第88話 秘密の小部屋

「グシャァアグアアァア゛ア゛! シヌガイ゛イ゛!」

(うほぉぉ……怖えぇ)


 レッサーデーモンが勝ち誇ったような顔で巨大魔法陣を動かし、俺に照準を定めてくる。単発でもそこらのモンスターが使う魔法より数倍高火力だというのに、それを千発も撃ち込んでくるとかゲームバランスを少しは考えろと言いたい。

 

 色んなアイテムやスキルをフルに駆使すれば対処も可能だろうけど、今の俺にはそのどちらの選択肢も取ることはできない。まともな防具だってミスリルの小手くらいしか着けていないし、鎧なんて家でホコリをかぶっていた豚革の軽鎧。もちろん何のエンチャントもかかっておらずダメージ軽減効果も見込めない。

 

(それに、あの二人も見てるしな)

 

 もう十分面倒事になっているとはいえ、見せるスキルは最低限に留めつつ、この難局を乗り切りたい。ならばどうするかだが、もちろん秘策はある。


 このボスエリア一面に敷かれている石床。ゲームではその一つを動かすとゲート部屋に通じる縦穴があったのだが、こちらでも同じ構造になっているのかどうか入ってきたときに真っ先に調べて確認済みだ。

 

 召喚して戦闘となってしまえば移動制限がかかり、外に出たりゲート部屋まで行くことはできなくなるが、縦穴と直下にある小部屋にだけは出入りが可能。コイツの無茶な発狂はその穴に入ってやり過ごそうという作戦である。

 

 注意しなければいけないのは、縦穴に入る際にレッサーデーモンに気付かれてはならないということ。もしバレるようなことがあれば縦穴ごと破壊されるか、ヘイトがリセットされ、魔法弾の照準を天摩さん達に向けられるかもしれないからだ。


 流れとしては魔法弾を撃たれて土煙が上がり、俺の姿が確認しづらくなってから縦穴に入り込むという手はず。

 

 最初はいきなり直撃を狙わず恐怖を味わわせるために逃げ道を無くし、ぐるりと螺旋を描くように撃ち込んでくると思うので、爆風に注意しながら俺も同じように躱していけばいいだけ――だが、確信はない。ゲームではそうだった、というだけで違ったら俺は死ぬかもしれない。

 

 どうしてこうなったのかと現状を冷静に把握しようとすればするほど笑えてくる。泣き言を言ったら手加減してくれないかなとレッサーデーモンのヤギ顔をそっとうかがうが、どうにも許してもらえそうにないので、いつでも縦穴に逃げ込めるようこっそりと近くまで移動しておこう。


(さて。上手くいけばいいが……来るっ!)


 キラリと巨大魔法陣が輝き、同時に高密度の青い魔法弾が数十個召喚される。数秒ほどゆらゆらと浮いていたと思ったら急加速して閃光となって降り注ぎ、視界が真っ青に染まる。レベル20となった俺でも魔法弾の軌跡はわずかにしか見えないほどに速い。

 

 それでもゲームと同じように螺旋状に撃ち込んできたのだけは確認できたので十分。咄嗟とっさに着弾地点から渦を巻くように動くとその直後、間近に爆発したような破裂音がいくつも轟き、石床が砕け、破片が勢いよく飛散する。

 

 想定よりやや土埃が足りないので逃走用の土煙弾を地面に放ち、滑り込むように入り口を開けて体を入れる。

 

「はぁ……はぁ……いけたか? マジで死ぬかと思った」


 上では爆音が鳴り続けているので一先ずは成功か。俺がまだあの場所にいると思って嬉々として撃ち込んでいるのだろうが、しょせんは下級悪魔。体はデカくとも知能はゴブリン並みである。これが上位の悪魔だと妙に頭が回るので同じ手は使えないだろうけど。


 呼吸を整えながら、小型の携帯ランタンで照らして梯子を下る。10mほど下りると俺の部屋よりも狭いくらいの石壁で囲まれた空間があり、中央には鈍色に光る宝箱が置かれていた。マジックアイテムが確定で入っている[銀の宝箱]だ。やっぱりあったか。

 

 ダンエクではゲート部屋から近いこの宝箱は取り合いになっていて、いつ来ても中身は空っぽだったけど、こちらの世界では認識阻害が効いているせいか誰も取りに来ないようだ。早速、小物入れからオババの店で買った[宝箱の鍵・銀]を取り出して開けてみる。

 

 人が一人入れそうなほど大きな宝箱なのに、中に入っていたのは赤い宝石の付いた小さな指輪が一つだけ。だが大きさイコール価値ではないのでガッカリする必要はない。手に取ってよく見てみれば宝石の周囲にキラキラした粉雪のようなものが舞っている。

 

「これは……もしかして精霊が宿っているのか」

 

 マジックアイテムの中にはごく稀に精霊が宿っているものがあり、それらは使い続けると進化するという特性を持っている。手に入れたときは効果が弱くても上手く育てていけば強力な効果を発揮するので、プレイヤー間で驚くような値で取引されていたものだ。

 

 この赤い宝石に宿っている精霊は生命力を高めるカーバンクルだと思うので、HP回復の効果が見込めるはず。

 

「どうせかすり傷程度しか治せないと思うけど、一応装備しておくか……って、おい」


 どの指に付けようかコロコロと転がしているとイラっとした不機嫌な魔力を感じた。もしかして意志でもあるのだろうか。とりあえず無視して嵌めてみると効果はあったようで、体中にあった小さな傷がみるみる塞がっていく。効果は1分間あたりHP+1程度だったはず。それでも普段使いには十分すぎる性能だろう。


 上の方では爆発音と振動がより大きくなり、落ちてくる砂埃や破片も徐々に増えていく。そろそろ終わる頃合いだ。ならば最後の締めといきますかね。

 



 *・・*・・*・・*・・*・・*

 


 

「グォァア゛ア゛ア゛!!」

 

 青く濃密な《オーラ》を全身にまとって俺を握り潰そうと腕を伸ばしてくるが、動きが速くなったわけでもないので小さく旋回すれば余裕で避けられる。ついでに挑発スキルを重ね掛けしておこう。

 

『いっけぇーー! 《ぶった斬り》!!』

「もう一本いただくわ……《ダブルスティング》」


 大きく踏み込んでジャンプし、振り上げた巨大な両刃斧に渾身の力を乗せて、垂直に振り落とす天摩さん。衝撃波が発生するほどの斬撃は《オーラ》と分厚い表皮を容易に切り裂いてクリティカルダメージを与えている。

 

 レッサーデーモンはあまりの痛みにうずくまり片手を突いて動きを止めると、その無防備となった腕に的確にスキルを当てて斬り落としに成功する久我さん。四本あった腕はすでに三本切り落とされ、残りは一本のみ。再生が間に合っておらず体中から血を噴き出し、満身創痍で動きも大分鈍くなっている。あとはもう煮るなり焼くなりという状態だ。

 

(それにしても、攻撃に専念した二人の火力は予想以上だったな)

 

 身体全体が《オーラ》で覆われ防御力が数段アップしたレッサーデーモンのHPを、まさか10分足らずで削り切るとは。挑発スキルが無ければ、とてもじゃないがヘイトを持ち続けることはできなかっただろう。

 

「アイテムの分配はどうするの……この悪魔の角は良い素材になると聞くわ」

『伝説の大悪魔ってどんな味がするのかなー。わくわく』

「グァア……ァア……」


 すでにドロップ分配の話に入っていた。天摩さんは腰のあたりに斧スキルをブチかましながら『この辺りのヒレ肉、ドロップしないかなー』などと無慈悲なことを言い、久我さんは頻りに角を引っこ抜こうと短剣を振り回しながら飛び回っている。

 

 一方のレッサーデーモンは人間の言葉が分かるようで、最初に召喚されたときと比べ、見違えるような弱々しい呻き声を放っている。何やら弱い者いじめをしているような気もしなくもないが、俺にあんなスキルを撃ち込んできた悪魔に情状酌量の余地はない。もっとも、あの二人は素材欲しさに手加減など微塵も考えていないようだが。

 

 残りHPは数%となり勝利が確実となったところでレッサーデーモンが甲高い雄叫びを上げはじめる。これは悪魔系モンスター特有のSOSスキルだ。

 

 近くにいるモンスター、もしくは魂が共鳴している他の悪魔族に「手下になるので助けてくれ!」と屈辱のヘルプコールをしているのだが、この階層にモンスターは出ないし、近くの階層にも悪魔なんてポップしない。つまりは無意味なスキルに成り果てているというわけだ。

 

「ということで命乞いも済んだことだし、終わりに――なっ!?」

『えっ。これなにー?』

 

 這いつくばるレッサーデーモンにトドメを刺そうと剣を振り上げると、俺のすぐ目の前に紫色に光り輝く幻影が現れた。何者かが《ゲート》を使ってここにやってこようとしている。

 

 何事かと三人とも離れて様子を見ていると、中から出てきたのは――

 

「ここかな? やっぱりここだ……随分と魔素が薄いなぁ。おや?」


 人間でいえばまだ中学生に入ったかどうかくらいの幼さが残る顔。長くゆったりとした金髪に爛々と輝く赤い瞳。白い鱗のような全身鎧の上に赤く縁取られた漆黒のマント。頭には大きな巻き角が生えている。“戦闘モード”に入った魔人だ。

 

 俺はこの魔人を知っている。だけど記憶にあるのはもっと大人しく、オドオドとしていたはずだが……それがどうにも、いや、大分様子がおかしい。

 

「あれあれ。あきらちゃんに琴音ことねちゃん……と、なんでブタオまで? どういった人選なのコレ」

 

 こちらを見て仰々しく驚くポーズをする魔人。どうして俺達の事を知っているのか。それは恐らくはことなんだろう。


「あなたは何者なの。その角……悪魔の仲間?」

『悪魔? でもどうして私達の名前知ってるのかなー』


 見た目が年下の男の子なせいで二人はあまり警戒していない様子。だがその考えは早々に改めなければならない。この世界において見た目と強さはそれほど相関性が無いのだから。現にこの魔人のレベルはレッサーデーモンを遥かに凌駕している。

 

「グォオォ……グォオォ……」

「ん? そういえばお前がボクを呼んでたんだっけか。でも今は忙しいから。お邪魔虫にはー《アガレスブレード》」


 魔人が手首をひっくり返すようにスキルを発動させると、視界が光に包まれ、轟音と爆風が巻き起こる。突然の出来事に棒立ちしていた俺達三人は吹き飛ばされてしまう。

 

 後に残ったのは縦に抉れた地面の中で真っ二つになったレッサーデーモンの成れの果て。それもゆっくりと消え失せて魔石と角だけになる。

 

「それでボクさぁ、“外”に出たいんだけど。どうすればいいのか教えてくれないかな」


 這いつくばりながら見上げると、最初に現れたときと変わらず狂気に満ちた目が爛々と輝いていた。

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