第93話 真なる勇者の力
――早瀬カヲル視点――
目にもとまらぬ速度でパンチが放たれ、そのたびに空気が弾けるように震える。あれだけの《オーラ》を放つ加賀を、まるでピンポン玉のように殴り飛ばし壁際まで追い込むとは。小柄な体躯からは想像もできないほどのスピードとパワーに、この場にいる誰もが目を丸くして言葉を発せずにいた。
(これほどだなんて……一体どれだけの実力を隠していたというの)
オークロードを含む巨大トレインを1分で沈めたそのときよりも、さらに速く力強い。地味な見た目と実力とのギャップが彼女を一層底知れないものとしている。
それでも流石は金蘭会のメンバーだ。速度で負けていても加賀はしっかりとガードを成功させて間合いを取り、仕切りなおした。そんな十秒にも満たない格闘戦の最中、お面の冒険者の正体に心当たりがあるという。
「フェイカーだから“くノ一レッド”傘下のどこかだと疑っていたが、まさか“
(
それを聞いてクラスメイト達もどよめき出す。
秘密結社、
私はそんな組織が存在していることに懐疑的……いえ、全く信じていなかったけど、加賀は確信しているようだ。素手で戦うという決闘ルールを無視して後ろに置いてあった派手な装飾が施された大剣を持ち出し、魔力を通しながら鞘から引き抜こうとする。
(あれは、エンチャントウェポン!)
刀身が緑色に鈍く光っており、魔力の風が吹き込んでくる。エンチャントウェポンはとても珍しく高価で、第一線で活躍する冒険者でもそう簡単に手に入るものではないと聞く。あれにどんな効果が付与されているのか分からないけど、ソレルメンバー達の慌てた様子を見た限りでは相当に強力なもののようだ。
それを見たお面の冒険者も後ろに走っていって、小さな革袋から巨大な武器を取り出してきた。あの革袋がマジックバッグだということに驚きながらも、取り出された異色すぎる武器に二度驚く。
自身よりも重そうなハンマー型の武器を2本。しかも両方ともエンチャントウェポンのようだ。赤く光る方は恐らくファイアエンチャントだろう、有名なエンチャントなので知っているけど……もう一方はバチバチと紫電を
さすがにもう危険だ。あの二人が全力で戦うことになれば、この部屋に安全な場所などなくなってしまう。磨島君や周りにいるクラスメイト達も危険を察知し、慌てて避難し始める。
「怪物同士の戦いだ、ヤバイ! 逃げろォ!」
「ここにいては危ない。大宮、早く逃げるぞっ」
「でっ、でも」
これから始まるのはルール無用の命を懸けた死闘。見学するにしても、この部屋からは出たほうがいだろう。渋る大宮さんの手を引っ張って部屋の入り口まで一緒に避難する。
同じように避難したDクラスやソレル達もこの超一流の決闘に興味あるのか、狭い部屋の入り口にぎゅうぎゅうになって集まって見学しようとしている。
そのため「オイ押すなって」「ちょっとっ! どこ触ってるのっ!」といった具合に接触の混乱が起きるのは必然だ。私もお尻を触られた気がするけど、こんな非常時にそんなことをするとは思えないので気のせいということにしておく。
お面の冒険者が2本のハンマーをそれぞれの手に持ち、くるりと回して構えを取る。あれは二刀流というスタイルだ。それを見た加賀が怒気を放つけど、それはそうだろう。一般的に冒険者が使う二刀流は
二刀流スタイル自体は珍しいものではなく、宮本武蔵が開いた
冒険者最大の攻撃であり要でもあるウェポンスキル。それを二刀流の状態で放てばどうなるのかというと、利き腕しか発動せず、さらに威力は半減。スキルによっては発動すらしなくなってしまうという致命的な問題を抱えることになる。そうまでして二刀流スタイルを貫くメリットがないというのが冒険者の常識だ。
(それでも二刀流をやる理由があるというの?)
あのお面の冒険者が本当に
そんな思惑はお構いなしに、お面の冒険者がハンマーを軽々と振り回して魔力を通す。すると2本のハンマーが妙な物音を立てながら変形し光を放ち始めた。超一流の冒険者とは、こうも未知が多いものなのか。
数秒ほど睨み合い、両者がふらりと前傾姿勢になる。
(始まるっ!)
最初の一歩を踏み込んだと思ったら一瞬にして間合いが詰まり、直後にドゴンッと重い音が鳴り響く。その衝撃により飛ばされ土煙が円環状に巻き起こる。ハンマーと大剣がぶつかる音というよりは、武器に付与されたエンチャント同士がぶつかる音だろうか。
お面の冒険者はすぐにもう一方のハンマーも振り下ろして次々に連打を浴びせる。ハンマーが振るわれるたびに強烈な閃光が放たれ、恐るべき速度で撃ち込まれている。
まるで右手と左手のハンマーが独立して襲い掛かっているような、それでいて互いの隙を補完しているような奇妙なまでに完成された動き。自分の体重よりも重い武器をあんなに自由に振り回していたら、いくら膂力があったところで自身が振り回されてしまう……と思うのだけど何故かそうはなっていない。
(2本のハンマーを振るうタイミングで上手くバランスを取っているのかしら……でもどうやって。速すぎてよく見えない)
一方の加賀は、あの暴風のような連打を大剣で全て防ぎきっている。剣の傾きを変えて、あるいは一歩引いて。受ける衝撃も相当なはずなのに上手く勢いを殺し、一発も被弾せずにいる。やはり加賀の動体視力と戦闘経験は並ではないようだ。さすがは指定攻略クランのメンバーといったところか。
それでも押されて苦しい立場なのは変わらずだ。加賀は反撃のためにここでスキルを発動してきた。
「金蘭会を舐めんじゃねェぞ! 《フレイムアームズ》!!」
両腕に赤く燃えるようなエフェクトが巻き付く。
「弾けろォォ!! 《ぶった斬り》!!」
目の前の全てを切断するかのように途方もない速度で大剣が振り落とされる。前方数mに衝撃波が吹き荒れ、ズンッと低い地響きが響き渡った。あれをまともに受けてしまえば重装甲を着ていたとしても深刻なダメージは免れないだろう。だけどお面の冒険者はスキルモーションを見た時点でスキルの効果範囲から回避に移行していた。さらにはハンマーを振りかぶり、カウンターを狙って疾走に入っている。
「させるかっ!」
加賀は
(加賀の動きが速くなった!?)
あの足元が青白く光るスキルを使った直後から見違えるように速度が上昇している。お面の冒険者も同種のスキルを使っていたけど、速度アップ系のスキルに間違いない。発動直前に手首が光っていたので所持スキルではなく、腕輪の魔導具から発動したのだろうか。
それにしてもかなり際どい攻防だ。速度は今や互角――とまではいかなくても速度において、お面の冒険者に明確なアドバンテージはなくなっているようにみえる。むしろ、対人経験に秀でている加賀の方に分があるかもしれない。
「死にさらせ!!」
リーチの長い大剣による渾身の鋭い突き。さらに一歩踏み込んで至近距離から斬り返して
「これで……《アクセラレータ》の優位性はつぶれたぜェ?
勝利を確信したかのようにニヤリと笑い、大剣の剣先を向けて挑発する。それを聞いたソレルやDクラスの連中は大盛り上がり。「派手に殺してくれ」だの「所詮はEクラスの助っ人だ」だの、先ほどまでの硬く渋い表情が嘘のようにはしゃいでいる。
でも……その通りかもしれない。あの《アクセラレータ》という速度バフスキルのおかげでお面の冒険者は大きなアドバンテージを取ることができていた。それを戦闘経験で勝る加賀も使えるとなれば立場は逆転するしかない。
クラスメイト達は沈痛な表情を隠しきれていない。自分たちの助っ人がこれほどまでに強者だったことに驚きながらも、それでも加賀に対して勝ち目がないという非情な現実に打ちのめされている。このままでは彼女は殺されてしまうかもしれない。なんとか止めたいとは思うものの、私達程度があの場に入ればかえって邪魔になるだけだろう。己の無力さに打ちひしがれながらふと横を見れば――大宮さんの、まだ何かを信じているような顔が気になった。
「速度がもう通用しねェと分かって、その仮面の下はどんな顔になってんだ? 焦りか。それとも恐れか。今すぐにその小汚ねェ仮面をはぎ取って晒してやる」
再び大剣を突き出すように構えて重心を下げる加賀。窮地に追い込まれているはずのお面の冒険者は……ただ首を傾げているばかりだ。
『私の……速度?
初めて聞く可愛らしい声色。か細く、小さな声であるというのに透き通るように響く。そこに焦りや恐れのようなものは
加賀も同じように感じ取ったのか笑みを消し、怪訝な表情で聞き返す。
「あァ? 本物の速度だと……何ふざけたことを」
『なら……見せてあげる。魔王をも討ち滅ぼした……真なる勇者の……力を』
お面の冒険者はそう小声でつぶやくと、ハンマーを持った両手を広げ、ふわりと軽やかに舞う。そして――
『《シャドウ……ステップ》』
――世界が、闇色に染まった。
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