第89話 金獅子の勲章
―― 早瀬カヲル視点 ――
「魔狼一匹、ご案内っ」
「グァウッ! グァウッ!」
遠くから大宮さんが一際大きな
魔狼を普通に連れてこようとしても足が速く途中で追いつかれてしまうので、遠くから釣るための遠隔攻撃を使わないといけない。だけど大宮さんは弓の扱いがとても上手く、その上、偵察やアタッカーまでいくつものマルチロールをしてくれるので私達の狩り効率が飛躍的に向上している。
ところどころに高い肉体能力が垣間見えるのでレベルでゴリ押ししているような気もしなくもないけど、今はそれがとにかく頼もしい。
「早瀬さん頼んだよっ!」
「ええ、まかせて」
そんな彼女の能力に感心していると魔狼の息遣いが聞こえてくるほど近くまで接近してくる。今度は私がタンクとして初撃を受け、ヘイトを保ち続けなくてはならない。盾を構えながらグループメンバーに合図と指示を出す。
「みんな所定の位置について。ヘイトを取りすぎないように」
「分かった!」「おうっ!」
盾はあまり使ったことがなかったものの、今回のクラス対抗戦のためにたくさん練習してきたので何とかなっている。2mを超える魔狼の体当たりは重いけど、来るタイミングが見えていれば踏ん張れる。
メインウェポンには右手だけでも扱いやすい細剣。攻撃力は弱いがヘイトを稼ぐだけなら最適な武器だ。細かく攻撃を繋いでターゲットを私に固定していく。本当はタンクも大宮さんのほうが上手いのだけど、私達の経験と経験値稼ぎを考えて手は出さずに遠くで見守ってくれている。
一方のグループメンバー達は、私からターゲットを取らないようヘイトを見ながら慎重に攻撃を加えていく。今日が初めての魔狼狩りだというのに浮足立つことなく、集団としての立ち回りも安定している。試験も後半戦に差し掛かったけど体も動かせているし体調管理は順調なようだ。
(思い切ってここまで来て良かったわ)
6階での狩りは大きな賭けと考えていたけど、大宮さんの予想以上の能力に加えてグループメンバーもジョブチェンジを行えたので、十分やっていけるとは思っていた。
この調子で魔狼を狩り続けられれば、もしかしたら魔石量でDクラスに勝てるかもしれない。午後には精鋭チームの磨島君達が合流する予定で、流れは確実に来ている。今後の学校生活を乗り切っていくために、魔狼をどれだけ安定して狩れるかが勝負所となるだろう。
「よっしゃー。これで3匹目!」
「いい感じね。一息入れたらお昼までもう少し頑張りましょう」
「おう!」「がんばろー!」
*・・*・・*・・*・・*・・*
「おう、お前ら。見違えるような面構えになったな……それにひきかえ俺達は不甲斐ない成績出してしまった。本当にすまない」
「ううん、磨島君達は頑張ってたって聞いてたよっ」
「磨島、心機一転頑張ろうぜ」
昼食を食べていると合流のため磨島君達がやってきて、挨拶早々に頭を下げてくる。Eクラスの精鋭を集めたというのに最下位を取ってしまったと気に病んでいるけど、Dクラスも高レベルを集めた精鋭達だったし仕方がない結果だと思う。文句を言わず私達のサポートに動いてくれるだけありがたい。
「早瀬。俺達は何をすればいい」
「魔狼を狩れるのは確かめられたけど、周辺にゴブリンライダーがでる場合があるの。魔狼を狩るついでにそれも一緒に狩ってくれると私達の効率が上がるわ」
「確かに。6階に来たばかりならあれの対処は厄介だろうな。分かった、俺達が受けもとう」
魔狼を従えて騎乗するゴブリンライダーは徒党を組んでいることが多く、また単体であっても不利になると逃げてしまうため倒しづらい。ここでの狩り経験が豊富な磨島君なら問題なく倒し続けられるだろう。
その後もいくつか作戦確認を行っていると、突然小声になって聞いてくる。
「そういえば……助っ人の話は本当か」
「ええ、大宮さんが連れてきてくれたの。今日は来てもらえるか分からないけど」
「大宮の知り合いか。立木からは何か指示があったのか?」
ナオトからは助っ人頼みの作戦は立てないとの通知がきていた。今回のクラス対抗戦は自分達の力で勝って自信に繋げたいという主旨が書かれていたけど、もうすでにこの先を見据えたクラス戦略を考えているのかもしれない。
「そうか。立木なりに思うところが……どうした?」
見張りをしていたクラスメイトが慌てたように駆け込んでくる。何か起きたのだろうか。
「おい磨島! 向こうで魔狼がリンクしてるぞ。トレインだ!」
「数は? 皆、戦闘の準備しろっ!」
「うんっ、みんな急いで!」
トレインと聞いて、あのソレルとかいうクランが頭をよぎる。ただ今回は数匹とのことで対処できない数ではない。すぐに防具を着用し盾を持って立ち上がる。
「私も前に出ようかっ」
「大宮さんはトレインを作った犯人を捕らえてほしいの。お願いできるかしら」
「そうだった、あのときは逃げられたしっ。分かった」
「くるぞ! 魔狼……5!」
皆と息を吞んで身構えていると私達の手前10mまで走ってくる男がいた。覆面をしていて顔は見えないけど、もじゃもじゃの髪型からオークロードを連れてきた犯人と同一人物だと推測できる。
男の手には何かの魔道具らしきものが握られており、魔力を通すと突然気配が消え、姿も視認しにくくなってしまった。この目の前からいなくなるような感覚はお面の冒険者に似ている。
魔狼のターゲットだった男が消えたことでヘイトがリセットされ、一斉にこちらに襲い掛かってくる。魔道具を悪用して擦り付けをやったのだ。
私達が魔狼一匹、磨島君達のグループは三匹を担当。大宮さんは残りの一匹を一撃で仕留めて、まだ近くにいるはずの男を捕らえに走る。
「みんなっ、慌てないで! 私達なら大丈夫っ」
*・・*・・*・・*・・*・・*
最後の魔狼を倒し一息ついていると、大宮さんが私達の前に捕らえた男を引きずってくる。
「ハァハァ……だから、俺も絡まれて逃げてただけなんだってば」
覆面が剥がされ、髭とモミアゲがくっついた特徴的な風貌が露になった。苦しい言い訳を口にしてるけど、オークロードのときの写真は持っているので言い逃れはさせない。
「嘘だよっ。あなたの写真はもう出回ってるんだからっ」
「……あぁ? 俺がどこの誰だか分かって文句付けようって……って何すんだ!」
「汚いマネしやがって。ギルドへ突き出してやる」
そんな言い訳など聞かぬと、魔狼を倒し終えたクラスメイトが取り囲んで取り押さえ込む。男は暴れながら何度もソレルの名を口にするけど、野放しにしてはまた同じことをやってくる。磨島君の言う通りさっさと冒険者ギルドに突き出してしまったほうが賢明だろう。
するとタイミングを見計らったかのように、向こうから集団がわらわらとやってくる。Dクラスのトータル魔石量グループだ。近くで待機していたのだろうか。
「劣等クラスのゴミ共! 兄貴に手を出しやがってタダじゃ済まさねぇぞ!」
「助かったぜ
Dクラスのグループリーダー、
「Dクラス共。こっちには証拠もあるんだから暴力に持ち込もうとしても無駄だぞ」
「変な言い掛かり付けやがって。ぶっ潰してやる!」
磨島君が証拠の映像はある、悪いのはコイツだと言い返すものの、間仲筆頭にDクラスの何人かは有無を言わせず武器を抜いて剣先をこちらに向ける。
彼らが手に持っているあれらはモンスターだけでなく人だって殺傷できるものだ。たとえ殺意が無かったとしても当たれば腕の一本くらい簡単に斬り落とせるし、下手をすれば死者だってでる。そんなことにならないと思うけど万が一を考えて急いでギルドに電話を掛けなければ――
「この
「きゃっ」
「ちょっと!」
髪を掴まれ振り回されてしまったところを大宮さんが手を掴んで割って入る。それが合図となって戦闘となって――しまいかけたけど、Dクラスが一歩踏み出す前に大宮さんが瞬く間に半数を制圧してしまった。本当に凄い。
「悪は許さないんだからっ!」
「テ……テメェ、何だその強さは……」
彼女の予想外な強さに驚き
私と磨島君らは驚きながらもすぐに電話を取り出し学校とギルドに救助を呼びに入る。こんな事件を起こしたソレルという男も、私達に武器を向けて暴力で封殺しようとしたDクラスも断じて許してはおくわけにはいかない。
だけど、そうも言ってられなくなってしまった……
「かはっ……」
「何してくれっちゃってんのよ、コネコちゃん」
何者かが風と共に見えない速さで部屋に入って来るや否や、大宮さんの横腹を蹴り上げ、吹っ飛ばしてしまう。突然の
そこに立っていたのは大柄で筋肉質、だけど場違いなほどに派手な男だった。手や耳などには下品なほどアクセサリーを付けており、背中には金色に装飾された大きな大剣、胸には太陽のバッチと……金獅子の勲章が煌めいている。
(あの勲章は“指定攻略クラン”の……まずいわ)
日本政府に高い実力と功績が認められたクランだけが授かることのできる称号、指定攻略クラン。攻略クランを自称する集団は数あれど、指定攻略クランはそう簡単に名乗ることは許されない。金獅子の勲章はそのクランメンバーだけが持つことのできる名誉の証だ。あれを最終目標にしている冒険者も多いと聞く。
だけどソレルは指定攻略クランではない。恐らくもっと上の、有名攻略クランに属している可能性が高い。
一方の大宮さんは数mほど転がって倒れたまま動かない。あの男の蹴りに全く反応できず、もろに受け気絶してしまったようだ。私と磨島君が状態を確かめに近づこうと一歩踏み出したところで、うねるような強烈な《オーラ》に見舞われる。
「ガキ共ォ、うちのモンに手を出してタダで済むと思ってんのか?」
濃密でおびただしい量の《オーラ》に、私を含めここにいる全ての人が恐怖し、ひれ伏すように
クラスの未来のためにも脅しになんて屈してはいけない。それは分かっている。だけどこれほどの
先行きの見えない暗鬱な状況に、心が折れないよう必死に祈るしかなかった。
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