叔母様はアップにしていた髪をほどきホールから出て行く。わたくしも大きく息を吐き、成海について思案する。

 

 今回のためにあれだけの情報を揃え、執事長をけしかけるという強引な手段まで使ったというのに大した情報は得られなかった。今後もちょっとやそっとでは尻尾を出すことはないだろう。気を引き締めて任務に当たらねばならない。

 

 窓の向こうには散らばったおつまみに息を吹きかけ、ポケットに詰めなおしている姿が見える。あんな人畜無害そうな人物が本当に我が国の希望となりえるのだろうか。それともやはり厄災に? いずれにしても――

 

(わたくしが必ずや貴方の正体を暴いて見せますわ)

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