第61話 朝の憂鬱

「遅刻~遅刻~」


 遅刻といっても今日は休日。休日といっても立木君が主導する練習会に呼ばれている日だ。

 

 鏡を見ながら寝ぐせだらけの髪を押さえつけ、急いで学校指定のジャージに着替える。昨晩は色々と考えをしていたらいつの間にか明け方となり案の定、寝坊してしまったわけだ。

 

「それにしてもこのジャージ……」


 これも買いなおさないと駄目かもしれない。痩せてきたことで腰回りがゆるゆるになっており、腰ひもをきつく縛ることで一時しのぎしている。世の中のダイエット成功者達は今まで着ていた服をどうしてるのだろうか。

 

「颯太~カヲルちゃんに悪いから中に入ってもらうわね~」


 階段下にはすでにカヲルが迎えに来ており、待たせている状態だ。急いで着替えて一階へ降りると、カヲルは静かにお茶を飲んで寛いでいた。

 

「来たか……このお茶は美味しい。飲み終わるまで少し待っててくれ」


 背筋をピンと伸ばし、両手で行儀よく湯呑みを持ちながら茶を啜る幼馴染。ダンエクのヒロインに相応しく洗練された日本刀のように美しい。内なるブタオマインドも大喜びだ。

 

 俺も一息つくために同じテーブルの反対側に座り、茶を注いで飲むことにする。ふむ、今年の新茶か。確かに美味い。

 

「……」

「……」


 向き合って顔を合わせたところで会話はない。それでも、入学当初の嫌悪感溢れる目付きは少しだけ和らいだ気がする。俺がこの体に入ってからはセクハラをしたり、無理に近寄って機嫌を悪くさせていないせいだろう。

 

 これまでのことを完全に許されてはいないのだろうが、少しでも安心してもらえたら嬉しい限り。いつしかカヲルとは心から笑い合い、色んな話をして通学をしてみたいものだ。この心の浮き上がり方からしてブタオもそれを望んでいるはず。

 

 そんなことを考えているといつの間にか飲み終わったようで、早々に家を出て練習場所へと移動することになった。

 

 

 

 いつものように数歩前にカヲルが歩き、俺がその後ろを付いていく――かと思いきや。

 

「そういえば。今日は聞きたいことがあるのだけど」


 珍しく俺の横まで下がってきて並んで話すカヲル。女子としては身長が高いせいか、ふと見れば幼馴染の美しい顔が俺のすぐ真横にあった。ちょっとドキマギしてしまうぢゃないか。


「ごほんっ。何を聞きたいのかね?」

「その話し方は何……この前、くすのき先輩と話していたと耳にしたのだけど……本当なの」


 キララちゃんか。招待状を渡しに来たときのことがクラスで噂にでもなっていたのかもしれない。

 

「少し、話をしただけだ」

「……話? 彼女は貴族様で、学校でも大派閥を率いる立場。どういう接点があったというの」


 カヲルでも知っているほどの有名人。しかも派手で可愛い女の子がスクールカースト最下位の俺に会いにくるなんて普通はありえない。知らぬ存ぜぬで通すのも無理があるな。


 クランパーティーに呼ばれた、という説明はすべきではないだろう。ダンジョンでキララちゃんの知り合いとちょっとした縁があり、その後の報告のために来たと言っておこう。


「それでは別に知人というわけではないのね」

「あぁ。何でそんな気になるんだ?」


 しばし考え込むカヲル。話そうか迷っているのだろうか。


「……今、私達のクラスが窮地に立たされているのは知っているだろう。もし楠先輩と親しいのなら、お力になってもらえないかと考えていた」

「それは恐らく無理だろうな、一回話しただけだし。もう俺の事なんて忘れてるだろうよ」


 Eクラスの立場は非常によろしくないのは分かっている。だが、これでもまだ序の口。ゲームのストーリー通りに進むなら今後はより深刻な状況に追い込まれていくことになる。挑発やイジメとも取れる行為、また暴力を交えた嫌がらせを仕掛けてきたり、クラスメイト達が何人も挫折して学校から去っていくかもしれない。そうなれば目の前にいる幼馴染も涙を流し、葛藤する日々が続いていくことになるだろう。

 

 そんな胸糞イベントなんて正直リアルで経験したくはないし見たくもない。ならば全て阻止してしまうか……なんて考えが頭をよぎるが、そんなイベントでも主人公の心身を強くし成長させるもの。その機会を俺が勝手に奪ってしまっていいのだろうか。

 

 主人公には主人公でしか解決できないイベントがあるし、俺がEクラスや主人公達を絶えず監視して守っていくなんてできるわけがない。今後を見据えれば彼ら自身で強くなってもらわなくては困るのだ。ある程度は屈辱を受けてもそれをバネにし、成長を促す契機にしてもらいたい。

 

 もちろんサツキやカヲルに危機が迫っているなら動くつもりだし、壊滅的な失敗や被害を引き起こすものには事前介入しようとは思っている。そのためにもカヲルに接近し、赤城君達の動向を掴んでおくべきか。

 

「……その代わりといっては何だが、俺が協力できることなら手伝うけども」

「じゃあ、今日の特訓は期待してるわ」

 

 そういうとカヲルは再び歩みを早め、いつもの定位置での通学となってしまった。まぁ今の俺はカヲルに信用されていないので仕方がないか。

 

 ここでゲーム知識をひけらかし信用を得ようとしても、カヲルはまともに取り合わないだろう。今は適切な距離感を保ちつつ時間をおいて少しずつ信頼を取り戻すことを優先しよう。いつか仲間として見てもらえることを夢見て。

 

 それに今はそこに頭を使っている場合ではないのだ。これから行く目的地に悩ましい問題が待っているのだから。

 



 事の発端は昨晩の密会のことだ――

 

 

 

 *・・*・・*・・*・・*・・*

 

 

 

 街灯りで星が全く見えない真夜中の公園。ポールライトのほのかな光に照らされたリサは唇に人差し指を当て、いたずらっぽく笑うと――

 

「一人だけなら知ってるよ~?」

 

 突然、とんでもないことを暴露し始めた。すでに俺以外のプレイヤーと接触してたとは。

 

「明日の練習会に来ると思うよ? うちのクラスの月嶋つきじま君なんだけどね」

「月嶋……あの少しチャラい感じの」


 エリートの学校には似つかわしくない金髪ロン毛。制服を着崩してズボンのポケットに手を突っ込みながらダルそうに話すチャラ男こと、月嶋拓弥たくや君を脳裏に思い浮かべる。なんと向こうからリサを元プレイヤーだと特定し、組まないかと誘ってきたらしい。

 

「なんかね~? ゲームで登場するEクラスの生徒全員を憶えていたらしいの。すごいよね~」


 それによると“正体不明”のクラスメイトは月嶋君自身の他に、リサしかいないとのことだ。正体不明とは「カスタムキャラ」のことを言っているのだろうか。

 

 ダンエクでは通常、「主人公」――つまり赤城君、ピンクちゃん――と、自分でカスタマイズしてキャラメイクする「カスタムキャラ」でスタートできる。

 

 主人公を選べばキャラ特性は固定だがメインストーリーを体験でき、カスタムキャラを選べば自分好みの見た目とキャラ特性を作れるというメリットはあるが、ストーリーはサブストーリーと攻略キャラの個別シナリオのみとなる。

 

 だがこのゲーム世界にくるきっかけとなったテスターモードは性質が異なる。「おまかせキャラ」と「カスタムキャラ」の二択のみ。

 

 「おまかせキャラ」を選べば俺――つまりブタオ――のようなダンエクに登場する既存のキャラのどれかに入り込むことになり、一方の「カスタムキャラ」を選べば、リサのように元の世界の自分自身がアバターとなってしまう。

 

 つまり、月嶋君がゲームに登場しない正体不明とやらを突き止めたところで「カスタムキャラ」ならともかく、「おまかせキャラ」を選んだ俺のようなプレイヤーは特定できないはずなのだ。


「もしかして月嶋君はおまかせキャラの仕様に気づいていないのか?」

「多分ね。彼には勘違いしたままでいてもらおうかしら~」


 その方が都合がいいと静かに笑いながら言う。


 月嶋君は最初、主人公である赤城君とピンクちゃん、そして正体不明のリサの3人をプレイヤーだと疑っていたらしい。だがどうも主人公は違うと分かり、この世界にいるプレイヤーは自分以外ではリサだけだと断定した模様。

 

 自分がアダムで、リサはイブ。彼はそう言って誘ってきたのだと言う。それはそれでどうなのだとも思わなくもない。


 


  *・・*・・*・・*・・*・・*


 

 

 ――といった感じで昨晩はリサと別れたわけだが、最後に話題となった月嶋君もこれから向かう練習会に参加予定という。

 

 彼とは一度も話した事はないのでどういった人物なのかは分からない。教室での記憶にある限りでは多少チャラチャラとしてはいるものの、別段悪人と思えるような言動は無かったはず。普通の陽気な男子高校生としか思っていなかった。

 

 しかし元プレイヤーであるならば世界に大きな影響を与える知識を有しているわけで、彼のこれからの行動次第では俺達も巻き込まれる可能性はある。なので、どういった考えの持ち主なのか近づいて見極めるためにも、リサが言ったように勘違いしたままでいてもらったほうが都合がいいのは確かだ。

 

(良い人であればいいんだが……)

 

 そんなことを憂いながら、トボトボとカヲルの後を付いて歩いていくのだった。 

 

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