第95話 魔人の制約

「それでボクさぁ“外”に出たいんだけど。どうすればいいのか教えてくれないかな」


 天摩さんと久我さん俺の3人でレッサーデーモンとの激闘を制し、やっと終わりが見えたその時、魔人が現れた。


 まだ幼さの残る柔和な顔立ちに相反する、狂気に満ちた赤い瞳。俺の記憶にある大人しそうな魔人の面影からは随分とかけ離れている。その上、俺達のことまで知っていたとなれば、これはもうプレイヤーの可能性を疑わざるを得ない。

 

 以前にリサと真夜中の公園で話し合いをしたときに、プレイヤーがEクラスの生徒だけでなく、にも入り込んでいる可能性を想定したことはあったけど……まさか魔人とは。少々チート過ぎる気もするが。

 

「ねぇ。黙ってないで教えてよ」

「……あなたは何者。さっき使ったスキルは何」

「関係ない質問はダメー。質問してるのはボクなんだよ。はい、減点1ね」


 久我さんが最初の声掛けのときとは打って変わって距離を取り、警戒しながら質問する。素性と、レッサーデーモンにトドメを刺したスキルは何なのか聞きたいようだ。一方の魔人は無邪気な笑顔で「3点減点したらオシオキしちゃうからね」と言い返しをしてくるが、目がよどんでおり、まともな状態ではないように思える。そう、あの目だ。

 

 何というか人を殺しかねない危うい精神状態に見える目。もしかしたら俺の《大食漢》やリサの《発情期》のように、プレイヤーの固有スキルが精神に負荷をかけているのかもしれない。もしくは魔人という特異な身体に入り込んだ副反応、という線もあるか。魔人は見た目こそ人間と同じようだが、肉体能力や魔力特性、精神構造が人と大きく異なっていると聞いたことがある。

 

 とにかく、こんな奴の近くにいつまでもいるのは危険だ。ここは俺が率先して答え、早めに開放してもらったほうがいいだろう。

 

 この魔人は“外”に出たいと言っていた。ダンジョンの外に出たいという意味なら、普通に《ゲート》を使ったり、歩いて出て行けばいいだけではないのか。


「外というのはダンジョンの外という意味だよな。どうして普通に出て行くことができないんだ」

「えーとね。《イジェクト》は何度やっても使えなかったし、帰還石も《ゲート》もダメ。歩いて出ようとすると迷ったり、体が疲れたり、それでも無理やり行こうとすると元いた位置まで勝手に飛ばされちゃうんだ」


 脱出魔法《イジェクト》や脱出アイテムはあらかた試したけど全て駄目。移動も何らかの力で阻害または封じられている。途方に暮れていたところ、たまたま悪魔のか細い悲鳴が聞こえたのでその方向に飛んでみたら奇跡的にここまで来れたという。魔人は悪魔の魂と共鳴でもしているのだろうか。

 

「ボクがこの世界にきたときから毎日ずっと、ずーっと出ようと頑張ってきたけど……やっと掴んだチャンスなんだ。だから、出られると分かるまで誰も帰さないからね。《ディメンジョン・アイソレータ》」


 拳を突き上げて空を強く掴むようにスキルを放つ。すると広間全体から軋む音が鳴り、直後に幾何学的に歪みだす。突然のスキル発動に、天摩さんが驚いて辺りをしきりに見回している。

 

『な、何したのー。目がチカチカするんだけど』

「この一帯の空間を閉じたのさ。帰還石で逃げられないようにね」

『ええっ、そんなことできるの?』


 レッサーデーモンとの戦闘時に自動でこの広間の出入口を封鎖されたが、あれと似たようなスキルだ。だが今この魔人が使ったのは帰還石や脱出魔法をも封じる高位の空間封印スキル。主に深層の特殊ボスモンスターが使ってくるのだが、プレイヤーでも覚えられるものなのか。


「でも……あなたが出られる手段なんて知るわけない」

「じゃあ分かるまで出さないよ。考えて」


 この部屋に閉じ込められることが問答無用で決定され、不服の表情を露わにする久我さん。脱出方法を考えろと言われても、この魔人だってプレイヤーなのだからゲーム知識を併用して模索していたはず。それにもかかわらず答えがでないというなら誰にも……いや、なら知っている可能性もあるのか?

 

 確か、以前にブラッディー・バロン討伐クエストを受けたときに、オババが「店から自由に離れられない」と言っていたことがあった。だから“アレ”の収集を冒険者主に俺にクエスト発注していたわけだが、もしかしたらこの魔人と同じ状況になっていた可能性もある。

 

「他のお仲間には聞いてみたのか? それは魔人の特性かもしれないぞ」

『魔人?』

「今までどこにも行けなかったから、他の魔人とは会ったことも話したこともないよ……でも良い案かもしれないね。ボクは動けないから、とりあえず呼ぶか聞くかしてきてよ」


 呼ぶのは無理だが、フルフルに聞いてくるくらいならできるかもしれない。でもその前にここから出してもらわないと。

 

「じゃあ一応封鎖は解くけど、逃げてしまわないように……人質として“お前”を氷漬けにしておこうかな。カッチカチーン! 《氷結牢獄クライオニクス・プリズン》」

「何を……」

『あぶない成海クンっ!』


 魔人が俺の方に手の平を向けてスキルを使おうとしてきやがった。それを見た天摩さんが、とっさに身体を入れて庇ってくれたのだが、代わりに《氷結牢獄》を受け一瞬で氷に覆われてしまった。


「あぁっ!? なんでブタオなんかをかばうのさっ!」


 先ほど使ってきたのは魔法系上級職が使う行動阻害魔法。ただの氷ではないので《怪力》を使ったとしても脱出は不可能だろう。解除しようにも俺では無理。だが今すぐに命の危機というわけではないはずだ。

 

「まぁいいや。でも早く行って来ないとこの娘は凍えて死んじゃうかもよ? 急いでね……おっと」

「全てのスキルを解除しなさい。さもなければ……」


 このまま魔人のいう通りにしても良い未来が見えなかったのだろう、気配を殺した久我さんが背後に回り込み、魔人の首元にナイフをあてがってスキル解除を要求する。だがその脅しは微塵も効いていない。それどころか逆効果だ。


「無駄だよ。そんな物ではボクに傷一つ付けられやしない。でもオシオキはやっぱり必要かな?」


 その返答を聞くや否やナイフに力を入れて押し込もうとする――が、首元の刃を見えない速さで摘ままれ、それだけで押し下げられてしまう。圧倒的なSTR膂力の差を実感した久我さんはナイフを手放して距離を取ると、メインウェポンである短刀を引き抜いて構える。

 

 恐らく《鑑定》を使ってレベル差を確認し、勝機があると考えて仕掛けたのだろう。だがレベル差が大きくなると鑑定結果は誤差が大きくなり、さらにはデタラメな数値表示になってしまう。

 

 今までこれほどのレベルの相手と出会ったことがないのだから仕方がないとも言えるが……だとしてもあの魔人をいたずらに刺激するのはまずい。精神状態が悪いだけでなく、俺達の命を何とも思っていない節がある。

 

「とりあえず……」

「待て! 落ち着け!」


 狂気の色に染まった目を見開き、久我さんに向かって手を伸ばして何かを掴もうとする。あの魔法は嫌な予感がする……絶対に止めなければ。急ぎ剣を抜いて斬りかかるが、見もせずに片手で刃を摘まれてしまう。

 

「琴音ちゃんは~死刑……《デス》! なんちって」

「……あっ……」


 魔人がを握り潰す。それだけで彼女は糸が切れたように崩れ落ち――ピクリとも動かなくなってしまった。


「どう今の。面白かった?」

「テメェ!! 今何をしやがっ……ぐぁっ」

 

 全力で殴りにかかるが、その腕を掴まれ殴り飛ばされる。視界がぐるぐると回り、気絶するほど右腕が熱い。というか痛ってぇ! 見れば腕がおかしな方向にねじ曲がっている。


 あの一瞬で壁までぶっ飛ばされたのか。何が起こったのか見えなかった。魔人はつまらない物を見るかのように俺に視線を投げかける。

 

「ブタオごときがボクに勝てるわけないでしょ。次に歯向かってきたら、その首を引っこ抜いちゃうよ」

「はぁ……はぁ……あ゛あ゛あぁぁっくっつけぇ! 《中回復》!」

 

 気絶しそうなほどの痛みに耐えながら、折れ曲がった腕に向けて回復魔法を唱える。確かこうすれば折れた骨もくっついたはずだ……手先は問題なく動いたので神経と骨の接続は成功したはずだが、痛みと腫れはあまり引いていない。千切れた皮膚から血もじんわりと流れ続けている。けど、ひとまずはこれでいい。

 

「うわっ。そのやり方、凄いね。だけどやっぱり……ボクの知っているブタオとは違うように見えるなぁ。成海颯太だよね? 思っていたより何だか痩せてるし」


 顎に手を当て「あのセクハラ男がこんな階層に来れたっけ」と頭から爪先までいぶかしみながらじろじろと観察し、オマケに《鑑定》までしてくる。俺はと言えば脂汗流しながら痛みが引くのを待つことしかできない。それでも、現状を打破するために必死に息を整えて考えを巡らす。

 

(三人で……力を合わせて悪魔を倒し、仲良く大団円で戻ろうとしていたというのに……)

 

 ピクリとも動かない久我さんを見る。裏協定を結び、これからは静かに学校生活を送れると思っていたのに……胸がはち切れそうだ。一方、心優しき親友の天摩さんは俺を庇ったせいで氷漬けになってしまった。あのまま体温を奪われ続ければ、どこまで体力が持つか分からない。早く手を打たねば……

 

 素直にフルフルに聞きに行くことが最善なのか。のこのこと聞きに行ったとして、天摩さんを解放してくれる保証はあるのか。そも、邪魔だからと久我さんをさせたコイツは約束を守るような奴なのか。

 

 やはりこの世界を生きる人々にとってプレイヤーは危険だな。なまじ力と知識があるせいで想定外のことばかりしてきやがる。この魔人が外に出たとしても、何もせず平穏に過ごしていくとは思えない。なら――

 

(あぁ……そうか)

 

 コイツをぶっ殺せば解決するかもしれないな。空間封印スキルも氷結魔法も、コイツが死ねば問答無用で解除される。久我さんだって時間もそれほど経っていないので蘇生は高確率で成功するはずだ。急ぎ戻り、世良さんに相談すれば【聖女】に頼んで貰えるかもしれない。

 

 記憶通りなら、この魔人のレベルは30後半だったろうか。途方もないレベル差のように思えるけど、ここで諦めるくらいなら死んだほうがマシだ。当然、無駄死になんてしないし何としても勝つつもりだが……このレベル相手に長期戦なんてできるわけがないので、一撃で確実に仕留める作戦を立てなければならない。

 

 そのためには今の俺にできる最高のバフをてんこ盛りにしてスキルを放つ必要があるが、目の前でそんな悠長にバフスキルを重ね掛けしていたら確実に殺されてしまうだろう。ならばどうするか。

 

「ねぇねぇ。NPCの分際でボクを無視するとか何なのさ」


 やれやれと言う口調であるが、俺を見る目には多量の殺気が混じっている。次に無視したら殺すとの警告なのだろう。


「俺は……成海颯太だ。すぐにゲートを使ってオババのところに行ってこよう」

「んー? やけに素直になったね。でもフロアゲート(※1)で行ったら戻ってこられないと思うから、ボクがこの場に《ゲート》を作って開きっぱなしにしてあげるよ」

「あぁ、助かる。すぐに帰ってくる」




 目の前で作られたゲートに魔力を通して潜り抜けると、一瞬で視界が書き換わりオババの店前広場へと転移が完了する。今にも砕け散りそうな精神力を総動員し、即座に《サタナキアの幹細胞》の魔法陣を描き上げ、そして発動。強烈なHPリジェネ効果により雑に繋がっていた右腕が血煙をあげて瞬く間に修復される。

 

「ハァ……このレベルでもまだ負荷は高いな……だが十分許容範囲内だ」


 立ち眩みのような症状に耐えながら震える手でミスリルの小手とファルシオンを装着し、次に俺の使える中で最強のバフスキル《オーバードライブ》の魔法陣を描く準備に移る。これを使うのも、あの骨野郎のとき以来だ。


「待っててくれ天摩さん、久我さん……すぐに、助けに行くから」






(※1)フロアゲート

ダンジョンのエリア内に設置されているゲートのこと。1階以外の特定の階層に飛ぶには事前にその階での魔力登録が必要となる。スキルで覚えられる《ゲート》と区別するときに使われる言葉。

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