第51話 ニューウェポン

 校内の桜の花はすでに全部散り終えており、青々とした葉桜の並木道を三人で歩く。午後4時を過ぎてもまだ日は高く、日陰となっている歩道に木漏れ日がキラキラと降り注いでいる。


 もうこの辺りは工房エリアだ。先ほどからひっきりなしに運搬業者や民間業者が出入りして、何処彼処から金属を加工する音や話し声が聞こえてくる。今が一番活気に溢れている時間帯なのだろう。


 さらに100mほど歩くとミスリル鉱石の精錬を依頼した工房にたどり着く。早速、入り口から声を掛けてみたものの反応はなく、中を覗いても誰もいない。仕方がないので近くに誰かいないかと周辺を探してみることにした。


 向こうのほうから声が聞こえたと大宮さんが教えてくれたので、工房の横にある荷物などが積まれた資材置き場に行ってみると、見覚えのある大柄な男子生徒が満面の笑みを浮かべながら話をしていた。


「どうよ、俺のニューウェポンはよぉ」

「それ凄いっすね」「いくらしました?」


 何やら後輩の1年生に武器を振り回し自慢しているではないか……あの光り具合からしてミスリル合金製のようだが。


「すみませーん、先日頼んだミスリル合金の精錬、どうなりました?」

「あぁん?」


 ようやく俺に気づき、自慢を中断されたことから急激に不機嫌顔になる。まぁお金を取る仕事なんだからそこは切り替えてほしい。カバンから精錬依頼契約証を取り出して渡すと、受け取った先輩はその契約証を中指で弾き鼻で笑い始めた。


「おい、これは偽物だな。生徒会に突き出すぞコラァ」


 嫌な予感はしていたが、やはり先ほどコイツが自慢してた武器は俺の鉱石から作ったものらしいな。だが落ち着け……最終手段に訴えるにもまだ早い。「つい出来心でやってしまい反省しています」とかいう態度を取って土下座をしてくれるなら許してやらんでもないので一応、念のために指摘してみる。


「え~と、昨日ここで書いたものですよ。筆跡に見覚えありますよね」

「工房の印が押してねぇ。第一、お前1年のEクラスだろぉ? どうやってそんな雑魚がミスリル鉱石なんて持ってこれるんだ。どうせ盗んだんだろうが、あぁ?」


 反論は許さないと言うように捲し立て威圧してくる盗人野郎。その剣幕に、後ろにいる新人らしき1年生と大宮さん新田さんも何事かと驚いている。


 ミスリル鉱石は高額とはいえ、買えないわけではない。それに学校の工房ではミスリル鉱石を持ち込んだ作成依頼なんて普通に行われているし珍しい鉱石というわけでもない。しかしコイツにそんな理屈を言ったところで聞く耳を持たず盗品設定をゴリ押ししてくるのは明らかだ。


「(ど、どうなってるのっ? もしかして鉱石取られちゃったとかっ?)」


 心配そうに小声で聞いてくる大宮さん。せっかく付いてきてくれたのに申し訳ないね。俺も依頼手続きの手順をしっかりと知っておけば良かったのだろうが、あの時は疲れてたし気が抜けていた。この世界にはこういった糞野郎が多いってことをすっかり忘れていた。いやぁ参った参った。


 さて、どうするか。この場で暴れてやるのは簡単だが……


 というかコイツは俺を生徒会に突き出すとか言っているが、何にも知らない生徒会がどうやって判断するのか。まさかEクラスだからという理由でこちらを非難してくるつもりだろうか。


 しかし、このまま指をくわえていても俺のミスリル鉱石は取られたままだ。暴れるというのは最後の手段にして、この盗人よりは話が通じるであろう生徒会に託してみるのもいいかもしれない。


「それでは生徒会でも呼んでもらいましょうか」

「Eクラスのガキが……身の程を分かってねぇようだな」


 ミスリル合金の曲剣――本当は妹も使える刀にして欲しかったんだが――で試し切りをするぞと凄んでくる。そんなものを使って脅してくるとかどんな育ちをしてきたんだ。この国には銃刀法違反なんて無いのだろうが、明らかに度を超えている。

 

 暴力沙汰が避けられないのなら仕方がない。目の前の盗人を《簡易鑑定》してみるとしよう。




<名前> 熊澤くまさわゆずる

<ジョブ> ファイター

<強さ> 相手にならないほど弱い

<所持スキル数> 3




 《フェイク》は持ってなさそうだし素手でも十分勝てるだろうが、やるにしても外野が邪魔だな。1年生の……Eクラスでないからクラスや名前は知らないが、俺を非難するような目つきで熊澤の背後から睨みつけてくる。


「テメェ! 俺に向けて鑑定しやがったなぁ!」

「ちょっ、ちょっとっ! 暴力はダメでしょ! さっきの契約証をもう一度……」

「うるせぇ!」


 前に出た大宮さんの顔を叩こうと拳を振り上げるが、振り下ろす前に腕を掴んで制止させる。このまま握りつぶしてやろうか。


「どうした、揉め事か? ……またお前らか」


 誰かと思ったら生徒会室で話した3年生の生徒会員が割り込んできた。戸締りを終えて丁度帰るところ、大声が聞こえたので様子を見に来たらしい。熊澤はあれだけ威勢の良かった態度だったのに、生徒会員が現れるや否やへりくだった態度で都合のいい理由を並べはじめる。ケツを蹴り飛ばしてやりたくなる。


 言われるばかりでは不利になるのでこちらも契約書を出し「俺の鉱石を勝手に私物化している」と主張すると、鉱石自体盗品だろうと理由を変えてきた。


「で、此奴が鉱石をどこかから盗んできたかもしれない、と」


 気難しい目で俺を見ながら盗人野郎の言い分を聞く生徒会員。


「そうなんですよ。だからオレァちょいと痛い目に合わせてやろうとですね」

「……ふむ。それでお前――」


 ミスリル鉱石をどこから買ってきたのか、または採ってきたのか。証拠があるなら出せと手に入れた経緯を聞いてきたが「10階のオババの店で買ってきた」なんて言っても通用するとは思えないし、それ以前に店の存在そのものを機密にしているので言うつもりもない。


「どうした、言ってみろ……まさか、本当に盗品じゃないだろうな」


 答えないなら実力行使してでも聞き出すぞ、と《オーラ》を発動し威圧してくる生徒会員。

 

 ……まったく。この世界の住人はどいつもこいつも何かにつけて威圧すれば手っ取り早く解決できるとか思っていそうだな。目の前の男に至っては爵位持ちだろうに、素性の知らない相手を威圧して何かあったらどうするんだ。


 薄々こうなると分かっていたので大宮さんを後ろに下げて、俺が前に出て壁となる。


(レベル20くらいか、学校の生徒の中では高い方なのか?)


 《簡易鑑定》はしていないが、《オーラ》量から俺と同等のレベルなのが分かる。腰には紫紺の宝石がはめ込まれた短杖をぶら下げていて、今のところ抜く様子はない。正面を向き重心が偏っていないことから杖術使いの魔法闘士タイプではなく、純粋な魔法職か。【キャスター】……いや、レベル的に【ウィザード】かもしれない。


 もちろん見た目だけで断定できるわけもなく。《簡易鑑定》の出番だ。



<名前> 相良さがら明実あきざね

<ジョブ> ウィザード

<強さ> やや強い

<所持スキル数> 4



 ――レベル21、スキル数は4、中級ジョブの【ウィザード】で《フェイク》は無所持。スキル数から戦士、シーフ系のスキルも持っていない純粋な魔法特化タイプか。


 対人戦闘経験が極度に少ないのが丸分かりだ。自分の強さに絶対的な自信があるのだろうが……コイツは俺を舐めている以前に、目の前の戦う相手がどれほどの強さなのかを何も推察できていない。故に俺が僅かに重心を動かしても、注意を払わず至近距離でメンチを切っていられる。


 PvP(※1)において魔術士はフットワークと魔法の短打を駆使した戦い方が必須となるのだが、相良はそういったPvPを十分に経験していないことが窺える。今まで圧倒的弱者としか向き合ったことがないのだろうか。もしくは強者と向き合ったことがあったとしても、味方の壁の後ろから大出力遠距離魔法攻撃を撃ちまくる戦術がメインなのだろう。


 密着とも言えるこの至近距離で格闘経験のない【ウィザード】が俺にメンチを切るというのがどれほど愚かな行為なのか教えてやりたい気もする……が、相手は爵位持ち。自衛は良くても手を出すのはまずい。


 相良からも俺に《簡易鑑定》が入ったのが分かる。中距離から猛禽類にじっと見つめられているような不快感に襲われるが、俺は《フェイク》で偽装してあるため《簡易鑑定》では本当のステータスを覗くことは不可能。鑑定結果には【ニュービー】、「相手にならないほど弱い」と見えていることだろう。


「……妙な奴だな」

「んで、実力行使するんですか?」


 さらに威圧を強め、持っているだけの《オーラ》をこちらに叩きつけてくる相良。元々オーラはダンジョンのレベルの低い雑魚モンスターに当てて、戦闘を回避する手段として使われたもの。ほぼ同レベル相手に《オーラ》による威圧は通用しない。


 しかし、この場には同レベルではないものがほとんどだ。


 俺が壁となっているとはいえ相良から発せられる《オーラ》を全て防ぐことなんてできるわけがなく、大宮さんは高レベルの《オーラ》に当てられ委縮してしまっている。新田さんはレベル5のくせに涼しい顔をしているのがちょっと面白い。


 いずれにせよこの状況が続けば体の毒になってしまうので、さっさと決着をつけてしまわないとまずい――と思った矢先、急に威圧を止めてきた。


「ふん……そういうことか。成海颯太、覚えておくぞ」


 何か分からないが勝手に納得し《オーラ》を引っ込めてくれたのは助かる。しかし《簡易鑑定》で名前を憶えられたのは……面倒なことにならないよう祈る他ない。


「おい。此奴なら自分でミスリル鉱石を採ってくることは可能だろう。あったものは全て返す、もしくは補償するよう命ずる。いいな」

「えっ、でももう鉱石は……」


 今度は熊澤が相良の《オーラ》による威圧を受け、ひっくり返っている。プライドが高く鼻持ちならない生徒会員だが、こうやって解決してくれるなら今日のところは歓迎しておこう。






(※1) PvP

「Player vs Player」の略。NPCではなくプレイヤー同士の、1対1、または、多対多の対人戦のこと。PKも対人戦であるが、双方合意ある戦いがPvP、合意が無く一方的に攻撃を仕掛けるのがPKと区別される。

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