第84話 聖女と大悪魔

『それでねっ、ほんとのギリッギリで華乃ちゃんが来てくれたんだよっ』

『今日も来ちゃったー!』


 サツキと仮面を付けたままの華乃とグループチャット。陽気な声で昨日あった出来事を伝えてくれているが、内容は深刻だ。

 

(トレインまでやってきたか……)


 ピンクちゃんがいたトータル魔石量グループがトレインに襲われたという。平均レベルが5にも満たないグループにオークロードなんてぶつけたら、どうなるかくらい誰でも予想できるはずなのに。

 

 最初は高校生の試験に助っ人が来たところで、嫌がらせ程度に抑えると考えていた。これはゲームでもそうだったからだ。だがやってきたことはMPK、つまり殺人未遂。将来を見据えて努力している高校生に大人が何をやっているのだ。

 

 それからリサが送ってきたトレインを主導したというこの写真の男には見覚えがある。いつぞや7階で華乃の足を斬りつけた男。背後にソレルがいるのは間違いない。まさかうちのクラスメイトにも攻撃を仕掛けるとはな。

 

 こんな悪質なことをやってソレルや上位団体にダメージがいかないと高をくくっているか。それとも証拠さえなければ何をやっても構わないという考えなのだろうか。いずれにしてもここまでやってきたからにはもうただでは済まされない。というかこんなモラルの欠片も無く、有害でしかないクランはさっさと潰さねばなるまい。

 

 ソレルはいずれ潰す予定でいたが、放っておけばこの試験の最中にも何をしでかすか分からない。狙われたトータル魔石量グループにはガードを付けておくべきか。俺も20階に着いたらすぐに引き返したほうがいいだろうな。

 

「華乃、時間あるときだけでいい。サツキ達を見守ってやってくれないか」

『うんっ。でも冒険者学校の生徒なのにどうしてこんな浅い階層で苦戦しているのかなぁ』


 それはね、お兄ちゃんと違ってゲーム知識を駆使できないからだよ。とまぁ、そんなことは言わないけども。

 

「また何かあったらすぐに知らせてくれ」

『うん、ソウタも気を付けてねっ』

「華乃はカヲルに正体バレないよう注意しろよ」

『はーい。でも全然大丈夫っぽいよ。あの人、鈍感みたいだし』


 はぁ……とため息をつきながら通信を切る。どうしたもんかね。ゲームではどんなルートだろうとここまではしてこなかったというのに。何が変わったのだか。

 

 頭を悩ませながらトボトボと休憩地点へと戻る。

 

 

 

「遅いぞ、糞野郎ッ」


 天摩家ブラックバトラーの長であるメイドさんが「お嬢様を待たせやがったら折檻してやるところだ」と拳を見せつけギロギロと睨みつけてくる。普段は清楚でお淑やかなお姉さまだというのに、近くに天摩さんがいないと容赦なくののしってくる。ゾクゾクしてしまうではないか。

 

 見れば天摩さんはすでに昼食を食べ終わっており、出発に向けて執事達にフルプレートメイルを隈なく磨かれていた。汚れや傷一つ逃すまいとピカピカになるまで擦っているせいか光が乱反射して眩しい。一方、やや離れたところでお握りを齧っていた執事バージョンの久我さんが不機嫌そうな目でこちらを見ている。

 

「どこ行ってたの。逃げたのかと思った」

「逃げるもなにもこんな階層で……」

 

 ここはダンジョン19階。古いレンガで作られた建物が立ち並ぶ廃墟MAPだ。とにかく死角が多く、さらにはスケルトンメイジやスケルトンアーチャーなどの飛び道具を使うモンスターが大量にポップする危険な階層でもある。遠距離攻撃対策も無しにのうのうと歩いていたらハチの巣になりかねない。

 

『それじゃ出発しよっか。黒崎くろさき、結界お願いねー』

「かしこまりました、お嬢様」


 メイドさんがうやうやしく頭を下げた後、ポットのような魔導器を手に持って“天”と書かれたスイッチ――天摩商会の商品だろうか――を押す。すると数秒ほどで半透明なドーム状の壁が現れた。これは遠距離攻撃を一定量防ぐ《アンチミサイル》の魔法が込められた魔導具だ。

 

 とりわけ危険な19階の往来には、この魔導具の有無で大きく難度が変わってくる。個人なら隠密スキルを使えば事足りるかもしれないが、これほどの集団となるとそれもまず無理。パーティーで来るなら絶対に揃えておきたい必須アイテムだ。

 

 なお、この結界の大きさでは助っ人を含めた到達深度一行全員カバーすることはできないので、AクラスとBクラス別れての移動となっている。

 

「天摩様、わたくし達も失礼しますね」


 取り巻きの貴族や助っ人と共に、世良さんが銀色に光り輝く髪をなびかせながら結界内に入ってくる。ダンジョン4日目だというのに一切の疲れを見せず、ダンジョンに入った時と同じ輝くような笑顔を振りまいている。

 

 だがこの階においても防具は着用せず、制服姿のまま。日本の国宝に指定されているアレはおいそれと着ることは許されていないのかもしれない。これだけ助っ人がいれば戦う機会などなさそうではあるが。

 

 そんな世良さんは相変わらずお喋りが好きなようで誰彼構わず色々な人に話しかけまくっているけれど、俺には一向に話しかけてくれない。むしろ視界に入っていないというか……もしかして《天眼通》で将来性が絶望的と判断されてしまったせいだろうか。長年憧れていたヒロインに全く相手にされなくなってしまい、この切なく寂しい感情にオラ挫けてしまいそう……

 

 ――しかしだ。

 

 高校に入ってからはカヲルにセクハラなんて一度もしていないはず。それなのに何故に退学となってしまうのか、非常に気になるところではある。もしかして何をしようとも未来メインストーリーは変わらない、ということもありうるのか。

 

『それでねー黒崎が成海クンは野獣だ、性獣だと言ってくるんだけどどうなの?』

「どうなの、と申されても……」

「野獣だと思うけど、性獣の可能性も捨てきれない」


 隣には親しげに話しかけてくれる天摩さんと久我さんがいるので気分が晴れる……かと思いきや、何やら物騒な会話をしているではないか。メイドさんのほうを見れば黒い笑みで顔だ。俺を近づけさせたくないのは分かるけど、こっそりと性犯罪者に仕立てようとするのはやめていただきたい。

 

 気分を変えるために周りの景色を見ながら歩く。

 

 この階層は直径1kmほどの円状構造になっており、今までの階より狭いMAPとなっている。とはいえレンガ仕立ての廃屋が所せましと敷き詰められるように建っているので、情報量は非常に多い。もしここに人が住んでいたら5万から10万人くらいの都市になるのだろうが、今はアンデッドしかいない荒廃した死の都市となっている。

 

 街の中心に目を向ければ、いくつもの鋭利な塔が突き出た巨大建築物がそびえ建っているのが見える。高さが100m近くもあるゴシック様式の城である。あの城の中が今回の目的地、20階だ。

 

 その城内は全域において安全地帯。内装も細やかな彫刻や色彩鮮やかなステンドグラスをふんだんに使われており、ダンエク時代は観光名所の一つでもあった。

 

『“悪魔城”に行くのは久しぶりだなー。二人は初めてだよね』

「もちろん初めてだよ」

「私も行った事はない。でも、どうして悪魔城?」

 

 当然行ったことはないと言っておく。この体では初めてなので嘘ではない。そういえばあの城に悪魔城という名前が付いていたっけ。はて、理由はなんだったか。

 

『その昔にね、【聖女】様が伝説を作られた特別な場所なんだよー』

「【聖女】……それはとても興味がある」


 日本にダンジョンの入り口が現れたのは大正に入って間もない頃。出現当時は中に入る者なんてほとんどおらず、たった四人の冒険者が攻略を続けていたという記録が残っている。そのうちの一人が【聖女】だ。

 

 彼女らがやっていたダンジョンダイブとは、俺達のようにただ潜ってモンスターを効率よく倒しているようないダイブとはわけが違う。誰も踏み入れたことのない階層を攻略していくということは、情報も無しに凶悪なフロアボスを毎階層倒して進むことと同意義だからだ。

 

 例えば5階のフロアボスはオークロード――今は単なる隠しボス――なのだが、これを情報も攻略法も全く持たず、ぶっつけ本番で戦闘となったらどれほどの難度になるのか。レベルを上げて挑戦しようにもフロアボスを倒さねばその階層から先に行けないので十分なレベル上げなど当然できない。

 

 そんな状態なので攻略階層を一つ進めるだけでも死闘の連続なのである。やっていることは攻略クランの新階層攻略に近いが、それをたった四人でずっと続けていたのだ。命知らずにもほどがある。


 そして時は流れ、戦後まもなくの頃。

 

 この世界の“戦後”とは別に本土決戦などやっていないので日本は荒廃していたりはしない。むしろ魔石エネルギー特需のおかげでエネルギー産業が大きく育ち、好景気だったくらいだ。

 

 そんな経済成長期に日本政府は更なる魔石と資源を求め、20階攻略を推し進めたわけだが……結果は惨憺さんたんたるもの。政府が手塩にかけて育て上げた子飼いの攻略クランが次々と半壊し、有望な若手も多く失われてしまったのだ。そのため奥の手として当時すでに引退していた【聖女】パーティーをわざわざ呼び戻して最前線の攻略に向かわせた、という経緯があったという。


『その舞台があの城で、中にいたのがかの有名な“大悪魔”ってわけさ』

「……攻略クランが束になっても勝てないのに、四人しか向かわせないなんておかしい。情報が操作されている可能性もある」


 確かにそれほど苦戦していたというなら【聖女】パーティー以外にも優秀な助っ人を追加で呼べばいいのに、何故四人だけだったのか。理由はいくつか考えられる。

 

 例えば【聖女】の機密情報がとんでもないモノばかりなので誰にも知らせたくなかったとか。あるいは助っ人を呼んでいたことは伏せて【聖女】の功績を大々的に宣伝したかっただけとか。もしくは四人以外の冒険者など足手まといに過ぎないと考えていたからかもしれない。

 

 まぁとにかく、そんなこんなで【聖女】パーティーは見事大悪魔を倒し、無事に伝説となった。今でもその四人が多くの冒険者にあがめられているのはそういった理由があるかららしい。

 

『ウチもその大悪魔がどんなのか見たかったけど、もう二度と出ないからなー』

「もう出ないって何故」

『フロアボスって一度倒したらでないんだよ。オークロードみたいな例外もあるけどね』

 

 現在の20階はフロアボスを含めてモンスターは一切ポップせず、大きな通路と広間だけのエリアとなっている。通路の奥には大きな扉があって、そこを通り抜ければ熱帯MAPである21階に行くことができる。

 

 悪魔城をどう見て回ろうか、そこでお菓子を食べようかと話しながら歩いていると急に前方が騒がしくなる。スケルトンライダーがBクラス一行に襲い掛かったようだ。

 

『凄いねー。あの槍を正面から受け止めちゃうなんて』


 骨だけの馬に跨り、巨大なランスを構えて時速70kmくらいの速度で突進してくるスケルトン型のモンスター。骨だけとはいえ、あれだけの運動エネルギーを受け止める衝撃は相当なはずだが、それをやってのけるBクラスの助っ人も相応の実力だと分かる。

 

 タンクが受け止めて動きを殺すと、間を置かず取り囲んで袋叩きモードに移る重騎士部隊。スケルトンライダーは騎乗しているとあって小回りが利かないという弱点はあるが、見上げる位置からランスを突き刺してくるという高さを持っているし、下にいる骨の馬も噛みついたり蹴りをしてきたりするので正面でなくても気は抜けない。

 

 しかしそこは慣れているのかタンクがヘイトを上手く集めてターゲットを固定させ、アタッカーもウェポンスキルを次々に叩き込む。短時間でスケルトンライダーは沈み、魔石と化した。

 

 途中、スケルトンメイジやスケルトンアーチャーの集団に何度か襲撃されたものの、安全な結界内からアーチャー部隊や巫女さん部隊がお返しとばかりに回復魔法や矢を打ち込み、あっという間に処理していく。いくら19階が危険なMAPとはいえ、これほどの戦力がいれば瞬殺である。

 

 

 

 その後もアンデッドを退けながら廃墟の中心に向かって歩き続ける。といっても狭いMAPなので1時間もすれば目的地はもう目の前だ。

 

 いくつも突き出ている塔は見上げるほどに高く、形状も複雑。壁には儀式めいた人物の彫刻と楔形文字のような紋様がびっしりと彫られている。近くで見ると城というより聖堂のような雰囲気がある。

 

 正面には中に入るための巨大な鉄門があり、くぐった先が20階だ。


「それでは、聖地の案内は私がいたしましょうか」


 先に到着していた周防が不釣り合いな笑顔をしながら歩み出てくる。コイツがこんな清々しい顔をするときは絶対何か企んでいるときだが……さて、どうしたものか。

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