第103話 テーブル越しの思惑
くノ一レッドのクランリーダーである御神とテーブル越しに向かい合い、互いに挨拶を交わす。俺としては延々と回りくどい社交辞令などしたくないので、呼んだ理由を直球で聞くことにする。
「それで俺を呼んだのは、《フェイク》を所持していたことではないんですか」
《フェイク》はステータスや名前を偽装して鑑定スキルから自分の情報を守るスキルだ。この世界では《簡易鑑定》を使って冒険者の身分確認を行っているところが多く、社会のシステムとして有効活用されている。そこに《フェイク》なんてものが知れ渡ってしまえば混乱が起きてしまうのは明らかである。
仮に《フェイク》の存在が公にバレて一般化してしまっても、より上位の《鑑定》というスキルで見破ることはできるのだが、この《鑑定》はアメリカだけの国家機密であり、それ以外の国に習得方法は公開されていない。一方で《鑑定》の魔法が込められたマジックアイテムは出回っているものの、1回鑑定するだけで数百万円が飛ぶほど高価であるため乱用はできない。
以上の理由から世界の国々は《フェイク》というスキルが広まる前に有害指定し、情報や習得方法を制限したのだと推測している。
そんな隠匿スキルを俺が持っていたため、くノ一レッドは問題視した――少なくともクランパーティーの招待状を送った当初はこれが気になっていたはずだ。御神はゆっくりと頷いて肯定する。
「確かに《フェイク》の所持についても興味を持っていたわけですが……その前に。成海様は私どものクランについてどれほどご存じですか?」
御神とくノ一レッドはテレビや雑誌によく登場するので、普通の人なら芸能グループ、または芸能事務所を連想するだろう。俺もそう答えようと思ったが
「冒険者ギルドの運営……以外にも、諜報活動などをやられているそうですね」
「はい。《フェイク》は私どものような組織にしか開示されないスキルなのですが、調べてみたところ成海様には国からの開示許可が下りた形跡がございませんでした。にもかかわらずどうしてそのスキルを所持していたのか……私なりに考えてみました」
最初に疑ったのは外国の工作員。つまり
だが俺の家族構成や経歴がそれを否定する。詳しく調査したところ成海家の誰もが一般人にしか思えなかったからだ。
「エージェントならば過去が消え去っていたり、経歴が操作された跡が残るものですが、成海様も、そしてご家族様についてもそれまでの人生の全てを追うことができ、純然たる一般人との確証が得られました。であれば――」
国内の暗部組織の可能性。普段は一般人として過ごし、任務のときだけ裏の顔を持つ同業者だ。
「国内でも《フェイク》を所持する組織はいくつか存在しておりますが、その中で構成員が全く把握できていない組織といえば……一つだけ心当たりがあります」
心当たりね。多分、というか絶対違うと思うが御神は確信を持っているとでも言いたげな顔つきだ。とりあえず聞いてみるか。
「ダンジョンに出たそうですね――“
「……朧?」
正体を暴いてやった、とでも言うかのようなドヤ顔気味の笑みを浮かべる御神。隣で聞いていたくノ一さんは知っていたらしいが、キララちゃんは朧と聞き、目をぱちくりして驚いている。
「一応聞きますが、それってあの有名な秘密結社のことですよね」
「その朧です。なんでも、成海様が所属するクラスの助っ人として現れたそうではないですか」
うちのクラスの助っ人だと? 妹以外に助っ人が来たという情報は知らないので多分妹のことだろうが、どうして朧ということになっているのか。
「ソレルというクランのリーダーが、仮面を被った正体不明の少女に倒されたと私どもは把握しております。その倒されたクランリーダーというのが実は金蘭会のメンバーでして――」
攻略クラン金蘭会の実力者が何者かに倒され、医務室に運ばれたという情報を掴んだくノ一レッド。その後にギルド職員として駆けつけ事情聴取をしたときに、正体不明の少女は朧であると証言したそうだ。
金蘭会メンバーを倒したということは妹に直接確認したので間違いない。レベルも20を超えていたらしく、
俺がいまいち事情を飲み込めていないと察したのか、御神は説明を補足する。
「その少女はフェイカーでした。それだけでは朧と断定はできないのですが、なんと“速度上昇スキル”も使用したそうです」
「速度上昇スキル? それは朧だけしか知らないスキルなんですか?」
「朧を強者たらしめているスキルです。私どもはそのスキルを何としても手に入れたいのです」
どうやら御神は俺と仮面の少女が共に朧メンバーであり、速度上昇スキルの情報を持っていると疑っているようだ。
妹が覚えていた速度上昇スキルといえば、移動速度を30%上げる《アクセラレータ》と、回避も上がる《シャドウステップ》だが、《アクセラレータ》については久我さんも使っていたので朧と断定するのは早計だろう。
わざわざ間違いを指摘して正しい情報を与えてやる必要はないが、一応ツッコミを入れておく。
「手に入れたいと言われても、俺はそんなスキル知らないので取引しようがありません。それに速度上昇スキルを所持していたくらいで朧と断定するのもどうかと。勘ぐりすぎではないですかね」
「お言葉ですが……《フェイク》と速度上昇スキルを両方習得している正体不明の実力者が、都合よく成海様のクラスに助っ人として現れた……これを怪しむなと言われましても無理がございます。それに――」
たとえ仮面の少女が朧でなかったとしても、速度上昇スキルを覚えていたということに変わりはない。くノ一レッドが欲しいものは朧の情報ではなく、あくまで速度上昇スキルなのだと言う。
速度上昇スキルさえあればくノ一レッドは飛躍し、様々な任務を遂行できるようになる。それはこの国の安定にも繋がる――などと、どれだけ国や社会のためになるのかを説くが、正直どうでもいい。俺にとって重要なのは俺の大事な人達を守れるかどうかであり、その点においてくノ一レッドなどに期待していないのだから。
御神は説得が効いていないと見るや上品な顔つきをやや崩し、交渉カードを1枚切ってきた。
「成海様はきっと私どもの力を必要としますわ」
「……それまたどうして」
また変なことを言い出したぞ。くノ一レッドなんかを頼りにするくらいなら家族もろともダンジョンに引きこもるが、まぁ一応理由を聞いてみるか。
「これは私どもが入手した極秘情報なのですが、金蘭会が近々、朧へ宣戦布告するそうです」
と言って足を組みなおしながら金蘭会がどういったクランなのか説明してくれる。
カラーズの傘下になる前の金蘭会は今よりも規模が大きく、利権を巡り様々なクランとの抗争に明け暮れていたそうだ。大規模攻略クランであれば抗争は付き物。日本最大のクラン“
金蘭会も数多の抗争で勝利を重ね、スポンサーや優秀な人材を次々に確保。日本でも有数のクランにまで急拡大し絶頂期を迎えていた――が、それも長くは続かなかった。
10年ほど前のある日。何かがきっかけで朧との抗争が始まり、1ヶ月もせずに半壊。金蘭会メンバーの半数以上が死亡し、味方であったクランやスポンサーも次々に離反。クラン存亡の危機に陥ってしまう。そのため当時勢いのあったカラーズの傘下に入るという苦渋の決断を下し、再建を目指したという経緯があったそうな。
「カラーズ合流前からいる古参の金蘭会メンバーは、今も朧に対し激しい憎悪の感情を抱いています……ですが先日、朧と思わしき冒険者に敗れてしまいました」
冒険者ギルドから朧に負けたという知らせが伝わると、金蘭会の幹部達は「クランの名に泥を塗った」と激怒。すぐにクラン総会が開かれ、報復にでるべきか、命を取られたわけでもないため静観すべきか、怒鳴り合いとも呼べる論戦が続いたという。
「大揉めの末、汚名返上という名目でソレルの
「……ソレルの先代クランリーダーですか」
「はい。
霧ケ谷宗介……そういえば以前に家族会議で「ソレルのクランリーダーは危険な男だ」とお袋から聞いたことがあったけど、この短期間で2次団体の幹部にまでなるとは随分と出世したものだな。
「なんでも“
狂犬ね……そんな悪そうな奴が陣頭指揮するとなればどうなるか。
「……ご推察の通り、仮面の少女だけでなく学校のご友人方にも被害が及ぶ恐れがあるというわけです。成海様のお心を
俺が僅かに眉を寄せたのを見て、あたかも心を痛めたかのように両手で胸を押さえる演技をする御神。その物言い全てが交渉の内だろうによく言うものだ……が、先ほど言ったことにはいくつか穴があるのでしっかりとツッコミを入れておこう。
「仮に、霧ケ谷が冒険者学校に乗り込んで生徒を傷つけるようなことになれば、学校や政府も相応の対応に出ると思いますけどね。それくらい金蘭会だって分かっているはずでしょう」
冒険者学校は日本政府が威信をかけて作り出した冒険者育成機関だ。そこに在籍する生徒に手を出したら政府も黙っちゃいないだろう。攻略クランとて厳しい制裁は免れまい。
「おっしゃる通り、表立って生徒に危害など加えれば政府が動くことでしょう。しかしながら校外やダンジョンの中など目の届かない場所はいくつもございます。狂犬と呼ばれた男が何をしでかすか、予測できないものと存じ上げます」
「……確かに。それともう一つ。10年前の今より規模が大きかったときでも朧に半壊させられたと言ってましたけど、今の金蘭会が宣戦布告したところで勝算なんてあるんですかね」
当時の強かった金蘭会でもたった一ヶ月で壊滅的な敗北に追い込まれたというのに、大した準備もなくどうして
「勝算ができた、と考えるべきでしょう。恐らく霧ケ谷が挙げた“途轍もない功績”に関係していると思われます。何かの強大なマジックアイテム、スキル。もしかしたら新たなジョブを発見したのかもしれません。それくらいの算段がなければ朧に宣戦布告などしないでしょう」
最近のカラーズは下部組織も含め明らかに空気が変わった。必ず何かがある。それはまだ御神も把握できていないが、その正体を掴むのも時間の問題だと言う。
「金蘭会周辺にはすでに部下を忍ばせてあります。諜報能力に優れた私どもであれば、それが何であるか分かるまでそう時間はかかりません。同時に、成海様のご友人を彼らから守ることは可能と判断しております」
くノ一レッドが動いて金蘭会を監視し、情報収集しつつ、クラスメイト達を守る。必要とあらば間に入って交渉だって請け負う。そうしてくれるなら確かに俺にとって大きなメリットとなるだろうが……
「なるほど、御神さんの力が必要になるとはそういう意味でしたか。ですが、やはり取引に応じることはできません」
「……理由を伺っても?」
「御神さんの提案を受けるにもまず互いの信用が必要だからですよ。仮にこちらが情報を出したとして、都合が悪くなれば反故にされる可能性もある。まずは御神さん達が信頼できる相手なのか確認してからですね……もっとも、俺が速度上昇スキルとやらを知ってたら、という前提がありますが」
リサから聞いた話によれば、くノ一レッドというクランは正義の味方などではなかった。クランまたは国家の利益にそぐわないと判断すれば執拗に攻撃を仕掛けてくる過激な集団だと聞いている。いつどのタイミングで敵とみなされ攻撃されるか分からない相手に背中を守ってもらうわけにはいかないのだ。
「小僧……我々が契約を
「成海君。すぐに訂正して叔母様に謝りなさい」
御神の提案を断ると、笑顔で後ろに控えていた執事が突如憤怒の表情に変わり、ウェイトレスさん達の殺気も膨れ上がる。隣に座っていたキララちゃんも血の気の引いたような顔で謝れと言ってくる。確かに礼儀は必要だろうが、俺の大事な人達の安全がかかっている状況では慎重にならざるを得ない。
(だけど、後ろの人達の怒りがなかなか収まらないな……こりゃマズいか?)
数十人から睨まれて針のむしろのごとき居心地である。これだけの数を相手に戦闘なんてしていられないし、逃げる準備でもしておくべきだろうか。一方の御神を見てみれば周りの部下共を落ち着かせることなく何か考える素振りをしている。もしかしたらこれらの圧力も手の内なのかもしれない。
今のところ襲ってくる動きは見せていないし、とりあえず目の前に並んでいるおつまみセットでも食いながら御神の判断を待つとしよう。ところで……謝ったら本当に許してくれるのかね、キララちゃん。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。