第102話 壇上の麗人
ドレス姿のくノ一さんとキララちゃんに付き添われながらパーティーホールへと続く長い廊下を歩く。そのつきあたりには観音開きの扉があり、俺達が近づくとスタッフの人達が笑顔で開けてくれる。
扉の向こうは体育館ほどの広さの豪奢なホールとなっており、中に入るとウェイトレスや執事達十数人が一斉に頭を下げて「ようこそ」と出迎える。こんな大層な待遇を受けても庶民にとってはストレスになるだけだが、それも狙いの1つなのかもしれない。少しばかり怯んでしまったけど上手くごまかしながら、くノ一さんとキララちゃんの後ろをおずおずとついて行く。
奥の方には大きなテーブルの上に料理が乗った大皿が並べられており、ここに置かれたものは全て自由に食べてもいいとのこと。予定より到着が早かったため今は数種類の料理しか置かれていないが、これからたくさん持ってきてくれるそうだ。
「好きなものをお皿に取って食べてね。これとか今日のために仕入れた料理だから、おすすめ♪」
赤いマニキュアの塗られた指先でくノ一さんが教えてくれたのは、金属製の大きな丸い蓋が被せられた大皿。開けると現れたのは飴色に焼けた鳥の丸焼き。これは北京ダックだろうか……実に美味そうだ。
物欲しそうに見ていると近くにいたコックが早速切り分けてくれる。それをクレープのような薄餅の上に乗せてタレを付け、野菜と一緒にくるくると巻いて食べるようだ。ダンジョン20階であの
「うんめええぇえ」
こんがりと焼けた鳥皮とふんわり野菜をパリッとした薄餅が包み込み、何とも言えない香ばしさが鼻腔を通り抜ける。俺の反応を見てコックが次々に切って巻いてくれるので、そのたびに口に入れさせてもらう。こりゃ止まらん。
「ふふっ。いい食べっぷりね。じゃあ次はあれとかはどう?」
向こうから運ばれてきたのは大きな海老の乗った大皿。蓋を開けてみれば50cm近くある巨大な伊勢海老が乗っていた。その上にはホワイトソースがかかっており、新たなコックが小皿に切り分けて差し出してくれる。
「うほぉ……なんだこのぷりっぷりの食感は」
口に入れてみれば伊勢海老とソースが見事に絡み合い、嚙むごとに海老の旨味とクリーミーな香りが溢れ出てくる。こんな美味い海老は初めてだ。
本来ならゆっくり味わって食べるような食材であるが、ちまちまと小皿に分けてくれるのが待ちきれず大皿を持って丸々一匹を口いっぱいに頬張り平らげさせてもらう。感動に打ち震えながら隣にあったフルーツを齧っていると、今度は新たな大皿が3つもやってきたではないか。非常に食欲をそそる香りがするぜ……どれから食・べ・よ・う・か・な。
「そ、そんなに食べても大丈夫なんですの?」
「彼は大事なお客様なのだから、あなたもぼ~っとしてないで、もてなしなさい」
「はっ、はい……」
慌てたように炭酸ジュースを注いでくれるキララちゃん。くノ一さんが料理をどんどん持ってくるように声をかけるとコックやウェイトレスが慌ただしく動き出し、色とりどりの高級料理が所狭しと並べられる。どうせタダ飯だし食って食って食いまくってやるぜぇ。
気を良くして次々に料理を胃に流し込んでいると、ウェイトレスと執事が部屋の入り口に集まり始めたではないか。誰が来るのかと横目で見ているとドアが開かれ、俺のときと同じように一斉に頭を下げて出迎える。入ってきたのは左右に妖艶な仮面美女を
(はて……あの顔はどこかでみたことがあるような)
「あちらは私達が日頃お世話になっている先生よ。でもちょっと気難しい方なのよね」
「先生ですか」
誰だったか思い出そうと見ているとくノ一さんが何かの先生だと教えてくれる。胸にはきらりと光る金色のバッチがつけられているが、それだけでは政治家、弁護士、闇の組織などいろいろあるので特定はできない。
その男はホールの中を大股で歩いていき大きなソファーへ乱暴に腰を下ろすと「おい、もっとネーちゃんを呼べ」と神経質な声を出す。
すぐに奥から仮面をしたドレス姿の女性が数人出てきて接待に入るが、今度はその女性達の肩に遠慮なく手を回して引き寄せ、酒を注げと騒ぎ始めたではないか。うらやま……けしからんっ。
しかし接待する側の女性たちは嫌そうなそぶりを一切見せず「大臣様」と笑顔でもてなして酒を注いでいる。大臣様ね……まさか日本の大臣じゃなかろうな。そういえば御神家も軍の大臣経験者だったからその繋がりかもしれない。
この世界の日本は戦前のものに近い政治体制を敷いており、国防に対しても自衛だけしていればいいという認識ではない。大臣の名称も防衛大臣ではなく陸軍大臣、海軍大臣とかいう名前になっている。その2つの大臣の中で“くノ一レッド”と繋がりがあるとすれば冒険者ギルドを管轄している陸軍大臣だろうか。だがそんな偉い人と一緒の場所で呑気に飯など食っていていいものなのか不安になるな……
「ほらほらぁ。美味しい料理はまだまだあるんだから遠慮しないで食べてね」
「成海君。はい、あーん」
そんな心配をよそに、くノ一さんとキララちゃんが手に持った肉料理を押し込んでくるので口を開けて食らいつく。噛むとジューシーな肉汁がじゅわりと溢れ出し、後からスパイシーな味付けが効いてくる。これだけのものが食える機会は滅多にないのだから今は深くは考えず食うことに集中するか。
ベルトを何度も緩めながらもっちゃもっちゃと口を動かしていると、再び入り口にウェイトレスと執事が集まりだした。また客人だろうか。
ドアが開かれ、次にそこに立っていたのは薄縞の高級スーツを着た、30代くらいの白人の男。ポケットに手を突っ込み前を睨みながら不遜な態度で入ってくる。だが眼光は鋭く、明らかに堅気ではない空気を
(ん? あいつは確か……)
「あちらは私達と長らく交流をしていた海外の
「んぐんぐ……なるほど」
とある組織ね。だがあの顔は知っている。東欧に冒険者達が集まって作った神聖帝国という国があるのだが、そこの要職についているヤバイ奴だ。ゲームでは終盤に登場するボスキャラ的な存在であるにもかかわらず、この時点から来日していたとは。いったい何の用事で来ているのか気になるな。子飼いの部下達も入国してきているはずだけど、この場にはあいつの姿しか見えない。
(これはさすがに楽しまなきゃ損とかいう段階ではなくなってきたか?)
今後ストーリーに沿って順調に進んでいけば、赤城君達と殺し合いが発生しかねない相手でもある。そんな奴と同じ空間で飯を食うというのは精神的によろしくない。くノ一レッドも長らく交流していたというくらいなので神聖帝国の要人だと承知で招待しているのだろうが、アイツの危険性まで正確に把握しているのかはなはだ疑問だ。
「あの~凄そうな方達を呼んでいるみたいですけど、俺なんかがここにいて大丈夫なんですかね」
「今日は3人の
「……俺が主賓? それまたどうして」
一国の大臣と冒険者大国の要人を差し置いて一般庶民の俺を主賓にするとかありえないだろ……いや、ありえなくもないがそこまで俺の情報を掴んでいるとは思えない。最初は《フェイク》絡みでどこの組織の者か探りを入れるだけかと思っていたけど、他に何か重要な情報でも掴んだのだろうか。
それとなく聞いてみると、クランパーティーに誰を呼ぶかどうかの判断はリーダーである
「あの……ところで成海君。何だか体が横に大きくなっているような……」
「ほんとだわ。不思議な体してるのねぇ」
柳眉を寄せながら「最初に見た時くらいまで膨らんでいますわよ」と言うキララちゃんに、珍獣を見る目つきで俺を見てくるくノ一さん。そういえば腹が苦しいからベルトを何度も緩めていたけど、腹だけじゃなくてなんかこう……全体的に膨らんでいる気がする。今の俺の体どうなってんだ。
鏡を見たいような見たくないような、そんな複雑な心境に駆られながら次なる皿に手を伸ばしていると、ステージのような場所にスポットライトが当たり、閉じられていたカーテンがゆっくりと上方向に動き始めた。
「叔母様の登場ですわっ」
カーテンが上がるとそこには弦楽器やサックスをもった奏者達が並んでおり、ジャズっぽい軽快な音楽が奏でられる。それと同時に真っ赤なドレスを着た女性――御神遥が満面の笑みで登場し、執事や仮面の美女達から拍手で迎え入れられる。
『ようこそいらっしゃいました。お三方にはたくさんの催し物を用意しておりますので、今夜はどうぞ楽しんでいってください』
暗めの赤い髪をアップに編み込み、紫紺のドレスの上から大きな宝石の付いたイヤリングやネックレスなどで着飾っている。目鼻は非常にくっきりしており、その美貌はテレビで見たときよりも輝いている。
御神がアイコンタクトで合図を取ると光量が少し落とされ、ピアノによるゆっくりとした曲調の前奏が始まる。やがて小気味のよいドラムのベースと共にしっとりとした甘い声で歌いだした。
「この歌声を生で聞くことができるのは本当に限られた人だけですのよ」
隣で目を潤ませながら聞き惚れているキララちゃん。ジャズにはあまり詳しくないけど、それでも抜群の歌唱力だというのは分かる。高音から低音まで透き通るような声質がとても心地良い。こういった曲は酒をちみちみ飲みながら聞きたいものだけど、この身は未成年なので我慢するしかない。
歌が終わるとスタッフ執事総出で大きな拍手が沸き起こり、キララちゃんも立ち上がって興奮気味に熱烈な拍手している。確かにこれほどの歌唱力なら拍手の1つもしたくなるってもんだ。ブラボー。
『それでは銘酒と料理、名うての奏者が奏でる音楽を引き続きお楽しみください。私は一人ひとり挨拶を兼ねてお話させていただきたく存じます』
御神は軽く一礼してステージから降り、最初に向かったのはあのでっぷりした――大臣がいるテーブルだ。まるで入学前のブタオのようなニヤニヤしたいやらしい目つきを向けているけど、御神は笑顔を崩さず面白そうにコロコロと笑っている。調子に乗って肩に手を回そうとする大臣だが、その手をするりと躱して酒を注ぐ。御神はこういった対応にかなり手慣れているように見える。
だが一番大事に扱うと思っていた大臣には1~2分しか話をせず「もうお帰りです」といって退散させてしまう。「ワシはまだ楽しむんだっ」とか言って椅子にしがみついて抵抗するものの、黒服の執事が出てきて羽交い締めにし、ホールの外に連れ去ってしまった……見た限りでは何らかの交渉が決裂したようだ。
次に向かったのはつまらなそうに飲み物を飲んでいる白人の男がいるテーブル。簡単な挨拶を交わした後、男の方は不機嫌そうに顔を歪めて足を机の上に乗せ、横柄な態度で話し始めた。対して御神はそんな態度は一向に気にしないと言うかのようにコロコロと笑っている。本当に同じ話題をしているのか疑いたくなる光景だ。
何を話しているのか聞き耳を立てようとしていたところ、くノ一さんが冒険者学校のことを聞きたいようであれこれと質問してくる。
「成海君はこの子と同じ学校に通っているそうだけど、やっぱり成績は優秀なの?」
「え? いえ。俺のクラスはEクラスといって……」
「はい。クラス対抗戦でも大暴れしていたようですわ。わたくし見ましたもの」
聞けば俺のおかげでEクラスはDクラスに打ち勝ち4位となり、結果発表の会場にいた1年生全員がどよめいていたという。確かに20階までついて行って到達深度の点数を取れたのは大きいが、貴族の護衛が全てモンスターを排除してくれたので俺の実力ではない――と言ったところで聞く耳を持ってくれない。
「初めて会ったときの動きを見た限りだとレベル20くらいに見えたから、20階まで行けたとしても不思議じゃないわね」
「そのようですわ。そんな逸材がどうしてEクラススタートなのか不思議でなりません……学校の上層部は何を見ていたのでしょう」
くノ一さんには冒険者階級の昇級試験を受けたとき、クソ試験官をぶん殴るところを見られていたんだっけか。あれくらいの相手を圧倒するならレベル20くらい必要だとみたのだろう。あながち間違いではないが……
「そういえば、あなた。シーフ部に強力な新人が欲しいと言ってたじゃない。成海君は誘ったの?」
「まだですわ……成海君は入部する気はありまして?」
「俺は帰宅部で――」
ドンッ! ガシャン!
大きな物音が聞こえたので見てみれば、テーブルがあらぬ方向にひっくり返っていた。机の上に乗っていたグラスや皿が割れ、料理があちこちに散らかっている。あの白人の男が蹴り上げたようだ。その際に飲み物が御神のドレスに少しかかったようでウェイトレスが慌てたように布巾を持って駆け寄っている。
「なっ……叔母様――」
「待ちなさい」
キララちゃんは殺気を放ち駆けつけようとしたものの、瞬時にくノ一さんが肩を押さえて制止させる。だが周囲にいた執事や仮面美女達は殺気を抑えきれておらず、中にはスカートの中から武器を取り出そうとしたウェイトレスさんまでいた。
(白……ただのウェイトレスさんじゃないのか)
仮面をせず素顔のまま料理やドリンクを運んだりしていたので普通のウェイトレスかと思いきや、あの女の子も立派なくノ一レッドメンバーのようだ。ちらりと見えた白く輝くシークレットエリアを脳裏に留めておきながら、辺りを見渡して状況を確認する。
(戦闘には……ならなそうだな)
一部の者が取り乱した以外、非常に統制がとれているようだ。先ほどのウェイトレスもすぐに武器をしまって笑顔で業務をこなしている。戦闘が始まるかもしれないと思ってオラは少し焦ったぞ……というのも、あの男に喧嘩を売ることは浅はかな行為であるからだ。
冒険者大国と言われ、ヨーロッパの並み居る国家群を一国で抑え込んでいる神聖帝国。その中でも十指に入る実力者で、伊達に
ただ……アイツは残虐ではあるが冷徹で計算高く、無暗に怒気を放つような男ではない。にもかかわらずあれほど怒りを隠さなかったのは、御神の方から何か挑発的な話題を振った可能性も考えられるな。
「申し訳ございません。すぐに代わりの料理をお持ちしますので少々お待ちください」
「――ッ、――!」
やけに落ち着いている御神が新たな料理を持ってくるよう指示を出そうとするが、男は何かを吐き捨てるように呟いてこの場から立ち去ろうとする。周りの執事達はそれを止めもせず頭を下げるばかり。また交渉事が決裂したのだろうか。
残された御神は肩をすくめた後に最後の客である俺のほうに振り返り、微笑みながら優雅に近づいてくる。
目の前まで来ると軽く会釈して対面の椅子にゆっくりと腰を掛ける。近くで見ると恐ろしいほどの端麗な顔立ちと容姿をしているのが分かる。その細い手で2回軽くパンパンと叩くと、ステージの上の奏者が心地良い音を奏で、執事がおつまみとドリンクを用意してくれる。
「先ほどはお見苦しいところをお見せしてしまいました。初めまして成海颯太様。私は御神家当主、
深く丁寧に頭を下げて自己紹介する御神。伯爵位を持つ高位貴族が庶民に頭を下げるなど考えもしなかったことなので驚いてしまう――と同時に警戒感も高まる。
何故ここまで礼を尽くすのか。神聖帝国の男、なんちゃら大臣、そして俺。共通点があるとは思えないこの三人を、ただもてなすためだけにこの場に呼んだのではないだろう。それが証拠に二人はすでに退散し、残りは俺一人となっている。だけどいったい何を聞きたいのか、あるいは交渉したいのかさっぱり見当がつかない。
まぁそれも話してみれば分かることだ。
「これはご丁寧に。冒険者高校1年Eクラスの成海颯太です」
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