第85話 音は鳴る

「まずは私と世良殿、天摩殿の三人で行きませんか。きっと素晴らしいものをご覧にいれますよ」


 ゴールである悪魔城を目の前にして、最初に誰から入るかという議論になっていた。そんなものは皆で一緒に入るか到着順でいいだろうと思うのだけど、メンツとプライドの塊である貴族様にとっては重要な問題らしい。我が先だといがみ合う中、最初はクラスの代表者のみで入りたいと周防が提案する。

 

 その代表者に天摩さんも入れたのは学年次席として1年を代表する生徒だからだそうな。別の見方をするならば周防が認めるほどの実力者だということだ。

 

 ところがその天摩さんは「クラスの代表者資格なら成海クンもだぞー」などと余計なことを言ってしまう。確かに俺もクラスの代表者であるものの、単に厄介事を押し付けられただけ。それをこの場で言うのも気が引けるので何と言って断ろうかと考えていると「コイツが行くなら私も行く」と久我さんもゴネ出す始末。

 

「……そうですか。まぁいいでしょう」


 部外者二人の追加をあっさりと許可する周防。何かを企んでいるはずだが、その計画を実行するにおいて俺と久我さん程度なら障害にもならないと考えたのだろうか。

 

 私の目の届かぬところで野獣を近づけさせてなるものかとメイドさんも鼻息荒く付いて来ようとするも、天摩さんに却下され涙目になっている……いや、こっちを睨まないでくださいよ。

 

「お考え直し下さい、世良様!」

「中学時代のことをお忘れか。何か良からぬ事を企んでいるに決まっております」

「あちらは周防様ただお一人。それにこちらには天摩様もいらっしゃいます。何をそんなに恐れることがあるのですか」


 世良一門の貴族や巫女さんが詰め寄っていさめようとするものの、世良さんは聞く気はない模様。束縛を嫌い、どんなときも好きなように行動する性格なので警護役はさぞかし苦労することだろうが、そんな自由な世良さんも素敵である。


 それでも、あの周防がわざわざ案内役なんて買って出るわけがないのは同意見だ。何かを企んでいたとしても奴一人で何ができるのか。

 

 例えばこの城の中に暗殺者でも待ち伏せさせているとか。何か危険なトラップでも仕掛けられているとか。あるいは伝説の大悪魔とやらを復活させるとか。だがいくらライバルといえど世良家は侯爵位の嫡女であり【聖女】の後継者。そんな人物を傷つけたとあっては周防もただでは済むまい。気にしすぎだろうか。

 

「それでは周防様。エスコートを宜しくお願い致しますわ」

「承知」

『それじゃ一緒に行こうよ。成海クン』


 あれこれと考えているとプレートメイルの小手に手を掴まれエスコートされてしまう。まぁ俺がここで何を言おうが変わると思えないし、なるようになるしかないか。


 

 

 先頭に周防と世良さん。続いて俺と天摩さん、久我さんが並んで城内に入る。過度に装飾された玄関をくぐればシャンデリアで眩く照らされたエントランスホールが広がっており、左右には大きな扉が設置されている。左の扉に入れば熱帯の森が広がる21階へ行くことができるわけだが周防はそちらには行かず、右にある扉を開けて入るよう促す。


 扉の先は城の大部分を占有するほどの巨大な広間があった。天井はとても高く、両サイドには大きなステンドグラスがはめられた窓がある。差し込まれた暖かい光が神聖な空気を作り出している。最奥には巨大なパイプオルガンが置かれていることから、やはり城ではなく聖堂みたいに宗教的な使われ方をしていた場所だろう。

 

 そしてこの広間こそが【聖女】と大悪魔が戦った舞台である。

 

「ここでの戦いについて、よく大婆様にせがんだものです」


 辺りを感慨深そうに見渡しながら言う世良さん。“大婆様”とは【聖女】のことで、曾祖母だったはず。日本の冒険者の始祖と言われる曾祖母と、いくつも攻略クランを葬ってきた大悪魔との死闘は今でも語り継がれる伝説になっており、世良さんも幼少のときから強く興味を引かれていたそうな。


『そうそう。どうしてそんなヤバい相手を四人だけで倒したのかって道中に話をしてたんだよねー』

「それは聞いてはいませんが……でも、大婆様が戦うときはいつも四人でしたし、そのほうがやりやすかったのではないでしょうか」


 信頼できる仲間だからこそ安心して背中を預けられる。即興で作られたパーティーなど足手まといにしかならないと常日頃から言っていたらしい。ゲームなら少しでも人数を増やして戦力を高めたいと考えがちだが、実際に命を懸けた戦いとなれば信頼という要素は無視できないものになるのだろう。

 

(まぁそれも方便な気がするけどね)

 

 俺としては隠匿スキルやジョブ特性を見られたくなかった、というのが理由だと考えている。【聖女】という存在そのものが特級のシークレットだけど、【聖女】というジョブも広域回復や死者蘇生などヤバい魔法を覚えるわけで、そんなものが世間に知れたら何が起こるかわからない。日本政府も情報管理には相当に気を使っていたはずだ。

 

 周防も知り得る情報を物語のように語る。大悪魔の正体は身長5mを超え、六つの腕を驚くべき力で振り回してくる屈強な鬼タイプのモンスターだという。またHPを削っていくと鬼の体が青い炎に包まれ、攻撃力、防御力が大幅に増加し、真の戦士以外では手が付けられなくなるとのこと。

 

 大悪魔を見て生き残った者は僅かしかおらず、凄惨な戦いだったせいもあり精神を壊している者も多い。正確な情報を集めるのも苦労したというけど、正解は――

 

(腕が4本で《魔闘術》を使ってくるマッチョなレッサーデーモンでした)


 レッサーデーモンは下位の悪魔に分類されるモンスターだ。下位といえどダンエクの悪魔は強力な個体が多く、肉体能力、魔力のみならず所持スキルも多いので倒すとなると非常に厄介だ。

 

 しかもこの部屋にいたのは悪魔のフロアボスという特別な個体。他のフロアボスと比べても討伐難度は大幅に高く、当時の攻略クランが倒せなかったというのも納得のいく話である。だからこそ【聖女】もよくそんな討伐要請を引き受けたなと思う。政府の頼みとはいえ誰も勝てなかったモンスターを相手にしろなんて言われたら、俺なら逃げるけどね。

 

 一方、久我さんは大悪魔談義をよそに広間の奥にあるパイプオルガンを興味深そうに眺めていた。試しにと何段もある鍵盤をいろいろと押しているけど何の音も鳴らない。上に並んでいる巨大なパイプはどれも綺麗な状態で壊れているようには見えないけど、俺は構造に詳しくないので見当が付かない。天摩さんも興味があるようで鍵盤や足鍵盤を覗き込んでいる。

 

『このオルガンはどうやったら音が鳴るのかなー』

「もしかしたら後ろにある送風機が壊れているのかもしれない……」

「いえ、壊れてなどいないそうですよ」

 

 何がおかしいのかクックックと低く笑いながら天摩さん達の会話に割って入る周防。何かを知っているようだ。

 

「この楽器は、大悪魔と戦うときのみ音楽が奏でられるそうです」

『大悪魔と? でももう出ないから聞けないんでしょー』

「どういう仕掛けなの……」


 周防がボス戦のBGMを奏でてくれる気が利いた楽器だと面白おかしく言う。久我さんはますます興味が湧いたのかあちこち引っ張ったり押したりして触り出す。これほどの規模のパイプオルガンを壊したらさぞかし値が張るだろうが、ダンジョンには修復機能があるので何の問題もない。天摩さんは「もう聞けないのかー」とがっくりと項垂れるポーズをしている。

 

「いえいえ。聞くことはできますよ?」

『えーでも、さっき大悪魔が出ないと聞けないって』

「ですから大悪魔をもう一度呼び出せばよいではないですか」

 

 コイツは何を言っているのだと皆が首を傾げて見ていると、周防はカバンから一冊の分厚い本を取り出す。表面には血管のようなものがびっしりと浮き出て脈動しており、タールのような《オーラ》が漏れ出している。不気味を通り越してグロテスクともいえるアイテムの登場により、先ほどまで和やかだった雰囲気が破壊される。

 

 なるほど、企んでいたのはこれか。

 

「何を……する気」

「それはまさかっ!?」

「せっかくここまで来たのですから、是非とも大悪魔を拝見したいですよね」


 久我さんは身を低くして警戒し、世良さんはあの本に見覚えがあるようで驚きのあまり後ずさりし、天摩さんはキョロキョロしているだけ。周防はそれがおかしかったのかますます笑みを濃くする。

 

 あの本は間違いなく“悪魔召喚の書”だ。それも恐らくここのフロアボス、レッサーデーモンを呼び出すための。

 

 元はアップデートにより追加されたもので、入手するためには面倒臭い手順をいくつも踏んでDLCエリアにある特殊クエストをクリアする必要がある。てっきりゲーム知識がなければ入手不可能だと思っていたが……もしかして月嶋君が教えたのだろうか。


 しかしながら呼び出すというのはブラフだろう。一度あれを発動してしまえばこの部屋はロックされ、強制的に戦闘となってしまうからだ。そうなれば周防も巻き込まれる……って躊躇なく本に魔力を込めて発動させやがったぞ。何を考えているんだ!

 

 本を掲げるとドクンドクンと脈動が大きくなり、勝手に開かれて中から黒い何かが飛び出し石床に着弾する。するとその場に三角形と逆三角形を組み合わせた巨大な六芒星ろくぼうせいが描かれ赤黒く光り出す。召喚魔法陣が発動したのだ。

 

 大悪魔の召喚が確実と察知し、すかさず部屋から出ようとする世良さんと久我さんだが、それも叶わず。あの本に魔力を流した時点で悪魔召喚のトリガーは引かれ、全ての出入口は封鎖されたのだ。だからこそアイツと戦って負けた攻略クランは全滅していたわけだが。

 

 時を同じくして正面奥にあったパイプオルガンがひとりでに動き出し、悲哀と狂気が入り混じったような終末的な音楽が大音量で奏でられる。ボスステージのBGMに相応しいといえばそうなのだけど、実際にその場にいる人間にとってはそれどころではない。


「ん~聞きしに勝る素晴らしい音楽ですね。さて、いよいよ出てきますよ、伝説の大悪魔が。私も見るのは初めてです」

 

 余程興奮しているのか周防は目を見開き、奏者のように手を広げながら上ずった声で悪魔召喚を実況する。

 

 振動とともに魔法陣の中央付近から大きな山羊頭がゆっくりと生えてきて、次いで赤黒い筋肉質の上半身に、アンバランスなほど太い四本の腕。そして悪魔族を示す矢印のように鋭く尖った尻尾がお目見えだ。


 身長は約4mと、見上げるほどに高い。こちらをじろりと睥睨する複眼のような目を見れば、絶対に人間とは理解しあえない存在だと理解させられる。ただひたすらに命を貪り尽くしたくて堪らない、そんな悪逆無道な感情が垣間見える。


(さて、どうする)


 モンスターレベルは25。特殊スキルを多数持つ悪魔系フロアボスなので数値以上の強さがあるわけだが……やっぱり俺も戦闘に参加しないといけないのだろうか。こんな濃いメンツの前で本気なんて出せるわけがないぞ。

 

「あっ、あなたは何をしたのか分かっているのっ!」

『こんなもの呼び出してどうする気なのさー!?』


 あまりの無責任な行いに普段温厚な世良さんと天摩さんも大層ご立腹だ。俺も当然ご立腹である。呼び出したコレをどう始末する気なのか、何か良い対策でもあったりするのかね。


「大悪魔の腕は四本でしたかっ! いやはや、これは強そうだ! それでは拝見も済んだことですし私はお暇しようと思います。あなたたちも四人で倒せば【聖女】に並ぶ伝説になれますよ。健闘を祈ります」


 周防は胸元から透明な小石を取り出し魔力を込めると「まぁ四人のうち二人は劣等クラスのゴミですが」と言いながら光に包まれ、そのまま消えてしまった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る