第86話 初めての友達
聖女が倒したと言われる伝説の大悪魔。その姿を目の前にし、胸元から小石を取り出した周防は光に包まれて消えてしまった。悪魔を召喚するだけして何もせずに離脱しやがったのだ。
「えぇっ!?」
『に、逃げたー! このー!』
世良さんは口を両手で抑えながら平静さを失って動揺しているし、天摩さんはあまりの無責任な行いに地団駄を踏んで怒っている。普段みる事のない姿はとても新鮮……いや、そんなことを言ってる場合ではない。
先ほど周防が使ったのは《イジェクト》の魔法が込められた脱出アイテム、別名、帰還石とも言われている。ダンジョンの外まで直接ワープする効果があり、命がかかっているこの世界では是非とも持っておきたい代物だ。あれ一つで家が一軒買えるくらいの値段がするため、おいそれと使えるものではないが。
「成海颯太。あなたはどこまで戦えるの?」
「俺は……」
プロテクターを手早く装着し、短刀を携えた久我さんが俺の実力を聞いてくる。強敵との戦闘が不可避と分かった今、少しでも生存率を上げようと考えているのだろう。だが実力を見せればとんでもなく面倒になることは容易に想像できる。
レッサーデーモンは魔法陣から完全に姿を現し、誰の命からすり潰そうか舌なめずりしながらゆっくりと吟味してくる。毒々しい《オーラ》が場を包み、清らかであった神聖な空間が
「さすがに私と天摩様だけで、あのようなものと戦うことはできません。申し訳ないのですが……」
(あれは。やっぱり持っていたか)
首にかけていた透明な小石を取り出す。大貴族の嫡女であり、類まれな才能と容姿を持ち、【聖女】の後継者にも選ばれている希代の才女。彼女の家としてもあの程度の保険を持たせるくらい安いものだろう。
「天摩様、あなたも迷っていないで使うべきですわ。あのお二人については残念ですがそれも天命。お家のことを第一に考えて生きるべきです。それでは失礼」
ぎゅっと握りながら魔力を通し、周防と同じように光に包まれ消えていった。
こんな絶望的な状況で、大して仲が良いわけでもなく知り合い程度の同級生のために命を張るなんて愚かな事だ。それに彼女が言ったように貴族の跡取りであるならば家のことを第一に考えて生きるという選択肢も十分に理解できる。むしろ俺としては逃げるなら早く逃げて欲しいくらいなんだが。
「これ以上に無い最悪な状況ね……来るっ!」
二人が離脱し、残りは三人となってしまった。レッサーデーモンはもう誰一人逃がすまいと地響きを鳴らしながら突進し、大きな拳を振り回そうとしてくる。
それに割って入ったのは大きな両手斧を盾のようにして受け止めた天摩さんだ。俺の目の前で足を踏ん張って大質量の拳をギリギリと抑え込んでいる。うっすらと赤い《オーラ》が漏れ出していることから、彼女固有のスキル《怪力》を発動させているのが分かる。
精霊に愛され
『少しの時間だけウチが耐えてみせるっ! だからっ、この部屋から出る方法がないか調べてみて!』
四本の太い腕を暴風のように振り回し乱打してくるレッサーデーモン。その連撃を《怪力》頼みに耐えようとするが、あまりの速度と威力に対応できずぶっ飛ばされる。勢いはそのまま止まらず、何度もバウンドしながら壁に激突してしまった。
「天摩さん無理するな! 俺達のことはいいから遠慮なく脱出アイテムを使ってくれ!」
『嫌だ! せっかく、せっかくできた初めての友達なのに……絶対に見捨てないからっ!』
何度もぶっ飛ばされては自身を鼓舞するかのように声を上げて立ち上がり、再び挑みかかる天摩さん。自慢の鎧が傷つき凹んで血が流れているのもおかまいなしだ。そういえば俺の前では陽気に振舞っていたから想像はしにくいけど、中学時代から腫物扱いされていてずっとボッチだったっけ。それで彼女はあの鎧に閉じこもったのだ。
(まぁでも……嬉しいことを言ってくれる)
学校から落ちこぼれ扱いされて避けられている俺を友達と言い、伝説と
一方の久我さんは手に持っていた学校のレンタルナイフでレッサーデーモンの足を斬りつけるものの、ほとんどダメージを通せていない。分厚く硬い表皮に加えて再生スキルが働いているせいで実質ダメージはゼロだ。もっと強い武器を使うか本気で攻撃すれば別だろうけど、レッサーデーモンのヘイトが安定しない中では大きく踏み込めずにいる。
だけど、久我さんも戦ってくれるなら俺も全てを出さずに済むかもしれない。見た感じ、あの二人に必要なのは優秀なタンクってところだろうな。
「分かった! ならば俺がタンクを引き受ける。アタッカーは二人に任せた!」
『成海クン、無茶しないでっ!』
無茶は天摩さんだよ。逃げようとすれば脱出アイテムですぐにでも逃げれたのにさ。天摩家総帥が溺愛する愛娘に持たせていないわけがないし。それでも見捨てず命までかけてくれたなら、俺だって少しくらい力を開放するさ。
マジックバッグから純ミスリルの黒い小手を取り出し手早く装着。あとは使う予定はなかったが仕方がない……まだメッキを施していない純ミスリルの長剣も取り出す。まずは天摩さんに向いていたヘイトをはぎ取ろう。
「デカブツ、こっちだぁあ! 《イリテッド・ハウル》!」
大音量の咆哮と衝撃波が俺の口から発せられる。強制的に対象のヘイトを持っていく挑発スキルだ。やっぱりこれがなければタンクは始まらないぜ。
天摩さんに連打を浴びせていたレッサーデーモンは、磁石で引っ張られるかのようにくるりと振り返り、俺に向かって走ってくる。自分も何故注意を引きつけられたのか分かっていないようだ。
「そのスキルは……“帝国”の。やっぱり」
『なにっ? 何をやったの!?』
【ナイト】はどこかの国の秘密ジョブらしいが、これくらいは見せても大丈夫……だと思う。あとで
「アゲていくぜぇ!! 《フレイムアームズ》!!」
両手を広げるようにスキルを発動すると赤い蛇のような《オーラ》が腕にまとわりつく。【ウォーリア】が覚えるバフスキルで、STRを30%上げる効果がある。これを使っても数値上はまだコイツと打ち合えるレベルに達していないが、受け流すくらいなら十分だろう。
「二人とも遠慮せず火力を上げていってくれ。ターゲットは俺が何としても固定する!」
挑発スキルをやられ、煩わしそうにこちらに拳を振り落ろそうとするレッサーデーモン。まともに受ける気はないので側面方向に旋回しながら回避し、隙を見つけてミスリルの剣で斬りつける。しばらくはこれらを繰り返してクール毎に挑発スキルを重ね掛けし、ターゲット固定することを第一に考えればいい。
『何だか分からないけどいけるんだね! それならウチもいっくよー!』
「……フンッ」
俺が上手くヘイトを取ってタンク役ができると判断した天摩さんは、巨大な斧をぐるんぐるんと回転させながら勢いよく叩き込む。《怪力》のおかげで一発の火力が凄まじく、高い防御力を誇る表皮にいくつも深い傷跡を付けてHPをごりごりと削っていく。学年最強を誇る彼女の近接火力は伊達ではないようだ。
久我さんも攻撃スキルを使っていないのにダメージを通している。あの手に持っている青白く光る短刀には、切断力を高める魔法がエンチャントされているようだ。
「グォギァア゛ァアア!!!!」
レッサーデーモンは唸り声を上げながら腕を乱暴に振り回してくる。俺に思うように拳を当てられず、その上、背後からは怒涛の攻撃を叩き込まれているせいで相当に苛立っている模様。そんな状況を打開しようと胸を大きく反らしてスキルモーションの構えを取る。
四本の腕全体に眩いほどの青い《オーラ》がほとばしり、咆哮と共に拳が振るわれた。
『成海クン、危ないっ!』
「大丈夫だ。けどちょっと離れてて」
レッサーデーモンはリーチの長い四本の腕を高速で振り回してくるので、通常ならその全てを避けることは難しい。だが恐れず密着し、回り込むようなポジションを取っていけばほぼ当たらないという攻略法がある。重装備で余程の
だが、今からコイツが使おうとしている攻撃スキルは中距離だけでなく至近距離までカバーするので死角はない。回り込む回避方法も使えず、かといってまともに受けとめればダメージも免れない。初見で戦うとしたらさぞかし骨が折れる相手だろう。
(でも、俺は初見じゃないけどな)
ダンエクでは、特殊クエストを受ければ特定のフロアボスに何度も挑める仕様になっていた。階層=レベルになってしまう制限はあったけど、美味しいアイテムを貰えたのでゲーム時代には数えきれないほど挑んだものだ。ちなみに俺は、コイツのソロ討伐タイムアタック記録まで持っている。
どれくらいダメージを負えばどういった行動をしてくるか、スキル発動直後の溜めを見れば何のスキルを使うのかくらい体で覚えているのでタイミングだって容易に取れる。この攻撃スキルの場合、初手は上腕からの振り下ろしでスタートするので、軌道から体を外しておいて冷静にカウンターを決めていけばいい。
ゲームと同じく雄叫びと共に両腕を振り落としてくるのを見て、あらかじめ重心を動かしておき余裕を持って躱す。その後の二連突きをかいくぐって一閃。次に左方向から横に払うパンチが来るので俺も右方向にぐるりと背後に回りながら片手剣スキル《ボーパル・スラスト》の三連斬を叩き込む。
野太い悲鳴を上げるが、一度発動したモンスターのウェポンスキルは止まらない。
下から振り上げるようなアッパーが来るので先ほどのウェポンスキル硬直を《バックステップ》でキャンセルし、振りぬこうとする腕の軌道に《スラッシュ》を置いて肘から先を断ち切る。
最後は一本腕を失ったまま上空にジャンプして落下と共に叩きつけてくる攻撃をしてくるので、落下地点から離れて見ているだけでいい。
「グア”ア”ァ”アオ”ォオ”オォ」
『す、凄いよ! どうなってるの、今の動きなに!?』
「全て見えていた……いえ。何が来るのか全て分かっている動きに見えた」
さすがは久我さん。重心の移動を見られてたか。全くその通りなんだが実際はそれほど余裕があるわけでもない。
戦う前はレッサーデーモンなんて俺一人でもどうとでもなると思っていたし皆にはさっさと逃げて欲しかったけど、共闘できて本当に良かった。
攻撃が当たらないと分かっていても、轟音を響かせる拳を鼻先で振られて平気なわけがないのだ。見知った敵とはいえ、こんな奴と長期戦なんかしていたら精神が削られ事故率が急上昇していたことだろう。二人がアタッカーをやってくれているおかげで俺は回避に専念できている。感謝したいくらいだ。
レッサーデーモンの落下により砂利や土埃が盛大に舞い上がり、同時に耳をつんざくような呻き声が響き渡る。落下地点では4mもの巨体をくねらせ転げ回っていた。斬り落とした腕からは血が噴き出ているが、再生スキルがあるせいで数十秒もすれば完全に修復されてしまうだろう。
だが今は無防備に
「いまだ! 叩くんだ!」
『えへへ。おりゃーー!!』
「遠慮はしない……《ダブルスティング》!」
大きな両手斧を振り上げて飛びかかり、ここぞとばかりに滅多打ちにする天摩さん。一発振るうたびに軋むような旋風を発生させ、ゴリゴリとHPを削り取っている。想像以上の火力にオラは若干引き気味だ。一方で短刀を持つ腕を高速で振るわせ、引っ搔くようにスキルを発動する久我さん。より効果的な場所を探して急所っぽいところを的確に切り刻み続けているのが頼もしくも恐ろしい。
だがフロアボスのHPは莫大であり、これほどのダメージを与えてもまだ半分近く残っているはず。それにコイツは残りHPが少なくなれば“発狂”もしてくる。気を抜かず確実に処理していかなくてはならない――それでも。
『さっきはよくもやってくれたなーっ! 肉っ! 肉よこせーっ!』
「この角も……寄こしなさい」
あの頼もしすぎる二人がいれば、労せずいけそうな気もしてきたぜ。
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