第60話 真夜中の密会 ②

 日を跨ぎ静まり返った公園で、リサがマジックフィールド外であるにもかかわらず《オーラ》を発動した。


「その反応からすると、もう知っていたようね~」

「ゲームでもできたならこちらの世界でもまず試すからな」


 通常、肉体強化とスキルは、ダンジョン内かその入り口150m以内のマジックフィールドでしか効果が現れず発動もしない。人為的に作られたマジックフィールド――AMF(Artificial Magic Field)――の魔道具を使用すればどこでもマジックフィールドを作り出せるが、AMF魔道具の所持は政府により厳しく制限されており、俺達もそう簡単には使えない。

 

 だが《オーラ》だけはマニュアル発動限定で、マジックフィールド外でも使用可能なのだ。さらに《オーラ》を発動し続けると自分の周囲に魔素が満ち、短時間だが肉体強化やスキル行使が可能な疑似マジックフィールドとなる。このAMFはダンエクの裏技のようなものだが、プレイヤーなら大抵は知っているものだ。

 

「じゃあ……これは知ってるかな~?」


 リサがゆっくりと目を瞑ると、周囲に溶けて不意にいなくなる――ような錯覚に陥る。すぐ目の前に少女が確かにいるにもかかわらず、集中してよく見ようとしなければ気づかなくなってしまう異様な事態。これは気配を低下させる《ハイド》ではなく、周囲から存在感も視認性も大きく低下させる《インビジブル》か。

 

 スクロールやマジックアイテムを使った形跡はない。にもかかわらず上級職のスキルを発動できているということは、ゲーム時のキャラが覚えていたということだろうか。


「このスキルはゲームのときは覚えてなかったよ~?」

「じゃあ、どうやって覚えたんだ」


 ゲーム時に覚えていなかったとなると、この世界で新たに習得したということになる。上級職に就くにもレベル20以上という条件があるというのにだ。

 

「ゲームのときは《オーラ》の量なんて調節できなかったけど~、この世界なら可能だって気づいたの。《インビジブル》は体全体から溢れ出る《オーラ》を周囲と完全に同調させれば……」


 再び目の前の少女の存在が気薄になる。ちなみにゲームと同じで話したり動いたりすると解けるようだ。


 リサによると《オーラ》は叩きつけるように一気に放出すれば威圧になるし、放出量を一定にして周囲の魔素となじませれば《インビジブル》に。完全に閉じて魔力漏れをゼロにすれば《ハイド》になるという。新方式のマニュアル発動スキルなんだろうか。だが――

 

「その程度ならこちらの世界の冒険者も試したことくらいあるだろうに……あぁ、そうか。これもスキルとして発動させるにはが必要なのか」

「《インビジブル》というものを知っていなければ《オーラ》の量や流れをどう調節したところで存在感を消すという効力は出ないみたいね~。スキルとして習得もできないはずよ?」


 スキルの動きや魔力の流れを単に真似るだけでは効力はでない。例えば単なる横なぎと【侍】の《居合い》が仮に同じモーションだとしても、スキルであるか否かで攻撃力補正と切断力が段違いになる。《インビジブル》も真似ただけではスキルの効力がでない、というのがリサの予測だ。


 ちなみにこのスキル発動法はかなりの集中が必要で、戦闘時にはおススメしないとのこと。やるなら安全地帯でやるか一度スキル枠にいれてオート発動したほうがいいようだ。

 

 それでもこの方式で《オーラ》系スキルが発動し、会得までできるというのは大きな情報といえる。俺も試しにやってみるか。

 

 まず《オーラ》だが、マニュアル発動はモーションスキルではなく魔法陣入力だ。最初に前面を掌でなぞりその後に魔力を少量放出しつつゆっくり円を描く。すると《オーラ》が体中から湧き出てくる。このまま放出を続ければ俺の周りが一定時間、マジックフィールドとなる。すでにリサがこの場を疑似マジックフィールドにしているので俺が発動する意味は無いが。

 

 次に放出量を調節してみる。《インビジブル》は周囲の魔素に《オーラ》を馴染ませるとのことだが……体から溢れ出る《オーラ》を均一に放出するどころか、調節することすら上手くいかない。どうやるんだ。

 

「何かコツがあるのか?」

「放出量の調節って結構難しいでしょ~。何度も練習しないとね~」


 ちょっとやっただけでは放出量を自在に操るなんて芸当が簡単でないと気づく。かといって長く練習しようとしたらMP切れを起こしてしまいそうだ。


「先に《メディテーション》から練習したほうがいいかな~」

「確かにそれができれば続けられるかもしれないけど……」


 《メディテーション》はスキル使用中にMPリジェネして回復する優秀なスキル。高レベルのプレイヤーがわざわざスキル枠に入れるほどのものではないが、MP量が少なく枯渇しやすい低レベルでは重宝する。【キャスター】のジョブレベルを最大まで上げれば覚えられるものの、それがすぐに覚えられるというのは朗報だ。


 目を閉じて丹田の周りで《オーラ》をぐるぐると循環させれば《メディテーション》になる……と簡単にいうがやはり難しい。《オーラ》という今までに無かったモノを、この短期間で自在に操り、いくつものスキルを会得したリサには驚くばかりだ。もしかして才能の差とかあるのだろうか。

 

 そんな彼女はゆっくりと息を吐き、自嘲気味に笑みをこぼす。


「私がオーラ系のスキルを頑張って練習したのは理由があってね~。もしかしたらソウタも同じじゃないかな~って」

「同じ、とは?」

「不都合な初期スキルを持っていたの」


 不都合な……やはりリサも持っていたか。

 

「鑑定アイテムで見てもいいか?」

「うん。いいよ」


 もしかしたら俺の《大食漢》のようにリサも特殊なスキルがあるかもしれないと思い、鑑定アイテムを用意してきたのだ。早速スキル欄を見てみると――


「《簡易鑑定》に……《発情期》か。如何にもヤバそうなスキル名だな」


 俺の《大食漢》にリサの《発情期》。これらはプレイヤーに対する呪いなのではないかと疑ってしまう。俺の場合はSTRとAGIが大幅に下がることによる運動能力低下と、常時食欲増大というデバフが掛かっていた。リサの場合は……とにかくスキルの中身を見てみよう。


「レベルアップ時にMPとAGIの上昇値にプラス補正、性欲増大、HP-30%、VIT-50% 《色欲》へアップグレード可能……これはきついな」


 レベルアップ時の補正はいい。しかし最重要項目のHPとVITの低下に加えて「性欲増大」……どの程度の性欲増大なのかは分からないが、仮に俺の食欲増大並みに強烈に作用してるとなると非常にマズい気がする。


「性欲増大ってひとえにいうけど、24時間ず~っと発情してるようなものだったの。このスキルで入学当初の私はまともに生活できそうにないくらい精神的に追い込まれてたのよ~?」


 今だから言えるのだとにこやかに言う。確かにこんなものが常時発動していたら頭がおかしくなりそうだ。特に女子が性欲増大に苦しむというのは色々な意味で危険も伴うかもしれない。

 

 俺もそうだがこの初期スキルはマジックフィールド外でも問答無用で作用してくる。どこにも逃げ場が無いのだ。

 

 一刻も早く《発情期》を消したい。その手段として最初に思いついたのはジョブチェンジして新しいスキルを覚え、上書きすること。だけど精神的に追い詰められている状況で何週間も悠長にダンジョンダイブしている余裕などない。手詰まり感に打ちひしがれていたという。

 

「それでね~少しでも精神を落ち着けようと時間があるときはダンジョンに入って瞑想してたの~」


 元の世界でも、そしてこちらの世界でも何か考え事や悩み事があるときは瞑想をしていたという。その最中に《オーラ》を弄っていたらお腹付近に何か引っ掛かりを覚え、偶然《メディテーション》を習得。それから《オーラ》の流れで何かをするスキルなら他にも覚えられるのではと色々試したそうだ。

 

「それで覚えたのが《インビジブル》や《ハイド》、《メディテーション》なんだけど~」

 

 練習しても駄目だったスキルがほとんどで、オーラ系スキルなら《ドラゴンオーラ》、《セイクリッドオーラ》、《魔闘術》なども全て失敗に終わったそうだ。これらのスキルはただ単に《オーラ》の流れや放出量を変えればいいというわけではないようで、詳しい習得条件は未だ謎が多いとのこと。


「それだけ覚えられたのに初期スキルは上書きはできなかったのか?」

「うん、上書き不可みたい。ソウタも多分上書きができないはずよ」


 まぁ何となくだがそんな気はしていた。ゲーム知識に該当せず、しかも元プレイヤーだけにあるデメリットの大きな初期スキル。色々と秘密がありそうだ。


「でも~最後の頼みの綱だった《フレキシブルオーラ》は覚えられたわ」


 《フレキシブルオーラ》とは状態異常を軽減、または掛かりにくくする対デバフスキル。これで発情というデバフ効果を薄めて、ようやく平穏な日常を送れるようになったのだと深い息を吐きながら言う。

 

 しかし発情は存外に強力なデバフなようで一日に数回掛けなければ抑えられないとのこと。それでも多少なりとも抑制できたなら、俺の《大食漢》の食欲増大にも効果があるかもしれない。

 

 そして気になる問題はまだある。この初期スキルは上位スキルへということだ。

 

「俺達が持ってる初期スキルは“資格者”というのを倒すことで上位スキルに昇格できるんだが……どう思う?」

「鑑定したときに昇格条件が見えたわね。その資格者というのはよく分からないのだけど、上位スキルに昇格させたらデメリットも更に大きくなるかもしれないわ」


 鑑定ワンドでも昇格した後のスキル効果までは分からなかった。今の状態でもヤバイほどのデバフ効果が付いているというのに、これ以上となれば手に負えないだろう。より上位の鑑定魔法でスキル効果を見極めるか、強力な対デバフ装備を手に入れるまでは昇格を止めておくほうが賢明だ。

 

 そして資格者とは何なのかだが――

 

「俺はどうやら昇格条件を満たしているようなんだけど」

「えっ? 資格者というのを倒したの?」

「多分だがアイツを倒した時だ。それ以外に考えられない」


 漆黒の《オーラ》と尋常ではない殺意を放ってきたユニークボス、ヴォルゲムート。今でもアイツとの死闘は鮮明に覚えている。


「すっごく強かったみたいね~。でも資格者って私達のような元プレイヤーのことかと思っていたのだけど違うのかしら」

「そこなんだが、アイツと戦っていた時を今思い返せば……」


 アンデッドモンスターらしからぬ感情の起伏。間合いやスキル特性を熟知し、様々な方法でフェイントを仕掛け、おまけに俺の攻撃を誘ってカウンターまで狙ってきやがった。まるでダンエク世界の実戦経験が豊富なPKK、もしくは闘技場のランカーと戦ったかのような感覚。あれほど怜悧れいり狡猾なモンスターというのも冷静に考えてみればおかしなことだと分かる。

 

「ソウタにそこまで言わせるほどなんだ~。でもそんなモンスターがいるとしたら」

「あの戦い方だけをみれば、まるでダンエクプレイヤーのようだった」


 ヴォルゲムートはプレイヤーだったのか。

 

 断定できる材料はないけれど、勘がそう囁いている。しかしそうなるとプレイヤーの転移先が学校の生徒だけでなく、モンスター側にも適用されるという恐ろしい可能性が浮かび上がる。

 

 ゲームだった世界に俺達が存在しているくらいだ。何が起こっても不思議ではない。しかし仮に「気が付いたらアンデッドでした」なんて状況になったら、果たして俺は正気を保っていられるだろうか。

 

「そんなのとダンジョンで出会って戦闘になってしまったら厄介ね~。奥の手を出すにしても死闘は避けられないわ」

「ゲーム知識にないモンスターに出会ったら要注意だな。新種モンスターよりも資格者の可能性を疑ったほうがいい」


 ヴォルゲムートは目覚めたばかりだったからか、動きに緩慢な部分がありプレイヤー時代のスキルも使ってこなかった。それでも十分に対人戦慣れしており、突発的に戦闘にでもなってしまったら厄介この上ない。

 

「初期スキルの昇格狙いでプレイヤー同士が争わなければいいんだが……」

「それは憂慮すべきことね」


 資格者というのが特定のモンスターのことならばいい。だが元プレイヤーを意味するのなら、スキル昇格を巡って互いに殺し合う理由が生まれてしまう。それを阻止する何かしらの対策をしておきたいところ。

 

 例えば拘束力がある契約魔法で争いを封じるとか、レベルアップを急いで他プレイヤーより強くなり俺達が抑止力となるとか、あるいは互いに攻撃しないよう見張るルールを構築するとか。いずれにしても時間がかかるし、そもプレイヤーが誰でどの程度の強さなのか分からないと意味がない。

 

「しかし何人のプレイヤーがこちらに来ているんだろうな。思っていたよりも多いのか?」

「テスター募集イベントの難易度からしてクリアできた人はそう多くないと思うけど……でも」


 唇に人差し指を当て、ニヤリといたずらっぽく笑うリサ。


「……一人だけなら知ってるよ~?」

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