第64話 亡者の宴

『それじゃ早瀬さんには責任を持ってソウタのレベル上げを手伝っておくって伝えておけばいいかなっ』

「あぁ。相談に乗ってもらえて助かったよ。レベル上げの方も頑張ってくれ」

『ソウタもねっ。それじゃまたっ』


 練習会に参加したはいいが、俺を試そうとしてくる久我さんと後ろから睨むカヲルとの間で板挟みとなり、居た堪れず逃亡。その後の処理としてサツキに端末通信で泣きついて……もとい相談していたのだ。


 久我さんのレベルは20を超えており、様々な諜報スキルも所持している。そんな彼女の高速パンチに思わず目で追って反応するという失態をおかしてしまった。しばらく距離を置いて練習会にも不参加でいきたいのだが、それを俺が言ったところでカヲルに首根っこを掴まれ、連れていかれることだろう。

 

 信用も発言力もないことは自覚している。そこでクラスに人気があり支持も得られているサツキとリサに協力を願い出たというわけだ。二人が言ってくれるならカヲルも一考せざるを得まい。

 

 しかし、頼ってばかりでは借りが大きくなるばかり。特にリサからは何を要求されるか分かったものではないので、可及的速やかに返していきたいところだ。

 

 その一方で、偶然通りかかり俺に話しかけてきた天摩さんにはびっくりした。現在はのせいで常にフルプレートメイルを着ている彼女も、立派なダンエクヒロインの一人だ。シナリオ上では序盤にほとんど登場しないキャラなので警戒していなかったが、ブタオを知っていたとは想定外だった。天摩さんの背後で睨みを利かせていた手下共も相手にすると何かと面倒そうだし、彼女とも距離を開けておきたいところ。

 

 まったく、冒険者学校は問題ばかり起きる――

 

 

 そんなことを考えながら走っているここは、ダンジョンの15階。妹を連れて狩りに来ている。

 

 10階から14階までの通路状MAPとは打って変わって、遮蔽物は無く非常に視界の開けたフィールドMAPとなっている。とはいえ開放感があるとか、気分が良いとかいう場所では全くない。

 

 周囲には緩やかな丘と、所々に朽ちた墓地があり、その周辺にはアンデッドモンスターがゆっくりとうごめいているのが遠目から見て取れる。また道中の脇にある木には吊るされて処刑された罪人がいくつもぶら下がっており、赤黒く淀んだ夕焼けの空と相まって酷く不気味な雰囲気を作り出している。

 

「ちょっとっ。ここは一人で来たくないかもなんだけどっ」

「レベル的には余裕なんだけどな」


 妹が周囲を見渡し、重苦しい空気に眉をひそめる。確かにそこかしこにアンデッドが蔓延はびこっていて心休まる光景とは程遠い。しかしながらこの階にはゲートと、美味しい狩場もある。今後も頻繁に来ることになるだろうし慣れていくしかない。

 

「おにぃ、レイスが近づいてきたよっ」

「あれはレイスの上位種、ゴーストだな。レイスより多少耐久力は高いけど今の俺達なら問題ない」


 白く半透明な人の形をしたナニカ。触れられると生命力を吸い取る《ドレインタッチ》という攻撃を仕掛けてくる。霊体なので物理攻撃は全く効かないが動き自体はそれほど速くなく、魔法攻撃の手段を持っているならさして怖い相手ではない。

 

「魔法で応戦するぞ」

「は~い」

 

 妹は《ファイアーアロー》を覚えて間もないので、魔法の基礎的なことを指導している。

 

 遠距離にいる相手に普通に《ファイアーアロー》を撃ち込んだとしてもそれほどの弾速があるわけではないので、あっさりと避けられてしまう。なので走ったりして自身の慣性を乗せたり、投げるようにスキルを発動して弾速を速める工夫が必要だ。


 だが魔法は速く撃ち込んだからといって威力が上がるわけではない。たとえ質量を伴う魔法だったとしても不思議なことに速度と衝突エネルギーに相関性がないのだ。物理法則とは分けて考えなくてはならない。

 

 その一方で、魔力を通常より多く込めれば威力も上がるという特性もある。魔力を込めれば込めるほど威力の伸びも小さくなるので、今のINT知力とMP量ならどのくらい魔力を込めたら効率がいいのか、実際にやってみて感覚を掴むしかない。


 妹は石を投げるように、オート発動で《ファイアーアロー》を撃ち込む。速度は200kmを少し超える程度だろうか。キュルルという音をたてながらピンポン玉サイズの火の玉がゴーストの足元に撃ち込まれる。


「当たった! でもまだ死んでない。あ、もう死んでるんだっけ?」

「よろめいているぞ。トドメを刺すんだ」


 7階のボス、ヴォルゲムートが落とした片手剣、[ソードオブヴォルゲムート]を右手に持ってゴーストに斬りかかる。HP吸収効果が付いていて完全物理耐性のある相手にもダメージを与えられる特殊な剣だ。ただ属性剣ほどの威力はないので、そこは斬撃回数で補うしかない。

 

 4回ほど斬ったあたりでゴーストは甲高い声と共に空気に溶け込むように消え、数cmほどの魔石が地面にぽとりと転がった。


「これ大きいね。色も何だか綺麗。いくらくらい?」

「ギルドの買取だと1つ6000円だったかな」

「これ一つで6000円!? 今日の晩御飯は~ブランド牛の~しゃぶしゃぶ!」


 先ほどまで怖がっていたというのに魔石の値段を聞いた途端やる気に満ち溢れる現金な妹。15階のモンスターの魔石ともなれば買取価格は跳ね上がる。ここらで狩りができるなら、それなりの大人数のパーティーだとしても黒字を叩き出せるだろう。

 

「それで。今日はどんなところで狩りをするの?」

「亡者の宴と言われる処刑場だ」

「しょ……そんなところに行くんだ……」


 昔、とある男爵が無実の罪により子飼いの騎士達と共に処刑され、死しても冷めやらぬ怨恨によりアンデッドと化した、とかそんな逸話があったところだ。

 

 その処刑場はDLCで新しく追加されたエリアにあるので、こちらの世界では一般的に認知されていない可能性が高い。つまりは独占できる狩場かもしれないのだ。それ以外にも美味しい理由は他にいくつかある。

 

「モンスターがポップする場所が限られてるし、ゆっくりと土から這い出てくるから先手を取りやすい狩場なんだよ。通称“モグラ叩き”と言われてる」

「モグラ叩き? そんなにポコポコ出てくるんだ」


 這い出てくるモンスターは大きな盾と片手剣を持つスケルトンナイトと、両手剣を持つコープスウォーリア。どちらもモンスターレベル16。この15階にポップする平均的なモンスターよりレベルが1つ高いが、レベル19の俺達なら難なく倒せるはず。

 

 そしてそいつらが落とす特殊なアイテムを12個揃えて中央に置くと“ブラッディ・バロン”という特殊モンスターを召喚できる面白狩場なのである。

 

「ブラッディ・バロンって……それが処刑された男爵様なんだよね」

「コイツはオババの店に持っていけば20リルで買い取ってくれるアイテムを落とすんだ。あとは、同時にポップする騎士がミスリル合金製武具を落とす。ボロボロだけどな」

「ボロボロ? そんなの集めてどうするの」


 ドロップするものは刃こぼれしていたり凹んで曲がっていたりと、そのまま使うことはできない代物ばかり。しかし、使われている材質はミスリルが多く含まれており、鋳潰して素材にすれば上質のミスリル合金となる。

 

 これから向かう処刑場でダンジョン通貨と素材を沢山集めて装備を揃え、20階以降の攻略に備えたい、というのが今回のダイブの主目的だ。

 

 

 

 近寄ってくるゴーストを魔法でなぎ倒し、緩やかな丘をいくつか越えて移動していると、夕焼けだった空が急に陰りだす。黒くどんよりした雲が大きな渦を巻いている。DLCエリアに入ったのだろう。

 

 ここら辺りの植物は全て枯れ果て、か細い悲鳴のような音のする風が吹いており、より沈鬱とした空気に包まれている。遠くに目を向ければ一辺が50mほどの柵で囲われた牧場のような場所が見える。あれが目的地、亡者の宴と言われる処刑場だ。

 

 少し近づいて場内の様子を窺う。中には障害物や建物は無く、なんとなしに地面が盛り上がっている箇所をいくつか確認できる。

 

「やはり誰もいないな。俺達だけで独占できそうだ」

「なんか……亡者の宴という割には数が少ないね」

 

 中には2体のアンデッドがゆっくりと徘徊しているのが見て取れる。妹はもっとわんさかいるのだと思っていたようだが、それは半分当たりで半分ハズレだ。

 

 この処刑場のモンスターは常時2体出るようにポップし続ける特徴がある。倒してもすぐにどこかの土山から出てくるわけだが、その際はゆっくりと這い出てくるので今歩いている2体を倒しさえすればその後は無防備状態を叩き潰す簡単な作業となる。

 

 ゲームでは土から出てくるポイントが12ヶ所と決まっており、そのポイント全てにプレイヤーが陣取り、出てきた瞬間に目の前にいるプレイヤーが倒すという単純作業のような狩場となっていた。しかし今回は二人なので、這い出てきたらその場所まで急いで走っていかなくてはならない。まぁそこは体力を考慮して休憩を挟みながらやっていけばいいだろう。

 

「手前の盾を持った骨がスケルトンナイト、奥にいる若干肉が付いているのがコープスウォーリアだ」

「スケルトンナイトは確か【ナイト】のスキルを使ってくるんだっけ」

「《シールドバッシュ》な。スキル発動中に喰らうと短時間動けなくなるからそこだけ注意しておけばいい」

「うんっ」


 その場に荷物を置き、持って来た特殊な武器を背に抱え、戦闘の準備をする。今日は様子見を兼ねたなので気楽にやろうと思う。

 

 

 

「俺はコープスウォーリアに仕掛ける、スケルトンは任せるぞ」

「りょうかーい」


 同時にモンスターに向かって駆け出す。俺よりも妹の方が初速が速いようで一足先にスケルトンナイトと交戦状態に入る。向こうも初撃を盾で対応してきたが、華乃はすでに死角に回り込み、斬撃のモーションに入っている。レベル差もあることだし問題なく倒せるだろう。

 

 俺の相手はコープスウォーリアだ。片手剣よりも幅広で長いロングソードを引きずるように持って歩いている。重量もかなりある武器だが、モンスターレベル16ともなればあの程度の重量でも片手で振り回してくると想定して戦わねばならない。

 

 30mほどの距離まで近づくと、低く唸りながら向こうからも突進してくる。

 

 一気に間合いが縮まる――と思いきや、5m手前くらいで下から上へ斬り上げるように剣を振るってきた。その際に土砂も一緒に撒き上げてくる。飛んでくる射線は見えていたので外側へ回り込むように避け、空いていた左手を使いサイドスローで《ファイアーアロー》を投げ込む。

 

 少し無理な体勢からの魔法投擲であったものの、常人が投げる速度を遥かに超えてコープスウォーリアの横っ腹に着弾する。多少よろめかせる程度のダメージしか与えられなかったがそれで十分。今度はこちらのターンだ。


 体勢が整うまでの僅かな時間で接近しウェポンスキルを発動。コープスウォーリアは慌てて武器を盾にしようとするがもう遅い。

 

「真っ二つだぜェ! 《スラッシュ》」


 【ファイター】が最初に覚えるウェポンスキル《スラッシュ》。ゲームの刈谷イベントで刈谷が使ってくるスキルだが、あれは大剣の《スラッシュ》だったので威力やリーチがある代わりに溜めも必要という制約がある。俺が右手に持っているのは軽くて細い剣。発動までの時間は段違いに早いのだ。


 武器で庇いきれていない左わき腹から水平に斬撃が決まると、コープスウォーリアはへそを境に上半身と下半身が綺麗に分かれ、どちゃりと地面へ倒れて魔石となる。

 

 後ろを見ればすでにスケルトンナイトも魔石となっていたので妹も瞬殺できていたようだ。

 

「よし、30秒くらいで次が出てくるから、そこを叩くぞ」

「モグラ叩きっ! この大きな鈍器で思いっきり叩けばいいんだよねっ」


 妹が縦長のリュックから1mほどのメイスを取り出す。柄の先に棘の付いた重い頭部を有するスパイクメイスだ。20kg超と一般人では扱えない重さだが、妹は多少ヨタヨタしながらも片手で器用に振り回している。鋼製でもあれほど太ければ多少乱暴に扱っても十分に耐えられるはずだ。

 

 処刑場は土から這い出ようとする無防備のモンスターを一方的に攻撃できる美味しい狩場。逆に言えば出てしまったら普通に戦闘となってしまうので、それまでに倒しきる必要がある。鎧や盾を装備したモンスターを短時間で倒すには、刀剣よりもこういった超重量の鈍器で一気に叩き潰すのが効率良いのだ。

 

 俺も持って来たスパイクメイスを取り出して片手で振ってみる。重さ自体は苦にならなくても、ある程度足で踏ん張らないと体を持っていかれてしまう。これも慣れだと思って練習してみるしかない。

 

 そんなことを考えていると、右前方から骨の手がニョキっと生えてきた。あの手はスケルトンナイトだろう。

 

「でたよーっ、そっち!」

「こうやるんだ。見とけよ」


 骨の手が土砂を掻いて、のっそりと土から這い出ようとする。やはり完全に出てくるまで10秒ほどかかるようだ。その隙だらけのスケルトンナイト目掛けて振り上げたスパイクメイスを思いっきり振り落とす。

 

「あぁ~っどっこいしょおおぉおお!!」


 ズシャンという音と共に砂ぼこりが盛大に舞い上がる。振り落とした後に残るのはバラバラになり飛び散った骨。それもすぐに溶けるように消えて魔石となった。地面が柔らかいせいか、もしくは肉体強度が上がったせいなのか、思ったよりも手にくる衝撃が少なかった。もう少し強く叩けたけど今の攻撃で倒せるなら十分だろう。

 

 魔石の他には低確率でブラッディ・バロンを呼び出すためのクエストアイテム、[怨毒の臓腑]を落とすが、そう都合よく落ちるものではないか。

 

「すごぉーい! あ、向こうにも出たからいってくるっ」

「このまましばらくやってみるか」


 そうして寂れた処刑場で、ドッカンドッカンと地響きが鳴り続けることとなった。

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