第91話 フェイカー
―― 早瀬カヲル視点 ――
「ふんふん~……ふん?」
高速かつ不規則なスキップで近づいてきたのは、やはりお面の冒険者だった。今日も助っ人として来てくれたのだろう。
だけど私達と同じ部屋にDクラスや見知らぬ男達がたくさんいることに気づくと部屋の入口で立ち止まり、盛んに首を
「あァん……誰だ?」
「かっ……か、仮面ちゃん! 来ちゃ駄目!」
大宮さんがいることに気づいたお面の冒険者は、まっすぐに走ってきて抱き着いてしまう。ただ髪や呼吸が乱れ、顔が紅潮しているのを見て再び首を傾げている。
「助っ人……のようには見えねぇな。どうなんだ、
「弱そうだし、違うんじゃないの」
間仲兄弟がお面の冒険者を見ながら自分より弱そうだと言いつつも、足の速い魔狼がポップするこの6階をソロ行動するなんて普通ならしないはずだと
「早瀬、あれがそうなのか」
「ええ。私達を助けてくれた冒険者よ」
磨島君が険しい表情をしながら小声で聞いてくる。私はお面の冒険者がオークロードトレインを1分足らずで壊滅に追い込んでいる現場に居合わせたし、その後にオークを一撃で斬り捨てたり、片手で投げ飛ばしたりしているのを目撃している。小柄だとしてもあの細腕には驚くべき力が秘められているのだ。
だけど彼女の強さを見たことのない磨島君達は、がっかりした態度を隠しきれていない。肩を落とし嘆いているクラスメイトもいる。恐らく彼女の見た目だけで判断してしまったのだろう。
一流の冒険者とは装備も一流というのが常識。強さを見せることは他の冒険者から一目置かれ、ギルドやクランに厚遇されることにも繋がる。加賀のように強い冒険者ほど派手な格好を好む傾向があるのも、そういった理由がある。
だというのに彼女の装備はみすぼらしく見えるボロのローブと古びた木製のお面。その上、武器は装飾一つないシンプルなダガーを腰に差しているだけ。小さな体格と相まって見た目から強さが欠片も見て取れない。
(でも、あれはただの装備ではないはず)
何かしらの魔法が付与されたマジックアイテムだと私はみている。存在感を消すような、もしくは弱くみせるような効果があるのかもしれない。
「あぁ……ごめんねっ。危ないことに巻き込んでしまって」
大宮さんがやさしく抱擁して再会の挨拶をする。お面の冒険者はどうしてこんな状況になっているのか知りたいのだろう、
「このちっこいのがお前らの助っ人だって?」
「加賀さんの期待する実力には遠く及ばなそうだな。どうする」
「もしもということはある。《簡易鑑定》で見てみるか」
ソレルの一人がお面の冒険者に向けて無遠慮に鑑定スキルを放つ。一体どのくらいの強さなのか、その結果を聞こうと誰もが耳をそばだてる。だけど男の表情を見るに、あまり良くない結果がでたようだ。
「あれ……“弱い”ってでたぞ」
「弱い? お前レベル10だったよな……ということはレベル8かよ」
「あ~あ、こりゃ加賀さんキレちまうぞ」
《簡易鑑定》は使用者からみて相対的な強弱判定しかできない。レベル10から見て“弱い”という表示は、スキル使用者よりレベルが2低いということ。つまり、お面の冒険者はレベル8ということになる。だけど。
(あれほどの強者がレベル8なわけがない……)
目に追うのが難しいほどのスピードで走り回り、100kg近いオークを片手で投げ飛ばす膂力。あのオークロードでさえ全く相手にならなかった。とてもじゃないけどレベル8でできる芸当ではない。鑑定阻害、もしくはステータスの偽装でもしているのだろうか。だとしたら何故そんなものを……
「レベル8かよ、ビビらせやがって! 加賀さんの手を煩わせるほどでもねぇ。こんなヤツ、俺が倒してやるぜっ」
「ん~もしかすると……まァいい。やってみろ」
自分よりレベルが低いと分かると、お面の冒険者を挑発しだす間仲兄。睨みつけて、掛かってこいと露骨な挑発ポージングをする。先ほど大宮さんに投げ飛ばされたことを根に持っているのか、はたまた弟に良いところを見せたいだけなのか、随分とやる気を見せている。加賀は何か引っかかるような曖昧な態度を見せたものの、決闘の許可をだしてしまう。
「ワンパンだ。こんなチビ、ワンパンで仕留めてやらぁ」
「……」
人差し指を頭上高くに掲げ、弟に向かって一発KO宣言する間仲兄。一方のお面の冒険者は受けて立つつもりなのか、ゆっくりと近づいて間仲兄の顔を……じっくりと見返す。睨み返しているのかと思いきや、何度も首を傾げていることから見覚えのある顔かどうか調べている様にも見える。
「かっ、仮面ちゃん、危ないことは駄目だよっ」
「だが大宮。あんな奴くらい大丈夫なんだろ?」
「でもっ。あの子は……」
大宮さんとしては、どうしてもお面の冒険者を戦わせたくないようだ。負けることを危惧しているというよりも、純粋に危ない事から遠ざけたいという保護者みたいな振る舞いを見せている。
「いい見世物を期待してるぜ、間仲君よ」
「それじゃルールはいつものでいくか」
ソレルメンバーが勝手に決闘のルールを決めていく。冒険者同士の決闘はよくある事らしく、武器は禁止、どちらかが戦闘不能、または降参するまでというルールでいくとのことだ。
私闘は違法であるが、人目に付かないところで殴り合うだけならば冒険者ギルドも見て見ぬふりをしている。気性が粗くプライドの高い冒険者のガス抜きにもなるからだ。とはいえ、肉体強化された者同士で殴り合いの展開となれば死ぬことも普通にあるのでそれなりのリスクはでてくる。
お面の冒険者にとってもこんな安い挑発を受ける理由はないと思っていたけど、先ほどからシャドーボクシングをして驚くほどやる気を見せている。彼女をそこまで駆り立てる理由でもあったのだろうか。
「そんじゃ立会人やってやるか。両者前へ出ろ」
「おうおうおうっ、俺に本気を出させてみろよ、チビ助」
「そんな奴、軽くぶっ飛ばしてソレルの強さを見せつけてくれ、兄貴!」
「……」
ソレルやDクラス陣営は「このままでは賭けにもならない」と笑いながら見ている者がいれば「一発で倒さず、ボコボコにして見せしめにしろ」とかいう過激な者までいる。加賀は先ほどまでと打って変わって大人しく見ている。
一方の大宮さんはウロウロとして落ち着きがない。いつも前向きで多少のことでは動じない性格だと思っていたのに、こんな彼女を見るのは初めてだ。でも間違いなくこの決闘には勝てるはず。
「(これはチャンスかもしれないぞ)」
「(どういう意味?)」
磨島君がこっそりと耳打ちしてくる。これまでのどうにもならなかった絶望的な状況で、お面の冒険者が勝てば“二つの意味”で交渉カードとして使えるかもしれないという。
一つはEクラスの意地を見せられること。身勝手な挑発から生まれた私闘とはいえ、助っ人同士の勝敗には多少なりとも意味が出てくる。私達が勝ったのだからここは引けと交渉できるかもしれない。
もう一つはこの決闘で加賀の関心がお面の冒険者に移ることだ。今も加賀はこの決闘の成り行きを注視している。このままEクラスや大宮さんに対する興味を失ってくれれば、この場を乗り切れるかもしれないという。でもそれは自分達だけが助かりたいというあまりにも身勝手な考えだ。
「(お前の言いたいことも分かる。だが加賀の強さは別格だ。俺達でどうにかなるものじゃない。ならば奴の関心の矛先だけでも反らすしかないんだ)」
確かにあれだけの《オーラ》を放つ加賀には、お面の冒険者でも勝つことは無理だろう。他に方法がないというのも分かる。でも磨島君の考えに乗るわけには――
「よぉし、それじゃ始め!」
そうこう悩んで考えているうちに決闘が始まってしまった。互いが向き合って構えを取っていたところ、開始の合図と同時に間仲兄が最初に動く。
「すぅーぱぁーとるねーどぉぉ!」
何かの技名を言いながら踏み込み、木製のお面に向かって一直線に
だけどそれは当たったのではなく、
首をコテリと傾げるお面の冒険者。間仲兄は自分よりレベル2も下の冒険者に、しかも片手で受け止められるとは思っていなかったのか、驚きのあまり目を見開いて固まっている。かなりの動揺が見られる。
「おぉっ……おっと。気づかないうちに手加減しちまったぜ……って放しやがれ!」
「フンッ」
「お? おぉ……ぎゃっ」
仕切り直して手を引こうとするが、お面の冒険者は掴んだ
「ぉ……ぉ……ま、参っ……」
「フンッ」
何かを言おうとするけどその前に持ち上げられ、再びぐるりと振り回された後に反対側の地面にビターンと叩きつけられてしまう。それがトドメとなり地面に張り付いたまま間仲兄は動かなくなってしまった……
圧倒的パワーを見せて勝利したことに唖然としたものの、我に返ったクラスメイト達が声を上げて喜びを爆発させる。
「ふっ、ふざけんなっ、兄貴があんなチビに負けるわけが無ェだろ! 何かやりやがったな!」
ガッツポーズをしたり抱き合って喜んでいると、間仲弟が顔を真っ赤にして言い掛かりを付けてくる。剣を抜いて今にもお面の冒険者に斬りかかろうとしている――ように見えるが、一歩も踏み出さず威嚇するだけにとどまっている。レベル10の兄でも全く勝負にならないほど強い相手なのだと、本心では分かってはいるのだろう。
「やはり“フェイカー”だったか……貴様の所属クランはどこだ? まぁどこでもいいか。フェイカーだというなら旧貴族の
地団駄を踏む間仲弟を押しのけて、後ろで眺めていた加賀が前に出てきた。フェイカーとは一体何を意味する言葉だろう。
背後のメンバーに「そこで伸びてる奴をどけろ」と指示すると、今までの緩い表情ではなく、殺気すらこもった鋭い目でお面の冒険者を睨みつける。その直後に凄まじい《オーラ》が放射状に吹き荒れた。
「うちの
(うっ……またこの《オーラ》……)
胸の奥底から込み上げてくる恐怖が「この男に服従しろ」と訴えかけてくる。抗いたくても本能がそれを許さない。それは皆も同じで、まるで王に
そんな男の敵意と《オーラ》を一身に浴びているお面の冒険者は、ただただ首を傾げるばかりだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。