第90話 ソレル
―― 早瀬カヲル視点 ――
攻略クラン・カラーズは狂王リッチの討伐という、どのクランも成し得なかった偉業を達成し、今現在の日本において最も勢いのあるクランと言われている。
元は五つの攻略クランが合併したものであり、それらのクランは今も下部組織としてカラーズを支えている。その下部組織の一つである
いくら天下のカラーズ系列とはいえ、三次団体ともなればそれほど強い力があるわけではない。継続的に活躍し、昇格していけばトップであるカラーズに入れる可能性もゼロではないので、夢見る若い冒険者達にとっては憧れるクランの一つではあるが、ソレル自体はまだできてから数年と歴史が浅く、功績を上げようと躍起になっている若く小さなクランに過ぎない。金襴会の中での序列も、下から数えたほうが早いレベルであった。
だが、それも一ヶ月前までの話。ソレルは未知エリアの発見という、とてつもない功績を上げたのだ。
そこにはゴーレムというレベルアップ効率の良い新種モンスターがおり、さらには浅い階層にもかかわらずマジックアイテム入りの宝箱が出現する巨大建築物まであった。未知エリアを独占したカラーズは戦力の底上が容易になり、財政的にも強化され、カラーズ内においてソレルの名は轟くこととなった。
その結果、当時のソレルクランリーダーは金襴会の幹部に昇格。新たなクランリーダーには金襴会メンバーが直々にソレルに出向し、総括するという異例の人事となった。そして出向してきた金襴会メンバーというのが――
「こちらの~
得意げになってソレルの歴史を誇りながら加賀の太鼓持ちをするトレイン犯。そして自分は未知エリアを発見した張本人だというけど、そんな凄い人物には見えない。
「金襴会……そんな大物が何故、俺達の試験に介入してくる……」
強烈な《オーラ》を浴びてなお気丈に顔を上げ、加賀を睨みつける磨島君。間仲兄が言っていた話が本当なら当然の疑問だ。金襴会は、最上位に位置するカラーズほどではないにせよ、優秀な戦士が多く在籍する知る人ぞ知る有名な指定攻略クラン。そんなところに在籍していた人物がどうして高校生の試験に介入してくるのか。
「わざわざガキ共の遊戯に出張ってきた理由はなァ、使える奴がいるかどうか見るためだ」
ソレルを武闘派で知られる金襴会の直参に相応しい強いクランにしたい。けれど現状ではそれに足る人材が乏しい。未知エリアを発見して名声が上がり、莫大なエリア使用料が入ってきた今なら好条件で優秀な人材をスカウトできるのではないかと、冒険者学校まで青田買いしに来たという。
しかし実際に見てみれば、優秀な生徒は貴族や他のクランの関係者ばかりで手が出せず、フリーである生徒は期待を下回る者ばかり。もう帰ってしまおうかと考えていたらしい。
「けど……まさかEクラスに使えそうな奴がいたとはなァ」
気絶している大宮さんを横目で見ながら言う。近年は不作続きで劣等クラスと
(やっぱり、魔狼トレインのときから遠くで見ていたのね)
大宮さんのあの動きを見れば普通でないことくらいは私にでも分かる。でもEクラスに同じくらい強い生徒が他にいるとは思えないし、いたとしても学校のデータベースに本当のレベルは載せていないのでリストを見ても無駄だろう。それ以前に……トレインなんてしてくる外道に渡す道理はない。
「お前らに拒否権はない。ウチのもんに手を出したことは償わせなきゃならんしな……それと、このガキは連れていくか」
「そんな勝手なことはさせるかよっ!」
磨島君が立ち上がって殴りかかる――が、加賀はその攻撃を見もせずにふわりと躱して、振り返りざまに鳩尾に拳をめり込ませる。先ほどの《オーラ》を見て分かっていたけど、大宮さんですら躱せないほどの速さで蹴り飛ばした実力は本物だ。まともに拳を繰り出したところで掠りもしないだろう。
磨島君が崩れ落ちるのを見て、ソレルメンバーとDクラスがせせら笑う。劣等クラスのくせに。雑魚が粋がるなと。確かに私達の実力は低い。それでも譲れないものくらいある。
(何と言われようとも大宮さんは命の恩人で、大事な仲間。絶対に渡すわけにはいかない!)
大宮さんの前まで走っていき両手を広げて立ち塞がる。強大な相手だからと震えて見ているだけの人間に、望む未来なんてやってくるわけがない。その程度の弱い心では何も掴めず挫けて折れて、腐った学校生活を送るだけだ。クラス対抗戦とかその後の成長だとか言ってる場合ではない。
「あァん? 何のつもりだ。まだ実力差を理解してないのか?」
「俺に任せて下さいよ加賀さん。コイツは前から狙ってたんです」
「雑魚に用はねェ、好きにしろ。おい連れていくぞ!」
間仲が下卑た顔で私の全身を舐めまわすように見ながら任せろと言う。以前の颯太と比べても何十、何百倍も嫌な視線だ。何を仕掛けてくるのかと警戒して見ていると、構えも無警戒に取らず手を伸ばしてきたので掴んで投げ飛ばす。
「痛ってぇ……テメェ! 優しくしてやろうって思ってたがもう容赦しねーぞ!」
メイスのようなものを取り出して地面を叩き威嚇してくる。私よりレベルは上だろう。だとしても絶対に負けてやるものかっ!
私の気概を感じ取ってくれたのかクラスメイト達も続々と私の隣に立ってくれる。たとえ間仲に勝ったとしても背後には格上のソレルメンバーが何人も控えている。私達が束になって挑んだところで負け路線は変わらないだろう。それでも、一緒に立ち向かってくれる仲間とは何と心強いものか。
「おいおい面倒クセェな。そいつらにはソレルの怖さをきっちり叩き込んでおけよ。俺はそこのガキを連れて帰るわ」
「……かっ……はぁ……お前ら、大宮に手を出したら……俺らの助っ人が黙っちゃいねぇぞ」
「あァん?」
倒れていた磨島君が咳き込みながら吐き捨てるように言う。大宮さんを連れて行こうとしていた加賀は歩みを止めて思考を巡らす。
「それはどこのどいつだ」
「ええと……そんな奴いたのか? 劣等クラス共、答えろ!」
「呼べ。その助っ人が俺に勝てたら今までのことを全てチャラにしてやるよ。お前ら陣を張れ!」
大宮さんがどこかの紐付きだとは思わなかったのか、はたまたEクラスに助っ人がいることに疑問を覚えたのか。何に興味を引かれたのかは分からないけど、ソレル達はキャンプ用品を取り出してこの場に陣を敷き始めた。私達が逃げ出さないよう出口に居座る気だ。
だけどクラスメイトを救ってくれた恩人をこんな物騒な場所に呼び出すのは
「(磨島君、そんなことを言って大丈夫なの……?)」
「(助っ人だって大宮が連れ去られるよりはマシだろう……もとより、俺達だけではどうやったって守れなかった。その手しかなかったんだ)」
「(それは……大宮さんも目を覚ましたようだし、相談してみましょう)」
クラスメイトが気絶した大宮さんの頭を抱きかかえて介抱していると、ようやく目を覚ましてくれた。脇腹を蹴られていたけど、骨や内臓に異常はなさそうに見える。
「私、お腹蹴られたんだね。気づかなかったよっ」
まだ少し痛むけど軽い打ち身で済んでいると言う。吹き飛ぶくらい強く蹴られてたのにその程度で済む頑丈さには驚くけど……でも、本当に良かった。
早速何があったのか説明してみる。お面の冒険者の連絡先は大宮さんしか知らず、呼ぶかどうかの主導権も彼女にある。どうするのか聞いてみると、元々この後に合流して狩りを手伝ってくれる予定だったようだ。
「でもあの子はとっても大事な人なの。そんな危ないことに巻き込むわけにはいかないよっ」
「だがお前を連れ去ると言っていた。それだけでなく俺達のトータル魔石量の辞退まで要求してきた。あいつらは何でも暴力で押し通そうとしているんだぞ」
「そ、そんなことまで……でも……」
Dクラスは最初から私達トータル魔石量グループにトレインをぶつけて、駄目なら脅して辞退させる作戦だった。ソレルにいたっては大宮さんを連れていくとまで言っている。そんな理不尽な要求は受け入れるわけにいかない。かといって、この場を切り抜けるアイデアもない。
「なら私が倒してあげるっ。さっきは油断したけどもう負けないから!」
「無理だ。アイツの《オーラ》は異常の域だった。お前が強いのは認めるが、金襴会の名は伊達じゃない」
「やってみないと分からないよっ」
「いいぞ。お前らの助っ人が来るまで暇だからな、少し腕前を見てやる」
こちらの様子を見ていた加賀が「拳で相手してやろう」と金ぴかの大剣を放り投げ、不敵な笑みをしながら近寄ってくる。いくら大宮さんが強いと言っても、あの《オーラ》を体感した身としては勝機があるとは思えない。止めようとしたけど「大丈夫だよ」と笑顔で言われて何も言えなくなってしまう。
「悪は……許さないんだからっ!」
「フハッハッハ、正義を貫くにも実力は必要なんだぜ?」
大宮さんは拳をパチンと合わせて気合を入れると、重心を落としリズムを取りながら構えを取る。対する加賀はだらりと腕を垂らした自然体だ。金襴会という有名クラン出身の冒険者に、劣等と
Dクラスやソレルのメンバー達は負けるわけがないと高を括って笑いながら見ていたけど、それも戦闘が始まるまでの話だった。
大宮さんが地面を蹴り上げて瞬く間に間合いを詰めて正拳突きを仕掛けると、加賀は腕をクロスさせ真っ向から受け止める。その速度と風圧にソレル陣営からも驚きの声が上がる。そこから目にもとまらぬ速さで突き蹴り、裏拳、回し蹴りの高速コンボをお見舞いする……だけど、余裕の表情で全て受け止められてしまっている。
「速さはまずまずだが、攻撃が素直過ぎるな」
「くっ」
加賀は防御しながらも大宮さんの袖を掴んでバランスを崩し、躱せないようにしてから背中に蹴りを叩き込む。かなり重い一撃だったのかよろめいて咳き込んでしまう。それでもダウンせず、気丈にも構えを取ろうとする。
(凄い戦い……でも)
今見た攻撃のどれもが速く、鋭く、はっきりいってEクラスのレベルからは大きく逸脱していた。Cクラスの組手を一度だけ見たことがあるけれど、それと比べても全く劣らない攻撃だった。だというのにこれほどまでに通用していないのはレベル差があるからなのか、対人経験の差なのか。きっと両方だろう。
予想以上の格闘戦に互いの陣営が静まり返っている。劣等クラスと馬鹿にしていたDクラス達は口をぽかんと開けながら凝視しているし、ソレルのメンバーは目つきを変えて興味深そうに観察している。私達ももちろん驚いていたものの、絶望的な状況は何一つ変わっていないので険しい顔にならざるを得ない。
――そんな緊迫した戦いの最中に、妙な鼻唄が聞こえてきた。
「ふんふんふ~ん、おっ金~おっ金、ふんふん♪」
なんとも間の抜けたメロディーと歌詞……その場違いな鼻唄が聞こえてくる方向に目を向ければ、何者かがスキップをしながらこちらに向かってきているのが見える。
一見、普通のスキップのようだけど、かなりの速度でクルクル回ったりジグザグしたりと不規則に動いているのに全く足音がしない。何故なのだろう。
その異様な人物の接近を、この場にいる皆が目をしばたたかせて見ていた。
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