第92話 まだ遠く及ばないけど

 ―― 成海華乃視点 ――


「うちのかしらが戦争したがってたぜェ。とりあえず、その仮面を引っぺがして晒し者にしてやる」


 ジャラジャラと金や宝石を大量に身に着けた派手な男がこちらを睨みながら意味不明なことを言ってくる。どうしてこんな状況になっていたのかさっぱりだけど、仮面を取ろうというのなら“あの女”に正体がバレるので阻止しなければならない。

 

「仮面ちゃん……逃げてっ!」


 後ろでサツキねぇが息も絶え絶えに言う。無遠慮に《オーラ》をばら撒いているせいで、この部屋にいる人達がうずくまって苦しんでいるではないか。

 

 レベル差がある格上の《オーラ》は私も身をもって体感したことがあったけど、心が折れるまで一瞬だった。ただ諦めることしかできなかった。あの状況に陥っても立ち向うなんて……おにぃを除けば無理だろう。

 

 このまま放っておくと心身に大きな負担をかけるので早々に何とかしたほうがいいけど、どうやって止めようか。

 

 目の前の派手な男の胸には私が先ほど投げ飛ばしたと同じ太陽のバッジを付けているので、ソレルというクランなのだろう。サツキねぇの体を痣だらけにしたのも、この男の仕業に違いない。ソレルはどうしようもない悪党集団だとママも言っていたし、遠慮せずに叩きのめしてもいいのかもしれない。

 

「どうした。俺の《オーラ》に怖気づいたか?」

 

 余程の自信があるようで、私と数mも距離がない位置で武器も持たず棒立ちしながら挑発してくる。《オーラ》の量から察するに私より一つか二つレベルが高いかもしれないけど、この距離で棒立ちできるほどの余裕はないはずだ。

 

 私のレベルと速度を過小評価しているのか。それとも対抗できるほどの強力なマジックアイテムを持っているのか。とりあえず鑑定ワンドを使って調べてみよう。

 

 魔石が先端に付いた15cm程の長さの棒切れ。それが入れてあるポケットに手を突っ込んで魔力を流す。すると――


<名前> 加賀大悟 かがだいご

<レベル> Lv22

<ジョブ&ジョブレベル> ウォーリア レベル10

<ステータス>

最大HP:68

最大MP:53

STR:43 +6

INT:49

VIT:58 +8

AGI:39

MND:41

<スキル 4/4>

<偽装確率> 極小


 項目リストがいくつも脳裏に浮かんでくる。この鑑定ワンドは《簡易鑑定》よりも精度が高く、《フェイク》などの偽装スキルも突破できる。偽装確率も“極小”とでているので信用してもいいだろう。

 

 レベルは一つ上だけどステータス自体は全体的に私より低く、レベル差を考慮する必要はない。

 

 ジョブは中級ジョブのウォーリア。スキルが四つのみということはスキル枠を1つも拡張していない。ソレルはカラーズ系列のクランだと聞いているけど、末端のクランでは情報が制限されているのか。それとも、おにぃのダンジョン知識が凄いだけなのか。きっと両方なのだろう。

 

 ――以上の鑑定結果から不安要素は何一つ見つからなかった。この決闘もさっきと同じように武器無しルールのようだし、私としても是非とも戦ってみたいと思っている。実戦形式で確かめてみたいことが山ほどあるのだ。

 

 それに、私にはいくつもがあるので、そう慎重にならなくてもいいかもしれない。負けるわけがないのだから。

 

「《簡易鑑定》かァ? そんなスキルを入れてるとかなっちゃいねーな……まぁいい。少し遊んでやる」

 

 《簡易鑑定》は貴重なスキル枠を一つ潰すので、戦闘職が持っていると見くびられる要因になると聞く。だけど私は鑑定ワンドを携帯しているので鑑定スキルはもう消してあったりする。ちなみにこのワンドの存在は成海家マル秘ランキングの上位に記載されているので、誰にも言ってはならず、バレてもいけない。

 

 男は悪そうな笑みを浮かべて構えを取る。腕の位置は若干低く、後ろ足に重心があるオーソドックスな受けの構え。私が鑑定スキル持ちだと勘違いしたせいか先ほどよりも余裕の表情だ。向こうから仕掛けてこないというならば、私から行くとしよう。

 

(さぁ上げて行こう。《アクセラレータ》)

 

 足元に加速魔法の青白いエフェクトが表れると同時に地面を蹴り上げ、数mの距離を瞬き一つの時間で縮める。ガラ空きの左頬に拳を打ち込もうとするけど、私の速度に驚きながらも即座に反応して腕を上げ、ガードを間に合わせてきた。

 

 そのガードの上から手加減抜きの力で殴る。真横に吹っ飛んでいる間に側面に回り込んで今度は回し蹴りを入れる――が、これも見えていたのか瞬時に両腕をクロスしてガードをしてくる。それでも構わない、主導権は私にある。

 

 蹴り飛ばして壁際近くまで追い込むと、私の進行方向を読んでパンチを重ねてくる。でも、それは見えているので若干身を屈めてダッキングで躱しカウンターを合わせる。しかしこれも首の動きだけで躱され、すぐに距離を取られてしまった。

 

(あれ。もしかしてこの人……強いのかな?)


 ステータスと《アクセラレータ》のおかげでAGI速さは私の方が倍近くある。先手も取れたというのに全てをガードし、その上、反撃までしてくるとは。速度が早い相手との戦いに慣れているのかもしれない。

 

「ハァ……こりゃ、トンでもねーな。舐めていた……ハァ……だが、これでテメェの所属は確定した」

 

 また変な事を言い出した。けど所属とは何のことだろう。もしかしておにぃ達と作った秘密結社EEEがバレたのだろうか。バレても別にどうということはないけど。

 

「フェイカーだから“くノ一レッド”傘下のどこかだと疑っていたが、まさか“おぼろ”だったとはな……ボコボコにするくらいで済ましてやろうかと考えてたが、朧だけは許さねェ」

 

 くノ一レッド? あそこのユニフォームは露出多めのくノ一スーツだ。こんな茶色くて地味な格好なのに、あんな破廉恥集団とどう間違えたというのか。

 

 そしておぼろといえば、「悪い子は朧に連れ去られてしまうぞ」と子供に躾として使う、架空上の悪の組織だ。そんなおとぎ話を大人になってまで信じているとは、意外と夢見がちな人なのかもしれない。

 

 だけど私の何かで朧のメンバーだと確信すると、態度は豹変し瞳の奥に憎悪に満ちた炎をともす。武器無しルールだというのに後ろに置いてあった金ぴかの大剣を持ち出してくるではないか。この様子だと朧は本当に実在しており、過去にソレルとクラン抗争をやっていたのかもしれない。それにしても――

 

 先ほどの格闘戦を経験してもなお、勝てると思っているのは何故だろう。戦闘経験が豊富というのは分かったけど、それでも私のスピードに付いてこれてなかった。アドバンテージがこちらにあるのは変わらないはずだ。もしかしたら私と同じように戦況を覆すを持っているのだろうか。

 

「テメェのところにはウチのモンが何人もやられてきてんだ。お前の首を持ち帰ればカラーズに昇格できるかもしれねェ。この場で俺の糧となりやがれ!」

「まっ、まずいぞ。加賀さんがあの剣を使うぞ!」


 私に殺意を向けながら金ぴかの鞘から刀身を引き抜こうとする。それは淡く薄緑色に光っており、生暖かい風をゆったりと漂わせている。風系のエンチャントウェポンだろう。おにぃから教わった知識を思い出してみる。

 

(風エンチャントは切断力アップと……あと何だっけ?)


 同じ風エンチャントでも切断力アップは高周波音がすると言っていた。この風をまき散らすタイプは攻撃速度付与……でもない。衝撃付与だ。

 

 あの大剣は斬るというより叩き潰すもの。その上さらに衝撃付与まで加われば、まともな装備では防御するのも難しくなる。あんな武器を使ってくるのなら――私も遠慮しないでいいよね。

 

 後ろに置いてあった30cmほどの大きさの巾着袋マジックバッグまで一っ飛びし、中から1mほどのブーストハンマーを2本取り出す。赤く周期的に光っている方にファイアエンチャント、ヘッドの部分にバチバチと電気が走っている紫色の方にライトニングエンチャントが付与されている。

 

 これらを使えば衝撃付与の大剣だろうと何だろうと十分に打ち合える。というかあんなピカピカな武器に負けるわけがないのだ。


「なっ、なんだありゃぁ! あんな小さな袋からなんてものを取り出すんだ」

「あんな武器、見たことねぇ! 炎と雷をまとっているぞ。しかも2本だと!?」

「怪物同士の戦いだ、ヤバイ! 逃げろォ!」

「俺達では手に負えない。大宮、早く逃げるぞっ」

「でっ、でも」

 

 ソレルらしき男達が私の武器を見て驚き、騒ぎ出して一目散に逃げ出す。するとそれに釣られて冒険者学校の生徒も恐怖の表情を浮かべながら逃げ始める。目の前の男次第ではサツキねぇ達も巻き込んでしまうので、逃げるよう頷いて合図を送っておく。それはともかく。

 

(こんな純真可憐な女の子に向かって怪物とは失礼しちゃうんだけどっ!)

 

 苛立ちをぶつけるかのように1つ約60kgのハンマーをそれぞれの手に持って素振りをすると、ブンッブンッと小気味よい風切り音が奏でられる。

 

 レベル21ともなれば私の体重以上の重さであっても片手で苦もなく持ち上げられるようになるけど、考えなしに振り回せば私自身があらぬ方向に飛んでいってしまう。最初はそれで苦労したものだ。

 

 それでもブラッドなんちゃらを毎日何時間もぶっ叩いているおかげで、重心を取りながら振り回すコツは掴めた。今日はその成果をとくと見せてあげよう。

 

「両手武器を2つ同時だとォ? 舐めやがって」

 

 そう言うと怒気を放ちながら金ぴかの剣にさらなる風をまとわせる。別に舐めているわけではないのに。そういえば私とおにぃ以外で二刀流を使っている冒険者は見たことがないけど、もしかしたら珍しいのかもしれない。

 

 私も武器に魔力を通し、ブーストハンマーを起動させる。するとモーター音と同時にヘッドの片方がパカリと開き、ロケットブースターのように展開して光を放ち始める。この状態で勢いよく振るうと爆炎が出て加速支援してくれるという面白い機構が付いた武器なのだ。

 

 ブーストハンマーをくるりと回しながら構えを取り、のおにぃを強く、強くイメージする。変幻自在の剣捌き、神速の如き立ち回り、決して折れることのない不屈の闘志。それらが今もなお色せず、くっきりと私の脳裏に再生される。うんっ、絶好調。

 

 まだおにぃには遠く及ばないけど、それでも少しずつ近づいているはず。そう思うと気分が高揚し、次から次へと勇気が溢れ出してくる。

 

(さぁ、行こうっ!)

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