第63話 早瀬カヲル ⑥

 ―― 早瀬カヲル視点 ――


「ナオトく~ん、こんな感じかな? もう少しだけ教えて欲しいのだけど」

「流石、ユウマ君だよね~。剣の扱いならもう上位クラスと張り合えるんじゃないかな」


 レベル3以下のクラスメイトを対象とした初めての練習会。参加者の女子達は猫なで声でナオトとユウマに甘えながらべったりとまとわり付いている。その一方で、私とサクラコには冷めた視線を送ってくる。


 てっきり私達と固定パーティーを組みたいがために近づいているのかと思っていたけど、それだけではなく、あの二人と組んだおかげで私とサクラコのレベルが6になったと思われていることに気づく。


 確かにナオトとユウマは優秀で素質も才能もあるし、ダンジョンダイブにおける貢献は計り知れない。それでも私とサクラコのやってきた努力に何の敬意も払わないというのは遣る瀬無い気持ちになってしまうではないか。


 とはいえ、そんなことを言っても仕方がないので彼女らの対応は任せ、私は他の参加者の指導へいくとしよう。

 

 

 

 まず目についたのは新田さんと月嶋君のペア。

 

 新田さんの太刀筋は少ない時間ではあるが、剣戟の授業で見たことがある。そのときは変わった型だなと思ったものの、特に悪くはなかったはず。にもかかわらず未だにレベル3ということは、ダンジョンダイブにあまり時間をかけられていないのだろう。下手に指導するよりも、スケジュール調整や狩場情報の提供などを行っていくべきか。

 

 そして最近、とアプローチしてくるようになった月嶋君。前もデートにいこうとしきりりに誘ってきたことがあった。男っぽいと陰口を言われるこんな私に好意を寄せてくれるのは悪い気がしないが、練習会に呼ばれるレベルしかないのはいただけない。しっかりとレベルを上げて冒険者らしい強さというものを見せてから誘ってほしいものだ。

 

 そんな二人は先ほどから話し込んでなかなか練習を始めない。楽しそうに……というよりは真剣な面持おももちで何かを話している。月嶋君に至ってはすごい剣幕で身振り手振り新田さんに何かを説いているではないか。ダンジョンについての単語が聞こえるので、単に世間話をしているわけではなさそうだけど、せっかくの練習会なので長くかかるようなら注意しておこう。

 

 そんな風に心にメモして、次の参加者を見る。

 

 視界の片隅には颯太と久我さんがやる気の無さそうに向き合っていた。

 

 久我さんはいつもの眠そうな顔をしたまま棒立ちしているだけだし、颯太は剣を一応構えてはいるものの何か落ち着きがない。この二人はナオトとの“Eクラス強化計画”の議題に何度も上がった要注意人物達だ。

 

 久我さんはクラスの中でも最下位のレベル2で、ダンジョンダイブが上手くいっていないのは明らか。基本的に一人でいることが多く、パーティーを組めていないのかもしれない。

 

 颯太はレベル3だとしてもパワーレベリングで上げてもらった疑惑があり、技術的な問題を抱えている可能性が高い。入学前の颯太を見ていればそのような考えを抱いてもしかたあるまい。今日は二人の剣のレベルをしっかり見極め、適切な指導を行っていきたい。

 

 そう思ってしばらく見ていたものの、お互いが向き合っているだけでちっとも開始せず、微塵もやる気を感じられない。たまらず声をかけてみる。

 

「せっかくの練習会なのだし、遠慮せず打ち込んでほしいのだけど」

「……」

「……」


 颯太も久我さんも黙っている。もう一言くらい何か言おうと思っていると。


「どうしてアタシが参加しないといけないの」


 などと不満を言い始めた。それは久我さんがレベル2だから。近くにクラス対抗戦もある。私達はあなたが上手くレベルを上げられるよう手伝いたいの。というと、とんでもないことを言い出した。


「なら、次までに貴方と同じくらいまでレベルを上げておく。今日は帰る」

「帰るにしても私を納得させるまでは駄目」


 私達が上位クラスと戦ってくためには落ちこぼれを出すわけにはいかない。それにこの練習会は久我さんのためでもあるのだと諭すように言うと、事もあろうにレベル6まで上げておくからもう構うなと暴論で言い返してきた。ここまで上げるのにどれほど大変だったと……

 

 でも私だって言われたままでは終われない。そんなにすぐに上げられるならどうして未だにレベル2なのかと透かさず切り返す。

 

「じゃあ、目の前のコイツを叩きのめして帰る」

「ぶひっ」


 ますます不機嫌になる久我さんに、ぴくりと震える颯太。


 武器はゴム製の剣だし、プロテクターも付けてもらっている。むしろ遠慮なく思いっきりやってほしい。そう考えていると久我さんは重心をわずかに下げ、持っていた練習用の剣をくるりと回して逆手に持ち、ボクシングのようなリズムを取り始めた。


(なんだろう。剣術とは程遠いスタイルにみえるけど。どちらかというと格闘技のような――)


 短剣やナイフならともかく、練習用の剣は1m近い長さがある。そんなものを逆手で持ったら武器に力が入らず攻撃力が大幅に低下してしまう。


 颯太との距離は4mほど。どうするのか見ていると、その距離をたった一歩で縮め、剣を持った手で颯太の側頭部に巻き込むようなパンチを繰り出した。ボクシングでいえばフックといえばいいか。

 

(速い! 斬るのではなく殴りにいった!)

 

 予想以上の初速で目の前まで近づかれた上に、視覚外からの高速フック。颯太に対応できるわけもなく、前をみたまま唖然として動けずにいる。こめかみに完全に決まる――と思いきや、久我さんは寸止めしてくれたようだ。

 

「さ、流石だね、久我さん。全然反応できなかったよ」

「……」


 冷や汗を流しながら驚く颯太。それはそうだろう、今の攻撃はレベル6の私でも避けられなかったかもしれない。それくらい速く鋭い攻撃だった。半円を描くように遠心力を利用して体重も乗せていたので、相当なパワーも込められていたはず。

 

 颯太はヘッドギアを付けていたとはいえ、あれほどのフックが決まったならそれなりのダメージはあったのではないだろうか。

 

 仮にあれを後ろに躱したとしても逆手に持っていた剣で斬られてしまう。しゃがんで躱すとしても久我さんは次の手として左手を引き絞り、ボディーブローを狙いに移行していた。懐に入られた時点で詰んでいたのだ。


 格闘経験がない素人では絶対に真似のできない一連の動き。寸止めとはいえ、たった一発のパンチで戦闘技術の高さを示してしまった。

 

 それなのに――

 

「ねぇ、今の。もしかして見えてた?」

「……いや、まったく見えてなかったよ! 俺ごときじゃ相手にならないからパートナーを変えてもらったほうがいいと思うんだけど。どうだねカヲル君」


 久我さんは何故か今の高速フックが見切られていたと言い、慌てる颯太の顔を覗き込もうとする。そんなわけないのに。それとカヲル“君”って。せめて“ちゃん”と言ってほしいのだけど。

 

「そう。なら仕切りなおしてもう一度」

「ちょ、ちょっと待って。もう少し穏やかにいこうよ。あ、お腹痛くなってきたから向こうで休んでいいかな」


 後方を指差しながら胃が痛いと仮病を使おうとする颯太に「今度は寸止めしない」と小声で言う久我さん。今までのやる気の無さが嘘のように再びボクシングのような構えでリズムを取る。

 

 技術不足でも颯太のほうがレベル1つ高いから大丈夫かと思っていたけど、先ほどの攻撃を見た限り彼女を相手するのは荷が重いのかもしれない。ペアの相手を変えたほうがいいのか、他の参加者を見渡すと――校舎側から白銀の金属光沢を放つ全身鎧が複数の黒服を従えて歩いているのが見えた。

 

(あの人は……変わった噂をよく聞くけど、本当にいつもフルプレートメイルを着ているのね)


 この冒険者高校1年Aクラスの次席であり、近接戦闘能力で言えば首席をも凌ぐと言われるほどの傑物、天摩てんまあきら。何故かどんなときも鎧を着ていて、誰も彼女の素顔を見た者はいないという。

 

 後ろに続く黒いスーツを着た男達の胸には、〇の中に“天”と書かれたマークが見える。全員が天摩さんの専属執事で、学内にもかかわらず常に彼女に付き添い世話をしている。彼らは単なる執事ではなく、ダンジョン内まで付いていき戦闘のサポートまで行う武闘派の執事達。一人ひとりが攻略クラン並みの戦闘力を持つとの噂だ。

 

 そんな異色尽くめの一行が、こちらに急ぎ足で向かってきている。重そうなフルプレートメイルからは何らかの魔法が働いているのか金属の音が全く聞こえない。

 

 息を殺してそのまま通り過ぎるのを待っていると、天摩さんは目の前で急に足を止め、颯太の顔をまじまじと見始めた。

 

『ちょっと。そこのキミ。びっくりするくらい痩せてるけど、どうしたの?』


 顔を全て覆っているヘルムのせいでくぐもった声かと思いきや、とても聞きやすい電話のような声だった。発声の魔道具を使って話しているようだ。

 

「はへっ? 俺っすか?」

『そう、成海颯太。キミのことだよ』

 

 天摩さんは颯太をみてフルネームで名前を呼び「痩せた」という。何故、颯太のことを知っているのだろうか。それは颯太も同じく思ったようで、呆けた顔をしながら聞き返している。

 

「あのぉ、どうして俺の名を?」

『キミくらいだったからねー、この学校ですんごい太ってるの。ウチも太ってるからシンパシーを感じちゃって。で、どうやってこんな短期間で痩せることができたの?』

 

 しどろもどろになる颯太。天摩家は商家の出身とはいえ、ダンジョン関連技術の貢献が認められ、日本政府より男爵位を叙爵している立派な貴族様。そんな人物に話しかけられれば緊張してしまうのも当然だろう。

 

 とはいえ、私も聞きたかったのだ。あれほどダイエットに消極的……それどころか絶えず暴飲暴食を繰り返し、怠惰で不健康な生活を送っていたというのに。今では極度の肥満からは脱し、筋肉すらついてきているようにみえる。今日も文句を言わず練習会に参加しているし、何か心変わりする出来事でもあったのだろうか。

 

『ここでは話しにくいの? それなら向こうに行こうよ』


 天摩さんが黒塗りの大きな車を指差す。校門付近で度々見る異様に長いリムジンは、どうやら天摩さんの家の車らしい。


 けれど今は練習会の最中で、颯太を連れていかれるのはよろしくない。一体どうすれば……声をかけて説明したほうがいいのだろうか。


「……ちょっとまって。コイツとは私が先約なのだけど。貴方は邪魔」

『んー? キミは誰かな?』


 久我さんが一歩前に出て、練習用の剣で天摩さんをぞんざいに追い払おうとする。そのあまりの仕草に後ろにいる男達の表情が険しくなり、一気に場が緊張する。一方の天摩さんは腕の端末を久我さんの方へ向けて画面を操作し始めた。

 

『データベースによるとぉ……キミは1年Eクラス、久我琴音。レベル2……たったの2? それでウチに喧嘩を売ってきたの?』

「だから何」


 久我さんのレベルが2と分かり、大仰な身振りで驚きを示すポーズを取る。ヘルムをしているので本当に驚いているのかは分からないけれど、これが天摩さんなりのコミュニケーション法なのだろう。

 

 一方で彼女のレベルはデータベースに載っていないので不明だが、Aクラスの次席というからには相当なレベルであることは間違いない。久我さんに多少の格闘経験があろうと大きなレベル差の前では意味をなさないだろう。

 

 それだけではない。相手は貴族様なので下手に口答えすればどうでてくるのか予測ができない。

 

 この冒険者学校は貴族、庶民にかかわらず入学できる学校なので、身分による差別や待遇の差をなくす校則も存在する。だけどそんなものは建前に過ぎないと誰もが知っている。現に天摩さんに対する物言いに対し、後ろにいる男達も首や手の関節を鳴らしながら怒気を放っているではないか。

 

 久我さんは何やら興奮しているし、颯太はあたふたとして頼りがない。やはりここは私が勇気を出して守るしかない。

 

「も、申し訳ない。只今、Eクラスで練習会をやっていて、その、こちらの久我さんも悪気はないのだ。どうか穏便に……」

「どけ」「きゃっ」


 天摩さんのお付きの一人に肩を押され、跳ねのけられてしまった。ここはマジックフィールド内。高レベルの肉体強化の前にはレベル6の私など、手の平で押されただけで簡単に弾き飛ばされてしまう。


 険悪な雰囲気にユウマやナオトも気づき、何事かと近寄ってきた。それでも久我さんは眉一つ動かさず、全身鎧の天摩さんを睨み続けている。

 

「お嬢、どうしやす?」

『んー……今日はその度胸に免じてこの場は許してあげようかな。本来なら叩き潰すんだけどっ。それじゃまったねー成海クン』


 そう言い残すとあっという間に去っていく天摩さん。怒気を放っていた男達もこちらに興味を失ったかのか、すぐにこの場から離れていった。私といえば危機が通り過ぎたことの脱力感から膝を突きそうになってしまう。


「おいおい、久我よ。こんなところでドンパチやられちゃ俺等も被害を受けるんだが」

「ふふっ。でもどうなるのか見てみたかったかも~」


 先ほどの諍いを見ていた月嶋君と新田さんが笑いながら懸念を伝えてくる。ドンパチも何も、レベル差がありすぎて戦いにすらならないというのにお気楽なものだ。


「ふんっ。とんだ邪魔が入った。それじゃ……あれ?」


 久我さんが練習の続きをしようと辺りを見渡すけど、肝心の颯太の姿は見当たらず。

 

 

 さては逃げたな。

 

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