第105話 見慣れた姿

「いやいや……こんなことってあるのか?」


 昨晩のクランパーティーでは御神みかみの出方をうかがうことだけでも大変なのに、金蘭会や執事の対処など考えることが多く気疲れし、ヘトヘト。そのため帰ってきてすぐにベッドへダイブし気絶するように寝てしまった。翌朝起きて鏡を見てみれば……見慣れた・・・・姿が映っていた。

 

 クランパーティーに行く直前の俺は顎や腰回りの贅肉なんてものは無くなっており、腹筋も割れて細マッチョと言えるほどスリムになっていた……はず。だけど鏡の向こうにいる俺は見事な贅肉が復活している。この太り具合からして、ざっと20kg近くは増えているのではなかろうか。


 普通の人ならどれだけ食ったところで1日にせいぜい数kg増える程度だろう。にもかかわらずどうしてここまで太ったのかを考えてみれば、俺には《大食漢》という厄介なスキルがあることを思い出す。過剰なカロリー摂取をした場合に強制的に脂肪へ変換するという副次的効果があるのかもしれない。

 

「……いや。もしかしたら痩せたこと自体が俺の妄想だったという線もあるな」

 

 日頃からダイエットに励んでいたものの、食べすぎたり死闘をするたびにこれほど体重が増減するほうがおかしい。全ては妄想だった、そう言われたほうが納得できるものはある。いずれにせよ、今の俺が太っていることには変わりないのだから気を取り直してダイエットを続けていくしかない……はぁ。

 

 

 やや鬱モードになりながら居間に戻って歯を磨いていると、机の上に置いてあった腕端末が鳴る。画面をタップし映像モードにすると、にんまりと笑みを浮かべた華乃かのとお袋の顔が映しだされる。後ろの薄暗く物寂しい風景から察するに、ブラッディ・バロンのでる“亡者の宴”からの通信のようだ。

 

『おにぃー! ママとパパがレベル17になったよー! これで次の狩場にいけるかなっ』

『颯太~【ウィザード】になれたわよー。燃え上がる炎よ、来たれ! ふぁいやー……ぼーーるッ!』


 お袋が手に人の頭ほどの大きさの火の玉《ファイアボール》を浮かべ、それを数十m先にポップしたコープスウォーリアに向けて勢いよく射出する。足元に着弾するとドンッという低い音と共に砂煙が舞い上がり、数mほどのクレーターが出来上がる。コープスウォーリアは10mほど吹き飛んだところで魔石となった。

 

 あのクラスの魔法が当たればモンスターレベル16くらいの相手なら一撃で仕留める威力があるようだ。もっとも、クールタイムが長く一発撃ったら10分は再使用できないので使いどころが難しい技でもあるが。


 そしてカメラがくるりと回り、別方向になる。奥の方には全身金属の重装備を着用した冒険者が大剣を持って走り回っている姿が見えた。ヘルムを被っているので顔は分からないが親父だ。俺がこちらの世界に来た頃は腰が痛いとか言っていたのに、今では自分の体重を超える重量の鎧を着つつ、大剣を振り回しながらあれ程の力強い走りができるようになっている。肉体強化は偉大である。


 両親のレベルアップ具合を映して興奮気味だった華乃は、何を思ったのか急にこちらをじっと見てドアップの顔になる。

 

『ちょっと待って。おにぃ、また太った?』

『そう? 前と変わらないように見えるわよ』

『昨日はすっごい痩せてたのっ! ほらこれ見て写真』


 華乃が昨晩撮った俺の写真をお袋に見せ、ワイのワイのと騒ぎ始めた。やはり昨日の俺が痩せていたのは気のせいではなかったようだ。もう無茶食いは止めようと心に誓いながら話を進める。

 

「前々から決めていた通り、新しい狩場に行くとするか」

『やったー! ゲートのところで待ってるねーっ』

『パパ~颯太が新しい狩場に連れてってくれるって。準備するわよー』

 

 無駄に元気な妹とお袋の顔を眺めつつ通信を切る。俺がクラス対抗戦で動けない間も親父とお袋のレベルアップは順調だったみたいで何よりだ。それでは俺も準備をして合流するとしよう。

 

 

 

 *・・*・・*・・*・・*・・*

 

 

 

 玄関を出て鍵を閉めていると、道路を挟んで向かいの家――つまりカヲルの家――から赤城君、立木君、ピンクちゃん、カヲルの四人が黒っぽい魔狼の防具を着て出てきた。いつもお馴染みの主人公パーティーだ。

 

「おや? おはよう!」

「……お、おう。おはよう」


 俺に気づいた赤城君が急接近して挨拶してきたので、後ずさりながら挨拶を返す。ずいぶんと晴れやかな笑顔をしている。Dクラスの刈谷かりやに負けた後くらいから闇落ちしたかのように影が差した彼であったが、再び明るい笑顔を取り戻している。まるで入学時点のときのようだ。クラスにとって良い傾向ではあるかもしれないが、ゲームでこの状態になるのはもっと後だったので気にはなるな……クラス対抗戦で何かあったのだろうか。

 

 その後ろでは目を丸くしたカヲルが「また太ってるけど何故なの」と言って驚いている。何故なのか、それは俺が聞きたいくらいなのだが“食い過ぎたから”としか言いようがない。しかしクラス対抗戦が終わって次の日も、こうして四人で集まって狩りに行くとは感心だね。


「いや違うよ。今日は練習に行くんだ。良かったらキミも一緒に行くかい?」


 狩りと思いきや練習とな。しかし空気を読まず嫌われ悪役のブタオを誘おうとするところはゲームと変わらない。これが勇者の素質ってやつなのだろうか。だが後ろではギョッとした顔でピンクちゃんが小さく首を横に振って拒否反応を示している。この小動物っぽい仕草は何だか癒されるね。一方のカヲルは、軽く顎に手を当て何かを考えるような仕草をしたあとに――

 

「……そうね。たまには一緒に行くのもいいと思う」


 とか言い出した。てっきり断るのかと思っていたら赤城君に同意するとは何か変なものでも食ったのだろうか。その真意を探りたいところではあるものの、立木君が即座に反対へ回る。

 

「今日は大宮が、俺達のレベルに合わせたレクチャーをしてくれると言っていた。なのにレベルが合わない者を混ぜたら困らせてしまうんじゃないか?」

「……(コクコク)」


 立木君が懸念を示すと、その通りだと言うように高速で頷くピンクちゃん。そういえば赤城君達はゲートが使えないせいでレベルアップが上手く行えておらず、手助けしたいとサツキが言ってたことがあった。リサもサポートするようだし俺はいなくても問題はなかろう。

 

 それに一応俺は空気が読める男なのである。わざわざ仲の良い主人公パーティーに割り込むなんてマネはしない。そも今日は家族と一緒に狩りをする先約があるので断るしかないのだ。

 

「ちょっと用事があるから遠慮しておくよ。でも誘ってくれてありがとう」

「そっかぁ。でもオレは、キミが実は凄い人なんじゃないかって思ってるんだ。今度一緒に狩りをしてみたいから、よかったら考えておいてくれないかな。よろしくね」

「……それはどういう意味?」

 

 「実は凄い人」とはいったいどういう意味なのか、横で聞いていたカヲルが怪訝けげんな表情で食いつく。赤城君によれば、クラス対抗戦の到達深度で俺がダンジョン20階まで行けたのは、Eクラスを絶対に勝たせたいという強い覚悟があったに他ならない。そうでなければ格上モンスターが蔓延はびこるアンデッド地帯に足を踏み入れることすら難しい、そう考えたそうな。

 

「ふむ。確かにユウマの言うことも一理あるな。それなら今度よろしく頼む」


 立木君も何か思うことがあったのか軽く頭を下げながら今度一緒に行こうと誘ってくれる。実際には荷物持ちを断り切れず、ずるずるとついて行っただけなのに……人を悪く疑おうとしないイケメンならではの考えに心苦しくなるね。

 

 だけど立木君については普段からクラスのために尽力してくれている人なので、俺としても何かしてあげたいとは思っている。とりあえず今日はサツキに応援メッセージでも投げておくとしよう。

 

「それじゃオレ達は行くよ。またね、えーと……」

成海なるみだ、ユウマ」

「成海君、またね」

 

 そう言って主人公パーティーは行ってしまった。よく気が利いて誰にでも優しく接するので人気の高い赤城君だけど、どうやら俺の名前は憶えていないらしい。まぁ所詮はモブキャラだしな。仕方がないか。



 

  *・・*・・*・・*・・*・・*


 

 

 足を忍ばせながら学校地下1階の薄暗い教室前まで来る。顔だけ出してそっと中を覗くと、灯りの魔道具と手入れ用具を並べてダガーをみがいているローブ姿の少女がいた。でも一人だけしかいない。

 

「華乃。親父とお袋はどうした」

「あ、おにぃ。パパとママは10階で買い物中……でももう戻ってきたみたい」


 二人がどこにいるのか聞いていると後ろにあるゲートの紋様が紫色に光りだし、中から全身金属鎧フルプレートアーマーを着た男が大きな革袋を背負ってサンタのように現れた。こちらに気づくとフェイスマスクをクイッと上げて笑顔を見せる。

 

「来たか颯太。たんまり持って来たぞ」


 全身をミスリル合金製の防具で固めている親父。買えば総額一千万円はくだらない装備であるものの、材料は全て自前で揃えたので加工賃として200万円ほどで一式を揃えられた。昔からフルプレートアーマーに憧れがあったらしく、揃えたときは抱いて寝ていたほどだ。

 

 続いてゲートから出てきたのはお袋だ。牛魔というミノタウロス系モンスターの皮でできた赤茶けた色の軽鎧を着ている。ほとんどの金属武具は魔力の通りを悪くするため、魔法使いとの相性が悪い。そのため魔法使いは基本的に布か皮製品を使用するのだが、お袋もそれに倣っている。

 

 その二人は背負っていた革袋をよいしょと降ろす。重量的にはそれぞれ100kgくらいあるだろうか。その近くにいた華乃は鼻を摘まんで眉をひそめる。

 

「臭っ……やっぱりそれ臭い~」


 革袋からは酸っぱいようなアンモニア臭が広がってくる。中にはアンデッド系モンスターが落とす“腐肉”がたくさん詰まっているからだ。今まではドロップしても大した額で売れるわけでもなく使い道もなかったので拾わず放置していたが、今日はこれがたくさん必要になるので集めておいてくれと連絡しておいたのだ。


「数百個はあるけど……こんなに集めてどうする気なのー」

「これでモンスターを釣るんだよ。通称、ミミズ狩りだ」

「ミミズ? そんなのを釣るのぉ?」


 これから向かうは21階のDLC拡張エリア。サバンナのように背の低い木がまばらに生えたフィールドMAPだ。クラス対抗戦で20階の魔力登録できたので21階に行くだけならすぐである。狩りのやり方とモンスターの説明は現地でしたほうがいいだろう。


「それじゃゲートを開くから入ってくれ」

「20階って悪魔城って言われてる建物内よね。写真では見たことあるけど楽しみだわ」

「そうだな。一流の冒険者しか辿たどり着けない場所らしい。ついに行けるときが来たか」

 

 そわそわしながら言うお袋と、感慨深げに言う親父。だがまだこんなレベルで満足してもらっては困る。20階前後のモンスターなんて鼻唄交じりにワンパンで仕留められるくらい強くなってもらわないと困るのだ。

 

 幾何学的な紋様が彫られた壁に手を置いてゆっくりと魔力を流す。するとすぐに紋様の溝にそって紫色の光が走り、低い周波数の音と共にゲートが開く。

 

「初めての20階、一番乗りいただきっ」

「パパそっち持ってね」

「分かった。よーし頑張るぞー!」


 華乃が意気揚々と真っ先に飛び込み、続いてお袋と親父が革袋を背負って入っていく。今回の狩りは簡単なので気楽に行くとしよう。ということで俺も入るとしよう。

 

 

 

「真っ暗。灯りを点けるねっ」


 華乃がポケットから小型のランタンのような魔道具を取り出して魔力を流すと、電球色の光が辺りを照らす。

 

 このゲート部屋は先ほどの教室と同じくらいの広さはあるものの、全面が大きな石のタイルに覆われているせいで遺跡の中にいるような閉塞感を感じる。しかしそんな場所でも家族はキョロキョロして興味深そうに周囲を見ている。


「ここを真っ直ぐ進んでも21階に行けるけど、左の狭い通路から梯子を上っていくのが近道だ。とりあえず20階のMAPデータを共有して……ん? 何か聞こえるな」


 説明していると遠くから何者かの歌声が聞こえてきた。声変わり前の少年のようなハスキーで高めの声。しかもこのメロディーは……ダンエクのオープニングテーマじゃないか。あれから数日経っているけど、いったい何をしているのやら。

 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る