第62話 練習会

 学校の運動場と体育館の間には、やや狭いがマジックフィールドのフリースペースがある。今日はそこで練習をするとのこと。もう何人かのクラスメイトが到着し談笑していた。

 

 今日の練習会の指南役は赤城君、ピンクちゃん、立木君。そこにカヲルも混じり打ち合わせが始まった。あの四人はダンジョンダイブも上手くやっているようでEクラスの中ではレベルが高く、大いに期待されている。このまま他クラスからの妨害にも屈せず頑張ってほしいものだ。


 よっこらせと適当な場所でカバンを降ろし欠伸をかきながら赤城君達を眺めていると、後ろから軽やかな女性の声がかけられた。


「やっほ~」

 

 振り返ればジャージ姿のリサが小さく手を振ってほほ笑んでいた。緩く留めた髪型が大人びていてとても似合っている。ゆっくりとした動きで荷物を置くと「よいしょ」と言いながら隣に座ってきた。

 

 こっちも一人だと心細いので話し相手になってくれるのなら助かるね。

 

「剣戟の授業みたいなことをやるのかな~?」

「カヲルから聞いた限りだと、細かく指導するようだぞ」

「それは面倒ね~あんまりやる気はないんだけど」

 

 今日は情報収集が主な目的だし、練習のほうは形だけちゃんとやっておけばいい。そういえば昨日はちゃんと眠れたのか、などと話していると他の参加メンバーもちらほらとやってくる。

 

 その中に、ひっそりと目立たないように歩く久我くが琴音ことねの姿が見えた。ショートボブの髪の片側をやや跳ねさせ、むにゃむにゃと眠そうに歩いている。彼女はアメリカの情報収集部隊の出身で、この学校に潜入している工作員。実際にはレベルは20を超えているものの、端末上ではレベル2なので彼女も半強制的に練習会に呼ばれた模様。練習なんてしたくないのか欠伸あくびをしながら不機嫌そうな表情を隠していない。

 

 その後ろには大きめのジャージに手を突っ込みながら歩いている金髪ロン毛が見えた。リサがプレイヤーだと言っていた月嶋君だ。そのままこちらのほうへ歩いてくる。

 

「よう、リサも来たのか。こんな練習会じゃ何も学ぶことなんてないだろうに」


 リサの隣に「どっこいしょ」と腰を下ろす月嶋君。いつも教室でつるんでいるメンバーはいないようだ。今日は一人で参加なのだろうか。


「おはよ~。そちらこそよく参加する気になったね~」

「立木が参加しろとうるさくてさぁ。あ~だりぃ……」


 彼のレベルも端末上では3だったが実際はどれほどなのか。まぁプレイヤーならいくらでもレベルの上げようはあるので、参加に意味を見出せないというのも理解はできる。


「……ところで。最近ブタオとよく話してるようだけど、どういった関係なんだ?」

「ど、どうも~」


 こちらを怪訝な表情でジロジロと見てくる月嶋君。こういう無遠慮な感じが陽キャというものなのか。俺としても不和を起こしたくないので愛想笑いをしながら挨拶しておく。


 だが同じプレイヤーであるリサの近くにいれば何かあるのかと勘繰りたくもなるだろう。適当な理由でも言って警戒を緩めてもらったほうがいいだろうか。


「一緒にダンジョンダイブしているの。ダンジョン仲間といった感じかしら」


 どういうべきか考えていると、リサが気を利かせてそれっぽい理由を述べてくれる。一応、俺がプレイヤーだということは黙っていてもらうことになっている。


「マジでコイツと? 後々アレになるのに? でもまぁダンエクでもそこそこのレベルには達してたから一応使い物にはなるのか……?」

 

 ゲームでのブタオを知っているなら距離を取るべき人物と思われても不思議ではない。カヲルルートでシナリオを進めると後に様々な不祥事を起こし、最後には退学となる悪役キャラなのだし。俺も最初は悲嘆に暮れたものだが今は温かい家族のおかげで満更でもないと思っている。

 

「話してみれば案外良い人なんだよ~。ね~ソウタ♪」

「え? おっ、おう」

「なんでコイツは呼び捨てなんだよ。オレには「月嶋君」って言ってるのに」

 

 この感じからするとリサに気でもあるのだろうか。見た目が可愛いのは間違いないが、中身は名を馳せた凶悪なPKKクランのリーダー。これはゲームでのリサの正体に気づいていない可能性があるな。

 

「そういや聞きたかったんだけどよぉ、赤城に剣の入れ知恵したのってリサなのか?」

「……それをここで話すの~?」

「構いやしないだろ。ブタオだって意味わかんねーさ。で、どうなんだ?」


 赤城君に剣の入れ知恵……刈谷イベントのとき、赤城君は対刈谷の切り札として[スタティックソード]を使った戦術を取ったのだが、その戦術を授けたのがリサなのではないかと考えているのだろう。

 

「逆に聞きたいのだけど~。あの戦術のを刈谷君に入れ知恵したのは月嶋君なのかな~?」

「おうよ。赤城の負けっぷりはそこそこ笑えただろ」

「……でも、彼が頑張ってくれることは私達のメリットにもなるのよ~?」


 くっくっくっと静かに笑う月嶋君。赤城君が負けてEクラスの空気と立場が悪くなった元凶はコイツか。刈谷は何故か[スタティックソード]戦術を知っていて、対策も講じていた。そのせいで赤城君が負けたのだと言っても過言ではない。

 

 しかし何故だ。赤城君が成長し強くなれば多くの厄介イベントをクリアしてくれて心配事が減るというのに。逆に成長が頓挫してストーリーが上手く進めなくなれば様々なイベントの行く末も予測不可能となる。それで不利益を被るのは俺達だ。

 

「まぁイベントを頑張ってもらいたいのは山々だけど、赤城はハーレム形成しそうだったから。ちょいと邪魔したくなっちまってさ」


 ゲーム時代ではカヲルが大好きだったようで、カヲルと仲良く話しているのを見ていると邪魔をしたくなってしまったそうな。刈谷イベントの攻略に失敗すればヒロインの好感度が下がるということを利用したのだろう。

 

 しかし、まさかのカヲル推しかよ! というか、目の前に幼馴染かつ婚約者であるブタオがいるというのに本当に遠慮がないな。でもこれはブタオにとっては手強いライバルになるのか?

 

 ゲームヒロインは総じてチョロインが多い。カヲルもその例に漏れず、意外と押しに弱い上に、プレイヤーなら必然的に手に入れられる“強さ”に憧れ、焦がれている面がある。それを知っている月嶋君なら、ぐいぐいとカヲルを押しまくり、強さレベルを示せばあっさりと攻略に成功する可能性も無いわけではない。

 

 俺の場合はすでにセクハラしまくって盛大に嫌われているので、強さを見せても押しても無駄だろう……っておい、イライラ感が満ち溢れてきたぞ。落ち着けブタオマインド!

 

「じゃあ、今後は赤城君に協力的になってくれるのかな~?」


 平静を保とうと心の中で必死に格闘していると、リサが自然な流れで月嶋君の動向を窺う。彼の考えを知る上では重要な質問だ。


「気が向いたらな。それに……どんなイベントが来たところでオレならどうとでもなる」


 仮に主人公パーティーがイベントに失敗し壊滅的な被害をだしても、自分なら乗り越えられると豪語する月嶋君。

 

 理由としては、メインストーリーで起こるイベントはどれもレベル30強あればクリアできる難度でしかないこと。そのレベルは月嶋君ならそれほど時間がかからず到達可能らしい。それほどまでにレベル上げが順調なのか。

 

「だから赤城がどうとかじゃねぇ。要はテメェに生き残る力があればいいだけの話だ」

「……それはこの街、いえ、この世界に住む人々を軽視する発言ね~」


 ダンエクには恐ろしいイベントが数多く待ち構えている。それらに俺達が乗り越えられたとしても、この世界に生きている人達は免れることはできず、甚大な被害がでるはずだ。


 もしかしてこの世界を、ダンエクの設定を受け継いだゲーム世界に過ぎないという見方をしているのだろうか。俺の家族やカヲルはゲームキャラではない。皆がちゃんと地に足を付けて悩み、笑い、涙し、生きている。


「そういう世界に来たんだよ。オレ達は選ばれし者だ。その気になれば世界を作り替える力だって得られる。今後も好き勝手するつもりだ」

「……選ばれし者ね~。本当にそうなのかしら」

「こんな面白れぇところにAKKの“閃光”や、ラウンズの“鬼”、あの“災悪”ですら辿り着けなかったんだ。天がオレ達を選んだ以外に何と言えばいい?」

 

 はここにいるけどな。まぁ天に選ばれたかどうかはともかく、中々に夢見がちな少年のようだ。

 

 この世界に対する考えは少し思うところはあれど、月嶋君が別段悪人だとは思わない。自分から悪意を振りまいたり明確に破滅を呼び込もうなんて考えていないだろうし、特別な力を持っているなら使って何が悪いという考えも嫌いではない。

 

 俺だって成海家に対する温かな愛情や、カヲルに恋い焦がれるような純情が無ければ同じように考えていたかもしれない。だが、今の俺にはそれらの尊い情が確かに宿っている。月嶋君が考えを改めない限り、相容れない関係になりそうだ。


「でも、そこまでレベル上げに自信があるのは~何か秘密があるのかな~?」

「オレと組むなら教えてやってもいいぜ。魔法契約書は必須だがな」


 悪そうに口元を歪めてニッと笑う月嶋君。やはり隠し玉はあるようだがそれが何なのか、リサには探ってもらいたいところではある。


「おっと悪ぃな、ブタオ。さっきの話は忘れてくれよな」

「……あぁ」


 パンパンと乱暴に肩を叩きながら言ってくる月嶋君。というか仮に俺がブタオだったとしても先ほどの内容を忘れろというのは難しいと思うが如何なものか。


 月嶋君との関係に思い悩んでいると、立木君がこちらに歩いてきて用紙を見ながら説明をし始める。

 

「それでは練習会を始めよう。まずはこちらで指定したペアで組んで欲しい」

 

 剣戟の授業と同じように、まずはペアを組んでゴム製の剣で練習するそうだ。誰と組むかはすでに決めてある模様。それによると俺の相手は……よりにもよって彼女とか。

 

 

 

 目の前には眠そうに欠伸を繰り返し、微塵もやる気を感じさせない久我さんがいる。

 

 彼女は《簡易鑑定》の上位互換である《鑑定》を持っているため、俺の《フェイク》を突破し真のステータスを見破ることが可能だ。ここは面倒事を避けるためにも大人しくやられ役に徹するべきだろう。

 

「ど、どうも~よろしく~……」

「……」

 

 向き合って剣を構えるも、久我さんは剣を持った手をだらりと垂らしたまま欠伸を繰り返すだけ。こちらを見ようともしない。

 

(どうすりゃいいんだよ!)

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